01 覚醒
いつも聖者無双をお読みいただきありがとうございます。
少し前から新作を書きたくなっていて、聖者無双の一巻の発売が今月の三十日に決まりましたので、投稿することを決断しました。
今作は異世界、現地主人公、迷宮を題材として妄想を働かせました。
聖者無双、レインスター物語があるので、不定期更新となりますが、楽しんでいただける作品にしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
頭が痛い。
いや、頭だけじゃなくて、身体中に痛みがあるみたいだ。
それにとても気分が悪いし“家族で食卓を囲んだ最後の食事”を全て吐き出してしまいそうだった。
僕はどうしてしまったんだろう? 身体の痛みや場所を確認するために目を開こうとした……その時だった。
「あ~あ、殺っちまったか。だから乳離れしてないガキの買い付けなんてしたくないって言ったのに……女ならまだしも男なんて二束三文だろうに……」
そんな男の声が聞こえた。
僕は全身に鳥肌が立つのを感じながら身体を竦ませた。
誰だか分からないけど、僕はこの声がとても怖い存在だという認識はあった。
やがて男だと思われる足音が徐々に遠ざかっていくのを感じながら、そのまま暫く死んだふりをして待つことにした。
そして自分の身に何が起きたのかを必死で思い出すことにした。
家族はお父さんとお母さん、それとお兄と僕を加えた四人家族だった。
家は貧乏な家庭だったけど、何とか生活出来るレベルではあった……お父さんが怪我をするまでは。
お父さんが怪我をしてから貧困度は徐々に悪化して、酷くなっていった。
そんな状況の中で隣街の商人を名乗る男が、下男として奉公人を集めるという話が上がったのだ。
継ぐような家ではないので、お兄を下男にして奉公へ出そうと両親は思っていたのだが、お兄がこれに猛反発したのだ。
「お願いだよ。もうすぐ冒険者になれる歳だし、そしたら稼ぐから。ただ最低限の装備は欲しいから、クリスを奉公に出そうよ。クリスだって商人の下男になれば腹一杯の食事にありつけて幸せだろ」
あまりにも身勝手な意見ではあった。
しかし、両親は僕がひもじい生活を送るよりもと、泣く泣く商人の奉公へ出すことを決めたのだった。
前金としていくらかの賃金で僕は便宜上奉公へと出されることになったのだが、馬車を走らせる前に男が笑って言ったのだ。
「クックック。馬鹿ばっかりだよな。お前らは奴隷として奴隷商に売られたんだぜ。奉公先で大失敗をやらかす予定だからな」
僕は初めて両親と離れることや、知らない人ばかりの馬車に入れられたこと、そして男の言葉……まあ、大半の内容は理解出来なかったが、とても怖くなり理性が保てず、馬車に乗せられたところでお漏らしをしてしまったのだ。
「おいおい勘弁しろよ。クソガキ」
そう言って馬車の御者をしていた男が僕の顔を叩き、条件反射でさらに僕は大泣きしてしまったのだった。
そのことで男は苛立ったらしく、僕を掴むと馬車の床に投げつけたのだった……その後は覚えておらず、先程まで意識を失っていたのだ。
そのことを改めて思い出した僕は泣きそうになった……。だけど、なんとか我慢して男が完全に立ち去るのをじっと待つ……。
それにしても何かがおかしい。
考えてみると、僕は自分自身に起きている違和感に戸惑いを覚え始めていた。
僕は一体どうしてしまったんだろう? 五歳と少しになったばかりなのに、急に色々なことが考えらるようになっているような……頭を打って頭が良くなったのかな?
