邂逅
誰かタイトル考えてくれるとうれしいですね。
それと、内容は予告なく改変する事があります。ご了承ください。
あるところに少女がいた。みすぼらしい服を着たその少女は、薄く雪が降る中、道端に裸足でいた。
道とはいってもほとんど人の通らない裏道で、現に今も少女以外の人影はなかった。そこは教会の裏になっていて、風向き的に雪も風も凌ぐことができた。とはいえいつまでもここにはいれないし、風が変わるかもしれない。
少女は足の先を手で温め、手が冷えたら息を吐きかけまた温める。それを繰り返していた。
背後の壁を見上げる。綺麗に磨かれた木製の壁は丁寧に組まれ、ステンドグラスというものを支えていた。少女は外側からしか見たことがないので知る由もないのだが、中から見ると、晴れてる日は特に美しい。高い位置には大きく張り出した屋根があり、雪をかぶりたくない少女にとってとてもありがたかった。
更に視線を上げると、灰色の雲が垂れ込めた空が少女の瞳に映りこんだ。いつの間にか雪はやんだようだ。少女は勢いをつけて体を立ち上がらせた。そして、しっかりとしない足取りで今日の寝床を探すために歩き始めた。
雪の落ちた地面のせいで少女の足は痛みを訴えていたが、場合によってはその痛みを永遠に感じないことになる。冷たさを堪え日の落ちかけた墓地を歩く。不意に少女の細い足から力が抜け、よろめいた。とっさに近くにあった墓碑に手をついたにもかかわらず、少女の体は大地に横たわっていた。次の瞬間、ずん、という重い音を響かせながら局地的な地震が起きた。少女の目はさっき手をついた墓碑を見ており、あぁ、大変だ、と思いながら出来るだけ急いで体を起こした。髪についた土を払いながら墓碑を見ると、それがもともとあった場所の下に、穴と梯子があるのに気が付いた。少し覗いてみると奥は暗くて見えなかったが、見える範囲はすべてしっかりとした石造りだった。あんまり寒いようじゃなかったら、今夜はここで寝よう。少女はそう思い、梯子に手をかけ降りて行った。
中は真っ暗で何も見えなかった。明かりのない地下なのだし、外はもう日が暮れようという頃合いならなおさらだ。床も石でできているようで、冷たく固い感触があった。だが、風はなく、雪も降りこまないなら少女にとっては十分だった。今は毛布しか入っていないリュックからそれを取り出し、体に巻き付けて横になった。寒くなって寝つけなくなる前に寝てしまおう。少女はそれだけを考えて眠りに落ちた。
目を覚ました少女は、冷えた部分を温められるように体を動かした。寝ぼけている眼は固く閉じて、活動できるようになるまで待った。ようやく手足の先の感覚が戻ったので目を開け起き上がる。今日は晴れているようで、少女にとって予想外なほどの明るさだった。そのせいで、今自分が居る場所を見ることができた。
ここには雑多に物が積まれ、どうやら倉庫のようだ。しかし、ただの倉庫なら隠す必要はない。少女は勘が働いた。ここには貴重なものがあるのではないか、と。そう思い早速探してみたが、ろうそくや何かの布など、使えそうなものこそあったが、宝石とか黄金とか、そう言った類のものはないようだった。
路銀なんていくらあっても困るものではないのだから、少しでも多く持っておきたかった。無駄にはしゃいだ分深く気落ちして、床にへたり込んだ。とはいえいつまでも落ち込んでもいられないので、次はあそこを探してみようと積まれた本を見た。どれもこれも古臭いものだったが、売れるかどうかはわからない。もしかしたら貴重な古典なんてものがあるのかもしれないが、価値があるかなんて少女にはわかるはずもなかった。少女はとりあえず、装丁が立派なものを探した。見た目だけで少しは高く売れるかもしれない。すると、金の縁取りをされた緑の表紙の本があった。革張りなどではなかったが、十分高価そうだ。材質が何なのか、手で触れて確かめてみる。表面の感触、硬さ、冷たさなど。それらを踏まえると、木のように思えた。珍しい本もあるものだ、と思いながら開こうとすると、紙で封がされていることに気付いた。何か書かれていたが、少女には意味が分からなかったので躊躇なく破り捨てた。
