初夏の驚きはラムネ味
夏に飲むラムネのようなさっぱり爽やかな読みやすい仕上げの短編です。よろしければ、どうぞ。
六月ごろのこと。
僕のクラスはホームルームで学園祭の出し物について多数決をとっていた。その結果、過半数の挙手により出し物は『縁日』と決まった。
「でも、縁日なんてどーするんだ?」
「問屋から駄菓子を買ってきて売る」
「あ、それカンタンでいいね♪」
「売り場は机をつなげれば足りるし」
「そりゃ楽だ」
「元手もカンタンに取り返せそうだし」
みんな楽なほうに流されていった。他ならぬ僕もその一人だ。
「変に気合が入りすぎるよりかはいいかな……」
惰性はいよいよ止めがたく、こうしてカンタンな縁日がクラスの出し物と決まろうとしたときだ。
「どうせやるなら本格的にいこうぜ」
そういったのは居眠りを終えたばかりの大神亮子だ。彼女は長い髪をゴムでポニーテールにまとめている真っ最中だった。
「本格的って、どうすんだよ?」
誰ともなく非難がましい声が飛ぶ。もうクラスの意見は決まりかけていたのだ。だが、大神亮子は少しも臆せず言い返した。
「ラムネを作って売るんだよ」
「はあ?」
これにはみんなが驚いた。ラムネなんて高校生が作れるのか?
彼女はぽかんとしているクラスメートたちに「アタシに一時間だけくれ」と言い残したきり、教室を飛び出してしまった。
ホームルームが終わってから一時間後。
約束の時間が過ぎようとし、みんなが帰ろうとしたそのときだった。
「なんだありゃ!」
誰かが窓辺で素っ頓狂な声をあげた。
みんなが窓辺に集まり、学校前の通りを見下ろす。
絶句した。あの大神亮子がリヤカーにワケの分からない機械やボンベを満載して、猛スピードで走ってきている!
彼女は校門の守衛が目を丸くするのも知らん顔で敷地内にリヤカーを乗り入れ、正門広場に大きな機械やガスボンベ、見たこともないほど巨大なクーラーボックスなどを下ろし始めた。
「なにボサッとしてんだ! はやく降りて来い!」
みんなが降りたとき、彼女は年代物の謎の機械とガスボンベをチューブでつなぎ終えたところだった。
よく見とけよ。
自信たっぷりに笑う彼女はそう言って、クーラーボックスを開けた。中にはカチ割り氷がつまっていた。よく見ると白いポリタンク数個が氷の海でひしめいている。
謎の機械の青いタンクに鉄製の漏斗を差し込むと、彼女はポリタンクの中身を機械に注ぎ込んだ。
そしてリヤカーの荷台に乗っていたプラスチックケースからおなじみのラムネ瓶を取り出した。空き瓶だ。ビー玉が中でカラカラ鳴っている。三本の瓶が機械中央の専用スペースにかちっとはめられる。電源は守衛室からひいてきていた。
「よし! 準備完了!」
操作盤には赤いレバーと青いレバー、《ガス》と《シロップ》と書かれた二つのボタンがあった。彼女は赤いレバーを下げた。すると青いタンクから伸びる三本のチューブがガシャンと降りて、三本のラムネ瓶の口を塞いだ。《シロップ》ボタンが押されると、空っぽだったラムネ瓶がみるみるうちに透明の液体で満たされた。ボタンを離して、八分目の水位でぴたりと止める。今度は《ガス》ボタンだ。ブシュー! 炭酸ガスが封入される。音が変わった瞬間、亮子は青いレバーを下ろした。すると三本の瓶がひっくり返り、中のビー玉がガスの圧力に押されて、蓋にはまった。
「よっと!」
レバーを同時にあげる。
「出来上がり!」
そこには縁日で売られているのと寸分違わぬ本物のラムネが三本並んでいた。
大神亮子は出来立てのラムネをそばにいたクラスメートの手に押しつけた。
三人のクラスメートがポカンとしていると、
「なにボーッとしてんだよ!」
彼女はラムネの栓をぽんぽんぽん!と威勢よく開けた。白くてさわやかな泡がこぼれ出す。
「さ! ぐーっと飲め!」
三人は勧められるまま、ラムネを飲んだ。
「うまい!」
「おいしい!」
「すごい!」
クラスメートは思わず声に出して驚いた。
その反応に大神亮子はえへんと胸をはった。
「ったりめえよ。なんたって大神ラムネ店が九十年間守り通した秘伝の味なんだからな」
大神亮子はその後もラムネを作りまくり、クラスメートに配った。どうやら全員に飲ませるつもりでビンとラムネの素を大量に持ってきたらしい。物珍しげに見ていた他のクラスの生徒たちや先輩、しまいには通りがかった先生や守衛のおじさんにまでラムネを配った。
「うまい!」
「本格的だな!」
「こりゃ懐かしい。むかしのラムネの味がするぞ!」
大神亮子はますます喜んだ。
「な? な? すげえうまいだろ? な?」
ところが生活指導の先生が顔を真っ赤にして走ってくるのを見るや、彼女は慌てて、
「やべっ! おい、瓶を返せ! 洗ってまた使うんだから、はやく!」
目にもとまらぬ早業で瓶をかき集め、機械とボンベを荷台に載せた。そして、リヤカーの梶棒をつかんだ瞬間、彼女の襟首は剛い毛がびっしり生えた生活指導教師の手で鷲づかみにされてしまった。
「大神ィ! キサマ、なにやっとるんだあ!」
「げげっ! いや、ちょっとその、ラムネ製造の課外活動つーか、なんつーか……」
「そんな課外活動あるか! 職員室に来い!」
「いったたたた! いて、いてえって、先生! 耳ひっぱんなって! アタシだって一応女子なんだぜ!」
大神亮子はそれから数時間、呼び出された親と先生にみっちりしぼられたそうだ。
翌日、全校集会が開かれて、校長先生も苦笑混じりに、二度とこんなことはしないようにと注意していた。
ところで、亮子の破天荒な行動がクラスに思わぬ影響を及ぼした。
「おれ、プロ仕様の綿菓子機を貸してくれるところ知ってるぜ!」
「どうせだったらポップコーン機も用意しようよ!」
「本物の縁日で使うようなテントがタダ同然の値段で売ってるぞ!」
クラスの雰囲気ががらりと変えてしまった。本物に負けないくらいの縁日コーナーをつくろう! いまやクラスは一丸となって、縁日を盛り上げようと真剣に意見を出し合っていた。
「ほら、ここ。本物のカタぬき屋が使うカタを売ってるらしいんだけど」
僕もその一人だ。
「いいねえ、いいねえ」
大神亮子は活発な議論を見て、にやにやしていた。
「やっぱりお祭りは派手にいかなくちゃ。それでこそ、アタシも叱られ甲斐があったってもんだ」