三章 「神も仏もない仁義」
あの肝試しから数日が経ち本日土曜日。みんなが休日返上で作業に没頭している。
ダブルバカはあの墓地でのことを一応それなりには参考にしてきたらしく、二人の指示の元、着々と準備が仕上がりつつあった。
「あーそこの飾りつけもうちょっと下だなー」
「あ、テープが無くなった、だれか持ってない?」
「おい誰だ輪ゴムと間違えてコンドーム発注したの!?」
「差し入れのジュースの中にアルコール入りのジュース仕込んだ奴は今自首すれば股間蹴るだけで許してやるぞー」
「谷村、粉川! 音楽室から盗んだモーツァルトを返しなさい! 何? もう目のところにライトを埋めた!? バッカモーン!!」
みんな忙しいそうに準備をしている。隼斗のクラスだけではなく他のクラスでも騒がしく賑やかしく作業が進められていた。
「ほら、ぼさっとしてないで早く頂戴よ」
「あ、すまん。ほらよ」
隼斗もクラスの一員として飾りつけの手伝いをしている。
彼自身お化け屋敷というものを実際に体験したことないが、藪鮫組やあの怪物に比べれば大したことはないだろう。という認識で作業していた。
「うん、こんなものかしらね」
「しかしなんだろうな……正直舐めてたかもな」
「ん? 何を舐めてたっていうの? 画びょう頂戴」
「ほらよ。いやな、みんなには申し訳ないと思ってたんだけど、学生がするものだからもっと、こう、簡素じゃないかって思ってたわけよ」
「なるほどね、まぁ小学校までしか行ってないならそう思ってもしょうがないか」
「てかホントにお前上でいいのか?」
「は? それやる前にも言ってたけどどういうことよ?」
「いや、そりゃあ、あれだよ……」
今現在している仕事は教室を暗くするために黒幕を窓に着けていく作業。
そのため紅音が台に乗って作業をしている。隼斗は下で画びょうやらを手渡すのだが紅音はそこまで身長が高くないので高めの台を使っている。
もうお分かりだろう? 彼は見えそうで見えない状況に立たされているのだ。
「なによ、はっきりいいなさいよ」
「あの、それは……あぁもういいや、位置的に見えちまいそうだがいいのか!?」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと今日はスパッツ履いてるから」
「てめぇ! さては俺が思ってること知っててからかってたな!?」
「あはは! 男のくせにもじもじしてるのは見てて面白かったわよ!」
今日も隼斗は紅音のペースに乗せられる。大分慣れてはきたがそれでも堪えるときはある。
「あ、その暗幕もう少し上だな」
「そう? ん、んんん……」
紅音が背伸びをして暗幕を上にあげる。その時スカートの中身が見えたのだが、本当にスパッツをはいていた。しかしそれはそれでまた違った危うさを感じるので急いで目をそらす。第一ほかの人から見れば覗いてることには変わりはない。
背が低いのは彼女自身が悩む欠点だが弄ろうものならすぐさま反撃を食らうので黙っている。現状、口論で隼斗が勝てる見込みは皆無だ。
「ちょっと、この辺り?」
「あぁそこでいいぜ」
「よいっしょっと……よし、って、きゃ!」
「あぶねぇ!!」
暗幕が届いて気が抜けたのか自分の足をかけてしまい後ろに倒れてくる。
横にいた隼斗は持っていた画びょうの箱を放り投げて紅音を受け止めに行く。
何とか間に合って紅音を受け止めることができた。体制的には完全にお姫様抱っこになっている。
「大丈夫か?」
「……えぇ、あなたが受け止めてくれたおかげでね」
「はぁ良かった。てか初めてかもな。護衛らしいことしたのは」
「そういえばそうね、さて……」
紅音が多少顔を赤らめて
「そろそろ降ろしてくれない? 視線がつらいわ」
「え? あ!」
気が付けばクラスの連中がこちらを見ていた。
女子はキャーキャーいいながら、男子は怒りと憎しみを込めた視線を送る。針のむしろとはまさにこのこと。
「す、すまない! 今おろす!」
危機を感じて慌てて紅音をおろす。みんなも終わったものと思いそれぞれの作業に戻っていった。
「はぁ……しかし気をつけろよ。敵は人だけじゃないんだぜ?」
「えぇ、気を付けるわ……誑しこまれないように」
「え? 最後なんだって?」
「なんでもないわ、それと、そのあたり危ないんじゃない?」
「え? あわわ、あぶなっ!」
紅音に問い詰めようと近寄ろうとしたらさっき自分が蒔いた画びょうを踏みそうになった。忍者の武器を彷彿させる。
それからお互いに気を付けながらも作業を進めていき、夕方には作業を終えることができた。