するとその瞬間、本が勝手にめくれ、しかもめくれたページからは光が溢れた。少女は突然のことに驚き、顔を腕で覆った。瞼の裏に暗闇が戻ったので、おそるおそる腕をどかそうとすると、声が聞こえた。
「あなたの望みを叶えましょう」
人などいなかったはず。そう思いながら少女が目を開けると、目の前には人がいた。と始めは思ったが、その姿は人とは似ても似つかぬものだった。
子供が無邪気に、大人が無造作に丸めた針金のような塊が首のあるべきところの上にあり、燕尾服に包まれた体は手足が異様に長かった。ジャケットの中には流れる血のような鮮やかな赤とよどんだヘドロのような毒々しい緑のストライプでできた派手なシャツを着ていた。本来ネクタイがあるべき場所には白い蛇がいて、その目は底が見えないくせに、どこまでも澄んだ青だった。
「おや、聞こえていないのでしょうか。家もない上に耳も聞こえないとは。なんと哀れなのでしょう!挙句の果てにこのようなことまで……。おお、嘆かわしい……」
それは口もないのに勝手に嫌味を並べ立て、嘆いているというよりは悲劇に仕立て上げるのを楽しんでいるようにしか感じない。
「聞こえてるけど。一人で適当に決めつけるのやめてくんない?」
少女は目を細め、しっかりと開いた口から言葉を発した。その声色からは、この異形の者に対する恐れだとかは一切感じられなかった。
「……ふむ、そのようですね。ですが、家もなく、哀れな身の上なのは事実でしょう?秘密基地ごっこ、などと言えるような余裕を持ち合わせているようには見えませんしねぇ」
いちいち癇に障る言い方をする。
「うるさい。……まぁ、確かに事実だけどもさ。あんたは何の権利があって言ってるわけ?そもそもなんなのあんた」
少女は吐き捨てるように言い放った。少し伸びすぎている赤髪の奥から覗く双眸は、異形を反抗的な視線で睨みつけている。
「お嬢さん、人に名前を聞く時は自分から名乗るものですよ。……礼儀を知らないのであれば仕方がないですが。まぁ、今回は特別に私からいたしましょう。私の名前はガミジン。俗に言う、悪魔ですよ」
顔色はもともと読めないが、ガミジンと名乗った異形の声色は真面目そのものだった。そもそも、どうあっても人間ではないことはわかっていたが。
「では、あなたの名前をお聞かせ願いましょうか」
「……そんなのない」
自己紹介を促された少女は髪が無造作に伸びた頭を垂れ、消え入るような声で答えた。
「はい?」
悪魔にとっては意外だったのか、頓狂な声を上げた。
「名前なんてないって言ってるの!あんた、今悪魔って言ったよね?だったら私の願いを叶えてよ!いや、最初に叶えるって言った!なんなら生贄だってしてあげるから!だから、私に、名前を頂戴……!」
タガが外れたかのように叫んだ少女は一気にまくしたて、最後には掴みかからんばかりの迫力だった。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。単細胞はこれだからいけませんね」
頭にきたのか、少女はガミジンを殴りつけた。もっとも、身長の違いのせいで顔(なのだろうか?)ではなく腹部だったが。
「おふっ、ちょっと、なにするんですか。悪魔にも痛覚や実体はあるんですよ!まぁ、ないような者たちもいますが……」
言葉ではそのようなことを言っているが、実際には痛みを感じている様子は一切ない。少女の拳が軽かったのが主な原因だとは思われるが。
「んで、あんた殴って少しは落ち着いたわよ。結局どうしてくれるの?」
ガミジンは、人間で言えば顎にあたるだろうところに指を当て、考え込むような動作を取った。
「落ち着きなさいって。先にやらなくてはいけないことがあるのですよ」
そう言ってガミジンは突然少女の肩に手を置いた。驚きで少女は目を見開いたが、蛇が大口を開けて迫ってきたのを見て、急いで後ずさった。
「あぁ、そんなに恐れないでください。別に、あなたに害はないのですよ?理解できませんか?」
少女の足がもつれ、無様に床にへたり込んだ。何かに躓いた、とかいう訳ではない。
