契約
誰かタイトル考えてくれるとうれしいですね。
それと、内容は予告なく改変する事があります。ご了承ください。
「それで、私は毛の生えてない羊だと」
少女は思ったことを正直に伝えた。
「まぁそうですね。残念ながら十分な毛が生えてるとは言い難いです」
そしてもう一つ、少女は考えを伝えた。
「そのあんたが言う、毛っていうのは、代償のことなの?」
ガミジンは特に表情を浮かべることもなく、淡々と答えた。
「ふむ、なかなか鋭いですね。……ですが、残念ながら当たらずも遠からずといったところです」
そうガミジンに答えられ、自分の考えに自信があったのか、少女は悔しそうにする。
「そうなの?てっきり当たりだと思ったのに……」
「まぁまぁ、そもそも人間が悪魔のことを理解するほうが無理があるというものですよ」
心なしか、ガミジンは声を弾ませて答えた。
「それでですね、違うとは言いましたが本当に似たようなものです。毛は私が最終的に必要とするもの。しかしそれを得るためには代償が必要なので必然的にどっちも必要ということになりますね」
少女は眉をひそめ、理解するために全力で脳を使っているようだ。石畳の床にあぐらをかき、腕組みをして、わかりやすく考え込んでいる。
「まだ話は途中ですよ。わたしが必要とするもの。それは人間の感情ですよ」
「感情?」
ますます訳がわからないといった顔で少女が聞いた。
「ええ。わかりやすいのは復讐、ですかね。復讐をしたい人というのは強い怒りであったり嫉妬であったりに駆られています。そしてその相手を殺したとします。するとその怒りは消え、霧散するわけです。それを悪魔は必要とするのです」
「え?あぁ、うん、大体わかったような……」
少女は指先で自分の髪を弄びながら続ける。
「つまり、羊の毛っていうのは強い感情のことで、それを刈り取るためには代償が必要、ってこと?」
「えぇ、それで合っています。よく理解できましたね」
ガミジンは手を叩きながら褒めた。
「馬鹿にしてるの?」
「いえいえそういうわけではありませんよ」
そう言いながら、丸二つと曲線一つで顔に笑いを張り付けていた。
「……案外人間味があるのね」
少女は怒るよりも前にガミジンの行動のそこが気になった。
「まぁこれくらいのジョークは必要かと思いまして。それに私も会話をして楽しんだりするのですよ?そうでなければここまでおしゃべりをしません。あなたの願いがあまり単純でなかったからというのもありますが」
ガミジンは表情を消した顔を少女に近づけて言った。細めの指は、壊してしまわないようにそっと少女の頬を包み込んでいる。少女の顔には手袋越しに体温が伝わってきた。案外暖かいものなんだな、と少女はぼんやり思った。
「いかがされました?」
こっちの台詞だ、と少女は思ったが、なぜか口からは言葉が何も出てこなかった。正直面食らっていた。さっきも顔を近づけられてどぎまぎしたが、今度はこちらの顔に触れらながらだ。それも、顎を少々乱雑に掴まれたとかではなく、まるで慈しむかのように頬を撫ぜながら。少女にそんな経験はなかったから、例え相手が悪魔であっても落ち着かなくなるのも無理はない。
「……?まぁとにかく説明を続けますが、代償はその人にとって大切なものである必要があります。大切であればある程感情が籠もっているので、私も沢山感情をもらえるわけです。代償自体が欲しいわけではなく、それを奪ったときに霧散する感情が欲しいのです。そして契約をしておくことにより、本来散り散りになってしまう感情を得ることができる、というわけです」
少女はあまりしっかり動いてない頭で聞いていたが、それでも理解することはできた。
「なるほど、それで願いを叶えられないってわけね。私には大切なものがないから」
ガミジンは先ほどと同じように少女を褒めた。
「その通り、上出来です」
少女は少しだけまた触れられることを期待したが、そのような素振りは特になかった。
「あなたは魂を奪ってすら大した感情が手に入らなさそうですから。それでしたら、少し時間をかけたほうがよいと私は思うわけですよ。無差別に奪う者もいますが、私はそのようなことをしようとは思わないので」
先ほどの自分は何を考えていたのだろうと思いながら少女はガミジンに質問する。
「ガミジンも悪魔なんだしてっきりそういうことするもんだと思ってたけど、しないんだ?」
「えぇ。そんなことをすれば人間どころか神にまで狙われてしまいますから。か弱い私には相手にできるだけの力はありませんのでね」
「……全然説得力ないんだけど」
そんな話をしていたが、おもむろに少女が立ち上がる。
「まっずい、もうこんな時間」
「おや、何か約束事でも?」
ガミジンの質問に対して少女は顔をしかめ、ため息をつきながら答えた。