「皆ご苦労さん! おかげで素晴らしいお化け屋敷が完成した!」
「あとは日曜日を挟んで月曜が本番だから、みんなゆっくり休んでてね~」
ダブルバカの合図で解散となった。隼斗と紅音も下校するみんなの流れに乗じて帰ってゆく。
「さーて、明日はどうするんだ? どっか行くのか?」
「別にどこも行かないけど……何? ストーキングでもするつもりだった?」
「違ーよ。お前がどっか行くならついてった方がいいんじゃないかってな」
「……あなた、真面目ね」
「だてに幼いころから仕事してねーさ。職業病みたいなもんだ」
「ふーん……ま、明日は私どこも行かないからあんたも休日よ」
「そっか、なら明日は久しぶりに物部の旦那の仕事でもしようかな」
「あんたに休むという選択肢はないの?」
自転車を押してグラウンドを横断していくと校門の前にあまりにも不釣り合いな男が立っていた。顔に傷があり、とても面接なんかでは着ていけないような派手な柄のスーツを着ている。
「あいつ、なんでこんなところに……」
「あ、やっぱりお宅の者でしたか」
隼斗は紅音と一緒に駆け足で男の元へ向かう。
「あ、姫様! ようやくで!」
「山田。私が学校に行っている間は接触しないって決まりを知らないわけじゃないでしょう?」
「それについては誠に申し訳ありません! ですが緊急の用事でございまして、御側人のお二人に頼まれて参上しました」
「あいつらが……いいわ、不問とするから要件を言いなさい」
「ありがとうございます。実はですね、以前からありました積荷強襲がまたおきまして」
「それだけ? それなら帰ってからでも……」
「うちの組のものが重傷を負わされて意識不明の状態になったんです」
「っ!」
紅音の顔が驚きを表したと思ったらすぐに怒気を孕んだ顔に変わった。
「分かった。すぐに屋敷に戻るわ。あんたは帰りながら屋敷に連絡して緊急会合の準備をさせて」
「へぇ! 仰せのままに!」
男が承諾すると近くにあった大型バイクに乗り込んで法定速度ぶっちぎりで走り去っていった。ノーヘルに運転しながら携帯で電話、見つかったら即逮捕間違いなしである。
「心配そうな顔してるけど、あいつはそんなヘマしないわ。それより……」
紅音がこちらに向き直る。
「悪いけど今日の晩は付きあってもらうわよ。あと、もしかしたら明日の休日も忙しくなってもらうかもしれないわ」
険しい表情で紅音は隼斗に告げる。嫌な予感しかしないが、護衛のことならば仕方がない。そう思いながら二人は急ぎ足で自転車置き場に向かった。
・ ・ ・
その後隼斗は紅音を乗せて屋敷に戻る。神憑きを使って早く帰ろうかと提案したがドジを踏んで警察のお世話になってはいけないとのことでいつも通り自転車でいつもの速度で帰った。紅音は一刻も早く帰りたそうにしてたのを、隼斗は背中越しに感じていた。
いつもと同じ速度より気持ち早めに走って屋敷に戻った。屋敷に着くなり紅音はずかずかと門をくぐり玄関に向かう。隼斗もその後に続いていく。
屋敷の中は前に来た時よりも慌ただしくなっている。屋敷に入ると御側人の二人が歩きながら紅音に話してかけてきた。
「姫様、お帰りなさいませ」
「姫さんも含めて組のもんは全員屋敷に揃いましたぜ」
「ありがと、全員に議題の報告は?」
「ほぼ完了しております。会場の方ももうすぐ完了いたします」
「晩飯ですがいかがいたしますか?」
「あとよ。内容によっては食べる量が変わってくるわよ」
「御意、あと、その小僧はいかがいたすのですか?」
「あなたたちと同じ席に並べなさい。彼も御側人よ」
「はは、そうでしたな。では席もう一個足すようにゆーときますわ」
話を聞く限りではどうやらさっき言っていた会議の事らしい。
「なぁおい。これから何の会議が始まるんだ?」
「会議って分かっていたらいいわ。内容の詳しいことはそこでもう一度おさらいするから」
紅音は早足で屋敷を歩いてゆく。そしてある部屋に入っていこうとすると
「今から着替えるから、外で待ってて」
と言われたので警備員のように表で待っているとしばらくして初めて会った時の恰好で出てきた。相変わらずレディースのトップみたいな格好だな。と言ったら間違いなく怒るので隼斗が言うことはなかった。
待っている間に人がほとんどいなくなったのを不思議に思い聞いてみると、もう会場に集まっているわ、と言ったので自分たちも会場に向かう。
「ここが会場である大桜の間よ」
紅音がふすまを開けるとそこには総勢たるヤクザが揃っていた。
