事件
俺たちの旅は順調だった。
もとより、旅という観点から見ると地底トンネルや高速道路の類は、結局のところ「ショートカット」だと思っていい。目的地に着いてからが本番の旅路であればそれもアリなのだけど、旅路そのものを楽しむ観点からすると、途中を飛ばしてしまうのは、やっぱりもったいないだろう。
ちなみに、クリューゲル道の両端を改めていうと、タシューナン側がトンネル市。で、エマーン側がクリネルって町になる。その区間距離は約100kmちょっと。
ところが、クリューゲル道を使わずにいくと、この道のりはどうなるのか?
まず、トンネル市から街道を通り、ノサク、ザムダ、テランという3つの町を抜ける。この3つの町はトロメの海という大きな湖を北に迂回するように回っているのだ。ちょうど日本でいうと、んー、地図を見てくれ。京都から琵琶湖を迂闊しつつ敦賀に向かう様子を想像すればわかりやすいかな?
ここでちょっと要注意。
覚えている方がおられるか不明だけど、このトロメの海は内陸の湖でありつつも水棲人の大きなコミュニティーがある。のんびりしていると面倒事があるかもしれないので、もちろんこのあたりでは止まらない。
これらの要注意領域を過ぎて、再び東に進路をとると、この先にあるのはエマーンとの国境の町ガゾ。ここは隊商用の宿舎のみが広がる町で、にぎわいは少ないが関税などでお金が動くため、警備も厳重だという。
で、エマーン国内に入ると難所である北クリネル山脈を越えて、ようやくクリネルに着くのだという。
なお、この北クリネル山脈は、南大陸と東大陸を隔離する役割もあり、ここ以東ではガラッと世界が変わるらしい。ぶっちゃけると大多数の地域に獣人が住んでおり、さらに東の魔大陸に近づくと魔族が、そして東北の森林区画に近づくとエルフが増えるらしい。ただしエルフ居住区までの道は、たびたび中央大陸からきた人間族の侵略や略奪にあっており、あまり安全とは言いがたい……とまぁ、こんな感じかな?とりあえず。
で、現在位置はどこかというと。
「おー」
「ん?」
「水の上ってやっぱり面白いよね」
「まあな」
俺たちは今、トロメの海を横断している。
なんでまた、そんな事になっているかというと、まぁ話は簡単だ。途中の町で休憩していたら、商人たちがこんな話をしてたんだよね。
【ノサクからザムダ、テランにかけての地域で、水棲人たちが異常なほど路端に出ている。何かを探しているようだ】
うわぁ、まだあきらめてないのかよ。
『お詫びを言いたいだけという可能性もありますね。しかし状況からいって信用できる保障がありません』
「ああ、これはマジ同意だわ」
地図で調べると、対岸にも結構いい道があるようだ。ただし古い道で西側の道路ができた今となっては不便でもあり、交通量が少ない。魔物がたくさんいる可能性もあるとか。
ま、いいでしょ。最悪の場合、こっちの道なら強引に切り開いて進んでも迷惑にならないだろうし。
道路に人を割きすぎているせいか、センサーで見る限り湖面に人はほとんどいない。しかも水は凪いでおり、いい感じだ。
そんなわけで、さっさと湖上に出たというわけだ。
しっかし、障害物ゼロで凪いでるだけあってスピード出るなぁ。船用のスピードメーターなんて付いてないからkm表記になるけど、時速90km以上は出てるよな。
もちろん水中には、もっと早く泳ぐ生き物はいる。
でもここにいるとは限らないし、それらはみんな海の魚だ。そしてヒトガタの水棲人にその速度は出せないだろうって事だな。
『何者かの接近の気配があります。多数です』
「ありゃ、おいでなすったかい」
領域侵犯とか文句言ってくるんだろうか?まぁ、このままやりすごさせてもらうけどな。
「進行方向を妨害しそうなのはいる?」
『一体だけいます。岸のすぐ近くに仁王立ちで』
おいおい、なんだそりゃ。
「速度的にはどう?」
『後ろから来る者は追いつけないようです。しかし、前にいる個体に止められたら追いつかれる可能性があります』
「そっか」
だったら、車らしく行くかな?
