後始末開始
翌朝。事態の収拾について色々な話がなされる事になった。
「まず、ハチにお願いしたいのは穴を貫通させる事ニャ。結界その他はウチらで何とかするニャけど、アレだけは大工事になりそうニャ」
「確かに。了解」
もう一度奥まで入り、あの壁をぶちぬいてトンネル穴をあけるのが俺の仕事と。
「それさえ何とかニャれば、後は何とかするニャ。あとは……」
それからサイカさんは何か書類みたいなものを取り出した。
空は晴れ渡り、のどかだった。少し寒いのだけど、なんだかんだで数日間停泊する事になったこの道端はすっかりキャンプ地と化していて、サイカ商会の隊商のものらしい使い込まれた天幕がビシっと張られ、なかなか快適だ。
役場のテントもできたり物売りまで来ちゃって、なんというかテント村?うむ、凄い状況。
俺とサイカさんはキャリバン号の横に置かれたテーブルを使っていた。これも俺のものではなくサイカ商会のもの。
うん。
思えば、この世界に来て以来、はじめてじゃないかな。こうやってひとつの組織と大々的に関わるのって。
「って、何ですかこれ?」
「もちろん、論文だニャ。ハチの意見を名前つきでカタチにしてあるニャ」
「いつのまに……」
「昨夜、ウチらが飲んでいる間にうちの文官とアイリスさんが作ったニャ。ささ、確認するニャ」
そう言われて、言われるままに内容を確認する。
まぁ、内容ったってアレだけどな。
『種族変換における当人意思の介在について』異世界人ハチ(共著:サイカ・スズキ)
種族変換が起きる際、どう変化するかには当事者の意識が強く関わっている可能性が高い。
この説の論拠は以下である。
まず著者である自分は異世界人であり、ご存知の方も多いと思うが、異世界人の多くはこの世界の人々の魔法体系を使う事ができない。だが、これまた一部の方がご存知のように、実はカタチが異なるだけで魔法のような現象を使う事はできる。要は意識などの構造が異なるため発動も異なるという事のようだ。
たとえば自分は、異世界で使っていたいくつかの日用品等を再現できる。膨大な魔力を喰ってしまうし何でもできるわけではないが、別に詠唱も何もいらない。必要なのは、その該当のものを自分自身がよく覚えている事、ただそれだけである。
つまり。精霊分を使って魔法に類する現象を起こすには、本来複雑なシステムなどいらない。本人の意思とイメージだけでいい、という事だ。
この事を前提においたうえで、種族変換について考えてほしい。
もっともわかりやすい例が獣人族の出現理由である。
水棲人や魔族等は環境への適応など、それぞれに合理的説得力をもつ変化をしているが、獣人族はその範疇から外れているのはご存知の通り。単に動物的人類になるならば水棲人のように獣耳と部分的な毛皮をまとえばいいだろうに、なぜか既存の動物そっくりの頭部などを取得してしまうのだから。
従来の論文では、獣人族の変化については自然同化説などが主力であった。しかし、これよりむしろ、当人たちの意思の介在ではないかという疑問が提起されていたとも聞いている。
そこで個人的に、いくつかの情報を集めてみた。もっとも自分はあくまで異世界人の素人であるため、この文を読んでくださった専門家諸氏にこのさきの追求については是非お願いしたい。
さて。
上の『意思介在』説について、猫人族を例にあげて説明したいと思う。
猫人族は特定地域に多いが獣人族全体ではマイノリティに近い。
これは長い間謎とされていたが、エマーン国サイカ商会に伝わる記録によると、最初の猫人族は初代サイカ・スズキらしい。当時彼女は人妻であり夫は妻を熱愛していたが、猫人族に変わった事で驚くどころかますます熱愛が加速。その仲の良さを羨ましがった村の若者たちが、相次いで猫人族に変化するという現象が起きたらしい。当時、かの村の人口は1000人近かったが、そのほぼ全員が猫人族に変わるまでにかかった時間は一年足らずだったという。
獣人族には同様のケース、つまりいわゆる同化変態現象が多く知られている。つまり身近に同じタイプの獣人がいる、あるいは羊や山羊を牧場で育てていて常に一緒にいる等、身近に触れ合う獣人や動物と同タイプに変態する事だ。かつてこれは汚染と呼ばれて獣人差別の元ともなったが、病気のようなものではなく、条件がそろった時の当人の意識が変換先種族決定のトリガーになっているというこの考えは、これまでの説に一石を投じるのではないかと思われる。
しかもこれにより、いわゆる連鎖変態現象についても納得のいく仮説が立てられるのではないかと思う……。
何か色々書いてあるけど、まぁ要所を引っこ抜いてみると、うん、こんな感じの文だった。
「あー、変身じゃなくて変態ですか」
変態といっても変な意味じゃないぞ。態を変ずる、つまり蝶の羽化みたいなもんか。
「学問としては変身でなく変態だそうニャ。まぁ、うちらは変身でもいいと思うニャ」
ああ、確かにそうだな。
ところで若干気になる内容があるのだけど?
