夜
夜。
サイカのトップが内部情報を漏洩していた話だけど、そのまま公表されると聞いた俺は正直驚いた。
「アマルティアの話は伏せたニャ……伏せたよ、もちろん」
「サイカさん、別にニャン言葉でいいですよ?」
「よくないニャ……さっさと直さニャ……ないといけないニャ……な」
全然ダメじゃん。
「そっちの方が可愛いと思うんですけどねえ」
「マーゴと同じような事言うんじゃないニャ。全く男ってのは」
「あはは」
ぶっちゃけるとまぁ、夜の宴席だった。
あの後、サイカさんたちの動きは迅速だった。やってきた人間族の部隊を速攻で殲滅すると、即座にエマーン側にいる手勢に連絡を飛ばし、発掘中の遺跡に入り込んでいる人間族の部隊も潰していった。
それにかかった時間、わずか三時間。
さらに駆けつけたエマーン政府の人間にもきちんと状況を分けて説明していた。
『人間族国家の連中が、ここの遺跡に凄いお宝があると思って部隊を差し向けてきたみたいニャ。うちに内通者もいたニャ。まとめて始末したのでこのありさまニャ。お騒がせして申し訳ないニャ』
『それはまたご愁傷様です。ちなみに、そんな物凄いものがここにあったのですか?』
『あったにはあったニャけど、ウチら商人以外にはむしろ災厄かもしれないニャ。地底竜様の住居が確認されたニャよ』
『な、なんですと!?』
『まぁ、バカがそっちに行かないように封印して、そのうえで警告を置くニャ。ついては封印石の調達に口をきいてもらえると助かるニャけど……』
『封印石ですか?ま、まさか通路が?』
『魔物だらけで結界と封印必須だけどニャ。開通したら、ここからクリネルまでたったの100kmニャよ』
『ひゃ……!?わ、わかりました、ただちに政府に伝えます!』
……とまぁ、そんな感じで夜。
サイカさんに飲ませていいかと部下の人たちに相談したら、あっさりOKをもらえたので宴席に誘ってみた。
いや、こんなドタバタの最中だからね。トップが酔っちゃうのってどうよって気もしたしさ。こっちの世界にも喪中って概念あるのかなとか、そっちの心配もあったから。
結論からいうと、猫人族の場合、身内が亡くなった夜には見送りといって飲み食いする習慣があるんだそうだ。延々と何回忌ってやらずに簡単にすませるのが常らしい。
なんというか、このカラッとした感じが猫っぽいなと思った。
それでアイリスにも参加してもらい、飲み会となったわけなんだけど。
あ。
一応言っておくと、別にサイカさんは泥酔とかはしていない。そこは組織のトップ、自制心は決してなくさないようだ。
少しでもリラックスしてくれると嬉しいのだけどな。まぁそこは力を尽くすだけだ。
「マーゴとは幼なじみだったニャ。ウチはこれでも一応、長女ニャ。兄貴がひとりいたけド人間族のテロで早死したんで、ウチがつぐ事になって。で、ヘンなヤツを旦那にするよりはと、気心のしれたマーゴを旦那に選んだニャ」
「恋愛結婚?」
「それは……今となってはわからニャいニャあ。マーゴとは一緒にいた時間が長すぎたニャ」
「そうですか」
俺には、そんな相手がいた事がないからわからない。家族はいたが。
そういえば。
「マーゴさん、どうして」
「裏切った理由ニャ?」
「ええ。……あ、すみません。立ち入った話で」
「いや、いいニャ。巻き込まれたハチには聞く資格が当然あるニャ」
サイカさんは小さくうなずいた。
「ウチは元々、跡継ぎの予定じゃなかったニャ。けど、まさかの事態がありうるわけで、スペアとして育てられたニャよ。
マーゴは、ウチがスズキの家から逃れて自由に生きたい、生きたいって泣いてたのを見て育ったニャ」
「……」
「本当にマーゴが狙っていたのは、ウチの暗殺ではないニャ。商会の信用を失墜させて、スズキの家そのものを商会のトップから引きずり下ろす、あるいは商会を潰す事ニャ。
まぁ、実際は全然うまくいってないばかりか、あやうく完全に裏目に出るところだったけどニャ」
「……」
なんというか……そうっすか。
「……ウチが昔、ずーっと昔に……泣いてた時、マーゴが言った事があったニャ。『商会なんかがあるからナナが不幸になるんだ』って」
