再出発
プリンさんたちのとこに行く前。
ルシアに頼み、精霊分についての講義と、どうして精霊分について詳しく語るとまずいのかについて、簡単なところだけ教えてもらった。
聞いてみるとその意味もよくわかった。
そもそも、魔力とか種族とかと精霊分の関係が密接なのはご存知の通り。
では精霊分とは何ぞというのを研究者が解析してしまうと何がまずいか。今ゆるやかに全世界で進んでいる精霊分の受け入れの流れが狂い、最悪、戦争などで利用されると全世界の生命体の死滅も招くおそれがあるからという。
『今は過渡期のデリケートな時代なのです。この時代にそういうゆらぎは致命的な結果を招きかねないのです』
「うむ。まぁ、人間族とか大歓迎だろうしね」
汚染を食い止めるのみならず、汚染されたものを抜く事もできるとしたら、それは大きな武器になるだろう。
しかし。
『精霊分は一気に使うと猛毒にもなります。また一気に奪い去られても、精霊分があるのが当たり前の生命体は生きていけないでしょう。また、あいりすさんのように精霊分のみでできた生命体の場合、壊滅的なダメージを受ける可能性もあります。
それを人族が自由にしてしまったら、どうなると思いますか?』
「そりゃ戦争に使うだろ。自国の利益のためにな」
いわば、いつでも放射能を洗い流せる核兵器といってもいい。
だったら、日本人の俺はそのおそろしさをハッキリと知っているわけだよな。
『最後に待つのは、死の荒野に精霊分のみが満ち満ちた世界でしょう。
これは憶測ではなく、思索の神と呼ばれる機械神メルメ・ダコダがあらゆる条件を加味して未来を計算し、その結果えられたものです。想定されるあらゆる自体を吟味しても、なんの手も尽くさなかった場合は99.999%の確率で人族の手で大変動が引き起こされ、そして世界は滅びるという試算結果が出たそうです』
うわぁ……それはまた。
『遠い昔、精霊分の受け入れを決めた神々が唯一憂慮したのがこの点です。世界の人族が全て染め変わるその日まで、決して知られてはならないと』
「あー、そりゃ確かに知られたらまずいわな」
特に科学者の類に知られたら最悪だわ。
「仮にプリンがこれを知り、ケラナマーに持ち帰ったとしたらどうする?」
『ただちに樹精王様に通報します。
そしてそこから、全世界に散らばる全ての竜王様、樹精王様に伝わり、未曾有の追撃が始まるでしょう。情報が漏れる前に彼女を始末するために』
「彼女ひとりのために?」
『彼女がそこに存在するだけで情報拡散の可能性があるのです。当然、存在する町ごと消去になります』
「……おいおい」
ひでえ話だ。
だけど、要はそこまでするほどの非常事態って事だろう。
「じゃあ、じゃあさ。もし彼女が……通信回線などを使って不特定多数にばらまいた後なら?」
おそろしい予感を感じつつも、聞かずにはいられない。
そしてルシアの返答は予想通りだった。
『その時は、全ての人族の国、技術団体、村落レベルを越える全ての居住地、さらに逃げ込みそうな遺跡等を含め、全世界規模での消去作業になるでしょう。
さらにそれが終了後、自分たちの全力をもって生き残りの人族社会にスパイをばらまき、向こう二百年ほどは監視を続ける事になると思われます』
「精霊分に手を出さないように?」
『はい。もっとも現時点でそうなれば、二百年たたないうちに人間族は消えてなくなり、精霊分が世界を満たす仕事も自然終了になると思われますが』
ふむ……。
「学者さんたちにそれを警告し、悪用を止めろというのではダメなの?」
『逆に伺いますが、学者にその手をもちいて止まったという歴史的事実をひとつでもご存知ですか?』
「……」
それは、知らない。俺は、それをひとつだって知らないな。
学者ってやつはいつだって、前に進もうと思えばどんな無茶もやる。自分や家族の身体を実験台にして悪魔とののしられた医学者、教会に逆らっても、それでも地球は回っていると言い続けた男などなど。
