襲撃者
襲撃までは時間があった。
だけど俺はキャリバン号を急がせた。現実はドラマとは違う、何が起きるかわからないからだ。
サイカ商会は俺が見たところ、よく統一された組織に見えた。
だけど、ここの発掘に関わっているのは別にサイカ商会だけではないだろう。だから、どこに裏切り者がいるかもわからないはずだった。
だから急ごうと。
まさかそれが、あんな結果を呼ぶとは思ってなかったわけだけど。
全力でトンネル入り口に戻る道すがら。俺はサイカさんたちに情報を聞いていた。
「情報漏えいの可能性はあるのかい?」
「そもそも、ここの発掘はウチもいれた複数の商会ニャ。つまり、ここを掘っている事自体はどこから漏れてもおかしくないニャ」
どこからどう漏れてもおかしくないって事か。
「ふむ。じゃあ、ここの遺跡がアマルティアってとこのもんだと知ってるヤツがいれば、知るのは容易だったわけか」
「そういう事になるニャ」
サイカさんはセンターミラーの視界の中で、大きく頷いた。
「ここの正体が知られた以上、世界中が動き出すだろうな。古代アマルティアの力は世界を支配できると言われているし」
「学者も動く、国も動くニャ。もう止まらないだろうニャ……」
そしてその結果、戦乱が起きるか。
さて。ではこっちはこっちでやるべき事をやるかな。
『ルシア、アイリス。そっちの調査ではどうなってる?情報は漏れてると思うか?』
『いえ』
ルシアがまず、俺の思考による問いかけを一蹴した。
『まず、この中で外部と通信ができないのは、地底竜様の結界があるからだよ。外に情報を出せないように』
ほう?
『突入した人間族国家の者たちですが、彼らはここがアマルティアの遺跡である可能性について知っていますが、確信はないようです。これは現時点でもそのようです』
『確信がないのに発掘チームを潰して入り込んだのか?』
『潰していません』
なんですと?
『サイカ商会に彼らと連絡をとった者がいるようです。その者が自分たちの突入確認と同時に発掘チームに休日の指令を出したようです。そうして引き上げさせた上で人間族国家のチームを突入させたようです』
『まさか、それって目的は……』
『彼らの目的はおそらく3つ。主様とキャリバン号の略取が目的の人間族国家と、今代のサイカ・スズキを殺害して実権を握ろうとする者、そして最後が、それら両者によるアマルティア発掘利権の独占でしょう』
『真っ黒だなぁ』
つまり、サイカさんも間違いなく今回の守護対象なわけだな。
だけど。
でも、ひとつ妙な事がある。
『サイカさんたちを殺したからって、そうそう簡単に商会の実権なんて握れるもんなのか?それは……!?』
……まさか。
俺はさすがに、その考えにゾッとした。
『ルシア』
『はい』
『俺たちの会話にサイカさんを混ぜてくれ』
『すみません主様、もう入ってもらっています』
『え、そうなの?どこから?』
『商会のお話が出たあたりからです。突然の事なので、並行して状況をご説明しておりましたが』
『そうか』
『すみません、勝手な事して』
『いや、いい。親しい人の命が絡んでるんだ、そんな時に手段を選ぶな』
『はい……このようなわけです、さいかさん』
『……ありがとうだニャ』
俺たちの会話に混じってきたサイカさんの声は、かなり消沈していた。
『すみません。こんなロクでもない内緒話をしてて』
『いや、いいニャ……実は、全く知らない話ではなかったニャ』
『そうなの?』
『うちの情報部には内部監査部門もあるニャ。もしもサイカの基本理念に反する行動をとった場合、ウチですら叱責を受けるニャよ。それゆえウチらは大儲けを逃す事もあるニャけど、信用あるおつきあいを望むところからご贔屓にしてもらってるニャ。
その内部監査部門から警告受けてたニャ。今回の旅は、それの確認もしていたニャよ。
……できれば外れて欲しかったニャけど』
『確認?』
『ここの発掘情報を意図的にリークしているというものニャ』
意図的にリークね……。出した先は言うまでもない、か。
しかしそれは何とも……言葉がない。
上層部どころか、そんなところに裏切り者がいるなんて。
と、そんなやりとりをしていたら、
「まもなく出口だよ。みんな準備して!」
「あいよ!」
「わかったニャ!」
「わん!」
さて。
うまくいけばいいのだけどな。
入り口から外に出ると、そこには雰囲気に気づいた商会の人たちが待っていた。
「サイカ様、どうされましたか!」
商会の人たちは、キャリバン号だけで外に出てきた俺たちを見て目を丸くした。
「向こう側の発掘現場に人間族の遊撃隊らしきものを確認したニャ!こっちにも一部迫っているらしいので、とり急ぎ戻ったニャ!皆、無事ニャか?」
「あ、はい。ではやはり、ビーダが急に危険を感じたというのはサイカ様でしたか」
「指示を出したのはマーゴにゃ。で、まだ敵は来てないニャか?」
「はい、まだ。でも気配が近づいてますが!」
ふむふむ、そうか。
さて。
ここでドラマチックにいくならば、敵が到着してから黒幕くんが突如として正体を現し、誰かを殺すか人質にして敵側に回るんだろうな。そしてそれが、誰にもわかりやすい瞬間でもある。
だけど、そうなると誰かが犠牲になる可能性があるわけで。
ふむ。ちょっと遊んでみるかな?