ドラマとかでしか見たことがない上座から二列に向かい合って座っていく形である。しかも紅音と隼斗は上座に向かってその真ん中を歩いていくのだ。ヤクザの目線が刺さる刺さる。終わった後宴会でもするのか、旅館の夕食で出てくるような小さなテーブルがある。その上には小さな皿のような杯に酒が注がれている。
体に穴を空けられそうになりながら何とか上座まで到着する。
そこには紅音が座るのであろう畳用の玉座があり、その横に少しずれたところに御側人の二人が鎮座している。
「紅音さん、俺はどこに座れば?」
「那滝と私の間にある座布団でしょう」
見ればそこには上質な座布団が敷いてあったのでそこに座る。
「いやー災難やなぁ自分」
座って正座すると那滝が話かけてきた。
「災難ってどういうことだ?」
「ありゃ、姫さんから聞いてないんか? まぁ今から言うこと聞いてたら分かるやろ」
那滝がそういうので紅音の発言を待つ。
その時は直ぐにやってきた。
「皆、今日は緊急の会議にもかかわらずよく集まった、ご苦労である。さて、今日この会議を開いた理由は皆も大体知っているだろう、輸送中の積荷の襲撃に関することである。那滝、詳細の報告を」
「はい、えーまずは積荷強襲のことですわ。今年に入ってから我らが生業としてる野菜を積んだトラックが何者かによって襲撃されるという事態があったんやわ。運搬していた者によると積んでいたトラックに何かが降ってきたような衝撃があった後、トラックを停めて荷台を見てみると荷物が入った木箱が数個奪われてとる、といった感じですわ。その際に犯人の姿見ることは出来なかったようですねん」
聞いたところでは相手は手だれなのだろうか。それにしてもヤクザの車から物を盗むとはよほど肝がすわっていないとできないだろう。
「その後数回犯行が行われその度に色々対策を講じましたところ、一番有効な手としてダミーの箱を見えるところに置く、ちゅーのが採用されました。その都度犯人はダミーケースを強奪。その都度目撃しようとしましたが結局確認には至っておりません」
犯人の目的が見えない。積荷が欲しいならダミーを毎回持って帰ったりはしないだろう。それと毎回目撃できないってのもおかしい。
「そして昨日の夜。また同じく積荷が襲撃されたんや。ここからの説明は運搬していた者に説明してもらおか。ほなよろしく」
「はい」
指名されて立ち上がったのは怪我したのか腕を吊っている二十代後半くらいの男だ。
「自分は渡利と言います。昨日は同じく運搬をしていた鳥野と一緒に積荷を運んでいました」
渡利に鳥野、隼斗は渡り鳥コンビで覚えておくことにした。
「私たちは以前にも運搬中にこの襲撃にあったことがありまして、今回で二回目でありました。だから今回の襲撃にいち早く気が付いたので犯人を捕まえてとっちめてやろうと思いトラックを停めてドスを片手に荷台に向かって走っていきました。そして鳥野に周囲を見させて私がトラックの荷台を確認していたら、いきなり鳥野の叫び声が聞こえたのです」
周囲が少しざわつく。雲行きが怪しくなってきた。
「私は急いで鳥野の元に向かったら胸が思いっきりえぐられたような跡があり、私は鳥野の安否を確認していたら、後ろから何者かに足を掴まれ持ち上げられて、地面に叩き付けられました」
周囲がより一層ざわついた。多少の怪我なら笑とばすようなヤクザだが今回はやり方が異常だ。大の大人を持ち上げてだけでなく叩き付けたということは一度振り上げたということ。両手でもそれが出来る奴はそうはいない。
「私は腕の骨折で済みましたが、現在鳥野は市内の病院に搬送されて治療を受けています。私からは、以上です」
渡利は悔しさから歯を食いしばりながら報告を終えた。
「あの、質問よろしいですか?」
「ほい、花道さん。どうぞ」
「ありがとうございます。渡利、君は加害者を目撃したのかね?」
「あ、それが、掴まれたのも後ろからで、叩き付けられた時は情けないことに苦痛で喘いでおりまして……気が付いた時にはもう、いませんでした」
「そうか……では積荷はどうなっていた?」
「それはいつも通りダミーを置いていたのですが、おかしなことに今回はダミーにすら手を付けていないのです」
「なるほど……ありがとう、私からは以上です」
質問をした側と受けた側が座る。つまり渡り鳥コンビは一方的にやられてその後は完全に放置。強奪はおろか殺害すら目的ではない。犯人の目的が余計にはっきりしない。
「えーなお今回の積み荷はこちらで回収でき、後日配達するということで取引先と連絡がついております。これで詳細の報告とさせてもらいますわ」