「どうするの?」
「どうするも何も。スピードあげて警笛鳴らして突っ込むわ」
『最悪、そのままハネてしまいますが?』
「そいつの属性色はどうなってる?」
『だんだんと赤に変化しています。さきほどまでは黄色でしたが』
うん、だろうな。短気なバカか悪意があるかのどちらかだろ。
とりあえず、こっちはやれる事をやろう。
「アイリス、竜の威圧使えるか?どいてくれるならそれに越した事はない」
「うん、ちょっとまって」
アイリスの眼の色が、いつもの灰色からギラギラと輝く金色に変化した。
だが。
「耐えてるねえ。薬で無視しているのかもだけど」
「へぇ、そんな薬があるのか」
『接触まで、残り約一分切った』
「ルシア」
『はい』
「結界の先端を尖らせて、あいつ弾けないか?あと誰でもいい、『危険、どけ』の意思をぶつけられるか?」
「やル」
お、マイがやるのか?
うむ、いいだろ。
「じゃあ頼む」
「アイ」
なんか、背後で面妖な空気がざわめいた。
その途端、
「お」
「あら」
岸でキャリバン号の進行方向に立ちふさがっていた水棲人が、突然何かにあわてるように横に飛び退いた。
「よし!」
『通過します』
と、そこまでは良かったのだけど、
「やばっ!」
ヤツの飛び退いた事で何かがゆらぎ。
次の瞬間、背後に何か巨大な障害物が見えた。魔法か何かで隠蔽しているようだが、あまりにもみえみえだ。
だけど、見つかった時にはもう目の前だった。
『結界最強モード』
ダメだ、間に合わん!
その瞬間、キャリバン号は宙を舞った。
結論からいうと、俺のキャリバン号はこの程度じゃ壊れない。本来の軽自動車なら今ので間違いなく廃車なんだけど、異世界仕様で強化されているからな。それは保証済みだ。
だけど、前からひっかけられて前転宙返りというのは、当然はじめての経験だった。
「このっ!み、皆大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……あいたたた」
「わぅ……」
「アイ」
ルシアだけ返答がない。
「どうしたルシア?」
『キャリバン号の主要機関に損傷発生。現在、修復が始まっていますが、しばらく走るのは危険です』
なん……だと?
「なんでだ、なんで砂でそこまでのダメージが?」
「あれ、砂じゃないよ。みて、なんか障害物を砂に隠してあったみたい」
アイリスの指差す方を見て、俺は戦慄した。
「おいおい、あれって」
何か金属製の槍みたいなのが乱立してる。
『ミスリル銀のようです。結界がクッションになりましたが、直撃したらまずかったかもしれません』
……。
「なるほど、湖面を渡るならここに上がってくるはずだって計算してたんだね」
「これは……完全に殺す気だな」
正面衝突したら、魔獣車以上の速度をもつ乗り物なら間違いなく大破、中の人間も、無事だったとしても動けまい。
完全に殺すための仕掛けだな、これは。
「だねえ。まぁ水の上を魔獣車は走らないけど」
「だな」
アイリスの声も、いつになく淡々としている。まるで最初に会った頃のよう。
「ルシア、映像記録はとってるか?」
『接近しはじめた時から全て記録しています』
「オーケー、さすがにこれをかばってやるほど俺はお人好しじゃねえぞ。さて」
マイクを手にとった。
「パパ、どうするの?」
「真意を問うのさ。
湖面を渡るのだって本当は迷惑行為だからな。そっちを咎めるつもりなら謝るし、明らかにやりすぎなのを指摘したうえでチャラにしてもいいだろ。だけど、そうでないなら……」
それ以上は言うまでもないだろ。
マイクのスイッチをいれた。
『こちらキャリバン号、異世界人のハチだ。俺たちは今、殺されかけたわけだが、おまえたちの真意を問う。返答しろ』
わざと高圧的に言う。まぁ、殺されかけたのは本当っていうか本来なら死んでるからね。
すると、速攻で返答がきた。
「異世界人ハチ、俺たちはモレナ氏族だ!フラマ様を殺し、モレナ氏族に混乱を与えし罪人、我らに従え!」
なんだそりゃあ。