核兵器開発の基礎となる理論を作ったアインシュタイン。彼は、自分の考えたE=mc2が現実化するとは思っていなかったという。物質のエネルギーを解き放つなど理論上の話でしかないと、そう思っていたわけだ。
世界をリードするような頭脳をもつ男ですら、どうせ誰かが発見するのだから、どうせ実際に作るアホなどいないのだからと、未来に何がまとうが構わず先に進む。それが良くも悪くも科学者の業というものだ。
俺は実際、理系の人間だから、それを否定するつもりはない。むしろ「そりゃ仕方ないだろ」とも言いたくなる。
だけど……。
なるほど。やっぱり止めるしかないのか。
「なるほど状況はわかった。で、現時点での問題はどのくらいだ?」
『樹精王につながる存在なら、精霊分の解析が可能である事を彼女は知ったわけです。そして彼女には自分たちと同類の苗もついています。
ですが、現時点ではまだ問題ありません。あの苗は一般のもので、そういう危険度の高い情報には触れられないので』
「え、そういうものなの?」
『そういうもの、というより、むしろ自分たちが特殊なのです。我々はそもそも、普通の種ではないのですよ』
あ、そういやそんな事言ってたよな。忘れてたけど。
『自分たちが特殊なのにくわえて、主様は樹精王様から注目されています。なのでこの程度のお話なら可能なのです。しかし、いくら主様でもこれ以上触れようとしたら、その時はまずい事になるかと』
「具体的には?」
『最悪、寿命が尽きて亡くなるまで、自分と妹が捕縛して森の奥から決して逃しません。誰にも知った事を告げられないように。場合によっては千年、万年でも』
「おおよくわかった。誰にも言わないぞ、言わねえ!」
『自分たちはそれでもかまいませんが?』
よくないっ!
「全力で遠慮するよ」
何年生きるかしらないけど、ずっと捕縛され続けるとか勘弁してください、はい。
「ところで、今いった問題に抵触しない前提で、ひとつだけ聞いていいか?」
『何でしょう?』
「そこまでのリスクがありながら、どうして精霊分ってやつを受け入れる事になったんだ?」
『……』
ルシアは少しだけ沈黙していたが、やがて話してくれた。
『その理由は色々あるのですけど、最大の理由は資源の枯渇です』
「資源の枯渇?」
『はい。
この世界は超古代から何度か大文明が起きております。裏返すと、もはや化石燃料の類はほとんど存在しないのです』
「あー……代替燃料があまりないのか。だから、あんなとこに核融合炉なんか設置してたのか」
『おそらくは。もちろん別の事情もあったのでしょうが』
小さなエネルギーでいいなら原子力電池って手もあるからな。地球でも宇宙探査機の電源とかに使われているやつだ。
そもそも、どうして化石燃料が使われるかというと、燃やして熱を得るのが簡単だからなんだよな。
でも、それを採りつくしてしまえば?って事か。
一部の燃料は確かに星があるかぎり無限ではあるのだけど。
でも、たとえば日本列島サイズの太陽電池を作ったとして、日本の電力事情をまかなえるのかというと、おそらくそれは足りない。少なくとも俺の時代の日本の技術では不可能だった。
再生可能エネルギーは夢のエネルギーっていうけど、焚き火を燃やして得るエネルギーが、森を育てるのに必要なエネルギーと吊り合わないって現状が変わらない限り、本当の意味の大文明は無理だ。どこかで破綻するだろ。
ふむ。だからこその精霊分か。
そもそも精霊分が何で、どこから来たのかって問題がまだあるけど、少なくとも現時点では良い解決策って事かな。
「しかし問題は……あのプリンさんが納得するかどうかだよなぁ」
彼女は学者、それもおそらく地球の科学者に近い存在。
そんな彼女が、この先には踏み込むなって『禁忌』を果たして守れるか?