「うん、ありがとう。じゃあ次に犯人についての報告を聞くわ、後藤!」
『はーい。以前から姫さんに依頼されてたやつですね、はいどーん』
合図とともに天井が開いて巨大なモニターが出てきた。隼斗はどこまで機械化しているか、という疑問よりもこのような重要な会議ですら姿を見せない後藤はどれほど肝の据わった人物なのだろうと思った。
『えっとですね、今まで起きた事件の現場付近の監視カメラを拝借もといハッキングして敵の逃走ルートを探ったのですが……』
巨大モニターが事件現場と監視カメラの場所をそれぞれ映した。組員の人は普通に見ている、ハッキングなどはもはや日常茶飯事になっているらしい。
『監視カメラにあんま映ってないだとか映っても画質が死んでるだとかよく分かんなかったので……』
さっきの映像から切り替わってなんだか屋根がいっぱい映りだした。
『地球の軌道を回っている気象衛星とかその他諸々をハッキングしてグーグルマップみたいに犯人を探しました』
「(規格外すぎる!)」
隼斗は思わず声に出しそうになったのをぐっとこらえた。
衛星をハッキングするなど軽く国際レベルのサイバーテロを起こせるレベルである。さっきまで平然としてた組員の人もこれにはドン引きしている
『いやー多少スリルがあって楽しかったのは置いといて……その結果犯人は人じゃないことが判明しました』
会場が三度ざわつく。
『えーとその理由がですね、逃走ルートが明らかにおかしいです。はい』
巨大モニターが映したのはこの町の簡単な地図とその上に走る数本の歪な線だ。
『これは今までの逃走ルートを表したものです。このように線が屋根の上に走っていたり川を横断したりと常識では考えられないルートで逃走してます。これが人間なら数日後にはお縄ですよ』
確かにこんなルートなら痕跡が残りすぎるし、屋根の上とか身体的にも困難だ。
『そしてこの逃走ルートの行きつく先が……』
モニターの線に矢印が付きその先を追ってみると。
「……港?」
線はどんどん一点に収束されていき、ある一つの場所にたどり着いた。
『そうですよー隼斗ちゃーん。犯人は恐らくこの辺りに拠点を展開しているようです。そしてこの辺りでそんな場所があるとすればそれは――』
モニターに映し出されたのは薄暗い建物であった。目立った装飾はなく事務的な印象を感じる。
「なるほど、港の廃棄された倉庫か」
『鬼塚ちゃん正ー解。ここは数年前に廃棄され、建物だけが残っていたのですが、つい最近この倉庫の所有権を企業でもなんでもない一般の人が買い取ったという情報がありまして、近くの監視カメラ辺りを見てみると頻繁に人が出入りしていることを見るに犯人の拠点はここで間違いないと思いまーす。以上、犯人についての報告でーす』
犯人は人ではないことも含めアジトらしきところまで見つかっている。探偵より優秀な仕事っぷりだ。やり方が悪辣極まりないが。
「うん、ありがとう……この件は今までは特に目立った被害が出なかったため見逃していた。だが――」
紅音は少し前かがみになって組員を見渡す。
「今回犯人は愚行にもうちの組の者に手を出した。相手はヤクザに手ぇだしてどうなるか分からない大馬鹿者らしい」
紅音は立ち上がって声を張り上げる。
「だから思い知らせる! こんな輩を放っておいたらそいつらは付け上がり他の組のやつも私たちを下に見るだろう!」
他の組員も大いに頷いた。
「これは組の尊厳を保たせるものだ! しかし戦う意思なき者は来なくてもよい! 咎めはしないし侮蔑もしない!」
紅音は横に置いてあった酒瓶を手に取って前に掲げる。
「戦う意思のあるものは! 目の前にある杯の酒を飲み干せ! たとえ私一人でも戦う!!」
さきほど気になっていたテーブルと酒は宴会でも始めるのかと思ったが、実際はこのためであった。
「あれ……ねぇ那滝さん」
「ん? なんや?」
「俺の酒がないんですけど……」
「なんや、酒飲みたかったんか?」
「いや、そういうことじゃなくて、参加するか否かの選択肢がないんですけど」
「なにゆうてんねや。御側人は強制参加ってか参加は当たり前やんか」
………………えー
「ナニソレキイテナイナー」
「だからゆうたやないか。自分災難やなーって」
「マジかよ! おいちょっと」
隼斗の台詞も間に合わず、組員がぐいっと酒を飲み干す
「皆の意思は分かった! 決行は明日の正午! 各員戦闘の準備を怠るな!」
「「「おおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー」」」
