66 冒険者ギルドマスター
僕達が冒険者ギルドの扉を開いて中へ入ると、冒険者ギルド内が嘘のように鎮まり、冒険者やギルド職員の視線が一斉にこちらへと注がれた。
僕は人から注目されることに慣れていないからか、緊張で身体が固まってしまい、さらに息まで詰まりそうになってしまう。
そんな時だった。
「なんだ? えらく静かだな~。冒険者も行儀よくなったものだ」
「それにしてもこれは凄い注目度ですね~。騎士の私達が冒険者ギルドへ来るのがそこまで珍しいんですかね?」
隣にいたゴロリーさんとジュリスさんの声が聞こえてきたことで、不思議と緊張が解けてきた。
僕から見たゴロリーさんとジュリスさんは、まるでこの注目されている状況を楽しんでいるかのようにごくごく自然体で頼もしく見えた。
そっか……僕は一人でいる訳じゃないんだ。そう思うだけで勇気まで湧いてきた。
「さてギルド職員への説明は下っ端の私がして来ますから、先輩達はここで待機していてください」
ジュリスさんの言葉を聞いた四名の騎士さん達は、二名ずつ左右に分かれて扉の入り口に立った。
騎士さん達の表情は冒険者ギルドに入る前の柔和な感じとは打って変わり、今は無表情で怖さを感じた。
「さぁ行くぞ」
「はい」
ゴロリーさんに小声で促され、事前の打ち合わせ通り三人で受付をしているマリアンさんの元へとやって来た。
「いらっしゃいませ。本日は当ギルドへどのようなご用件でしょうか?」
「ギルドマスターへの面会を頼む」
マリアンさんはごく自然に接客し、ゴロリーさんもまるで当たり前のように接していた。
二人とも接客のプロだからかもしれないけど、本当に知り合いには見えなかった。
「失礼ですが、お約束はございますか?」
「約束はしていないですよ。ですがこれは騎士団からの緊急要請でもあります」
そこでジュリスさんが面白がってなのか、ゴロリーさんとマリアンさんの会話へ割って入った。
「申し訳ないのですが、それが緊急依頼だとしても規則なので内容を知らないままギルドマスターへ話を通す訳には参りません」
「どうしても?」
「はい。それでも後日の面会を希望されるのであれば承ります」
「そう……それが冒険者達に関係することでも無理なの?」
「申し訳ありませんが、冒険者ギルドにも規則があります。例外を出す訳には参りません」
マリアンさんの声がギルド内に響くと、ギルド内がざわめき出した。
剣呑な雰囲気を纏ったジュリスさんにも真摯な姿勢を示すマリアンさんがとても格好良く見えた。
きっと騎士を伴って重装備をした冒険者ゴロリーさんに対してだけでなく、騎士であるジュリスさんに対しても怯むことなく一貫した接客をしたからだろう。
冒険者達の視線がマリアンさんへと集中したのが分かる。
そこでゴロリーさんが打ち合わせ通りの言葉をマリアンへ告げる。
「そうか……無理を言ったな。ではギルドマスターに元Aランク冒険者パーティー双竜の咢の“双斧の破壊神”が会いに来たと伝えてくれ」
「元Aランクの……畏まりました。内容ですが、ただ会いに来ただけでよろしかったでしょうか?」
「ああ」
「少々お待ちくださいませ」
マリアンさんはそう言い残して、受付の後ろにある扉へと入っていくのを見届けた僕は、冒険者ギルドを見渡すことにした。
マリアンさんが席を立ったので、ある程度の冒険者は冒険者ギルドから出て行ってしまうかと思ったけど、どの冒険者も出て行かなかった。
それどころか元Aランクと名乗ったゴロリーさんが騎士を同伴して持ってきた情報……それもジュリスさんが冒険者達に関わることと告げたから、新しく冒険者ギルドへ入ってきた冒険者までこちらの様子を窺っている。
たぶんこうなると思ってジュリスさんは聞こえるように話したんだよね……。