「ナナ?」
「サイカを継ぐ前のウチの名前ニャ。……何ニャ、その微妙なツラは?」
「なんでもないっす」
ナナ……似合わん。
サイカさんって美人だけど女傑イメージだもんな。ナナはさすがに可愛すぎるだろ。
「なんか失礼な事言われてる気がするニャ」
「気のせいです」
「まぁ、そういう事にしとくニャ」
サイカさんはそう言うと、ためいきをひとつついた。
「マーゴはあの時の事、やっぱり忘れてなかったニャ。……あの帆立てが」
「ホタテ?」
「マヌケって意味ニャ。……ああ、わからニャいか。
猫人族の幼児がイタズラして親から隠れる時ニャ、なかなか上手に隠れるニャけど、興奮してるからシッポが立ちっぱなしで丸見えになるニャ。母親は足を忍ばせて後ろから近づいて、しっぽをむんずと捕まえるニャ」
情景を想像して、ちょっと笑ってしまった。
「……あー、なるほど。尻尾を立ててるところを船の帆になぞらえたのね」
「正解ニャ。今ちょっと笑ったニャ?」
「状況を想像しちまったんで」
「猫人族の子供は、よほどおしとやかに育たない限り一度は通る道ニャ」
「そうなのか……」
日本風にいえば、頭かくして尻かくさずってとこかな?
それもまた、特有の文化だなぁ。
「?」
「……それにしても」
サイカさんはなぜか、ここで大きなためいきをついた。
「今、思ったニャけど」
「はい?」
「ハチは生きるのが下手くそな人間ニャね。マーゴもそうニャけど、なんとも不器用なとこが似てるニャ」
「え、な、なんでです?」
「ウチをこのタイミングで飲みに誘ったのは、マーゴをなくしたウチをなぐさめたいと思ったからニャ?」
「……あーそれは」
困ったようにサイカさんは笑った。
「心配してくれるのは嬉しいしお礼を言わせてもらうニャけど、ウチはそこまで弱くはないニャ。
それに、ひとつ間違ったらウチの反感をかう可能性だってあったはずニャ。
なのに、自分が損をしてもフォローしようとしてくれる……。
なかなかいい男だニャとは思うけど、ちょっと心配なくらいに不器用ニャ」
「俺みたいなのは不器用じゃないですよ。単にバカなだけです」
「ほう?」
「ひとの気持ちに気づけずに傷つけちまった事だってありますしね」
ふと、あの頃の事を思い出す。
あんな、大切な人の悲しい笑顔なんて二度と見たくない、そう思う。
だから。
「そんな断言するって事は、過去に何かあったかニャ?」
「……ゲゲ」
ふと回想しかけていると、その表情を目ざとくサイカさんに読み取られてしまった。
「げげ、じゃないニャ。いい大人の過去話を引っ張りだした罰ニャ、今夜はとことん話すニャ!」
「いやいや待ってくださいよサイカさん、いい大人ってなんスかいい大人て。俺こう見えて結構な歳ですって!ジーハンの役場にだって実年齢を登録してるし。知ってるんでしょ?」
調べればわかる事だ。役場に登録した情報くらい、サイカ商会が把握してないとも思えない。
「あんなガキの背伸びなんか誰も信じるわけないニャ、役場は自己申請を重視して登録するニャけど担当だって苦笑してたニャ!」
うわーい、全っっっ然、信じてないし!
「嘘なんかついてねえっての!俺の実年齢そのままですってば!」
「はいはいわかったニャ、そういう事にしといてあげるニャ。で、とっとと切ない恋バナ吐くニャ!」
「ゲロゲロゲー」
「誰がゲロ吐け言ったニャ!酒宴でゲロは最悪ニャ!格好だけでもするもんじゃないニャ!」
いやその。
なんでこのギャグ通じるんだよ、翻訳どうなってんだ?
あと、この飲み会って一応、俺らだけじゃないんですけどねえ。
気がつくとサイカ商会の人たちは俺たちを生暖かい目で見つつ、アイリスとあれこれ話している。どうやらサイカさんの事は俺にまかせて、その間に自分たちのやれる仕事を片付けるつもりらしい。
まぁ、それはそれでありがたいんだが。そっちの面倒は俺には見きれないからな。
「そういやサイカさん、ひとつ聞きたい事があるんすけど」
「ったく、ハチは色々と面白すぎるニャ。ウチとしては色々とありがたいニャが」
「……?」
色々ありがたい?