少しの間、自問自答してみたけれど、結局答えなんて分からなかった。
男が完全に去ったことを薄目を開け確認してから、僕は大きく息を吐いた。
「もう行ったから大丈夫だよね? それにあれこれ考えてもお腹は膨れないし……。それよりもこれからどうしよう? 奴隷にならなかったのは良かったけど、お家に帰るのはダメな気がする」
何気なく現状を整理するために呟いた言葉が、僕の胸を締め付け、目には涙が溜まっていく。
頭の痛みや身体の痛み、気分の悪さは徐々に快方へと向かっているけど、寂しさだけはずっと胸の中に居座り続けるみたいだ。
だけど……いつまでも感傷に浸っている場合ではないと、涙を服の裾で拭ってから立ち上がる。
そして僕のいる場所がゴミ捨て場だったことを知った。
「生ゴミを捨てる日じゃなかったのかな? でもちょっとだけ臭いから、生ゴミも捨てられる場所なのかな? あれ? それよりもさっきまであれだけ全身痛かったのに、もう何処も痛くないし、何ともないや。これが子供パワーって感じ」
その時、またズキッと頭に痛みが走った。
「イタタ。まだ本調子じゃないってことみたい。無理はしちゃいけないみたいだな。それにしても……これからどうしよう」
キョロキョロ辺りを見回すと、なかなか治安が悪そうな路地裏の一画にいるみたいで、人通りは全くと言っていい程ない。
僕はまだ外出をあまり多くした事がなかったから、ここが何処だか分からなかった。
途方に暮れ始めた時だった。
「おい、ここは俺達の縄張りだぞ」
そう声が聞こえた。
声が掛けられた見てみると、僕よりも少し大きな子供達がこちらを見ていた。
「あ、ごめんなさい。大通りってどっちだか分かりますか?」
「チッ迷子かよ……仕方ないな。シスターからガキには悪さをするなって言われているから、大通りまでは案内してやるよ」
一番体格の良い男の子がそういうと、それに倣って他の子供達も威嚇することはなくなった。
以外に子供とはいえ、たくさんの人数から囲まれると怖いのだと初めて知った。
「オマエの家は?」
「大通りの近く……だよ」
今朝までだけど……。
「本当に大通りまでで平気か?」
どうやら心配してくれているらしい。
優しい子供みたいで良かった。
「うん。ありがとうお兄さん。あ、僕はクリストファーだよ。クリスって呼んでね」
「へぇ~伝説の騎士と同じ名前か。俺も剣聖と同じ名前でフェルノートって名前だぜ」
どうやらクリストファーは伝説の騎士で、フェルノートは剣聖の名前らしい。
そんなことを聞いた記憶は一切ないので、僕の名前はたまたま両親が付けてくれたのだろう。
「そうなんだ。お兄さんの名前カッコイイね」
「おう、だろ。大通りはこっちだぜ」
自分の名前が褒められて嬉しいのか、フェルノートは機嫌良く大通りまで送ってくれた。
大通りは目と鼻の先ほど近い場所にあった。
それでも迷わずに大通りへ出れたことに僕は安堵した。
「ありがとう」
「おう。俺達は孤児院で暮らしているからまだいいけど、スラムには同じ人なのに平気で捕まえて売り払ってしまう奴らもいるみたいだから、もう道に迷ったりするなよ」
「……怖いところなんだね。気をつけるよ」
「ああ。俺達は孤児院の仕事があるからもう行くな」
「うん。本当にありがとうフェルノート、それに皆」
会話はしなかったけど、一緒に送ってくれたからお礼を告げると、皆、嬉しそうに笑ったり、照れたりしているのが印象的だった。
フェルノート達を見送った僕はこれからのことを考えることにした。
しかしここは一体何処なのだろう?全く見覚えのないところだった。
きっと五歳で売られ……奉公に出されるくらいだから、生きていくのも大変なんだろうな。それにフェルノート達は孤児院って言っていたから、孤児も割と珍しくないんだろし……
きっと僕が想像しているよりも、一人で生きていくのは過酷なことになるだろうな。
それでも此処でどうにか生きる術を身につけなくちゃいけないよね。
僕はとりあえず歩くことにした。
僕が住んでいる街は中々広いらしく、街並みがずっと先まで続いているようだった。
今まで感じなかったけど、結構広い街なんだな。これなら迷子になっても仕方ないよね
少し歩いたところで、僕は周りの視線が気になったので、そちらへ顔を向けると嫌そうな顔をして視線を逸らされた。
どうやら家が貧乏だったこととゴミ捨て場に捨てられたことで、ただでさえ質素な服が汚れて、今はスラムの孤児にしか見えないみたいだ。
あまり精神的によろしくない視線を晒され続けるのも嫌なので、止まることなくどんどん進むことにした。
本格的にお家に帰りたくなったけれど……それは自殺行為に等しいと思う。
下手をしたらまた何処かへ売られてしまう可能性だってある。
今回はたまたま奴隷にされずに済んだけど、もうこんなラッキーなことは起きないだろうし……。
それにお金はなくても愛情を注いてくれた両親を恨むことなんてしたくなかった。
大通りから一本脇に入ったところで、僕は一息ついた。
そしてフェルノートが先程言っていた、伝説の騎士と同じ名前だということを信じて、気になっていたことを試すことにした。
僕が伝説の騎士と同じ名前なら、何か特技があるかもしれない。それこそ簡単な魔法でも使えたら、僕でも独り立ち出来るだろうし……やってみよう。
「火よ燃えろ」
手を前に向けて突き出し、声を上げる……しかし何も起こらなかった。
「まぁそうだよね。でも本格的に僕が出来ることを探さないとな……痛ッ」
また頭に鋭い痛みを感じたけど。それは直ぐに止んでいく。
この頭に走る痛みは一体何なのだろう?