「死にたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
腹の底から出した悲痛の叫びは組員の決起の雄たけびにかき消された。
・ ・ ・
「紅音! 俺にサボタージュの権利は無いのか!?」
会議が終わり、隼斗は飯をいただくために食堂にいる。そこで先ほどの事を紅音に詰問する。
「無いわよ。あんたは私の護衛でしょう?」
「確かにそうだが、それは学校に行っている時限定ではありませんでしたか!?」
「それはそれ、これはこれよ。まぁ仕事だと思って諦めてちょうだい」
「うぐぅ……俺生命保険入ってないんだぞ……」
「え? そこなの?」
二人が食事している卓上にはホッカホカのご飯に色艶の良いひじき。よく味が染みた里芋の煮っ転がし。そしてメインディッシュである見ただけでジューシーだとわかるハンバーグが並べられていた。
隼斗はハンバーグを気に入っている。噛めば噛むほどあふれ出る旨味たっぷりの肉汁を頬張って「まるでハンバーグのダム決壊や~」などというお茶らけた冗談を心の中で言うほどだった。
「あんた今つまんないこと考えたでしょ」
「通信講座で読心術の資格でも取ったの?」
「あんたが分かりやす過ぎるだけよ。さっきの話に戻るけど、あんたに進んで戦えなんて言わないわ。ただ単純に私を守ってもらえればいいのよ」
「お前さらっと言ってるけどさ、それ一番ミスった時の代償がでかいだろうよ」
「あら残念。それに気づかないように言ってあげたのに」
「気づかないほど馬鹿じゃないよ。仕事をぬかったらいかんからな」
「ふぅん……てかさ、前から仕事って言ってるけど、なんで仕事なの? 別にこんなの仕事でもなんでもないじゃない。給料があるわけでなしに」
「まぁ確かにそうだが……俺には幼いころからそれしか無かったからな……どんなことでも仕事と思って処理する癖がついてるのさ」
幼くして両親がいない少年。それからは生きていくために仕事を強いられた人生。彼は人一倍苦難と苦労を味わってきたのだ。
「あんたも苦労してるのね」
「俺なんていいほうさ。路頭に迷っているところを拾ってくれてここまで育ててくれたんだからな。あんたはどうなんだよ? いつからやってるかは知らないが中学生でヤクザの頭なんて苦労どころじゃないだろ?」
紅音が箸を停めて少し俯いてしまう。
「……そうね、私も最初はやりたくなかったかな。でも後継者は私しかいなかったし、みんなが私でもついてきてくれて、認めてくれるから、やるしかないなって」
「ほーん。で、ヤクザになる前は何になりたかったわけよ?」
「え? そ、そんなの別にどうだっていいでしょう?」
「おやぁ? なんだか引っかかる言い方ですなぁ……さては今でも夢見てるとか?」
「っ!」
紅音が箸で掴んでいた里芋の煮っ転がしを落とす。動揺が丸見えである。
「お、図星か! なんだなんだ教えろよ!」
「い、いやよ! なんであんたに教えなきゃいけないのよ!?」
「御側人の好じゃないか! いいじゃん減るもんでもなしに」
「減る減らないじゃなく私が恥ずかしいのよ!」
「おいおいどんな御大層な夢を持ってんだ? 益々興味が出てきたぜ」
「もぉ! あんまりしつこいと料理下げさせるわよ!」
「分かった分かった。あ、じゃあこういうのはどうよ? 明日の護衛であんたを守りきれたら報酬って感じで教えてくれよ!」
「はぁ? なんだってそんなこと」
「それくらいまけてくれよ。部下のモチベーションを上げると思ってさ」
「まったく……考えとくけど、期待はしないことね」
「へいへい、まぁ給料があると思うとそれこそ仕事って感じがするからまだやる気にはなるよ」
「それならいいけど……」
それからはいつも通り他愛のない話をしながら食事を進めていく。それと同時にいただいている夕食がどれをとっても絶品だったので、あとで調理師の人に礼と感想を言おうと心に決めた。
・ ・ ・
「「ごちそうさまでした」」
二人同時に食後の言葉を言う。麗と同じくらい美味しいご飯を頂いたので食器くらいは片そうと思ったら紅音に「彼らの仕事がなくなちゃうわよ」と言われたのでやめておいた。仕事がなくなるのは楽ではなくサボりになるからよくないのは隼斗が一番よく知っている。
「さて、これからどうすっかな……」
「ねぇ、あんたこの後時間あるならちょっと付き合いなさい」
「なんだ? レタスの食べ比べでもすんのか?」
「え? 興味あるの? なら用事を後回しにして……」
「あいや! もうお腹いっぱいでごわす!」