どういう事だ?
そのサイカさんの言葉に、俺は何か、とてもひっかかるものを感じた。
「サイカさん」
「何にゃ?」
「もしかしてサイカさんの家って、異世界人由来の秘密だの何だのたくさんあるの?こう、誰にも言っちゃいけないぞー、みたいな」
「そのノリの軽さには文句をつけたいところニャけど、確かにあるニャ。……けど問題はそこじゃないニャ」
「というと?」
俺の言葉にサイカさんはうなずき、言葉を続けたニャ。
「ウチらみたいな家は、異世界人を狙う連中にとっては異世界人本人同様に獲物だったりするニャ。ニャから異世界人から伝えられた知識だの何だのを狙って、有象無象がウヨウヨしているニャ。
そのせいで……ぶっちゃけ、うかつに飲めもしないニャよ。うっかりバラすわけにはいかニャいし」
「うわ。それはきついな」
「まったくだニャ」
ふうっと、サイカさんはためいきをついた。
「まぁ、それでも何人かの飲み友達はいるニャけど、彼らもほとんどが異世界人の子孫ニャ。つまり、同じような秘密を持つ者同士というわけニャ」
「……そんなにいるんです?異世界人の子孫て」
「いるニャ。知ってるかもしれニャいけど聖国とか、かなり変わったところにもいるニャよ?」
「あ、聖国のは少しだけ知ってるよ。鷹司家の子孫がいるとか」
俺個人はあまりいい印象がないけどな。
「ほう。さすが同郷、タカツカサの発音が滑らかだニャ」
感心したようにサイカさんは頷いた。
「シオリ・タカツカサ本人とはちょっとお会いした事がある程度ニャけど、玄孫のエミ・タカツカサ・シターヴァは飲み友達ニャ。実はつい先日、ジーハンにも来ていて飲んだニャよ?」
「え、そうなのか?」
「嘘は言わないニャ」
それはまた。
「ああ、やっぱりエミにいい印象ないニャね?」
「あいつ、アイリスたちを見下すどころか、いないも同然に語りやがったからな。それに町に手を回して人間族国家に味方してたし、悪いけど正直、印象は最悪というしかないね」
「……で、それをフォローしにきてもいないニャね。まったく困った娘ニャ」
やれやれとサイカさんはためいきをついた。
「エミは聖女様ニャんて言われてるケド、人間族の友達が誰もいニャいの知ってるかにゃ?」
「え?」
どういう事だ?
「小さい頃からの従者にひとりだけ人間族がいるらしいけど、その者も新世代になりかけているそうニャ。それ以外の親しい者というと、異世界人の混血に獣人族、それに魔族ともつきあいがあるニャ。
ニャけど、聖国はいま微妙な立場にあるニャ。聖女の肩書を持っているのも人間族国家群に対するポーズで、それらしい態度を示すためニャよ?」
「なるほど」
まぁどちらにしろ、彼女の手引きで襲撃を受けたし追われた事実も変わらないからな。俺の評価が変わる事はないと思うが。
「とりあえず理解したよ。謝罪があっても受け入れるつもりはないけど話は理解した」
「受け入れニャいか……」
「ああ、それは無理」
きっぱりと言った。
「当時はまだ俺も旅をはじめたばかりでね、はっきりいって今、無事でいるのは運以外の何者でもないんだよ。はっきりいって、全滅した可能性の方が高い。
それに何より、あの頃の俺はほとんどこっちの世界に来た当時のままだった。自分の能力すらも全く知らない、ただの無力な人間だった」
「ふむ」
「大人の事情があるのは理解したよ。だから面と向かってこっちから罵倒するのはやめておくよ。
だけど、そんな時代に、意図して向こうから殺しにかかられた事はおそらく一生忘れられないよ。
だから、向こうから強引に関わってくるつもりなら、こっちも当然、そのあたりの精算を求めないわけにはいかないね」
「……確かに、心情としてはよく理解できるニャ。で、精算を求めてきたら?」
「和解に必要な最低限の代償を提示するよ。彼らにそれが払えるかどうかは知らないけどね」
「ふむ。もしそうなったら何て答えるつもりかニャ?」
「そりゃあ決まってる。俺が元の世界に帰れる魔道具なり魔法なりを要求するよ」
「それは……!」
サイカさんが絶句してしまった。
そりゃあ、俺だってそんなものがあるとは思っていない。もし聖国にそんなものがあるのなら、この世界の歴史自体はもっと違っていただろうから。
だけど。
「それはなかなか、豪気な条件ニャ?」
「とんでもない、最低限だよ。
だいたい、見知らぬ土地に放り出されて、泣きながら帰り道を探しているような人間が欲しがるもんなんて決まってるだろ?