正直、こういうのは俺みたいな凡人がやっても、ひたすらダサいだけなんだが。
「そういや全然関係ない話なんだけど、サイカさん?」
「ん、何かニャ?」
「いや。中から外に連絡しようとしたみたいですけど、どうやって試してたんです?俺、こっちの通信方法とかよく知らなくて」
「ああ、そういう事かニャ。んむ、少し時間あるからいいニャよ?」
そういうと、懐から紫色の水晶みたいなものを取り出した。
「実際に通信したのはマーゴのニャけど、まぁ同じものニャ。これを使うニャ!」
「ほう。なんか魔力帯びてますね?」
「通信魔石ニャ。ウチらは必ず手に触れて使う必要があるニャけど、なかなかよく飛ぶ魔力通信機ニャよ?」
サイカさんが魔力を込めると、確かにフッと不可視の魔力がこぼれてくる。
ああなるほど、マーゴさん持ってたもんなぁ、これ。
あれ?
でも、あれれ?
「なるほど……でも、変だな?」
「どうしたニャ?」
「いや……なぁアイリス、おまえ確か昨日から今朝にかけて、自分たち以外の魔力波は検知してないって言ってなかったか?」
「うん、言ってたよ?どうしたの?」
「いや、だってさ……この魔石の通信って、検知できないもんなのか?」
「!」
一部の人間にその瞬間、無言の動揺が広がった。
「えっと、ハチくん?何を言ってるんだい?」
うわ、なんか探偵ドラマみたいなテンプレ反応きたよ。
「いや、あのねマーゴさん。このキャリバン号には外部との通信を検出する能力もあるんですよ。何しろ、言っちゃなんだけど守護対象の俺が弱すぎるもんでさ。いろんな人たちが気を使って、いろんな能力をつけてくれているもんでね。
んで、そのセンサーには、なんの通信も記録されてないんですよね。
おかしくないですか?
確かマーゴさん、サイカさんに指示されて発掘現場やここと連絡とろうとしてましたよね?通信自体はできてないけど」
「ああそうとも、通信できてない。だから」
「でもさ、起動したらさっきみたいに魔力飛ぶんじゃないの?」
「……なに?」
「ああ、知らなかったんだ。
俺、確かに普通の魔法は使えないけどさ、魔力を嗅ぎつけるのは結構得意なんだぜ?だから今、サイカさんが起動した瞬間、石に魔力が流れるのを感じたんだよね、しっかりと。
……でも、昨日も昨夜も今朝も、あんたの石からは魔力を一度も感じてないんだけど?
なぁ、マーゴさん……あんた何者だ?」
「!」
その瞬間、マーゴさんは動き出そうとした。
でもその瞬間、風が動いた。
「……が?」
その奇妙な声は、固まっているマーゴさんから出てきた。
「さ……い……」
「マーゴ」
サイカさんの左手から、何かの金具みたいなのが出ていた。
右手がマーゴさんの喉を前からおさえ、左手が首を後ろから押さえていた。
そしてその金具みたいなのはおそらく……。
「知ってるよマーゴ」
ぼそっと、サイカさんはつぶやいた。
「マーゴはウチを裏切るつもりはなかった。たぶん、そう言いたいんだよね?
けどマーゴ、アンタは、サイカの頭領が絶対やっちゃいけない事、絶対それだけはダメだって事をやっちゃった。わかってるよね?
いくらウチでも、いや、ウチがサイカ・スズキだからこそ、それを見過ごす事はできないんだよ」
「……」
「ごめんねマーゴ……ばいばい」
ゴキッ、という音がして、マーゴさんの首がヘンな方向を向いた。
そしてそのまま、崩れ落ちた。
「……」
すげ。もしかして、暗殺の瞬間ってやつ見ちまったのか俺?
「ふう」
サイカさんは、左手の何かやばそうな金具をササッと仕舞いこむと、
「こんなんでもウチの元旦那ニャ……悪いけどウチは触りたくないニャ。丁重に片付けてやってくれニャ、でも十分でやるニャ!」
「は、はい!」
はじめて悲しそうな顔をしたサイカさんを見て、周囲はあわてて動き出した。
俺はというと……かける言葉が見つからない。
でも、困っていたら、
「悪かったね、ヘンな場面につきあわせて」
「いや……すみません俺の方こそ」
「いいのさ、こっちはわかってたんだ、こいつはもう駄目だってね。ただ、ウチが甘かったから今まで放置してしまっただけでね」
「……」
「だから、ごめんなのさ。ハチさんを巻き込んじゃったからね」
「そっか。わかった」
「うん。さてと」
もちろんサイカさんは、泣きたいんだろうな。
そりゃそうだ、旦那さんだぞ。色々あったのかもしれないけど、仲良さそうに夫婦漫才していた姿だって嘘とは思えない。
いやむしろ……。
でもサイカさんは大組織のトップだ。俺みたいな風来坊とは違う。
そして今、すぐ近くに敵が迫っている。
だから。
彼女は今、泣いているわけにはいかないんだ。
「終わったら、展開し直せ!
相手は人間族の遊撃隊だ!慌てず騒がず、ウチらだけで撃退する!いいな!」
「「了解!」」
「……ふむ」
俺はとりあえず、酒樽の残り量だけを調べておく事にした。