自ら墓穴を掘ってしまったので急いで穴を埋めにかかる。見苦しいほどこの上ない。
「こっちよ。ついてきて」
言われるがままに屋敷を歩いていく。明日に備えてか組員の方々が忙しそうに屋敷を走り回っている。
「なぁ……明日行く倉庫にどんな奴がいるんだ?」
「どんな奴って、さっき会議で言ってたじゃない。人じゃないって」
「いやいやそれもそうだがな、皆様の準備があまりにも素晴らしいもんですから、ねぇ?」
さっきから色々聞こえたり見えたりして物騒なのが嫌でも分かってしまう。
今しがたすれ違った年配の方は象でも殺すのかと思うようなでかい銃を肩に背負ってたし、ある部屋では試し打ちとは思えないほどの量の弾を撃ち込んでいた。
終いにはこんな会話まで聞こえてくる。
「ねぇいいでしょう!?」
「聞き分けねぇなぁ。どっちか一丁にしろって言ってるだろ?」
「でもさ! こっちのショットガンは相手をまとめて始末できるし、こっちのハンドガンは無駄なく敵を撃ち殺せるんだよ!? ねぇお願いだよ! 二つ持っていかせてくれよ!」
「ったく、しょうがねぇなぁ。……今回だけ特別だからな?」
「やったー! ありがとう!」
まるで親子でスーパーに行って子供がお菓子を選ぶような感覚で銃器選んでいる。感覚がマヒしてるどころの話ではない。常識が狂っている。
「着いたわよ」
紅音に言われて立ち止まり目的地のドアを見ると
「あ、これって……」
「そう。あんたがあの時勝手に入ってきた私たちの商売の要の場所」
紅音が指紋認証でドアのロックを解除する。
「通称『豊穣の間』よ」
そこには前に見た光景とは少し変わっていた。
前は一面綺麗に整備された土しかない場所だったが今回は色合いが全く違う。
緑が多くところどころに赤や黄色や紫などの様々な色が目に映った。緑は目の保養に良いというのは知識では知っていたが、それを目で実感したのは初めてであった。
「はぁーこりゃすごいな。大したものだよ」
「まぁ大きさで言ったら私たちが所有しているとある無人島に遠く及ばないけども、こと種類に関してはその島の倍はいくわ」
「島持ってんのか!? めっちゃ金持ちじゃねぇか!」
「ふふん、もっと褒めてもいいのよ?」
「いやぁ素晴らしい! このナスなんか特にすごい! 果肉がパンパンに詰まっていて、堅い・長い・太いの三拍子揃ってるぜ! やっぱ栄養の出どころがいいんだろうな!」
「遠まわしに私の下半身を示唆するんじゃないわよ!」
回し蹴りをくらって土に顔面を埋める。普通に褒めたつもりがどこかで間違えていたらしい。もちろん隼斗は気づいていない。
「まったく……今回は野菜に用があるんじゃないわ」
「え? まだなんかあんの?」
「こっち、もう少し奥よ」
顔の土を払ってから紅音についてゆく。野菜以外に何があるのだろうか。
「まさか食虫植物を育てて化け物みたいなのがいるとかじゃないよな?」
「……その発想はなかったわね」
隼斗は自分しでかした大失態を頭を抱え盛大に反省する。藪鮫組の兵力を増長に一役買って出てしまったのかも知れないから。
「まぁそれは後日に考えるとして……用事っていうのは、これよ」
紅音が指さす方を見てみると土に一本の木の棒が刺さっていた。
太さは手に収まるくらい。長さが埋まっている分は分からないがおおよそ自分の腰くらいまである。
「えっと……これは?」
「言ってしまえばただの木刀よ。でも土に刺して私の豊穣の力で強化してあるの。抜いてみて」
「あ、豊穣ってそんなことも出来んのか、ようしょっと」
木刀をもって上に掲げる。雰囲気が緑の剣士が出てくるゲームの伝説の剣みたいだったので苦戦するかと思いきや、本当に土に刺さっているだけだったので簡単に抜けた。
抜いた木刀を眺めてみるが特に変化があるわけではない。至って普通の木刀に見える。
「なぁ、これってどうすごいんだ?」
「恐らく硬度が上がってると思うわ。前に試作品を鬼塚に渡して破壊させたら少し時間がかかってたもの」
「へぇ、そりゃすごいな。どれ……」
「でもそれは試作品と同時並行で作っていたもので強度はあれ以上になって……って、え?」
俺は木刀を両手で持って上に持ち上げる。そして腰から下に力を入れる。
「ちょ、ちょっと!」
「そいやぁ!!」
そのまま上にあげた木刀を力いっぱい振り下ろし、神憑きを使った右ひざを勢いよく上にあげて木刀に打ち付けた。
「…………」
「ちょっとあんた! 神憑きなんて使ったら――」
「いやぁこれは本物だわ……めっちゃ痛い」
隼斗は木刀を片手に持ち直すと持っていない方の手で右ひざをさする。
