61 嫌な感じの正体
翌朝、いつも通りに起きようとすると、なんだかとても落ち着く優しい匂いがして、まだ眠っていたい気持ちになった。
あ~でも残念だけど、今日はゴロリーさんとシュナイデルさんが率いる騎士団の精鋭で、迷宮探索をしなくてはいけないんだ。
僕は何とか眠気を振り払い目を開けることにした。
すると僕の左側にいつもは感じられない暖かさを感じて顔を向けて少し驚いた。
「起きたのね。クリス君、おはよう」
温かみの正体はエリザさんだった。
「おはようございます。あの何でエリザさんがいるんですか?」
「クリス君が迷宮に入って暗殺者と戦う可能性があるって聞いたから、一応止めに来たのよ」
それなら何で昨日のうちに止めに来なかったんだろう? それにどこか今日のエリザさんはいつものエリザさんと違って、少し弱気な感じがする。
昨夜ゴロリーさんがエリザさんを迷宮に連れて行くことを拒否したことと何か関係があるのかな? ただエリザさん止められても僕の答えはもう決まっているけど……。
「エリザさん、心配してくれてありがとう御座います。でも今回の作戦には参加しておきたいんです」
「どうしてか教えてもらえるかしら?」
「はい。実は元々近いうちに、その暗殺者が潜伏していると思われる階層を一人で探索することになります。だから正直不安だったんです。だから今回暗殺者を捕まえられるなら、僕にとってもいいことなんです」
「はぁ~弟子が優秀過ぎるのも困ったものね」
エリザさんは少し切なさを含ませて笑った。
「僕は人より少しズルをしていますからね」
祝福の首飾りと二つの固有スキル。かなり恵まれていることだと思う。
「そんなことはないわ。確かに人よりレベルが上がりやすいし、スキルも多いけど、それは全てクリス君が頑張ったから掴めたものなのよ」
「そうでしょうか……うん、そうですね。そう思うことにします」
そうだよね。頑張っている自分を否定したら、今までの僕が可哀想だし、僕を支援してくれている皆に申し訳ないもんね。
「ええ、卑屈になることはないわ。それにしても中堅の冒険者ならまだしも、冒険者ギルドの受付まで加担しているなんてね。ギルドマスターの人を見る目も曇ったみたいね」
「ギルドマスターを知っているんですか?」
「ええ。まだ雷姫って呼ばれていた時の話だけどね……」
「確か“双竜の咢”ってパーティーを組んでいたんですよね? その時のことって教えてもらえないですか?」
「そうね……クリス君が成人した時に教えてあげるわ。今はまだ探索が楽しいと思える時期だと思うから」
「約束ですよ」
「ええ。だから無事に帰ってくるのよ。それと今日は騎士団との作戦が終わったら、探索はしないで真っすぐ帰ってくること」
「はい。約束します」
それから間もなくして、朝食と昼食の料理を作ってくれたゴロリーさんが僕の部屋に顔を出した。
僕は先にホーちゃんへ魔力を供給して、今日のお昼ご飯は遅れるかもしれないことを伝えてから【収容】した。
そしていつも通り三人で朝食を済ませて、僕とゴロリーさんが迷宮へ出発する時間になった。
「無理はしないでね」
「ああ。今回はクリスがいるからな」
「僕も無理はしませんよ。僕の目的は十階層の魔物と戦うことと、暗殺者を【索敵】するだけですから」
ただ全力で頑張るだけだ。
「クリス、それが作戦の胆なんだがな」
「そうでした」
「クリス君はいつも通りだから安心出来るわ。それより貴方は実戦から遠ざかっているし、思った通りに身体が動かないかもしれないから、自分が思っている以上に気をつけてね」
「ああ。クリスと無事に帰ってくるさ。なぁクリス」
「はい」
僕はゴロリーさんがどれだけ強いのかを知っているから、全く不安がない。
「喩え逃げることになっても、一番大事なのは命だって忘れないでね」
「分かっている。それじゃあそろそろ行く」
「エリザさん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こうして僕とゴロリーさんは、エリザさんに見送られて出発した。
そしてエリザさんの姿が見えなくなったところで、僕は堪え切ることが出来ずに、ゴロリーさんの恰好に言及することにした。
ゴロリーさんは丸みを帯びた兜を被り、ごつごつした全身鎧を纏い、両手に一つずつ大盾を持っていて、武器になるようなものは一つも持っていないのだ。
「ゴロリーさん、何で武器を持っていないんですか? いつもの大斧はどうしたんですか?」
「久しぶりの実戦だから攻撃よりも防御に徹することにしたんだ。クリスのこともしっかり守ってやるから安心しろ」
「でも敵は暗殺者だけじゃないですよね?」
「はっはっは。まぁその答えは魔物と対峙した時に分かるさ」
ゴロリーさんが自信満々だと、とっても安心することが出来る。
きっとゴロリーさんみたいな人が、冒険者パーティーを組む時にリーダーとなるんだろう。
やっぱり僕の目指す最初の目標はゴロリーさんをおいて他にいない。
そう思いながら迷宮に到着する寸前、昨夜と同じくあの嫌な感じが急にして、僕は【索敵】を念じて辺りを見回した。
ゴロリーさんも側にいるし、今なら出て来られても怖くない。
念の為、ゴロリーさんに嫌な感じがすることを伝える。
「ゴロリーさん、良く分からないんですけど、何だか嫌な感じがします」
「ああ。まぁ気にするな。犯人は今からあそこでシュナイデルに怒られるところだから」
その言葉通り、いつの間にか嫌な感じがしなくなっていた。
そしてシュナイデルさんに怒られ始めたのはジュリスさんだった。