「サイカさん、連鎖変身って?」
「変化する条件が揃っても、ほとんどの者はすぐには変化しないニャ。変身が起きるのは大抵、心身に何らかのトリガーが起きた時ニャよ」
「そうなの?」
「ウム。今まではそれも謎のひとつだったニャ」
ああなるほど。意思が決定に関わるなら、即座に変身するわけじゃないのも理屈があうって事か。
「成人の儀やら結婚みたいな通過儀礼がきっかけになるにしろ、あとはウチらのように集落の誰かの変身を見て、それに影響されるケースにしろ、当人のココロがそれに関わるとなれば、全て説明がつくニャよ。むしろ今までのどんな仮説よりもシンプルで、なおかつ信頼性も高そうニャ。
で、問題の連鎖変身ニャけど。
ウチら猫人族のはじまりみたいに、集落まるごとが次々に、連鎖的に変身していくようなのを文字通り、連鎖変身あるいは連鎖変換と呼ぶニャ。これはコミュニティが成立している空間ニャらどこでも起きる可能性があるから、学校とか職場みたいな単位でも発生する事があるニャ」
「へぇ……」
面白いもんだなぁ。
「種族変換には謎が多いニャ。未だに研究中の部分も多いニャけど、今回のハチの説がきちんと裏付けられたら、色々な事が証明されたり仮説が覆されたりすると思うニャ。お手柄ニャよ?」
「おー」
よし、とサイカさんは何かの資料をトントンとまとめ、横にいた文官らしき白猫さんに手渡した。
「これを頼むニャ。いつもの学者サンに依頼して速攻流してもらうニャよ?」
「は、了解しました」
そういうと白猫さんは、俺にもなぜか挨拶して去っていった。
「いつもの学者サン?」
「魔族の学者さんニャけど、学会関係の仕事をお願いしている方がいるニャよ。色々事情があってパトロンのいない方ニャんで、こんな小遣い稼ぎみたいな仕事でも怒らずやってくれるニャ。申し訳ニャいので、いつもお駄賃は相場よりたくさんさしあげてるニャが」
ほうほう、魔族ねえ。
……いやな予感がするなあ、うん、これは。
うむ、その魔族については聞かないふりをしておこう。
「おや?」
「え、何です?」
「ハチならきっと、その魔族は誰ニャって聞いてくるかと思ったニャ。ちょっと意外ニャ」
「いやいや。俺としてはエマーン入国して最初がコレでしょ?山脈の向こうが気になって仕方ないってのがあってね」
「んー、そうかニャあ?……ま、そういう事にしておくニャ」
「ハハハ」
まったく、冷や汗かかせてくれるよもう。
さて。
「そんじゃ」
「よろしく頼むニャ。向こう側に出たら商会の誰かに伝えてくれると助かるニャ」
「わかった。それじゃあ」
「名残惜しいニャあ……」
まぁ、確かにサイカさんは好ましい人物なんですけどね。
でも、一緒にいると色々とやばそうだし、何よりアイリスたちとゆっくり遊べないからね。どうしても。
「じゃあまた!」
「ん、またニャー」
サイカさんをはじめ多くの人に見送られて、俺たちは再びトンネルの中に入っていく。
「……そろそろいいかな?」
「いいと思う」
「わん!」
『問題ありません』
「……アイ」
うん、やっぱりこのメンツだよな。
ちなみに順番にいくとアイリス、ランサ、ルシア姉、マイの順番。要するに俺と出会った順番なんだけど、これこそがうちのメンツだ。
万能アシスタントでパートナー、真竜の眷属にして精霊生命体のアイリス。
うちの癒やし兼戦士、ケルベロスの子供のランサ。
植物系生命体でキャリバン号に同化しているルシア姉。ちなみに妹は俺の左手に同化中。
で、海の生き物から作られたショゴスもどきで、暴食とベッド担当の不定型生命体のマイ。
うん。
やっぱりこのメンツが、なんだかんだで一番気楽だよな。
「さて。そんじゃアイリスとルシア、安全確保頼む」
「わかった!」
『了解しました』
