通路の中
さて。
繰り返しになるけど、正体もわからぬ謎のトンネルに、いきなり車で入るのはダメ、絶対。
俺たちの場合、キャリバン号自体が探査装置状態であるとか、実際には地形効果の影響を非常に受けにくく、しかもその気になれば洞窟のひとつや2つブチ抜けるほどの力が揃ってるとか、いろんな事情があるからこそなんだよ。まぁ、最初にアイリスと突入したトンネルだけは言い訳のしようもないんだけど。
本来は間違いなく自殺行為。
だからキミたちも、もし旅先で未知の古代トンネルなんか発見しても、車で入ろうなんて考えちゃだめだぞ。わかったかい?
え?
そんなもん簡単に見つかるわけないだろって?
いやまぁ、それはそれ。うん。
そんなこんなで、入り口から中に突入した。
といっても、いきなり車二台で突入したのには2つの理由があった。
一つ目。判明しているメインロードの長さだけでも40km以上ある事。はっきりいって、歩いて探索とか洒落にならない。
二つ目。アイリスたちの調査が詳細すぎる事もあり、まずは奥まで言ってみようという話になった事。もちろん調査チームは別途入るんだけど、機動性の高い乗り物があるうちに、大雑把なところはやっときたいって理由だね。
三つ目。長い道のりもそうだけど、それ以上に大型モンスターの気配がある事。リアルタイムで高い追跡能力が欲しいとされた事。
『実際、さすがは異世界でも探索者だった男の乗り物だニャ。この手の分析調査がまたあったら、その時は是非お願いしたいニャ』
「さっそく予約ですか……まぁ、条件次第って事で」
『もちろんわかってるニャ。ここ出たら、ちょっとそのへんについて話をさせてほしいニャ』
この声は魔石から響いている。ダッシュボードの上においた黒いやつで、サイカさんたちのトラックにも同じものを置いてある。
『時に、この伝声石、どうニャ?商品になるかニャ?』
「充分でしょう。これって本来はキャラバン内の連絡用?」
『そうニャ。移動中のキャラバンの問題点として、前と後ろの連絡がつきにくいってのがあるニャ。今のところは大好評ニャ』
どうやら自分たちでテストしていたらしい。
しかし伝声管ならぬ伝声石とは。考えるもんだなぁ。
『単に音声を共有するだけニャんで魔力消費も微々たるもんニャ。この程度なら獣人の魔力でもだいたいイケるニャ』
「セキュリティとかはどうなってるんです?」
『防諜ニャ?今のところ、そのキャラバンむけに作成する事で対応してるニャが、別の方法も検討中だニャ』
すごいもんだなぁ。
元々、異世界人の持ち込んだ戦記ものからヒントを得たというから、オリジナルは本当に伝声管なんだろうな。
だけど、そこからの石に結びつく着想がすげえわ。
この魔石のシステムなら魔力が必要な代わりに簡易トランシーバ的に使えるわけで、しかも持ち歩ける。用途は無限大だと思うぞ、いやマジで。
魔道車もそうだけど、こういうのを見ると、世界が動いているって感じるよな。
さて。
例によってキャリバン号の方が前を進んでいるわけだけど、理由はまぁ簡単だ。探索能力的にいって、サイカさんたちが前だと心臓がもたないからだ、特に俺の。
本当はキャリバン号だけでもいいですよって言ったんだけど、サイカさんに固辞されたんだよね。
その理由っていうのがまた。
【ウチらは商人にゃ。商人に情報を隠すのは当たり前ニャが、それで探索の足を引っ張る事になったら本末転倒ニャ。ウチらは見ニャいし聞かニャいし喋らニャいから、できるかぎりの探査能力を駆使して欲しいニャ】
……だ、そうである。
いやぁ、さすが商人。何が自分らにとって一番得かをきっちり考えてるって事なんだろうな。
『でも実際、とてもやりやすいですよ』
『まぁねえ』
ルシアの「声」は音声じゃないから石は拾わない。だから確かにやりやすいんだよね、ウチとしては。
そんなわけで「普通の会話」と、『声に出さない会話』が続くわけだ。
「状況はどうだ?メインロードに何か問題は?魔物はいるか?」
「今のところ動きはないよ。メインロードはこのまままっすぐ。温度は摂氏六度のままだよ」
「了解」
キャリバン号の中はヒーターでぬくぬくだが、外は冬並みだなぁ。
『ハチさん。セッシ六度というのは水が凍結する温度をゼロとする基準だニャ?』
「はい。よく知ってますね?」
『残念ながらそれ以上は知らないニャ。確か大気圧にもよると聞いたニャが、ウチらの世界ではまだ大気圧を数値化できてないニャ』
「なるほど」
『まぁ、そのうちにそっちも何とかするニャ。ビクニの歩みでも続ければ大陸を越えるニャ』
「全くです」