帰り道、それが全てだ。他に求めるものなんてあるかよ」
「……ハチはそれだけの人間ではないニャ。アイリスさんたちや、ウチらに対する態度でもろわかりニャ」
「それは俺の個人事情だよ、サイカさん。
相手は背後に国家を背負っている者だ。当然、俺が応対する相手はその人個人でなく、その国家になるはずだ。
俺は自分を不器用な人間とは思うけど、悪魔と取引するより危険な事をするのに、個人事情を出して足元を見られる気はないね」
「……ニャるほど。エミの背後に国まで見てるかニャ。そりゃあ、そうなったら譲れるわけがないニャ」
「わかってもらえた?」
「もちろんニャ」
ふうっと、サイカさんはためいきをついた。
「ニャるほど。要するに話す気はニャい、聖国にも関わるつもりはニャいと。自分らに関わってくるニャって事ニャね?」
さすがにサイカさんも理解してくれたようだ。
そう。
日本に帰るすべがない、少なくとも現時点でこの世界には存在しない事を俺は知っている。
だいたい転移自体、何か人工的な手段で起こされているわけじゃないらしいとも聞いた。ドワーフですら異世界へのアクセスについては解析できていないと。
だったら。
それを要求するという事はつまり。
この世界の全ての知恵を絞って世界間転移を解析し、元の世界に送り返すすべをゼロから開発、手配してみろって事になる。
それが、どれだけ大変な事か。
要は、口先だけ謝罪してすますような人を舐めた真似は絶対許さないという意思表示だね。
「でもまぁ、本当にここまで言わせるほどバカな国じゃないと信じてるけどね」
いやホント。
「ちなみに、それを突っぱねてきた時はどうするニャ?」
「それこそ絵空事の範疇だけど……そうなったら俺は、俺と俺の周囲を守るためにやるべき事をやる」
「具体的には?」
「殺されかけたんだから、殺す。聖国が敵というのなら、その聖国をこの星から消せばいい。違う?」
「……いきなり殲滅戦かニャ。それはまた過激ニャ」
いくら異世界人でも無理だろとか、そういう事をサイカさんは言わない。
なるほど。俺がそういう能力を持っている可能性も考えてるってわけか。
「けど、それをやったとして、他の人間国も危険視して動き出すニャよ?いや、人間族国家以外も危険視して動くかも」
「それはその時だと思うよ。
……それに、本当に聖国を潰すなんて事になったら、戦争につぐ戦争になる可能性がある事もわかる。だから、誰も対抗する気が起きないくらい、徹底的にやるつもりだよ。そうなったら」
「……何する気ニャ?」
「いくつか案はあるけど……ここで語っても、ただのアレな人の妄想だからなぁ。
ただ断言してもいい。おそらく、ドワーフと一部の学者さん以外は、聖国で何が起きたのかさえわからないと思うよ」
「……そっか」
サイカさんは俺の言葉を吟味するように頷くと、
「じゃあ、今度あったら伝えておくニャ。少なくとも当面関わるのはやめておくニャって」
「……当面?」
「未来永劫そのままかどうかまでは、わからニャいニャ?
いつになるかは知らニャいが、まぁその時には、彼女本人の話だけでも聞いてやってほしいニャ」
「……まぁ、そうだな」
「それでいいニャ」
どちらも慌てる事はない。
サイカさんは、そう言っているようだった。
……あれ?
サイカさんを慰めるはずだったのに、なんでか慰められているような気がするのは……なんでだ?
「……」
「な、なんです?そのニヤニヤ笑いは」
ふと見ると、無言で楽しそうに笑ってるし。
「ふふ、やっぱりハチは少年だニャ。反応が可愛いくて癒やされるニャ……いい酒の肴ニャ?」
「だから、ガキじゃねえっての!」
「ニャハハハ」
けど、どうしてだろうな。
どうもこの人にかかると、自分がガキに戻ったような気がして仕方ないのは。
むう。