ガミジンが悪魔であるということを、少女は唐突に痛感したのだ。
だが、それだけであったなら、少女はへたり込むことはなかっただろう。頭で感じる範囲の恐怖でなら、少女は立ち向かえたはずだ。しかし、恐怖は少女の全身を蝕んでいた。目は閉じることすらできず、奥の歯がぶつかり合い、音を立てる。皮膚はじっとりと汗ばみ、にもかかわらず鳥肌が浮かんでいる。内臓がすべて裏返っているような感覚に襲われ、腕と脚は痙攣するように震えるだけだった。
音も無く蛇が首に巻きつき、そして意外なほど優しく牙を立てた。
「っつ……!」
軽い痛みが首に走ると同時に、少女は弾けるように立ち上がり、背中を壁につけた。
「何を、したの……?」
咬まれた痕を手で押さえながら、ガミジンに問い掛けた。
「いえ、少々契約をしただけですよ。あなたの望みを叶えるにあたって、契約した方が好都合なので」
そう言ってガミジンは少女の額に浮かんでいる脂汗を拭った。
「そうじゃない、その前。なんで私は動けなくなったの?」
未だ足を震えさせながら、うつむき気味にこちらを睨んでくる少女の顎を掴み、顔をガミジンの正面に向かせて答えた。
「おやおや、あなたは私を誰だと思っているのですか?ただの小娘一人屈服させられないようでは悪魔などやっていけませんよ」
ガミジンの表情は全く読めない。そもそも、ガミジンには顔がない。だが、少女はそれを不気味には思いこそすれ、恐怖を感じたりはしていなかった。
「……まったく、契約とか言っておきながら私の意見はどうでもいいのね」
「本人の了承によらない契約は、意外と多いものですよ。ほら、近頃知識人の間で流行っているという、なんとか契約論とか言うのもそうじゃないですか」
球体の下、多分顎のあたりに手を当て、わざとらしく考え込むようなポーズを取りながら言った。
「なにそれ。私、聞いたこともないわよ」
「まぁあなたは知識人には見えませんしね」
何を言っても嫌味で返される。そう察した少女は必要最低限のことだけを聞くことにした。
「で、契約って結局なんなの」
少女は無愛想に聞いた。
「そうですね、まぁ簡潔に説明しますと、悪魔も別に只働きをするわけではないということです。願いを叶える代償を受け取るために、契約をするわけです。……複雑な説明も致しますか?」
軽く馬鹿にしてる様子でガミジンが聞いた。勝ち気な性格なのか、少女は負けじと説明を求めた。
「基本的に悪魔が人間に対して干渉することは簡単なことではないのですよ。信仰心を持っている人間は特に。なので、干渉しやすくするために契約をするのです。契約しておけば、その後信仰を持ったとしても問題ないですから。もっとも、悪魔が契約する理由は他にも様々あります。他の悪魔に取られにくくする。こちらの世界に留まる錨とする。逃げられなくする。などですかね」
「最後さり気なく怖いの混じってたわね」
ガミジンは少女の言葉は気にせず続けた。
「そもそも悪魔が人間の願いを叶えるのは代償を支払われるからですよ。叶える願いに見合う代償がないと悪魔は動きませんよ。その点、あなたはというと……」
ガミジンは少女に近寄り、(恐らく)まじまじと見つめた。
「な、なによ」
少女は意外だったのかそれとも慣れていないのか、たじろぎながら聞いた。
「……足りませんね。あなたには美味しい代償がないです。これでは仕方ありません。しばらくあなたに同行するとしましょう」
「はい?」
よほど意外だったらしく、少女は間の抜けた声を出した。
「冗談ですよ冗談。そういう場合もあり得るということです」
明らかに不機嫌そうな顔で少女はガミジンに詰め寄った。
「そんな冗談やめてよ、何も面白くない。まったく……、あんたが悪魔だから感覚がずれてるのかね?」
しかし当然ながら、ガミジンは全く怯むことなく話を続けた。
「しかしですね、あなたに名前を付ければいいのでしょう?私にはそういったことは出来かねますが、そこら辺の人間をとっ捕まえてちょいと頭を借りて考えればよいだけですし。とても簡単なことですよ」
「い、いやぁ、あの、そういうことじゃなくてね……」
