03 冒険者ギルド
三話目です。
街を行き交う人が多くなっていることに気がついた僕は、少し道の端を歩きながら、街の何処に何があるかを把握するため観察を続けた。
途中”ゴロリー食堂”のように美味しそうな匂いがするお店を幾つか見つけることが出来た。
だけど直ぐには交渉せずに、人が余り多くなくて、忙しくない時間帯まで待つことにした。
その間に休憩が出来そうなところや夜眠れそうなところを探索してみたけど、中々良さそうな場所は見つけること出来なかった。
「まぁ当然だよね。街の中は寝るところじゃないもんね。それにしてもちょっと疲れてきたな……」
たくさん歩いてさすがに疲れた僕は、暗くない路地に入って暫し休憩することにしたのだけど……。
僕ってゴミ捨て場と縁でもあるんだろか?
目を覚ましたゴミ捨て場ではないゴミ捨て場が目に入ったのだ。
興味本位で覗いてみると、そのゴミ捨て場には錆びた鉄や釘、腐った木、空瓶などが大量に捨ててあるようだった。
使い道があるか分からないけど、いらなくなったらまた捨てればいいしね
僕はそれらの廃棄物を回収することにした。
すると僕の[固有]スキルに変化があったのだ。
成長しないと教わったばかりの黒い霧が成長したのだ。
名称と数量は今までも何となく理解していたけれど、今度はそれに説明文が加わった形で頭に浮かんできたのだ。
生ゴミ×八十kg:野菜のくずや食べカス、廃棄された食材が混ざった物
小石×十二個:そこらかしこに落ちている普通の石
僕はそのことにとても驚いてしまい、人の接近に気が付けなかった。
「おい、ここは俺達の縄張りだ。余所者が何しているんだ」
振り返ってみると、そこにはフェルノートと同じか少し大きなリーダー格の子供と数人の子供がこちらを睨みつけていた。
小さい僕を睨みつけるなんて、とても大人気ない子だと思う。
「ゴミを捨てに来たんですけど?」
「……もう捨てたのなら、さっさと何処かに行け」
リーダー格の子供は僕が何も持っていないことを確認してから命令してきた。
とても警戒心が強いのはスラムの子供だからなのだろうか? それにしてもここは長居していい場所ではないらしい。
ぞくぞくと人が集まって来ている雰囲気を感じる。
僕は大人しく言うことを聞いて、大通りへと歩き出した。
「おい、お前孤児院の奴か?」
「違うよ?」
「そうか。ならいい行け」
どうやら孤児院と敵対関係にあるらしい。
僕は先を急ごうとして、遠くで子供達が残飯漁りをしているところを見つけたのだが、自分達の食い扶持を失わない為なのか、子供達から威嚇され、大通りに出るまで監視され続けた。
「……弱肉強食なんだな。ここへはもう来ない方がいいかもしれないな」
僕はそう呟きながら、深く溜息を吐いた。
その後も街をうろついていていたら、僕の知っている場所に来ていた。
僕の家がある近所だったのだ。
僕はとても泣きそうになったけど、我慢して踵を返して、歩いてきた道を引き返すのだった。
それからは何処をどう歩いたのか分からなかったけど、気がついたら僕は”冒険者ギルド”と書かれた建物の前にいた。
ここが冒険者ギルドかぁ~。
記憶の中でお兄が登録するには、年齢制限があるとか言っていたような……でも最初から諦めたらそこで終わりだし、試しに聞いてみるぐらいはしてみようかな。僕は冒険者ギルドの扉を開いた。
冒険者ギルドの中は思った以上に広くて、きれいな場所だった。
カウンターが正面にあり、幾つかのブースで仕切られ、複数の人が同時に受付出来るようになっており、”酒場”と”買い取りカウンター”と書かれた場所の案内も出ていた。
僕はかなり場違いなところに来てしまった気もしたけど、カウンターに座る綺麗なお姉さんに、僕の熱い思いを伝えることにした。
「すみません」
受付まで進んだ俺は受付カウンターより三歩下がった所から受付をしているお姉さんに話し掛けた。
「どうしたの坊や? 一人なの? 迷子かな?」
美人のお姉さんは優しく声を掛けてくれた。
「いえ、親に捨てられたので冒険者になろうと思いまして……冒険者登録をしたいのですが……」
俺は少しだけ真実を捻じ曲げて答えた。
まさか奉公に出された先で奴隷にされそうなところを運よく逃げ出すことが出来たなど、口が裂けても言えなかったから……。
「えっ?」
受付嬢は目を見開いて吃驚して固まってしまった。
「文字は書けませんが、読むことは出来ます。運搬のスキルがあるので登録したいんですが、五歳で登録することは出来ますか?」
固まっているお姉さんに僕の長所を伝えることは出来た。
「駄目よ。いくら坊やがとても過酷な状況だとしても、冒険者登録が出来るのは十歳からなの」
やはり駄目らしい……けど、見習いとかならどうだろうか?
