いろいろ、あれこれ
長距離ドライブの朝、といってもこの世界に来て以来、全ての朝が似たようなものなんだけど。
もともと休みのたびに車中泊生活だった俺は慣れきっていたし、むしろこっちに来て以来、道連れはできるわ得体のしれない能力は追加されるわで、むしろ旅はどんどん快適になっている。だから困るような事も全然ない。
たぶんアレだろうな。
こういう旅に慣れてない人だと、たまには屋根の下で寝たいとか、そんな事も考えたんだろうけど。
ふわぁ……。
サンルーフから上半身を出して背伸びしていると、唐突に声をかけられた。
「おはようございますニャ」
「はい、おはようございます。ん?」
返事をしてみて違和感に気づいた。で、声がした方に顔を向けた。
「やっぱりだにゃ。お久しぶりだニャ」
「ありゃ、サイカ商会の黒猫さん?もしかして」
「サイカ・スズキだにゃ。改めてよろしくだにゃ」
なんと珍しい。
そこには、中央大陸の南端、ジーハンの役場前で出会った猫の人、サイカ・スズキさんがいた。
ちなみに若い女性だが人妻で、しかもサイカ商会という大きな商会のトップ夫妻だったり。
こりゃまた珍しいとこで、珍しい人に会ったもんだ。
「あれ、でもどうしてここに?」
「そりはこっちのセリフにゃ。うちはエマーンの商会ニャからここにいるのは不思議じゃニャいし、ついでに言うと、この丘はもともと、うちの商会の停泊地ニャ。先客がいて昨夜はビックリしたにゃ」
「あ、そういう事すか。すみません」
「いいニャ、別にここは私有地じゃニャいからニャア」
悪意結界もちゃんと張られていたのに平気とは。まぁ敵意がなかったって事なんだろうな。
「そんな事より、どうしたニャ?うちらの情報ニャと、皆さんはタシューナンのお姫様とトンネル抜けてたはずニャ。なんでここにいるのかニャ?」
「ああ、実は」
タシューナンでの一件について話すと、ニャルホドーとサイカさんは頷いた。
「もしかして、うちの宿六の予測が当たったニャ?」
「へ、というと?」
「やぁ、おはようハチさん、お久しぶりですねえ」
「あ、ども」
話していたら旦那さんまでやってきたよ。
なるほど、見れば少し離れたところに猫人族だらけのキャラバンが見えるな。あれがサイカ商会ってことか。
「それより大事件ニャ、聞いたかニャ?」
「プリニダク殿下とハチさんの探検ツアーが中止になった件だろ?僕も聞いたよ。やっぱりと思ったけどね」
「やっぱり?」
「プリニダク殿下は物凄く優秀な学者だと思うけど、良くも悪くも王族の価値観から逃れられない人だからね。一国の利害なんて超越した大きすぎる事象にぶつかった時、ハチさんとは決定的に意見が合わないんじゃないかって思ったんだよ」
「……なるほど」
俺が唸ると、旦那さんはイタズラっぽく笑った。
「プリニダク殿下は立派な科学者であり、また継承権放棄したとはいえ王族としても立派な方だ。だけど、漂泊する人の気持ちまで理解できるわけじゃないし、できてもまずいでしょう」
「……ですね」
まったくその通りだ。
「もちろん、だからといっても相手は王族だし、君がどこまで譲歩するか、どの程度の結果になるかはわからなかった。
ただ、表面的な調査でなく、お互いの主張の根源に関わるような事態が起きたら、間違いなくそこで物別れになると踏んだんだよ」
「……ほう」
確かに合ってる。
でも、その流れで推測をたてたって事はつまり。
「旦那さん、えーと」
「マーゴと呼んでくれ。妻のサイカの名同様、商会の世襲制の名なんだ」
「じゃあマーゴさん」
マーゴて。まさか孫一が縮んだんじゃないだろうな、おい。
「マーゴさん、あんた、あのトンネルに何かあるの知ってたんだな?」
「噂レベルならね」
にっこりとマーゴさんは笑った。
「異世界人のハチさんは知らないだろうけど、あのトンネルにはいくつかの伝説があるんだよ。
それらを調べていて立てた推測なんだけど、あの中には現在の技術レベルをはるかに越えたアーティファクトがあり、その技術はいわゆる禁忌に属するんじゃないかって思えたんだよね」
「……ふむ」
なるほど。長さ100kmのトンネルにまるごと空間魔法がかかってるようなあの状況だもんな。
詳細はわからなくとも、その事実に気づいただけで、普通じゃないって考える人が出るのはむしろ当たり前だろう。
「その伝説が本当かどうかはともかく、何か得体のしれないものがあるって噂は開通当時、よくあったらしいんだよね」
「……なるほど」
俺は思わず、うなずいた。
「でもさ、幽霊の正体見たり枯れ尾花って言葉も俺の世界にはあるよ?つまり、実はどうって事ない普通のものだったって事だけどね。その可能性は考えなかった?」
「なくもないね」
あっさりとマーゴさんは認めた。
「だけどね、長さ100kmを越えるトンネルに常時、なんらかの魔術がかかっているって話がある時点で、少なくとも動力炉がどこかにある可能性は踏んでたからね」
「なるほど……」
合理的な判断ではあったわけだ。
うなずいたところで、マーゴさんはポンと手を叩いた。
「おっといけない、これを呼びに来たのをすっかり忘れていたよ。サイカ、ちょっと戻ってくれ」
「ん?何かあったかニャ?」
「あったあった。そうだハチさん、君も来ないかい?」
「俺も?」
「ああ」
いったい何があったんだろうと思った俺の耳に、その言葉は響いた。
「なんかね、クリネル山脈内に巨大遺跡が見つかったって話でね」
「……」
えっと……またですか?