「悪魔ならどうなのか知らないけどさ、あいにく私はそんな優雅な暮らししてないの。動かないと生きていけないの。まず食べ物がないと」
そう言って外に出ようとする少女をガミジンが制した。
「まぁまぁお待ちなさい。そんなもの、私がいくらでも出せますよ?」
そう言ったガミジンが小気味いいほどに指を鳴らすと、決して豪勢ではないが、それでもしっかりとした食事が出てきた。かじりかけでないパン、小さめの水差しに入ったミルク。少女の常識から考えれば、それはとても驚くべきことであった。
「すごい、こんなことできるの!?」
少女は興奮してガミジンに詰め寄った。
「えぇ、まぁ」
対するガミジンは冷静に、なんでもないように返した。
「じゃあ……、ちょっと贅沢だけど、温かいスープとかも出ないかな?」
少女はあまり期待せずに聞いて、案の定ガミジンの答えはノーだった。
「なんでも出せるというわけではなく、料理のようなものですからね。できないものはできません」
「そして料理が苦手なのね」
少女の言葉は意に介さず平然と続けた。
「他に得意な悪魔がいますからね、わざわざ上手くなる必要がないのですよ。それだけでも生きていけるでしょう?」
「まぁね。お肉なんてぜいたくはする気ないし。あ、ただで食べられる状況なら食べるよ?」
「ところで……、召し上がらないのですか?」
「え?」
せっかく出した食べ物に手をつけようとしない少女を不審に思い、ガミジンは聞いた。
「あー、これ、食べていいの?ガミジンのでしょ?」
「いえ、私は食べませんから……。あなたは食べたいのでしょう?なら食べればよいではないですか。余裕などないとあなたがさっき自分で言ったではないですか」
「いや、ほら、食べ物の恨みは恐ろしいっていうじゃん。だからなかなかおいそれとはね?」
少女の答えにガミジンは全く納得していないようだ。
「何を言ってるんですか?今まで生きるためには人殺しも厭わなかったのでしょう?」
ガミジンは肩をすくめるようなポーズを取り、少女に質問した。
「そんなこと私一言も言ってないんだけど。……事実だけどもさ。でも、だからといって仲間同士でも殺し合いしてたわけじゃないよ?」
「おや、それは、私を仲間だと思ってくれているということですか?」
「……訂正するわ。近くにいる人、ね」
「私は人間ではないのですが……」
「屁理屈ばっかり言うんじゃないの」
調子を狂わされてばかりの少女は、半ば無理やりに話を続ける。
「別に私はずっと一人でいたわけじゃないから。爪弾き達が集まるところにいたこともあってね。というかそこにいるときが長かったから」
「確かに私は人間たちから邪険に扱われていますからねぇ」
「黙って聞きなさい」
口を挟んだガミジンを一蹴して少女は続けた。
「そんなところにいる状況で誰か知りあいの物を盗ってごらん。どうなるかわかったもんじゃないわ」
少女の話を聞き、少しは納得した様子をガミジンは見せた。そして少女をなじった。
「なるほどなるほど。つまりあなたは、簡単に言えばとても甘ちゃんなのですね」
「はい?」
予想を大きく外れた返答に少女は頓狂な声を上げた。
「甘い、と言ったのですよ。そんな気概ではなりませんね。例えば、物を取った後、その後どうなるかを不安に思うよりも口封じをするほうが簡単ではありませんか。ナイフの一本や二本ぐらい持っていますよね?」
少女の頬を汗が伝った。暑いわけではなく、むしろ凍えるほど寒いはずなのに、だ。
「極端な話を言えばそこにいる者たちを全員殺せば、そこにあるものをすべて奪えるのですよ?ごろつきばかりならばほかの住民達から恨みを買うこともないですし。いや、むしろ感謝されるかもしれませんよ?」
さっきまでとは全然違う。少女はそう感じた。自分に取り入ろうとしているような、そんな感覚は消え失せ、ただただ、自分を飲み込もうとしている闇を感じた。
ガミジンの姿形は変わっていない。変わっていないはずなのに、同じ存在には思えなかった。細長い手足は禍々しく歪んでいるように見えるし、なによりその顔に吸い込まれてしまうような気さえした。
「そんなことは出来ない?えぇ、そうです。確かにあなたは出来ませんでした」
ガミジンは、少女の唇に指を当てながら話し続けた。何も話さないように、ということなのか、それとも。
「その時のあなたには、そんな力が無かったですからね」
ガミジンは少女の耳元にまで顔を近づけて、囁く。
「ですが、今のあなたには私が付いているのです」
それは、甘い言葉。人ならざるものからの誘惑。
「今なら思うがまま。あなたは、この世の誰しもが手に入れることあたわぬ力を得られるのです」
ガミジンが指を離すと、長らく沈黙していた少女の口から、言葉が零れた。
「……ガミジンには、何ができるの?」
次の話はいつになるかわかりませんが、
見てくださってありがとうございました。