「登録出来るまでは見習いで構いません。僕は魔物と戦ったりはせずに街の中の仕事を受けたいと思っています。……街中で生ゴミを処理したい人、引越し、運搬の仕事です。それを請け負わせていただけませんか?」
僕は諦めずに自分の出来そうな仕事を斡旋してもらえるように、交渉へと話を切り替えた……。
「ごめんなさいね。出来ないの。それと十歳から登録は出来るけど、それが冒険者見習いなの。一部を除いて成人してから見習いじゃなくなるのよ」
どうやら冒険者になって依頼を受けることは出来ないみたいだ。
「そうなんですね。親身に聞いてくださったこと感謝します。頑張って他で仕事を探してみます」
これ以上ここで粘ってもどうしようもないことを理解したので、お姉さんに頭を下げ、冒険者ギルドから出ることにした。
今から目星を付けた数件の食堂を回れば、仕事はもらえるかもしれない。
出入り口に移動しようとすると、お姉さんの声が聞こえた。
「ねぇ君、お腹空いてない?」
振り返ると、お姉さん優し気に微笑んでいた。
余りお腹は空いていないと思ったけど、ギルドの食堂にも興味があったのでご相伴に与かることにした。
「坊や、遠慮しないで食べていいよ」
そう言われて僕はテーブルの上に並べられたご馳走を前に、まだ自己紹介をしていないことに気がついた。
「食事をいただく前に自己紹介がまだでした。僕の名前はクリストファーです。クリスと呼んでください。先日五歳になりました」
そして簡単な自己紹介をしてペコリと頭を下げた。
「……五歳でここまで利発なのに……私はギルドの受付をしているマリアンよ。さあ食べましょう」
何やら含みがあったけど、お姉さんも自己紹介してくれた。
こうして僕達は一緒に食事を始めた。
周りにいる冒険者達の目がこちらを見ることがあるけど、何処かほのぼのとした空気が流れていた。
五歳児に嫉妬する冒険者がいなくて本当に助かったと思いながら、食事を堪能する。
すると、マリアンさんが僕の事を探るように聞いてきた。
「それにしても、クリス君はどうしてその歳で冒険者になろうと思ったの?」
「五歳で親に捨てられた僕に出来ることはスラムに入って仲間を作ることだけです。……でもスラムでは盗み等の犯罪に手を染めないと生きていけません」
本来は孤児院に入る手もあるけど、それは本当に最終手段だから、あえて全ては話さないことにした。
「そっか。盗みとかは犯罪だからね」
「はい。……人から物を盗んだことで、その人の人生が滅茶苦茶になったら責任を取れませんし、恨まれるでしょう。僕は臆病なので命令されても出来ないと思います。僕が盗むのは人の心ぐらいです」
僕は会心のギャグを飛ばすが、マリアンさんは呆けてしまった。
さすがにイタイ子だと思われたかも……そう思っていると、マリアンさんはクスクス笑いだした。
「坊や、クリス君って言ったわね。本当に面白い子ね。でも異性を口説くのはもう少し大人になってからになさい」
「えっと、はい?」
間の抜けた返事により、再びマリアンさんは笑いだすのだった。
折角の機会なので、僕は話題を気になっている迷宮に移していく。
「そういえばこの街には迷宮があるんですよね? 冒険者になると皆迷宮に入るんですか?」
「ええ。そうね」
「それじゃあ、一階層の魔物とかって、どんな魔物が現れるんですか? 竜とか出るんですか?」
「一階層からそんな危険な魔物が出る迷宮は無いわ」