ビクニってのは魔物化した馬らしい。荒々しい動物を想像しそうだが、逆に馬より大きくなったぶん、穏やかでのんびりした生き物らしい。
いろんなことわざがあるもんだなぁ。
『ところで、この狭いトンネルはどこまで続いてるニャ?』
「あ。ここまだトンネルじゃないと思いますよ」
『トンネルじゃニャい?』
「です。ロックシェードとかスノーシェードって知ってます?シェードでなくシェルターでもいいけど」
『知らないニャ』
「まぁ簡単にいうと、落石や雪崩をよけるための設備ですね。山間部の道だと、雪崩や落石の多い地域ではトンネルを何本か作って、その間の道路もロックシェードで覆っておくんです。そうやって通行人や車を自然の脅威から守るわけですけど」
『考え方はわかるニャが……トンネルとその何とかの違いがよくわからニャいニャ』
「まぁ、でしょうね。要するにここは元々地下じゃなかったって事です」
ロックシェードに決まったカタチとかないんだけどさ。何となく思うんだよな。ここは違うって。
『凄い皮膚感覚だニャ。プロの漁師が海を見てるとこを彷彿とするニャ』
「いやいや、そんな凄くないっすから!」
この程度の感覚なら、探索系の趣味やってるヤツなら少なからず持ってるだろ。俺が特別なわけじゃない。
好きこそものの上手なれ。
物言わぬペットの体調変化にいち早く気づくヤツなんかと同じさ。それだけの事だよ。
「お、サイカさん、噂をすれば何とやら、そろそろみたいだ」
『トンネルに変わったかニャ』
「変わったね」
穴全体のデザインが変わった。建物から穴への変化というか、なんというか。
ウソだと思ったら、君も災害多発地域の山間部の国道を旅してみるといい。国道17号の三国峠とか、松本から糸魚川市までの通称姫川下りでもいいかな?後者は近年出かけてなかったから、今も昔みたいにロックシェードがたくさんあるのかはわからないけど、もしあれば、ロックシェードとトンネルが連続する風景を堪能できるだろう。
む。
「アイリス、トンネル出口までの距離は?」
「あと2kmくらいだよ。その後は急に広くなるけど……」
「わかってる。魔物がいるんだろ?」
「え、なんでわかるの?」
「俺にもわかんねえ。けどわかる。ランドオクトパスの件で懲りたのかもな」
『ん、何かあったのかにゃ?』
俺は中央大陸で、トンネル通過中にランドオクトパスにとりつかれた話をした。
『うわぁ……よく無事だったニャ。魔獣車ならその時点で全滅覚悟だニャ』
「あの時ばかりは人間族国家の追手に感謝ですね。あいつら出口で待ち伏せしてて魔法攻撃しやがったんで」
『ああなるほど。ランドオクトパスは魔法で攻撃されるのが大嫌いだからニャあ……ウチでも、アレがきたらそうやって引きつけて魔法使いで取り囲み、火力任せで焼き殺すのが対応の基本ニャ』
「うわぁ、エグい……でも、それくらいしないとダメだろうニャ」
「パパ、伝染ってるニャ」
「おっと」
ニャハハハ、と伝声石の向こうから笑いが聞こえてきた。
『イカタコは食べる地域もあるニャけど、ランドオクトパスだけは例外ニャ。クラーケンを珍味と食べる地域ですらランドオクトパスは嫌がるニャ。エサの関係なのか美味しくないそうニャ』
「へぇ……」
なるほど、商品にならないってわけか。さすが詳しい。
しかし。
「しかしクラーケンを食うのかよ。幼生体を殺して被害を防ぐって話は確かに聞いたけど、積極的に狩って食べる話は初耳だよ」
俺たち日本人より悪食は中国人くらいだと思ってたけど、こっちも負けてないなぁ。
『幼生体間引きかニャ?ああ、南大陸北岸を通ってきたんだったニャ、なるほどニャ』
「間引きだけで地名がポンと出るのが凄いなぁ」
『こういう情報は重要だニャ。どこの商売の種があるかわからニャいニャ』
なるほど。
『問題の土地は、その南大陸北岸以上にクラーケン被害の多い地域だったニャ。
だけど、あまりにも被害が多いんで、ただ殺すだけじゃ犬死にだニャって話にニャって、食えるかどうか試してみたら、これが素晴らしいお味だったそうニャ。で、たちまちクラーケン料理が流行りだしたそうだニャ』
あははは……。
『今じゃ放っておいても幼生体のうちに狩り尽くしてしまうんで、クラーケン被害がその地域だけ百分の一未満に減ってるニャ。よそから迷い込む個体がいるらしくて、さすがにゼロにはならニャいが』
「すげ……他人とは思えんわ」
日本でも、特に海の動物災害対策っていうと、食えるかどうか試すのは基本の一つだからな。エチゼンクラゲだって美味しい料理法が研究されてたし。