「お、驚かさないでよ! せっかく今までコツコツ育ててきたのに全部パァになったらどうするのよ!?」
「まぁまぁそう怒りなさんなって。しかしたしかにこいつはすぐれた逸品だが、まさか自慢したかったってわけじゃないよな?」
「当り前よ……貸して」
「あぁ」
持っていた木刀を紅音に渡した。紅音は受け取るとそのままこちらに突きだしてくる。
「これをあなたに預けるわ」
「え? 俺に?」
いきなりの事で戸惑う。理由が思いつかない。
「あなたによ。私の勘だけど、明日には嫌な予感がする。とても危険な、今日みんなが準備しているので十分でないくらいの何かがあるように気がするの」
「なるほどな、だからあんたを守るものに十分な装備を与えようってわけだな」
「えっと……それは、そうだけど。それは理由で、本質は別にある……ような気がするの」
「ん? どういうことだ?」
「それは私にもよく分からない……この木刀は私が物心ついた時から育てていたの。でも誰にも渡そうとは思わなかった。御側人はともかくこの組には剣の腕が立つ人間なんてたくさんいるのに……」
隼斗は黙って聞く。紅音が思いつめたように話しているのは何が理由かと考える。
「それでもあなたなら……あなたになら渡してもいいと思ったの。言葉では御側人だからで片が付くのに、それを私の心は許そうとしてないっていうか……ほんと、何言ってるんだろうね」
紅音が顔を緩めて笑っているが隼斗から見れば乾いた笑いにしか見えなかった。
「いま一つ要領を得ないが……それは今結論づけなくていいんじゃないか?」
「え?」
「確かに大切に育ててきたものだからいざ渡す時にしっかりと自分の気持ちを確かめたいとは思うだろうけど……」
隼斗は紅音から木刀を受け取ると肩に担いでにっと笑って見せる。
「まぁ見ていてくれよ。明日はお前が渡した理由が分かるような働きをしてみるからさ」
紅音はあまりに未確定な答えにあっけにとられていたがしばらくすると、ぷっと吹き出して笑い出す。
「お、おい。なかなかいいこと言ったと思うんだがな……」
「あははは……はぁ、おかしな人。仕事しかないという割には先を見ない楽観的なこというのね」
「まぁそれは性分だ、こればっかりは変んねぇよ。それにこれを手付金だと思えば俄然やる気がでるしな!」
隼斗は紅音に向かってぐっと親指を立てた。
「……ほんと、あなたって変わってるわね」
「はは、そりゃお互い様だろ?」
「ふふ、それもそっか」
幼くして社会の輪に入らざるを得なくなった少年。
若くも裏で権力を持つヤクザの頭になった少女。
お互いにまともな人生を歩まない者同士共感するものがあったのか、それとも今までも身元の話を話せるものがいなかったのか、二人は全てをさらけ出すように身の上話を饒舌に語りだした。
室内にできた緑の楽園。土が肥え心地よい土壌の香りが鼻孔をくすぐる中、二人は明日のことも忘れて普通の高校生のように会話を楽しんでいた。
・ ・ ・
それから色々なことを話した後、玄関までの道のりを教えてもらい豊穣の間を後にした。今から帰ればまだ風呂の湯は残っているはず。
「お、もしかして柏の字か」
どこからか呼ばれたような気がしたので声のする方へ視線をやるとあけ広げた居間で那滝と鬼塚が座って何かをしている。
「え? 柏の字って俺のこと?」
「他に誰がおんねん。もう帰んのか?」
「あぁ、ちょうど今……そっちこそ何やってるんですか?」
「見てわかるやろ。チェスや」
「まぁチェスだなぁ」
「あ、ちょうどええ機会や。自分うちの風呂入ってかんか?」
「え、風呂ですか? 家に帰ったらあったかい湯船があるんだけどなぁ」
「なんや湯船程度かいな。こっちは大浴場やで! どうやどうや?」
「いや、いくら大浴場でもうちで湯船が待てますし……」
「混浴やで」
「ご一緒させてもらいます!」
いかに隼斗といえども年頃の少年。大欲情もとい大浴場の誘惑にはあらがえなかった。
「よっしゃ決まりやな! ほなゴローちゃんも行くで!」
「待て飽彦……勝負はまだついていない……」
「せやからチェックメイトってゆーたやろ? もうどう動かしてもキング死んでまうて」
見ると確かに那滝の黒陣営は半数以上の兵を残しているのに対して鬼塚はポーン一体と追い詰められたキングだけだ。
「く……なぜいつもいつも、こう……」
「ほな行こか」
「なぁ、鬼塚がお前の兵をつかんで丁寧に一体一体指で砕いてるんだが」
「ゴローちゃん! そのチェスセット何代目やと思ってんねや!」
