穴をあける
目の前には巨大な壁があった。
まぁ壁といっても、別に何か意匠が施されたような立派なものではない。要はただの岩盤だったが、おそらく簡単に崩れたりしないようにするためだろうか、綺麗にまっ平らな壁になっていたが。
「結界はちゃんと機能してるよ。綺麗に穴をあければ問題ない」
結界の発動具合を調べていたアイリスが、オッケーを出してきた。
「わかった。サイカさん?」
「ウチらがこれに綺麗な穴を開けるとしたら、それだけで大工事ニャ。すぐできるというのニャら任せるニャ」
「りょーかい。んじゃ、みなちょっと下がっててくれ」
俺が前に出た。
難しい事をするつもりはない。新しい兵器を作るわけでもない。
そう。
ただ、穴を綺麗にあけるだけ。トンネルのカタチに。
ゆっくりとイメージをまとめようとしたのだけど、その時だった。
「ちょっとまってパパ」
「どうした?」
こんなタイミングで、アイリスが待ったをかけるなんて珍しい。何があった?
見ると、アイリスはタブレットを覗きこんでいた。
「壁の向こうに敵対反応多数」
「なに?」
魔物がいるのか?でもなぜだ?
「それは妙だニャ、壁の向こうは反対側の採掘現場のはずニャ、魔物がいるわけがないニャ。アイリスさん、もしかしてウチの計算違ってたかニャ?」
「ちょっと待って、今調べるから」
ルシアと共同で調査するって事か。
「頼む」
「うん」
しばらく何かやっていて、やがてアイリスが顔をあげた。
「これ人間だと思う。侵入者っぽいよ」と
「何?」
「一番可能性が高いのは……そうだね、悪意をもつ何者かが穴を開けたわたしたちを待ちぶせてるパターンかな?」
「まさか、向こうはただの発掘現場ニャよ?しかもあんな穴の中に、なんでわざわざ?」
サイカさんが目を剥いた。
だけど。
「……」
旦那さんの方が険しい顔をしていた。
「まさか、魔導通信に応答がなかったのって」
「!?」
旦那さんの言葉に、サイカさんがギョッとした顔をした。
「アイリス、敵の数はわかるか?今わかる範囲の数、種別、分布を教えてくれ」
「壁のすぐ向こうに6、その向こうの通路に24。さらにトンネル的に続いている通路に分散しつつ24。
あと、大きな魔力の反応が2。でもこれは魔物じゃない。隷属の首輪と思われるもので制限されているところから、魔法攻撃のできる戦闘奴隷と思われるわ」
「それって……」
えらい大部隊だな。
それに、その構成にはなんとなく覚えがあるぞ。
「魔法攻撃用の奴隷を連れてくる連中といえば、定番は人間族の遊撃隊ニャ。けど、何でこんなところに来るニャ?」
「可能性を述べるならば……」
アイリスが少し考えこみ、そして言った。
「人間族国家のどこかが旧アマルティア国の遺跡がこのあたりに眠っていた事を知っている可能性かしら?」
「つまり、サイカ商会にスパイを入れていたって事か?
でも、目的は何だ?獣人族ばかりの組織を人間族が探るって、簡単にできる気がしないんだが?」
「……あくまで推測だけど、伝説じゃないかな?」
「伝説?」
「ああ」
マーゴさんが何か知っているようだった。
「アマルティアについての伝説の中に、巨大なエネルギー炉の伝説があるんだよ。
それは、とある物質と、正反対の物質を反応させて力を得る炉で、この世の全てを自由にできるほどの莫大なエネルギーが得られるらしい」
「正反対の物質を反応させて、この世の全てを……ちょっと待て、それってまさか」
「知ってるニャか!?」
「いや、知ってる、知ってるといえば知ってるけど……」
だけどそれは。
いやまさか、対消滅炉とか陽電子炉とか、よく知らんが、その手の本気でヤバいもんじゃないのかそれって?