僕の話にマリアンさんはツッコミを入れながら笑い、周りの冒険者もそんなマリアンさんが珍しいのか、ただただこちらの話を聞いているだけだった。
「一階層はスライムで、二階層はワームよ」
「そうなんだ。それってどんな魔物ですか? 剣を一杯持っていたり、魔法を放ってきたりしますか?」
「スライムやワームがそれだけ強そうなら、冒険者の数は一気に減ると思うわ。スライムは水溜りみたいな魔物で核と呼ばれている部位を持っているの。その核を割れば溶けてなくなるわ」
「弱いってことですか?」
「ごめんなさい言い方が悪かったわ。そうでもないの。スライムは核を潰せば倒せるんだけど、普段は物理攻撃……叩いたりしても攻撃を吸収して核まで届かないの。その隙に溶解液……身体を溶かしてしまう攻撃をしてくるの」
「弱点はないんですか?」
「スライムは掃除屋って呼ばれていて、あらゆる物を食べてしまうのだけど、その最中は攻撃をして来ないぐらいかしら」
「そうなんですか」
それならうまくすれば倒せるかも……そう思ったところで、直ぐに牽制が飛んできた。
「まぁ迷宮の入り口には見張りがいるから、冒険者登録していないと迷宮には潜れないけどね」
「そうなんですか。教えて頂きありがとうございます。当面は僕に出来る仕事を探すことにします」
「そういえば運搬スキルって?」
そうマリアンさんに聞かれたがそこははぐらかすことにした。
「冒険者になったら教えますよ」
「そうね。あまり手の内はは喋らない方がいいかもね」
マリアンさんはそう言ってくれた。
それからマリアンさんと色々なこと聞き出し、冒険者ギルドに宿泊施設はないこと、魔法や[スキル]を教えることなどがないことを知った。
「マリアンさん、ご馳走様でした。このご恩は忘れません。あと五年……長いですが、しっかり踏ん張ってからまた来ます」
「楽しみにしているわ」
僕はマリアンさんにペコリと頭を深く下げ、冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドから出ると、空が茜色に染まっていた。
「もうお腹はいっぱいだけど、もうちょっとだけ頑張らないと」
それから僕はもう一度気合を入れ直して、目星を付けていた食堂や宿屋を片っ端から回り、生ゴミの回収と対価での食事提供をお願いしていった。
そしてその甲斐あって、三件の食堂から仕事をもらえることになった。
まぁ”ゴロリー食堂”で仕事を貰えたという話を伝えたのが、勝因だったと思うけど……。
これで衣食住の食の問題だけは解決出来たかな。
後は衣、住だけど、これはお金がないと難しいよね……最低限衣食住を充実させないと、資本となる身体が作れない。
特に食事と適度な睡眠は今後の成長に関わってくるから重大だ。
そうなるとどうしても必要なってくるのはお金である。
そもそもお金があれば僕が奉公に……売られることもなかったのだから……。
「さて、どうやって稼ごうかな……」
僕は暫く悩んでいたけど、鎧を着た複数の冒険者達が揃って何処かに歩いていくのが目に映り込んできた。
「……やっぱりそれしかないよね」
僕は薄暗くなる空に向かってそう呟きながら、冒険者達が歩いてきた方へ向かい歩き出すのだった。
お読みいただきありがとうございます。
マリアンさんは色気のある受付嬢をイメージしていますが、実際にはまだ二十歳前だったりしますw
ヒロインではありません。