不思議に思いながらも僕は歩こうとして、踏み止まった。
そこには看板が出ていて”魔導具専門店メルル”と書いてあった。
どういう理由なのか、僕はまだ習ってもいない文字を何故か読むことが出来るようになっていたのだ。
「どうしよう。僕って天才だったのかも……痛ッ」
調子に乗ったからか、また頭に痛みが走った。
それにしても魔導具屋ってことは、便利な物がいっぱいあるのかな? いつかお世話になるかもしれないな
僕はそれから色々なところを見て回ることにした。
文字が読めるだけで世界が広がった気がしたからだ。
よく眺めてみると、雑貨屋さんに武具店、鍛冶屋さんに精肉屋さんと色々なお店が近くにまとまっていることが分かった。
ここは商店街みたいなものなのかも
僕は頷きながら歩みを進めると、とてもいい香りが漂ってきた。
その匂いに釣られて行くと、定食屋さんのようだった。
お腹空いたな……。両親のところへは帰りたいけど帰れないよね。もう孤児院に行くべきなのかも知れないな……。
ただ孤児院で面倒を見てもらうと仮定した場合、基本的には助け合いをしながら暮らしていくことになると思う。
そうなれば、中々孤児院から独立して抜け出すことが出来ないだろう。
入れるかどうかは別にして、やっぱり孤児院は最終手段しよう。
そうと決まればこの定食屋さんで住み込みで働かせてもらう計画を練らなくちゃいけないね。
きっと住み込みなら、賄いの食事も出してくれると思うし。
食事と適度な睡眠は、資本となる身体の成長に、大きく関わってくるものだ。これは絶対に妥協は出来ないし、失敗出来ない戦いになる。
まず僕に何が出来るだろう? 客寄せは……孤児みたいだから駄目だろう。皿洗いは……身長が足りない。料理は……したことがなかった。これはもしかしなくても詰んでしまっている? あ、掃除は出来るか
そう思ったが、掃除なんてたかが知れているし、わざわざその為だけに人は雇わないだろうな……。
「それこそ生ゴミを処理してきれいにするとか、全部何処かへきれいさっぱり【回収】でも出来たりしない限り……何だろうこれ?」
突如、僕の目の前には黒い霧が出現したのだった。
僕は周りを確認して誰もいないことを確かめると、近くに落ちていた石をその黒い霧に軽く投げてみた。
すると、霧の中に石が吸い込まれていった。
「これって危ないものなのかな? もう【消えて】くれないかな」
すると、言葉に反応したようにその黒い霧は消えていった。
「何だろう。ちょっと面白いかも。えっと、確か【回収】って言ったら……あ、本当に出た。これをうまく扱えたら……」
一先ず定食屋さんで雇ってくれる可能性は現段階では難しいと考えて、僕は謎の力の実験を優先させることにした。
黒い霧は動かそうと念じたり触ってみたりしたけど、動かすことは出来なかった。
ただ霧の出現場所は僕から一メートル以内なら何処でも出現させられることが分かり、僕が【回収】したい物を念じると、その霧は指定した物を飲み込んでいった。
そしてなんと黒い霧で【回収】した物は【排出】することも可能だったのだ。
さらに【回収】だけでなく【収納】という言葉でも黒い霧が生まれることも判明した。
ただ何かを【回収】したいと念じなければ、言葉を口にしても黒い霧が生まれることはなかった。
実験の過程で誤って黒い霧に触れてしまったけど、僕には無害だということが分かり、僕が定食屋さんで仕事が出来る確率は大きく跳ね上がった。
「でも、これだけ便利な能力なら人前で使うのは止めよう。過ぎた力は身を滅ぼしそうだし……痛ッ」
色々考え事をしようとする度に頭に痛みが走るのはさすがに止めてほしいな……。
しかし、ここで思いがけないことがまた僕の身に起こっていた。
……何を【収納】したか分かるようになってる? そう。黒い霧に触れていると、何を収納したのかが分かるようになっていたのだ。
これをうまく使えれば、きっと雇ってもらえるよね
頭の痛みを感じながら、ようやく生きる希望が湧いてきたことに、僕はとても安心して笑顔になっていると思う。
あとはうまく交渉出来ればいいんだけれど……
僕は意を決して、”ゴロリー食堂”と看板に書いてある定食屋さんの扉を開くことにした。
お読みいただきありがとうございます。
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