「ランサ、なんかやばい気配を感じたら教えてくれな?」
「わん!」
「マイ、おまえも自分の感覚に何かひっかかったら頼むぜ?」
「アイ」
俺自身も含め、全員が全員とも全く異なるルーツや立場をもつ者たち。
それぞれを見れば、きっとそれぞれのトップには劣るのかもしれない。だけど、こうして同席しているからこそできる事もあるんだと思う。
『これは』
最初に反応したのは、ルシアだった。
『魔物たちの縄張りが復活していますね。通路自体は問題ないようですが』
「もうか?早いな」
「でっかいねえ。また30m級以上だよ」
そんな巨大ムカデ、見たくないなぁ。
「しかし、なんでムカデばかりなんだ?近郊に繁殖地でもあるのかね?」
ぼそっと、そんな事をつぶやいたのだけど。
その言葉は次の瞬間、ルシアの言葉によって肯定されてしまう事になる。
『繁殖地があるのでなく、どうも繁殖地につながっているようですね』
「……つながっている?」
どういう事だ?
『この地域から南大陸北部の一部地域にかけて、大深度地下に広大な空間があるようです。もちろん天然のものではなく人工の設備ですが』
「……なんですと?」
ちょっとまて。
「この地域から、南大陸北部にかけてだって?」
まさか。
最悪の予感が頭をかすめた。
「……パパ。もしかしてパパの懸念って、こことクリューゲル道がつながってるんじゃないかって言いたいの?」
「言いたくないけど、そうだよ……さすがに違うよな、な?」
『申し訳ありません主様。その仮定には同意できかねます』
「……おいまさか」
「うん、そのまさかだよ。読み上げていい?」
「……頼む」
そしてアイリスが読み上げた情報には、悲鳴もののデータが含まれていた。
『コトン・カク・マンダ中央エネルギープラント』※現在も稼働中
アマルティア時代に作られた大深度地下設備のひとつ。中央エネルギープラントにはアマダ型の対消滅装置が用いられていると記録にあるが、いくつかのデータが対消滅装置とは異なっており、後のドワーフ研究者は、これは対消滅装置ではないと結論している。
また、ドワーフ調査によれば中央部の構成や技術は旧アマルティア時代の初期のものよりも尚更に古く、おそらくはアマルティア人がこの惑星に住み着く以前に、他の恒星系で入手し、持ち込まれた異星製のエネルギー炉ではないかと推測されている。
「……宇宙人の作ったエネルギー炉だぁ?」
おいおい。どういう事だよそれ。
「ちょっとまて、それ、アマルティア人がこの星に住み着いたって書いてるよな?」
「え?あ、うん」
「あ、うんじゃねえよ。じゃあ、アマルティア人って異星人だったのか?」
「うん、そうだけど。どうしたの?」
「いやいやいやいやちょっとまてよアイリスさん?それ初耳!さらっと言われても困るんですが?」
「初耳だと問題なの?」
「びっくりするだろうが!」
「……異世界人のパパが?」
「だまらっしゃい、俺が俺のことで驚くわけないだろ?」
「あはは、そうだね」
そうだね、じゃねえだろうが!
俺は思わず、キャリバン号を停止させた。
「ん、どしたの?」
「いや……ちょっと情報を整理したいんでな」
「こんな場所で?」
「ああ、こんな場所で」
ちなみにもうトンネルは抜けて、ここは都市空間の中の路上。
という事は、周囲はまたムカデの化け物だらけなわけで。
「……いっぱいいるよー?」
「寄ってこないんだろ?結界ってやつで」
「そりゃ来ないけど……パパ、大胆になった?」
「おまえらが信頼できるって知ってるからな」
おぉ……なんか目の前で、キャリバン号と同じくらいある巨大なムカデの頭が、キチキチ……とか変な音たててるぞ。
こわ。外には出ないようにしないとな。
「情報を整理しよう。アマルティア人っていうのは結局何者で、どこからきてどこに行ったんだ?