少女は気まずそうに頭をかきながら言った。
「ふむ?ではどういうことでしょうか?」
ぺたりと腰を下ろし、自分の髪をもてあそびながら続けた。
「えっと、まぁ悪魔のあんたには分かんないだろうけどさ、……ちゃんと愛情をもって付けてほしいのさ。ちゃんと、私も愛情を感じられるような人にさ」
すると、ガミジンの針金の塊の一部が色を変えた。赤熱しているかのような光を放っており、その線は、見ようと思えばしかめっ面のように見えないこともなかった。
「……なにそれ」
少女は素直な疑問をぶつけた。
「表情を出してみたのですよ。このように感情を表現した方が、人間は会話しやすいでしょう?」
「いや、そうじゃなく……」
少女はさっきよりも気まずそうに告げた。
「あんた、絵は下手なのね」
不意にガミジンの顔から光が消え、真っ黒な状態でそっぽを向いた。
「……こんなのは伝わればよいのです」
どうやら機嫌を悪くしたようだ。正直、とても分かりにくいが。
「まぁ、あんたの言ってることは正しいと思うよ。なんにもないと、物と話してるような気分になっちゃうし。うん」
少女はガミジンに対してフォローをしたつもりだったが、あまり効果はなかったようだ。
「……そんなことは今は問題ではありません。あなたの望みが何なのか、しっかり伝えてもらわないといけませんから」
合理的だからなのか、それとももう触れられたくないだけなのか、ガミジンは話を本題に戻そうとした。
「いや、むしろやってほしいよ?話をする以上、表情が読めるほうがいいから。まぁ、とにかく、私の願いは、名前が欲しいってことになる。それも、適当に付けられるものじゃなく、自分で納得できるような」
「……ふむ、それでしたら、自分で付ければよいのではないですか?」
ガミジンは疑問に思っているように見えなくもない表情を浮かべて答えた。
「普通さ、名前って親に付けてもらうものじゃない?悪魔はどうなのか知らないけども」
二人がいる場所はすでに明るくなっていた。少女はそれほどまでに話をしていることには気づいていなかったが。ガミジンは少女に答える。
「悪魔の場合、少なくとも自分にはあなたの思うような名前の概念はありません。単に記号と同じですかね。区別のため、契約のため。名前がないとどちらもままなりませんから」
「じゃあ、やっぱり自分でつけてるわけ?」
「少なくとも私はそうです。低級悪魔は名付けられることによって使役の契約をする場合もありますが……。まぁ彼らは人間の都合でこちらに呼び出される身。一方の私達は好き勝手にやってる身ですから」
少女はガミジンの話を興味深そうに聞いている。
「へぇ、悪魔って色々いるのね……。何も知らなかった」
「あまり有名になりすぎても困るわけですからね私達は。とはいえ誰も知らないままというのではこのように偶然で召喚されるのを待つしかないので難儀なものなのですがね」
少女は一つ疑問に思ったので聞いてみた。
「ねぇ、悪魔同士って、互いを仲間だと思ってるの?案外仲がいいの?」
その質問にガミジンは肩をすくめる。
「私はあまり付き合いがあるほうではないので詳しくはわかりかねますね……。でも、仲のいい悪魔同士はいるようです。私が直接知ってるわけではありませんが。それで、私が彼らを仲間と思っているかと言いますと、それは違いますね。気分を害する言い方だとは思いますが、人間を羊、悪魔をその毛を刈る存在だとすると、わかりやすいですかね」
ガミジンは一つの例え話を始めた。
「私は毛が沢山ほしいです。そして羊と出会えることはそんなに多くありません。やっと見つけたとしても、その羊に元から毛が沢山生えてるならいいですが、そうでない場合も多いわけです。その場合は育ててやる必要があります。そんな中、他に毛を刈る存在が出てきたらどうですか?面倒ですよね?……そんな感じです。私にとって他の悪魔はただの競争相手ですよ」
少女にとってガミジンの話は今の世界とは掛け離れているようなものだったが、不思議と、全く想像できない訳ではなかった。
次の話はいつになるかわかりませんが、
見てくださってありがとうございました。