何しろ、ただ殺すだけなら残酷だってギャーギャーわめく連中が、食材と聞いた途端に手のひら返すしなぁ。うん。あれだ、水族館でウツボみて、海の生き物こわいって思うか、美味しそうって思うかって話だよな。よくわからんが。
そんな事を考えていたら、クスクス笑う声が聞こえてきた。
「何です?」
『クラーケン料理の話をはじめて聞いて、他人とは思えないと評した人をはじめて見たニャ。どんだけ面白い人ニャ』
「いやいや、ひとをおもちゃ箱みたいに言うのやめましょうよ。俺、ふつうの人ですってば」
『ハチさんが普通の人なら、この世に変人はいないニャ』
ひでえなぁもう。
「おっと、そろそろ笑い話終わりっすよ。警戒よろしく」
『わかったニャ』
トンネルを抜けると、闇に覆われた世界だった。
「出たよ。周囲に気をつけて」
「さすがに真っ暗だな……昔は外灯があったんだろうに」
ヘッドライトをつけるだけでなく、人工物をワイヤーフレームで表示するようにして重ねてみた。
そしたら、広すぎてライトに照らしきれてないところに、外灯らしきものがあるのがわかった。
これは……広いな。
「アイリス、タブレットの方はなんて出てる?現在地情報あるか?」
「……いいの?」
「かまわん」
伝声石の方をチラッと見て言うので、許可を出した。
いいさ。
もしこの程度で後々問題になるなら、そもそもサイカさんたちとだってつきあえないだろ。一種のテストだよ。
そんな言外の意思を感じてくれたのか。アイリスもうなずくと言葉を続けた。
「地名表記出たよ。旧アマルティア地下都市、メルセット大通りだって」
『アマルティア!?』
伝声石の向こうから、驚愕した声が響いてきた。
『いや、まさか聞き違いだろ、いくらなんでも……』
『い、今のは本当かニャ?ほ、本当にここは伝説都市アマルティアなのかにゃ?』
「えーと、何だかよくわからないが……アイリス、間違いないよな?」
「間違いないよ。ここは旧アマルティアの遺跡らしいよ?ほら」
タブレットの地名表記を見せてくれた。うん、確かに間違いないな。
そう言うと、石の向こうの音声がしばらく途絶えた。
しばらくして、唸るような声が聞こえてきた。
『まさか、まさか失われたアマルティアの都だったニャんて……サカナとりにきて竜王に会うってこういう事ニャ』
「あー、何だか感動のシーンに悪いんだけど注意してくれ。何かデカい魔物来てるから」
『む、了解だニャ!』
闇の向こうから巨大な影が迫ってきた。
『これは……脚多き者の一種のようです。ただし推定で30mはありそうですが』
「なに、そのマニのマラが何とかって」
「平たく言うと洞窟ムカデかな。たぶん雷と火が効くと思うよ」
「ほう、ムカデね……30メートルのムカデ!?」
ぎええええ、なんじゃそりゃあっ!
「アイリス、何でもいいから速攻撃退しろ!」
「何でもいいの?」
「あ、何でもはまずいか。町はなるべく壊すな、でも安全最優先で!」
「おっけー。んじゃ、ちょっと上開けるよー」
そう言うが早いかアイリスはサンルーフをあけて、よいしょっと上に顔を出した。
「パパ、せーので目閉じて!まぶしいから!」
「おう、やれ!」
「せーのっ!」
合図にあわせて目を閉じた、その瞬間だった。
「うわっ!」
目を閉じていてなお、世界が白く染まるほどの光がスパークした。
そして、そろそろと目を開けると……。
「……うわぁ」
ライトにてらされたところに、黒焦げになった巨大な何かが。
「死んだのか?」
「ホワイトブレスぶつけたからね。完璧に死んだよ」
「ホワイトブレス??」
俺が首をかしげると、石の方からサイカさんの声が聞こえてきた。
『ホワイトブレスというのは、ウチらが慈悲の浄火と呼ぶ真竜族のブレス攻撃のひとつニャ』
「慈悲の浄火?」
『対象物を光に包み込み、その「命」そのものを焼きつくし消失させるそうニャ。けど、痛みも苦しみもなく周囲への影響もないそうだニャ。だから、恐ろしいけど優しい光だと言われているニャ』
「さすがに博識ですね。サイカの名を継ぐだけの事はありますね」
『光栄だニャ』
おう。なんかアイリスとサイカさんが、違う人みたいなシリアスな会話してるぞ。
「魔物はホワイトブレスを嫌うからね、たぶん二時間くらいは寄り付かないと思うよ。今のうちに調査とかしとく?」
「お、いいなそれ。サイカさんどうする?」
『ありがたいニャ。詳しい調査は後で入るとしても、写真くらいはとっておきたいニャ』
「了解、じゃあ30分ほど休憩にしましょう」
『わかったにゃ』
「あと、アイリスでもサイカさんでもいいけど、アマルティアって国についても教えてくれ」
「うん、そっちは任されたよ」




