再会を祈る
翌朝。
魔大陸の家に戻るという事で、オルガさんとはお別れになった。
「どうもありがとうございました」
「また敬語になっているねえ少年」
「あー、でも礼くらいはちゃんと言わないと」
「なるほどねえ。でも礼は受け取ったからねえ」
そう言うとオルガさんは、空間魔法で自分の乗り物を取り出したのだけど。
「……えっと、これは?」
そこにあったのは、何かキックボードのような謎の乗り物だった。
「昔、少年と同じ異世界人が置いていったものを改造したんだねえ」
キックボードのような、ではなくて本物のキックボードだった。
「それ、乗りにくくないです?」
「正直、非常に乗りにくいねえ。少年たちの世界ではよほど舗装がしっかりしているんだろうねえ」
まぁ、キックボードって要はおもちゃだからなぁ。
こう書くと反論する人がいるかもだけど、あの異常に小さなタイヤや安全もへちまもない構成、どこをどうとってもちゃんとした乗り物ではない。もちろん公道を走って良いという許可など論外だ。
しかし、これを魔法で無理やり加速してキャリバン号を追ってきたわけか。うーむ。
そこで、ふと思った事があった。
本来、それはやるべきではない事だろう。でもランサの事でお礼もしたいわけだし、いいかもしれない。
「オルガさん」
「オルガでいいねえ。さんづけはいらない」
「じゃあ、うん、じゃあオルガ。それより高速な乗り物があったら欲しい?」
キックボードよりも上位となれば、やはりオートバイだと思うが。
そういったら、オルガはキラーンとばかりに好奇心いっぱいの目をした。
「それは猛烈に興味ありありだねえ。実はこんなものもあってねえ」
そういうと、また空間魔法で何かパンフレットみたいなものを取り出してきた。
「なにそれ……おっと、バイクカタログじゃないか」
しかも今世紀になってからの、かなり新しいやつだ。
特徴的なのは、アドベンチャーなんて呼ばれる形態が出始めている事。
かつてパリ・ダカールラリー等のラリーレイドで大排気量オフローダーから生まれたカタチなんだけど、そのカタチがラリーレイドの本場ヨーロッパでビッグオフローダーではなく、ロードのツーリングモデルのカタチになった。で、新しいバイクの形態のジャンルとして広まりだした。立ちが強く、楽なポジションで乗れるのが特徴だ。
俺個人としては、こういう新しいジャンルのバイクが生まれ、売れているのを見るのは楽しい。
いつまでもイージーライダーじゃないだろうし、だいいち、アメリカンスタイルのオートバイは古き良きアメリカってイメージが強すぎる。もちろん細部を見ると進歩しているんだけど、そういう問題ではなくて。
それに比べて、この新しいジャンルは違う。れっきとしたスポーツバイクから生まれたからかもしれないが。
偏見かもしれないが、確かに顔が未来を向いてるって感じるんだよね。
「こういうの欲しい?」
「あれば欲しいねえ。それを見て再現を試みた事があるのだけど、どうにもうまくいかなかったしねえ」
「え、そうなの?」
それはちょっと意外だ。
「おかしな事ではないねえ。少年のクルマだって再現はおそらく不可能に近いだろうしねえ」
「そうなのか」
「何より、その大きさとカタチに収まらないねえ。素材である闇金属がこの世界では再現できないもので、どうしても大きな相当品にならざるを得ない。性能も、効率も、ずっと悪くなるだろうねえ」
「なるほど」
素材的な問題もあるのか。確かにそれは難しいね。
「魔術式としては可能なの?」
オルガは大きくうなずいた。
「このキックボードなる乗り物にはそれを凝縮してあるんだねえ。つまり浮遊と飛行の術式が再現されているのだねえ」
へえ。
「ただし、スペースの都合で『それだけ』しか詰めないもので、あらゆる制御は乗り手が全部やる必要があるんだがねえ」
「大変すぎる……」
「まったくだねえ」
思わず顔をあわせて笑った。
で、そこで一言。
「じゃあ、バイク一台プレゼントするよ。乗って帰ればいい」
「そりゃ嬉しいねえって……なに!?」
お気軽な同意の言葉がその瞬間、驚きの声に変わった。
ごっそりと魔力を持ち去られる感じ。通常の「思い出から取り出す」感じとは桁外れの、大物の感覚。
それが収まった時。目の前には、一台の新しいオートバイがあった。
ホンダ・400X。
「これは……」
「成功だ……」
ふう、と汗をかいた。
「悪いけど、詳しい乗り方は自力でやってくれ。搭乗者をオルガにしちまったからね」
厳密にいうと俺も乗れるけど。でも、今は疲れすぎて余力がない。
「…………」
オルガはというと、あっけにとられたのだろう。俺と400Xを見比べ、ぽかんと口を開けていた。
だけどやがて意識が戻ってきたのか、肩を震わせ、クックックッと楽しげに笑い出した。
「オルガ?」
「ふふ、ふふふ……やっぱり君は素晴らしいねえ。ここまでされちゃあもう、私に選択肢はないんじゃないかねえ」
「……は?」
えっと、何いってんのこの人?
俺の方がポカ~ン状態でいたら、後ろからアイリスが補足してきた。
「パパが知らずにやったのはわかっているけど、これは有罪だね」
「は?な、なんで?」
『乗り物を贈るというのは、魔族的には結婚の申し込みを意味するのです』
はぁ!?
「その通りなんだねえ。しかもこんな究極のアーティファクトとなると……これで断るなんて私には不可能だねえ」
いやいやいやいやちょっと待て!?