そんな馬鹿なとは思うけど否定できん。なんたって、核融合炉が単なる自家発電機の如く千年動いてる世界だもんな。
まさかとは思うけど、この都市空間自体が、そのやばい炉を管理するためのものだった、なんて言わないよな?おい。
……くそ、否定しきれん、というか疑惑しか浮かばないぞ畜生。
「サイカさん」
「なんニャ?」
「もしソレが俺の想像通りのものだとしたら、威力がデカすぎて使い物にならないぞ」
「どういう事ニャ?」
「そのまんまの意味だって。サイカさん、この惑星……っていってもわかんないか。あんたらが住んでる、この世界そのものを一瞬でふっ飛ばして宇宙のチリに変えてしまう代物っていって、その威力が理解できるか?」
「……ごめんだニャ、意味がわからないニャ」
ちょっと困ったようにサイカさんは眉をしかめた。
「じゃあ、今こうして話してるこの大地が、天空にある星と同じようなものだっていうのは知ってるか?」
「ああ、それはまあわかるニャ。ドワーフがどこに行ったのかを理解する上で、その知識は必須ニャ」
「じゃあ、ちょっと制御を誤るだけで、その星ひとつをたやすく破壊できるものっていえばわからないか?」
「ちょ、ちょっと待つにゃ!」
どうやら理解できたらしい。サイカさんが険しい顔になった。
「そんな事になったらウチらはどうなるニャ?」
「どうなるも何も、この大地がなくなるんだから、その上に生きる全ては全滅だよ。一瞬で死ねるのか、ゼロ気圧に放り出されて全身の血液が沸騰してから死ぬのかは知らないけどさ」
「……冗談じゃないニャ」
ふるふるとサイカさんは首をふった。
「そんな、個人の手元がちょっと狂ったくらいで世界が破滅するような危険すぎるもの、触らせたらおしまいニャ!」
「まぁ、俺の想像通りのものがアマルティアにあればって前提だけどね」
「可能性だけで充分ニャ!」
むむむ、とサイカさんは考え込んだ。
「壁の向こうが押さえられているとなると、後ろの安全も怪しいものニャ。既にやられている可能性があるニャ」
「突破するならどっちが楽だろう……アイリス、後方について調べられるか?」
「ちょっとまって、えーとね」
ぐりぐりとタブレットをいじりまわしていたアイリスだったが、フムフムと何かに納得するように頷いた。
「後方出口のサイカ商会の集団に何かが近づいてる。あと二時間ほどで接触するはず」
まずいな、あのビーダちゃんとかがヤバいってのか。
残されてるって事はそれなりの腕前でもあるんだろうけど、でも嫌な予感しかしないぞオイ。
「サイカさん!」
「急ぐにゃ!すぐ戻るニャ!」
そうして車に戻ろうとしたんだけど、
「いや待てサイカさん、キャリバン号だけで飛ばす方が早い!その車を仕舞えるかい?」
「できる事はできるニャけど……いいにゃ?」
商売上の事で遠慮しているようだった。
俺はイラッときてしまって、思わず怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎!ひとの命がかかってんだろ、くだらねえ事抜かしてんじゃねえよ!」
「!」
「急ぐぞ!できるならそれさっさと仕舞え!なんだったら最悪、あとで取りに来てもいい!とにかくさっさとこっち乗れ!」
「わ、わかったニャ!マーゴ!」
「あ、ああ」
ふたりが動き出したのを確認して、
「マイ、悪いけど後部座席立ててくれ」
「アイ」
うにょうにょと背後で名状しがたいものが動き出したのを確認した。
「いいの?パパ?」
「さあね。まぁ、今後も仲良くしたいのなら何を見ても黙っててくれるだろうさ。だから気にすんな」
「んー、わかった」
サイカさんたちは確かに商人だが、非常時の話の通じない人たちではない。そう思う。
「もちろんそのご期待には全力で応えるにゃ、ハチさんたちとは長くおつきあいしていきたいニャよ!」
車を収納したらしいサイカさんたちが、俺たちの会話を聞きつけてそう言ってきた。
「おっけー乗った乗った、さあ行くぞ!」
サイカさんたちが後部座席に乗り込んだのを確認する。
「悪いけど後部座席にはシートベルトがないんだ。それぞれの右上または左上に掴まるところがあるから、飛ばしてる最中は念のために持っててくれ」
「ん、これかにゃ。わかったニャ」
「よし、いくぜ。キャリバン号発進、飛ばすぞ!」
「わん!」
「了解!」
そう言うと、アクセルを踏み込んだ。
たちまちキャリバン号は加速を開始した。
「な……なんニャこのスピードは!?」
「だから言ったでしょ?キャリバン号だけの方が早いって!」
本来のキャリバン号なら、大人四人と仔犬まで乗ったら、とてもじゃないがスピードは出せない。
だけど今のキャリバン号は違う。グレードアップを果たしているし、路面の悪影響は受けず、しかも無風の結界の中。
とどめに道は、入り口からここまで40km以上の平坦な一直線ときた。
時速100km以上で走り続けたら、平坦で無風で何もない40kmを走るのにかかる時間は?
しかもこの道で、今のキャリバン号なら?
「時速110km越えた。パパ、飛ばし過ぎ」
「わかってる」
「飛竜の倍は出てるかニャ……さすがは探索者の乗り物だニャ」
唖然としたようなサイカさんの声が聞こえていたが、まぁ気にしない。
「マーゴ、ここまでしてもらってじっと座ってるわけにはいかないニャ。誰かに連絡つけるニャ!」
「さっきからやってる。しかしどこにも通じなくてな」
ぐぬぬ、と眉をしかめていたサイカさんだったが、
「そうだ、ビーダに連絡つけるニャ」
「ビーダ?あの子は連絡班じゃないだろ?」
「ビーダは巫女体質で感受性が強いニャ。ビーダに狙いをつけて警告信号を出すニャ。危険と」
「やってみる」
マーゴさんはそう言うと、何かの魔道具をいじり始めた。
「やってみた。通じたかどうかはわからん」
「これは通信機じゃニャいからニャあ。あとは賭けかニャ」
困ったようにサイカさんは腕組みをした。
と、そこにアイリスがひとこと付け加えた。
「通じたかもしれない」
「どういう事だ?」
「あのビーダって子はちょっと反応違うからタブレットからもわかるんだけど……今、戦闘態勢に入ったみたい。入り口付近のサイカの人たちの配置も変わりだしたよ」
「そこまでわかるニャか……この距離で」
「まだ油断はできないけどな。さて、あとは俺たちが間に合わせるだけだけど、どうだ?」
「このままいけば出口まであと12分。今のところ異常なし」
「わかった。このままいくぞ!」