あと、クリューゲル道とここの関連性は?」
「えっとね、これでいいかな?」
そういいつつ、アイリスはタブレットの情報を見せてくれた。
『アルカ・コイカ人(通称アマルティア人)』
発祥は本惑星ではなく、この星の単位で約4000光年ほど離れた場所にある恒星コイカの第二惑星アルカ。本星が氷河期に突入したため他星系やアステロイド等に分散して退避したようだが、その中の一団が本惑星にやってきた。小柄な個体の多い地域から来たようで、ほとんどの者が小さな身体をしていた。モノづくりや研究の大好きな種族であった。
彼らは現在ドワーフと呼ばれている者たちと交流を行い、原始的ではあるが心優しく、また賢い性質を大変気に入った。そして多くの知識を伝授し、また共に笑い合って暮らしたという。それは千年にも渡った。
また、精霊分の正体を解析してこれをドワーフたちに説明、この星から除去したいなら手伝う旨を提案したがドワーフたちはこれを拒否。ならば愛すべきドワーフたちが死なないよう、また異界要素である精霊分とこの星の生き物が仲良く共存できるよう、融和の仕組みを作り上げたという。
彼らは長いこと本惑星にいたが、やがて本星の気候が回復したと知ると、異星人がいつまでもいるのは良くないと告げ、長い繁栄と平和を願う言葉を残して去っていった。
やがて、彼らと共に暮らしていた地域の人々に最初の変身が起きた。彼らは、共に暮らした遠き友の面影をその身にやつし、彼らのようにモノづくりと研究が大好きな種族となった。
これが、後にドワーフと呼ばれるようになった。
『コトン・カク・マンダ中央エネルギープラントの出口について』
同プラントの出口は二箇所ある。
ひとつは現東大陸エマーンの西端付近の山腹。そしてもうひとつは、南大陸東部にある。ただし、南大陸側の入り口は現在、ドワーフたちが大陸間海底トンネル『クリューゲル道』として再利用しているため、入り口は閉鎖されている。
ただし、空間干渉のできる者が精霊分のゆらぎをたどっていけば、現在も業務用の入り口からはいる事が可能である。
……なるほど。ドワーフって、異星人の忘れ形見って感じの種族なのか。そうか。
「ってオイ、精霊分が異界要素とか、知らない情報ばっかなんだけど?」
「うん、わたしも知らなかった」
「アイリスも!?」
「うん。グランド・マスターは……あー、うん、知ってたみたい。でもそんな事、知らなくていい情報だって」
「なんで!?」
「知っても誰も幸せにならないからだって。ここに皆生きている、それだけで充分だろうって」
「……なるほど。さすがに一理あるな」
「うん、わたしもそう思う」
少し首を傾けたかと思うと、アイリスはそんな事をのたまった。たぶんリアルタイムで確認していたんだろう。
「ルシア。悪い、茶いれてくれ」
『はい。少々お待ちを』
しばらく待って、ルシアの蔓草がフワフワともってきたカップを受け取った。
「ありがとな」
『いえいえ』
ひとくち飲んで、落ち着く。
外を見ると、暗い地底の風景。結界にはりつく巨大な化け物。
なんというか……すさまじい。
すさまじいんだけど。
「わぅ……」
「おお、そうだな」
ランサが3つの首でコロコロ甘えてきて。
顔をあげると、なぜかアイリスが優しそうな目でそんな俺を見ていて。
うん、すっかり落ち着いた。
「ま、なんだ。宇宙人だろうとなんだろうと、俺には大差ないわな」
「うん、そうだね」
どちらにしろ、はじめて見る異世界の風景だからな、俺にとっちゃ。
ありがとよ、とランサの小さな身体をぽんぽんしてやる。
気持ちよさそうに目を閉じるランサの頭たちをなでてやると、前に向き直る。
「そうか、クリューゲル道もつながってるのか。なるほどな」
「けど、あっちから入った場合、いきなり巨大ムカデの巣だねえ。ちょっと笑えなかったかも」
「……マジかよ」
「うん。あっちの方がずっと近いみたいだから」
まぁ、うちのメンツなら死ななかったろうけど、あの二人がいたからなぁ。どんな面倒事になった事やら。
はぁ、やれやれだな。
「とりあえず、末端ポイントまで急ぐか。異常があったら教えてくれ」
「うん!」
『了解しました』




