ただ、小さな過ちを犯してしまっただけ
お久しぶりです!
かなり久々なので、色々とおかしいかもしれないですが、楽しんで頂けると幸いです!!
「藍、貴女なら一人で大丈夫よね?」
母親が藍によく言う言葉。
「藍、お前はお姉さんだから大丈夫だよな」
父親が藍によく言う言葉。
香鈴藍は少しだけ、普通の子より少しだけ精神年齢が高いだけだった。
2歳下の妹、香鈴まみはお母さんっ子な甘えん坊でほんの少しだけ体が弱かっただけだった。
両親は藍を大人に見すぎていて、少しだけ体の弱いまみに気を配りすぎていただけだった。
◯◯◯だけ。この言葉が一人の幼子の人生を壊してしまった。
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「藍、薬を持ってきたわよ」
母親はリボンをつけた猫のキャラクターが描かれたコップと薬を持って藍の部屋のドアを開けた。
ベッドで寝ていた藍はゆっくりと体を起こすとそれらを受け取り、飲む。
母親は心配そうに眉をハの字に下げ、藍の頭を優しく撫でた。藍が薬を飲み終わるのを見届けると空になったコップを受け取ると
「藍、貴女なら一人で大丈夫よね? まみが熱出したみたいだからちょっと病院行ってくるわね」
と言うとすぐに部屋を出て行ってしまった。
「お母さんっ! 準備できた!!」
隣から聞こえるまみの声。
熱のせいで痛む頭がいやに響く妹の声によって更に痛み、こめかみを手で押さえる。
ケホッ。 ケホッケホッケホッケホッケホッケホッ はーはーはーはー。
長く続いた咳に呼吸が荒くなる。目から流れ出た涙はこめかみを通り、耳を通り、枕に吸い取られた。
(くるしいよ……むねがいたいよ……)
母親に言っても困った顔をされるのを分かっている藍は心の中で言った。
咳のし過ぎで痛む胸をおさえながら夢の世界に誘われた───。
「ママ-、だっこしてー!!」
母親にしてもらったツインテールを元気に揺らしながら駆け寄ってくる。
母親は読んでいた本に栞を挟み、苦笑しながら本を閉じる。
「あらあら。もう目が覚めたの?」
母親はまみを抱き上げる。すると、まみはぎゅっと母親の首に両手で抱きつく。母親の頬にすり寄せたまみの顔は万弁の笑顔だ。
そんな姿を藍はじっと見ているだけ。
(わたしもだっこしてほしい……。でも、まみがいる……。)
母親の膝にはまみがいて藍のスペースはない。
いくら精神年齢が高いとはいえ、藍だって子供だ。母親に甘えたい年頃だ。
『藍、お前はお姉さんだから大丈夫だよな』
ふと頭に響くお父さんの声。優しい大きな手でなでてくれる父親が藍は好きだ。そんなお父さんの期待に幼心ながら応えたいと思った。
(がまんしなきゃ。わたしはおねえさん。だいじょうぶ、がまんできる)
目を開ければ窓から赤い光が部屋の中に入っているのがみえる。
どうしてか、とても淋しく、哀しく感じる夕日。
世界には自分一人しかいないような気がしてしまう。
「ママーっ? ママーぁぁっ!! マッ……ゲホッゲホッゲホッケホッケホッケホッケホッケホッ ケホッケホッケホッケホッケホッ」
藍の体はゆっくりと傾き、倒れ込んでしまった。
(くるしい……。いき、ができないよ……)
倒れたとき打った腕や腰の痛みに気付けないほど、藍は呼吸の出来ない苦しさに焦っていた。
そうしてる間も咳は止まらない。
(しぬ……の……?)
藍の体は痙攣し、胃の中身を口の横から流しながら絶命した。
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熱を出したまみを抱え、帰った母親はいそいで夕飯の準備に取りかかる。とはいえ、病院に行く前に下ごしらえをしていたので、後は火を通すだけだ。
今日の夕飯は餃子。けれど、体調を崩しているまみと藍は玉子粥。
いつも通り17:00にご飯は出来上がった。
ダイニングテーブルには餃子の乗ったお皿2枚と玉子の入った深皿2枚。ご飯が出来上がるのを待っていた妹は駆け足でダイニングテーブルに向かう。姉の藍はいつも時間になると来るからきっとすぐに来るだろう。
「ママー、まみもギョウザたべたいっ!」
隣に座っているまみは母親を見て言った。
(少しくらいならいいか……)
「いいわよ。はい、あーん」
そう言ってまみの口に餃子を掴んだ橋をもっていくと、まみはこれでもかというほど大きく口を広げて食べた。美味しそうに食べているまみの姿に母親は自然と笑顔になる。
ふと時計を見ると長い針は15を指していた。
「ちょっとお姉ちゃん呼んでくるわね」
とまみに告げて部屋に向かう。
藍の部屋の戸を開けるとむっと鼻につく嘔吐物の臭い。
ベッドのすぐ隣の床に真っ白な顔の藍は倒れていた。
「藍? 藍!! 聞こえる!?」
大きな声で藍を読んでも、揺さぶっても目を覚ますことはない。
母親は急いで救急車に連絡した。
隊員が到着して、告げられたのは、藍の死────。
(どうして藍も体調を壊してたのに一緒に病院に連れて行かなかったんだろう……。)
藍は大丈夫だって思ってしまっていた。
藍はまだ子供なのに、子供と認識していなかった。
まみとたった2つしか上ではないということすら、忘れていた。いや、“数字”では分かっていた。しかし、“認識”は出来ていなかった。
藍はとっても良い子だった。我が儘を言わない、手のかからない子だった。そうしてしまったのは私のせいだろう。
「藍、御免なさい……御免なさい……」
小さな過ちを藍の死を解釈してしまう方が多いようなのですが、そうではなく“妹を優先し過ぎた”ことです。
このタイトルは「ただ、小さな過ちを犯してしまっただけ(なのに大きな過ちになってしまった)」です。