70 弟子入り
冒険者ギルドの外には騎士団の面々が多く集まっていた。
ゴロリーさんとシュナイデルさんの会話から、ワーズとナルサスに協力していた容疑者達を捕縛するため、手分けして各騎士隊の詰所へと連行するためらしい。
そしてナルサスを含めた数名の中堅冒険者達は僕達と一緒にシュナイデルさんがいる詰め所へと連行されることになった。
後方でジュリスさんと一緒に歩いていると、ジュリスさんが何だか考えごとをしているようだった。
「さっきからどうしたのか?」
「う~ん……ん? 実はクリス君には悪いのだけれど、今回はまだナルサスことを捕まえられないと思っていたの。それがあんな簡単にボロを出したから不思議でね~」
「あ、それは僕がこれを【収納】したからですね」
僕はナルサスが渡した腕輪を女性が付けたと同時に【シークレットスペース】へ【収納】していたことを告げた。
「うわ~クリス君、大胆にそんなことしていたなんて全く気が付かなかったよ。もしかして手癖が……」
「そんな手を開閉しなくても普段は絶対にしませんよ。それにナルサスを見た時に僕は怖くて何も出来ないと思っていたんです。でもマリアンさんが気丈に振舞っている姿を見て、少しでも役に立ちたいと思ったら、ちょうどその時に腕輪を渡すのが見えたので……」
「クリス君、お手柄だよ。やっぱり騎士になろう。私にはクリス君が必要だよ」
ジュリスさんは大げさに驚いてから僕を抱きしめてくれた。でも必要と言ってくれた言葉が何よりも嬉しかった。
その時、僕の顔にポタッと水滴がかかった。
あれ? 今日は快晴だったはず。
そう思って空を見上げる寸前、前方で奪われた剣で肩を斬られて蹲った騎士さんの横で、いつの間にか縛られたロープから抜け出したナルサスがこちら睨んで佇んでいた。
「貴様が、貴様がこの俺の邪魔をしたのか!」
「そんなロープは……」
それより距離があったのにどうして僕とジュリスさんの会話が聞こえていたんだろう? 僕は混乱すると同時にナルサスの恐怖に震えてしまった。
激高したナルサスはCランク冒険者の実力に違わない速度でこちらへ斬りかかってくる。
僕は怖くて全く動くことが出来ず、徐々に迫ってくる刃をまるでスローモーションのように見ていた。
そして僕の身体に当たるかどうかの瞬間、僕はジュリスさんに腕を引っ張られて剣は当たらず、ナルサスはさらに斬りつけようとしてきたところで「なっ、餓鬼だと……」そんな驚きの声を上げた。
どうやら目深に被っていたフードの先に当たってしまったらしい。
ただそのナルサスが驚きの声を上げた一瞬の隙を突いて先頭を歩いていたゴロリーさんがナルサスの後ろから体当たりで吹き飛ばした。
「クリス、大丈夫か?」
「は、はい。ジュリスさんに助けてもらって」
「そうか……ジュリス、ロープでは解かれてしまう可能性もあるから、あれは俺が連行するぞ」
「お願いします」
怒った顔をしたゴロリーさんの提案にジュリスさんは直ぐに頷いて了承を告げていた。
こうして最後の最後に問題はあったものの、暗殺者と中堅冒険者が関わった集団冒険者の不正及び新人冒険者狩りは幕を閉じることになった。
その後に僕が聞いた話だと、スラム街浄化作戦の時に逃げ出したワーズは、浄化作戦後にスラム街の出身者の多くが冒険者になっていることを知った。
そこでそれまで受付と組んでスラム街出身の冒険者達を脅していた親友のナルサスと組むことで、今度は冒険者ギルドに登録している新人冒険者達を悪事に利用して牛耳ることを思いついた。
最初はお金や武器を貸して信用を得て、その後にその利子と称して多額の返済を迫っていたらしい。
そして返済することが出来ない冒険者達は従うか奴隷として売られるか迫られて従わせ、同じように新人冒険者を勧誘させて人数を増やしていった。
アイネ達みたいに断る冒険者達も当然いたけど、その時は本当に集団で襲って悪徳奴隷商人に売却していたのだとか。
さらにワーズは姿を消すことが出来る能力を使って裏切り者が出ないか監視していたらしく、裏切った者は見せしめとして迷宮で殺害していたらしい。
その後、ワーズやナルサスがどうなったのかを僕は知らない。
あの冒険者の大捕り物からひと月が経ち、徐々に慌ただしかった街の雰囲気が落ち着いてきた頃、僕はアイネ達とレベッカ、マリンを“エドガー食堂”に招待した。
それからあの日……騎士団にナルサス達を引き取ってもらった後で、僕とゴロリーさんはアイネ達がいる“イルムの宿”へと赴き、何があったのかをすべて隠さずに話した。
迷宮に暗殺者が潜み、知り合いの中堅冒険者と組んで、お金のない新人冒険者達に支援すると近づき、武器を貸し付けては後に莫大な資金を要求し、払えなければ脅して従わせていったこと。
それでも従わなかった者達を集団で襲って悪徳奴隷商人に売りつけていたことを伝えた。
すると最初は青い顔をしていたけど、すぐに自分達がこれからどう冒険者として生活をしていくのか、その話し合い始めた。
そこで一度武術の師匠であるゴロリーさんを紹介してほしいと言われたのだ。
それだったら今回の件が落ち着いたら“エドガー食堂”で祝勝会を開いてシュナイデルさんやジュリスさんのことも紹介しようと思ったのだった。
「それでは冒険者のいざこざに尽力していただいた騎士団の皆さん、そして脅威を排除してくれたゴロリーさん、本当にありがとうございました。これからもお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。乾杯」