「ちなみに少年、この乗り物生成、簡単にできるものなのかい?」
「まさか。はじめてやったし、たぶん二度とやらないぞ。ただ、オルガにはあげたいと思ったんだ」
「そうか……うん、了解したんだねえ」
な。何が何を了解したんだ?
『ちなみに「相手のケルベロスを世話する」のも遠回しに告白とか、家族になりたいという意味があるそうです。つまり彼女が申し込みをし主様が受理、その証としてそのバイクを贈ったと言えるわけで』
「まてまて、それはさすがに早計すぎないか?」
すごく曲解なルシアの指摘に思わずツッコんだのだけど。
「でも、対外的にはそう言っておくのが一番安全だよ?でないと『うちにも作って』ってバカが押し寄せかねないし」
『いえ、まだ彼女に脅迫されたという線もありえますが』
「……いや、それはダメだろ」
半ば呆然としつつも悪の道はいかんとルシアを牽制する。
そんな俺たちを目の前にしつつも、オルガは幸せそうにニコニコと微笑んでいる。
「うむ、もちろんわかっているとも。君はまだこの世界で日が浅く、この選択をよく理解せずにやったという事もねえ。
だけど、意図せずにここまでしてくれた、特別に見てくれた、その事そのものが私には大きな意味を持つのだよ少年」
「そ、そうなんだ」
こんな会話をしていて、今さらながらに俺は気づいた。本当に今さらだけど。
オルガは確かに美人だ。学者の生活なんて健康的なものではないだろうに、太り過ぎも痩せすぎもしていないし、本当にいい身体を持っているのがわかる。
そういってオルガは胸をはると、俺に向かってこう言った。
「まぁ、いきなり愛だの恋だの言われても混乱するよな少年。だから今は単に、こう宣言しておこう。
私、オルガ・マシャナリ・マフワンは、君、異世界人ハチの常に味方となろう。たとえ君がこの世界の全てを敵に回そうともね」
そう、きっぱりと宣言すると、にやりと笑った。
「君とそういう意味で交流を持っているのは、今はそこの竜の娘だけなのだろう?
むろん彼女は魅力的であるが、さすがに精霊生命体相手では子供はできない。しかし、だからといって、下手な人族と結ばれるのもよくない。だってそうだろう?君が知っての通り、彼女はただの竜の端末ではない。立派な心を持った『人間』なのだけど、残念ながらこの実態を知る者は少ない。人間族に至っては、おそらく彼女がひとの心を持っているとは想像もしていまいよ」
「ああ。わかる」
実際、俺はそれで大いにムカついた事があるしな。
「って、オルガはそれがわかってるんだ?」
「中央大陸の竜ではないが、竜の眷属と知り合いになった事はあるからねえ。青年だったが、高い知性と教養をもち、さらに好奇心旺盛な人物だったねえ」
へぇ、さすが。
「異世界人の血を引くというのは問題も多いけど、メリットも莫大なのだねえ。だから人はそれを求めるのだねえ。
けど、その求める意味は、異世界人そのものを拉致する意味と大差ない連中も多いんだねえ。つまり、少年が眉をしかめるような事さねえ。
だからこそ、私をダシにして予防線を張る事をおすすめするのだねえ。
何しろ私は、ほとんどの人族の世界では危険物扱いになっている。まぁ、抑止力くらいにはなるだろうからねえ」
そこまで言うとオルガは何やら手に魔力をこめて、新しいバイクをあちこち検分しはじめた。
「なるほど、これが本物のギア付きというやつなのだねえ。変速方法は……以前作った七号試験機のアレと同じだねえ。ならば何とかなりそうだねえ」
そんな事を言ったかと思うと、ブルルンとバイクのエンジンがかかった。
「操作できそう?」
「完成体ではないが、モデルは何度も作成しているからねえ。操作方法については問題にならないねえ。むしろ実性能に慣れる方が大変だろうねえ」
バイクにまたがり、ハンドルを握る。メーターパネルが点灯し、真新しいシステムに火が入る。
「これは素晴らしい。走り回るのみでなく、研究対象としても興味がつきないねえ、本当にありがとう少ね……いや」
オルガはそこで言葉を切り、そして言った。
「うむ、これからは少年でなく、ハチと呼んでもいいかねえ?」
「ああ、いいよ。そろそろ少年は訂正しようと思っていたところだし」
おっさんだしなぁ。実態は。
「ハチ、近くまた会おうねえ。その時には私の方も本だけじゃなく、ちゃんと君にあげられるものを用意しておくからねえ」
「いいね。場所もこういう微妙な土地でなく、好きなもの見て楽しめる環境が一番だね」
「ああ、そうだね!
うん、楽しみにしているといいねえ。何しろ魔大陸は大きな戦争を経験していないから、太古のままの部分がたくさん残っているからねえ。ハチが興味をもつ物も多そうだ」
おおなるほど、それは楽しみだ。
「ではハチ、また!」
「ああ、またな!」
そう言うと、オルガはビュイイインっと素晴らしい速さでバイクを飛ばし、去っていった……。
「おお、こりゃ速いな。ちゃんとバイクの速度出てるじゃん」
思わずウンウンとうなったのだけど、
「……ところでアイリスさん、どうしてそんな目で見るのでしょうか?」
「うわ、自覚なしだよ」
「どうして俺の腕を捕まえますか?ルシアも」
『さて。とりあえず、まずはお説教と尋問を』
「エ、なんで?」
「なんで、じゃないでしょ!」
『自業自得です、さぁ、中にお入りください』
ちょ、助けてー!!