「えっ? あれ? じゃあさっきの嫌な感じはジュリスさんの仕業だったんですか? 僕、何か嫌われるようなことしたんでしょうか?」
「いや、あれはクリスが悪意や殺気を向けられても動けるかの確認と、ただ単純にからかうためだろうな」
「ゴロリーさんもあの嫌な感じを受けていたんですか?」
「そよ風みたいな【威圧】のことなら感じたぞ」
今まで魔物と戦ってきた時はそんな感じはしなかったんだけどな……。
「昨夜、迷宮の九階層でも同じく嫌な感じがしました。それから迷宮を出てから直ぐにも……」
「それは直接聞いてみたらいいと思うが、迷宮から出て直ぐはジュリスだろうな。【索敵】が出来るものなら、相手が見えていなくても【威圧】することも出来るからな。何でやったかは本人に聞いたらいい」
そして迷宮前でシュナイデルさんとジュリスさんに合流した。
あまりギクシャクするのは嫌なので、いつも通り挨拶をすることから始める。
「シュナイデルさん、ジュリスさん、おはよう御座います」
「おはよう。朝からジュリスがすまなかった。ほら、ちゃんと謝るんだ」
「おはよう、クリス君。そして昨夜と今さっきも【威圧】して本当にごめんなさい」
やっぱり昨夜の嫌な感じがしたのは、ジュリスさんだったのか……。
でもどうしてそんなことをしたんだろう……。
「……あの嫌な感じがしていたのは、ジュリスさんがやったことだったの?」
「う~そんなに悲しい顔をされると、罪悪感が……」
「馬鹿者!! 何も説明されずに知り合いから威圧されたことを知ったら、誰だって悲しくなるわ」
シュナイデルさんは今日も朝から大変そうだ。
「うっ……クリス君、本当にごめんなさい」
ジュリスさんが本当に悪いと思っている時は、いつも寝癖みたいにピョンっと跳ねている髪がペタッとするから分かりやすい。
ただ迷宮の前でいつまでもそんなことはしていられないし、さっさと迷宮へ入らないと日が昇ってしまい、冒険者達がやって来てしまう。
今はそれを避けるように行動した方がいいと思い、続きは迷宮探索をしながらにすることを提案した。
「このままだと目立ちそうですし、迷宮に入ってから話を続けましょうか」
「ああ。そうしようか……一応人数の確認だけど、騎士団からは私とジュリスを合わせて十人が参加している」
シュナイデルさんの言葉に、ゴロリーさんが直ぐに聞き返す。
「その騎士達は何処にいるんだ?」
「既に二階層へ進ませていますよ」
「そうか。じゃあ行こう」
迷宮の中に四人で入るのは、何だか変な感じがするな~。
そして階段を下りながら、先程の話を再開させる。
「結局あれは何の為だったのかを教えてもらってもいいですか?」
「うん。まず理由からだけど、昨夜は遅い時間まで迷宮に入っていたクリス君にお説教のつもりだったの。ずっと待っていたことで、からかいたくなったのも事実よ。そして今朝はそのネタばらしだったんだけど……さすがにやり過ぎました」
「理由は分かりました。それにしても昨夜僕を捕まえたのは偶然じゃなかったんですね」
あの嫌な感じを利用して、ジュリスさんは僕を誘導していたのかもしれないな。
「うん。昨日はずっとクリス君が迷宮から出て来るのを待ったけど、中々出て来ないから悪戯を考えてね……ごめんなさい」
「もういいですよ。それとこれだけの騒ぎになっていているのに、迷宮から出るのが遅くなってすみませんでした」
「じゃあもう仲直りでいいよね?」
ジュリスさんはとても嬉しそうに笑い、後ろではシュナイデルさんが盛大に溜息を吐いた。
「ええ。でもさっき感じた嫌な感じの正体と、ジュリスさんが【索敵】に引っ掛からない理由を教えてください」
「あれは【威圧】っていうスキルだよ。相手の力量よりも高いと畏怖する感情が高まるの。それと【索敵】に引っ掛からないのはクリス君もやっている【隠密】【魔力遮断】【気配遮断】と闇魔法の【シャドウ】を組み合わせているからだよ」
「じゃあ僕が【索敵】されても、気づかれないってことですか?」
「そうね。よっぽど相手の【索敵】スキルレベルが高くなければ、いることを隠せると思うわ」
今まで何となく使っていたスキルにそんな効果があったなんて……。
「でも昨日【隠密】【魔力遮断】【気配遮断】を使っていたのに【威圧】されたような気がしました」
「う~ん……その時クリス君は何をしていたの?」
「コボルトとフォレストウルフの魔物の群れと戦っていました」
「フフッ それが原因だよ。魔物と戦っていることで【隠密】しているのがバレちゃったんだろうね。クリス君って意外と天然だよね」
「ははっ。勉強になりました」
「おい、クリス。あのスライムを倒してみてくれ」
そこでゴロリーさんからそんな声が掛かった。
「あ、はい」
いつも通り生ゴミを【排出】して、スライムが生ゴミを吸収するのを待ってから、核を叩き割った。
「はぁ~見事の一言だね」
「これを五歳からしていたら、それは強くなりますよ」
「柔軟な思考があってこその戦法だね」
シュナイデルさんとジュリスさんはスライムとの戦い方を称賛してくれた。
そしてゴロリーさんが自慢気に頷いているのを見ておかしくなった。
冒険者パーティーってこんなにも賑やかなものなんだな……。
いつか僕もパーティーを組みたいな……そう思いながら、二階層で待っていた騎士団の精鋭八名と合流し、僕とジュリスさんは暗殺者を見逃さないように【索敵】を使い、迷宮探索を開始していくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
実はこの度レベルリセッターの書籍化が決まりました。
詳しくは活動報告へ記載いたします。