鬼塚の腹いせを慌てて止めにかかった那滝は考えていて聞いてなかった鬼塚に再度説明して大浴場に向かう。
藪鮫家の風呂は銭湯と同じような作りだった。
だがあれらのような不潔さはなく清廉潔白そのものである。掃除人の勤勉さがうかがえる。
しかし、しかしだ。ここには重大な欠点がある。それは
「混浴っていったじゃないですかぁ~~~!」
そこには艶やかな乙女の姿はなくむさ苦しい男が数人いるだけだった。
「混浴とは言ったが女との混浴とはいっとらんでー」
「近年稀にみるひどい詐欺だ! 引っかかる俺も大概だけどな!」
「ふん……飽彦よ、なぜそんな巧妙な罠を仕掛けてまでそいつを呼んだんだ?」
鬼塚はさっきの勝負で麻痺しているのかこれを巧妙だとおっしゃった。
「まぁそれは湯船浸かってから話そーや。まずは体洗うで」
隼斗と鬼塚は言われるがままに体を洗ってから湯船に浸かる。何か溶かしているのか綺麗な緑色の湯は体の疲れが染み出ていくような感覚になる。
「お、効果でとるみたいやな。これは藪鮫家直伝の薬草を溶かした湯やで」
「疲労回復はもちろんだがこれのすごいところは明日一日休むことなく動くことが出来るほど活力が得られるのだ。感謝して浸かれよ」
「まぁ明日は柏の字には頑張ってもらわんといかんしな」
「そりゃ頑張るけど、そんなにやばくなるかね?」
「報告だけだから何とも言えんが……何やら妙な胸騒ぎがするのだ」
「それがゴローちゃんの食べ過ぎとかならええねんけど、これがわしにも来てるから困ったもんや」
「胸騒ぎ……あの人じゃないってやつか?」
「あぁ……おそらく神憑きが絡んでいるだろう」
「ま、そう考えるのが妥当やろうな。そしたらわしらは先頭に立って組員を指揮せんとあかんしな」
「だからこそ今回はお前の働きが最も重要になってくるのだ。頼んだぞ」
鬼塚の突然の信頼に驚いた。付き合いというほども関わっていないが普段の彼ならば絶対にこんなことは言わないだろう。それほど今回は危険かもしれないということだ。
「大丈夫だ。自分の役目はしっかり果たすよ。だから流れ弾とか飛んでこないようにしてくれよ?」
「お、生意気言うやないか」
「そこまで言ったのだから何かあったときは覚悟しているんだな……」
「そうやな。うちで飯食って風呂も入って、何やら姫様から大層なもん貰た見たいやしな」
「なんだと!? 詳しく説明してもらおうか……」
二人の御側人の重圧がのしかかってくる。やっぱり性根はヤクザ。ちょっと少年漫画っぽいこと言ったと思って油断してはいけない。
迫りくる御側人をかわしていると大浴場に炙が入ってきて隼斗の方に突っ込んできたと思ったら石鹸で足を滑らせ頭を打って気絶したのでデッキブラシを持ってゴルフよろしくフルスイングし炙を湯船にホールインワンしてから風呂を出た。
その後湯上りで火照った体を冷ましてから風呂場の暖簾をくぐってでると隣の女湯の前で体にバスタオル一枚巻いただけの紅音が腰に手を当てて牛乳を飲んでいた。
「お、なんだそんなものまであんのか?」
「へ? ひゃふほぉ!?」
紅音がこちらに気が付くと赤面し素っ頓狂な叫び声を上げて女湯の暖簾の奥に隠れて顔だけ出している。
「な、なんでまだあんたがいるのよ!」
「それはあんたの御側人に詐欺られたからといっておこう。それよりも何故あんたがそんな危険極まりない格好で歩いているのか気になるんだが」
「いつもは部屋に戻って着替えるのよ! あんたがいるなんて思ってないからね! 悪い!?」
「いや悪くはないが……ふむ」
この場面で一つ気になることが隼斗にはあった。それは彼が麗から聞いた話なのでほぼ真実で間違いないだろう。 間違いは早めに直しておかねばなるまい。鉄は熱いうちに打て。風呂上りだけに。
「お前に言っておこう」
「なによ、謝罪なら私も悪かったからしなくていいわよ」
「そうではない……過ちを正そうとおもってな」
「な、なにが間違っているって――」
「牛乳ってあんまり効果ないらしいぞ?」
「余計なお世話よぉ!!!」
怒った紅音は持っている牛乳瓶を振るスイングで投げてきた。牛乳瓶は美しい軌跡を描き隼斗の顔面に直撃した。中に残っていた牛乳が全身にかかるおまけつきで。
牛乳臭くなった隼斗は町の夜風にさらされながら帰宅して風呂に入りなおした。
帰ったときに出迎えてくれた麗の眉間が少し寄ったあの顔を見たときはやるせない気持ちでいっぱいになった。
それでも明日は殴りこみ。寝て起きたら夢オチなどで済めばいいが……なんて希望的観測を持ちながら自室の布団で眠りについた。