『何言ってんだおまえら、確かにその人物が死んだ話は聞いたが、モレナの族長が処断したんだぞ。聞いてないのか?』
「ふざけんな!おい、あのふざけた乗り物からヤツを引きずり出せ!」
おいおい。
『悪意結界・緊急仕様作動』
その瞬間、奴らは一定の距離から中に近寄れなくなった。
「いいぞルシア。キャリバン号の修復にかかる残り時間はわかるか?」
『あと二分ほどで』
おや、思ったより早いな。
その時間なら時間稼ぎで何とかなるかもと思った俺だけど、周囲の光景を見て眉をしかめた。
「オイ。何やってんだあいつら?」
『結界の外側に何か作ってますね。閉じ込めるつもりでしょうか』
結界の外。槍のようなものを一定間隔で並べて、何か作ろうとしているようだ。
その光景を見たアイリスが、ムッと眉をしかめた。
「いけない、これ結界破りだよ」
「なに?」
「原理は知らないけど危険だよ。悪意結界を跳ね返してくるかも」
なるほど、色々とやろうとしているわけね。
しかし、どっちにしろ現時点でこいつらの属性光点は真っ赤っ赤だ。会話しても無駄っぽいなぁ。
あんまり嬉しくないがな。
俺は再びマイクを手にとった。
『自称モレナ氏族に告げる。おまえたちの行動は、現時点で異世界人である俺のみならず、これに同乗しているドラゴンの眷属、および樹精王様の眷属、魔族の代表、そしてドワーフ族の落とし子に危害を加えている。
よって警告する。十秒以内にここから退去せよ。
退去なき場合、ドラゴン、樹精王、魔族、そしてドワーフ族、そして異世界人への攻撃とみなし、実行犯を殲滅、さらにこの結果をコルテアを始めとする政府群にも報告する事となる。
十、九、八、七……』
男たちは反応しない。いや、なんかせせら笑っているヤツすらいるようだが、崩れすぎてて言葉がよくわからない。
『あいつ、何て言ってる?五、』
なんか男は笑いながら何か言ってる。だが言葉が崩れすぎていてよくわからない。
『所詮、異世界人なんて奴隷にすぎない、神々の威をかりてご主人様を脅すとは笑止千万だって』
『そっか、わかった。ニ』
ま、どのみちもう時間がないが。
『一、ゼロ。──マイ?』
『アイ』
次の瞬間、彼らは何を見ただろうか?
何が起きたのか、よくわからない。
ただわかっている事は、あまりの名状しがたい光景に、ちょっぴりSAN値が下がったような気がしたことだ。チラッとだけど、見てはならないものを見てしまった、そんな感じがした。
そのおそろしさに目を閉じて。
そして目を開いた時、そこには誰もいなかった。
「テケリ・リ」
背後で、どこか満足気な声が聞こえた。
「……えーと、何があった?」
「わたし、なにもみてなーい……あはは」
『全滅したようですね……』
ルシアまで、あからさまに話をそらすありさま。いったいなにがあった?
ふむ、そうか。ま、とりあえず気にせずにおこう、うん。
「それにしても、またモレナ氏族が襲ってくるなんて思わなかったねえ」
「あー、そこなんだけどな」
俺はちょっと気になる事があった。
「なぁ。遠くの水面に水棲人らしき連中いるけど、近寄ってこないよな?」
「え?あ、うん」
なんか気になるんだよな。何か根本的に間違えているような。
そうだ。
「マイ?」
「アイ」
「マイが食べたのって、本当に水棲人か?」
「!?」
アイリスが、まさかという顔をした。
「ルシア。彼らが何かで水棲人に偽装していた可能性はあるか?」
『それは……記録からはわかりません。もし偽装だとするとかなり巧妙なものですね。まいはどうですか?』
ルシアですらわからないのか。これはもう、マイの胃袋に期待するしかないが。
そしてマイから返ってきた情報は、俺の予想通りだった。
「コレ、人、間、ゾク」
「人間族?全員か?」
「アイ」
ルシアも気づかないほど巧妙に水棲人に偽装して、襲いかかったってか?
さすがにこれは笑えないな。
「ルシア、すぐ調査開始だ。水棲人からも情報とれるか?」
『何とかしてみましょう』
まさか、水棲人に偽装してくるなんて。
これは何か、いやな予感がするな。