「見つかったという言い方は正しくないニャ。遺跡自体はだいぶ前から調査されてたニャ」
「重要なのは今回、その規模が判明した事なんだ。これを見てくれるかい?」
結局、サイカさんたちの魔獣車がキャリバン号の方に移動してきて会議となった。
二台の車の間に布製の屋根をはり、さらに結界で覆って簡易会議室を作った。重要度が高いという話だからそうしたのだけど。
そこに広げられた地図には、確かに重要度の高いものが書かれていた。
「なるほど。クリネルまで中をぶち抜けてる可能性が出てきたわけだ」
「そうなんだよね。これが確定したら、この遺跡はただの地下都市ではなかった事になる」
確かに。
発掘中の情報が記された地図は、まるで虫食いだらけみたいだ。あちこちに研究員がとりつき、解析作業を続けているのだと思われる。
ただその地図。
こうやって俯瞰してみると……ちょっと気になるところがあるんだよね。
「ちょっといいですか?」
「何だニャ?」
「この部分は調べてないんですか?」
俺は地図上の、気になったラインを指でなぞってみた。
「そこはまだ調べてないニャ。そこが何か気になるのかニャ?」
は?なんで調べてないんだ?
「いや。だってここホラ、地形見てくださいよ。ここは古道じゃないんですか?」
俺の言葉に、ふたりは「へ?」という顔をした。
「な、なんでそんな事がわかるニャ?」
「いや、俺にこの世界の事がわかるわけないでしょ。単なる推測ですってば」
俺は苦笑いしながら説明した。
「いいですか?ここが現道、つまり今使っている道ですよね。地形にそって伸びている。そうですよね?」
「ああ、そうだね」
マーゴさんがうなずいた。
「道っていうのはですね、その規模が小さければ小さいほど、安上がりであればあるほど、元ある地形を利用して作られるんですよ。それに旧道から新道をこしらえる時もね、全く新しい道をゼロからつくり上げるより、旧道の悪いところを少しずつ訂正するカタチで敷いていく事の方が多いんですよね。
で、だ。
現道ですら、見る限り地形を無視した工法はとってないようですから、まして旧道は完全に地形に沿うと考えるわけです。するとですね……あ、これ印入れてかまいません?」
「いいよ、元々そういう用途の地図だから。はいこれ」
「あ、どうも」
ペンらしきものを渡された俺は、ここぞと思う何箇所かに印をつけてみた。
「かりに、ここにこのように旧道があるとしますよね。するとホラ見てください。ここ、いかにもトンネルなり何かの入り口なり、何かが始まりそうな感じの地形じゃないですか?」
「そ、そうなのかニャ?ウチにはよくわからニャいが……」
「……僕にもわからないな。そうなのかい?」
「言ったように、俺も勘みたいなもんですよ。旧道探索とか趣味だったんで」
「……ふうむ」
マーゴさんは俺の印とかラインをみて、しばらく唸っていたが、
「ハチさん、君たちはこの先急ぐのかい?」
「いや、急がないですけど?」
「そうか。じゃあ、悪いけど今日、あともしかしたら明日も含めて、二日間を僕らにくれないか?」
「それって……ここを調査するって事っすか?」
「ああ、そうだ」
ふむふむとサイカさんも同意した。
「確かに合理的だにゃ。せっかくの案だけど、うちらだけではこれは検証しきれニャい。専門家の目が欲しいニャ」
「いや、俺も別に専門家ってわけじゃないんですが」
思わず頭をかいたら、サイカさんがクスクスと笑い出した。
「素人と思っているのは当人だけニャ。
はっきりいって、地形図から古道の存在を推測するニャんて発想はこの世界の者にはニャいニャ。これ地図見ただけでも狂喜する学者が絶対いるニャ。こういう意見がきちんと組み立てられる時点で、君はもう素人ではないニャ」
「……そうっすか」
思わず苦笑した。
「とにかく、ダメでもともとニャよ。
それに、ここが通じれば、例の大トンネルが封印されたままだったとしても、こっちで大幅に交通の便が解消できるニャ。おそらく700km近くは距離が短縮できるにゃから」
「あー、そっか」
それだけ短縮できるなら、確かにハマるよな。
うん、確かに面白そうだ。ちょっと手伝ってみるかな。
「わかりました。やってみましょう」
「おお、すまないけどよろしく!」
「うちらも当然手伝うにゃ」
「こちらこそ、かき回すかもだけどよろしくお願いします。
アイリス、ちょっとルシアたちと協力もして、できるかぎりデータを集めてみてくれるか?」
「うん、わかった」