シュナイデルさんがジュリスさんに振り回されても信頼する理由が少しだけ分かった気がする。
それにしてもゴロリーさんが元高ランク冒険者だったからなのか、元Aランクパーティー双竜の咢の“双斧の破壊神”と名乗ったからなのかは分からないけど、凄い注目されているな……。
それだけゴロリーさんが冒険者の中でも別格の存在ということなんだと思うけど、ゴロリーさんは居心地が悪そうだった。
「冒険者ギルドに必要なのは、やはり高ランク冒険者の肩書なんですね」
「騎士団も同じようなものだろう。しかしこうも注目されると煩わしくて敵わんな」
ジュリスさんの言葉にゴロリーさんは眉間に皺を寄せて顔を左右に振った。
ただこうしてゴロリーさんに視線が集中してくれたおかげで、僕は怪しまれることなくフード下から冒険者ギルド内を何度も見渡すことが出来た。
そのおかげで僕は探していた冒険者と迷宮で僕を探していた冒険者パーティーを探し出すことが出来た……ちょうどその時だった。
冒険者達の視線がゴロリーさんからマリアンさんが入っていった扉の方へとスライドしていくので、僕もその視線を追ってみると、そこにはマリアンさんと他にもう一人、カリフさんぐらいの年齢に見える耳を尖らせた男の人がいつの間にか立っていた。
「双竜の咢の“双斧の破壊神”が会いに来たと聞いた時は耳を疑ったけど、本当に冒険者ギルドへ会いに来てくれるとは思ってもいなかったよ、ゴロリー」
耳が尖っているエルフであるギルドマスターは嬉しそうな反面、どこか戸惑っているようにも見えた。
「ああ、出来ることならもうお前とは会いたくなかったぞ、ベルガン……」
ゴロリーさんからはそんなギルドマスターへ怒気が混じった威圧が発せられた……そんな気がする。
「そう……だろうね。それでそんな君が一体どうして冒険者ギルドへやって来たんだい。それも君が嫌いな騎士まで引き連れて……」
ただギルドマスターはその威圧を受けてもただ申し訳なさそうにしているだけだった。
昔二人の間には何かがあったことは間違いないけど、それには騎士も関係しているみたいだった。
するとゴロリーさんは一瞬こちらを見てから、視線をギルドマスターへ戻した。
「フン。その受付からは何も聞いていないのか?」
「ああ、君が来たと聞いて直ぐに来たのでな」
「そうか……用件を伝える前に聞いておきたいことがある。ベルガン、今この街にいる冒険者達のことをどれだけ把握している?」
「魔物集団暴動が起きた時のために高ランク冒険者パーティーは把握しているけど?」
「冒険者パーティーは、か……。それでは個々の冒険者を昔のように把握していないんだな?」
「ああ。そこまで困ることはないからね……」
ゴロリーさんはギルドマスターが口にした言葉に、ギギッと歯を食いしばった。
「そうか……それじゃあ冒険者が犯罪者と組んで同じ冒険者を奴隷商人に売ったり、気に入らないからと迷宮で始末されたりすることは困ることではないんだな?」
「一体何の話……」
ゴロリーさんが告げた内容にギルドマスターが驚きの声と同時に二人の会話を聞いていた冒険者達の中から慌ててギルドの外へ逃げようとする人達がいた。
しかし逃げ出すことは出来なかった。逃げようとした人達へ抜刀して道を塞ぐ騎士さん達がいたからだ。
「ベルガンよ、知らぬ間に冒険者達の質が落ちたな……」
ゴロリーさんは物憂げに告げる。
「まさか用件というのは……」
「ああ。犯罪に加担した者達を捕らえるための協力と関わった冒険者の情報開示だ……」
「まさか君が……冒険者達を売れというのか……」
ギルドマスターが目を見開き、初めてゴロリーさんを睨んだ。
でもゴロリーさんの一言で、事態は一気に加速することになる。
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