「「「乾杯」」」
そんな僕の音頭で始まった祝勝会だったけど、最初のうちはアイネ達が緊張していてあまり話せないでいたので、僕が間に入ってゴロリーさんや、シュナイデルさんを紹介していった。
するとジュリスさんとアイネは波長が合ったのか、すぐに意気投合してアイネはゴロリーさんではなく、ジュリスさんに弟子入りすることが決まった。
もちろんアイネだけでなく、パーティーメンバーの三人もジュリスさんの騎士隊で一緒に訓練を受けることになっていた。
アイネは突然教わる相手を変更したことでゴロリーさんに謝っていたけど、ゴロリーさんは最初から教える気がないって言っていたから、ちょうど良かったのかもしれない。
それから暫くしてアイネ達は今の僕の実力を把握したいと言い出して、いつもだったら断るよう告げるゴロリーさんが前向きだったためにジュリスさんと模擬戦をすることになった。
「始め」
お互いに模擬戦の準備が整ったので剣を構えると、ゴロリーさんの声を合図に僕はジュリスさんへ飛びかかり剣を振り落とす。
「ハッ」
キィーンと簡単に攻撃は弾かれてしまった。
「おお~。なかなかいい攻撃だったよ。それじゃあこちらからも攻めようかな」
「あ、その前に今回、魔法はどうしますか?」
「う~ん……今回は小細工なしでいこう。アイネちゃん達の参考にならないからね」
「分かりました」
「いくよ」
その声が合図となり、先程のお返しとばかりに剣が振り下される……フェイントから、盾が迫ってきて叩きつけられる。
僕は盾を盾で防御するも、そこから密着された姿勢で下段から蹴りを入れられて、体勢を崩したところにジュリスさんの剣先が顔を目掛けて迫ってきた。
その攻撃に驚きのあまり一瞬固まってしまったけど、どうやら顔を狙った突きはフェイントだったみたいで、実際には左肩を狙われていた。
僕は上体を反らしながらなんとかジュリスさんの盾へ前蹴りを放ち、その反動を使って距離を取ることに成功して危険領域から離脱した。
「ジュリスさん、今日はいつもよりバリエーションが豊富ですね。いまの僕では小細工を使ったとしても、中々正面からは崩せそうにないです」
「そう? それならもっと褒めてもいいんだよ~」
「本当に凄いです。ジュリスさんはこれでも全力で戦っていないのですから」
「今日はギャラリーも多いからね。それにしてもクリス君は最近、本当に強くなったよ」
自分よりも強い人から褒められるのはとても嬉しい。
「ありがとうございます」
「うんうん。じゃあそろそろ本気でいくね」
「はい」
僕はスキルで意識して、ただ防御するためだけに全神経を【集中】していく。
その時に見たジュリスさんの剣筋は一切無駄がなく、まるで剣はこう振るのだと言わんばかりの……あの夢に出てきたお手本に近い綺麗な振りだった。
左右、上、中、下段、切り、突き、払いを愚直なまでに反復していることが感じられる本当に綺麗な太刀筋だった。
これでフェイントを混ぜられたら僕にはまるで対処出来ない高みだった。
何とか防御を続けてカウンターの機会を窺っていたけど、左から右の払いを受け止めた時に僕は持っていた剣を弾かれてしまいここで決着となった。
「まるでお手本のような剣術でした。ジェリスさん本当にありがとう御座います」
気がついたら頭を下げていた。
「その年で私の攻撃をこれだけ受けられるのだからやっぱり将来有望だよ~クリス君は」
そんな僕に対してジュリスさんは満面の笑みでそう言ってくれた。そこへ模擬戦を観戦していたアイネ達が駆け寄ってきた。
「クリスも凄かったけど、ジュリスさんはもっと凄かったです。どうやったらジュリスさんみたいになれるんですか」
アイネはすっかりジュリスさんを尊敬しているみたいだった。
「毎日しっかりと研鑽を積むことだよ。私も一日で強くなった訳じゃないからね」
「はい、アイネ師匠」
しっかりとジュリスさんの言葉に頷いたアイネは、僕の方へ振り返った。
「クリス……私達だってこの二年間、ずっと迷宮で戦ってそれなりに強くなっていたのよ。でも……本当に悔しいけど、私が思っていた以上にクリスが努力して強くなっていた……」
「それでも今日も負けちゃったから、僕もまだまだなんだけどね……」
「それはジュリス師匠が強かっただけだから仕方ないわ。それにまだ私達は成人していないんだから、師匠の歳までに今の師匠以上に強くなれば負けたとは言わないわ」
「そうかな……」
その考えはアイネらしいと思ったけど、何だか心が軽くなった気がした。
「あ~もう。私が言いたいのはクリスの方が今は強いことを認めてあげるってことよ……今は、だからね」
「ありがとう?」
「でも見ていなさいよ。ジュリス師匠に指導してもらったらすぐにクリスに追いついて、追い越してやるんだから」
「僕には迷宮を踏破するっていう目標があるんだから負けないよ」
「き、奇遇ね。私達も同じ目標だわ」
「そっか……じゃあ僕達はやっぱりライバルだね」
「ええ。ライバルだわ」
こうして僕とアイネがライバル関係を確認し合っている後ろで、シュナイデルさんがジュリスさんに「人に教えることになるのだから、常に模範となり書類仕事からも逃げることがないように」と言われて涙目になっていたとかいなかったとか……。
お読みいただきありがとうございます。
三章を終わらせていなかったことに気づき、探して修正しました。
ずっと三章を終わらせなくて申し訳ありませんでした。