『そんなに彼女と同行したいのですか?』
「え?いや、そういうわけじゃ……」
「へえ、そうなんだ?」
「……おい」
いつのまにか、アイリスまで俺のことをじっと見ていた。
「彼女と同行したいわけではないさ。ただ、もったいないなとは思うけどな」
俺、なんか知らないけど学者さんタイプって嫌いじゃないんだよな。つまり心情的には問題ない。
ただ、昨日のような状況になっても約束を守れるかどうかは微妙すぎるから、ダメなのもわかるんだが。
「残念だけど、いい返事はもらえない気がするな」
「そう?でも科学者としては優秀な人なんじゃないの?」
「優秀だからこそ、だと思う。根拠はないけどね」
遺跡について語った時の態度を思い出す。
「それに、むしろ最初からノーをだしてくれる方がありがたいよ。後の心配がない」
『つまり、結局は約束を反故にされる可能性が高いと?』
「学者に探求をするなというのは、タンポポに綿毛を飛ばすなって言うようなもんじゃないかなぁ」
『……』
「ルシア?」
『なるほど、そういうものですか。わかりました』
なんだかよくわからないけど納得したようだった。
結局プリンさんは断ってきた。予想通り「わたしには守れない」だった。
こういう時、一般的な物語なら無理矢理な展開とか権力の力押しで同行になるのかもだけどな。俺はそういうヤツじゃないし、そんなものに従う義理もない。もし本当にそんな真似されたら、敵対宣言せざるをえなかったわけで。
その意味では、お互いに順当な結末だろう。
「なんか、本当に残念そうでしたね」
「そりゃそうだろ」
まぁ、できると言い張って普通に裏切るようなタイプじゃないのはさすが王族ってところだろう。
偏見かもだけど、俺は科学者を、科学の神に仕える敬虔な信者だと思っている。
で、たまにはその信仰に忠実すぎて、研究できれば現地の約束なんぞ知らんってヤツも存在すると思うわけで。
つまり、プリンさんがちゃんと断ってきたのはむしろ尊敬に値すると思った。さすがは王族、するべきところで制御がちゃんと効いてるって事だろう。
で、だ。
プリンさんの同行を断った事で、自動的にカリーナさんの同行もなくなった。一旦国境まで戻ろうかと提案したのだけど、友達に送ってもらうからいらないですという。
ふむ。
ちょーっと、いやな予感がしないでもないが……まさかな。
「それで、今後の予定はどうするの?陸路で東大陸を目指す?それとも、せっかくだからトンネル使う?」
「まぁ、順当にいけばトンネルなんだが、ちょっと今はまずいな」
「……まずい?」
「ああ」
どこぞのおバカさん二名が、魔獣車で後をつけてきたりしたら笑えんって事さ。
「あー……いくらなんでもそれは」
「そうか?同行はできないって言ってるんだから約束は守ってるわけだろ?」
充分に可能性はあると思うが。
繰り返すけど、俺は科学者って敬虔な信徒だと思ってる。科学の神様のな。
ゆえに、行き過ぎたヤツの行動は狂信者のそれに近くなるって思うんだよな。良くも悪くも。
まぁ、魔法の概念があるこの世界で地球の科学者の考えとあてはまらないのかもだけど、真理の探求って学者の姿勢まで変わるわけがないしな。科学の神が真理の神に変わるくらいだろ、要は。
だけど、アイリスはさすがに「まさか」って顔をしている。
「いくらなんでも、そんな……王族だよ?ウソはついてないなんて、言葉遊びみたいな真似するかな?」
「むしろ王族だからだろ。王侯貴族の社交場なんて、狐と狸の化かし合いの場としか思えないぞ俺には」
「……そうかも」
偏見たっぷりの俺のいいぶんに、アイリスが苦笑していた。
「それに、俺はなんとなくだけどプリンさんを評価しているんだ。あれが探究心を抑えられるかは微妙だと思う。
だったら、そんな彼女の前にエサをわざわざぶら下げるのは悪いだろ。甘いって言われそうだけどな」
俺がもっと合理的なヤツなら、トンネル入り口に時限付きの再封印をしてから入るだろう。追ってこられないようにな。
だけど。
そんな事をしたら、彼女をむしろ本気にさせそうで怖いんだ、うん。
「あれは根に持ちそうなタイプだからなぁ……」
「パパに似て?」
「ああ、俺に似てって、おい」
「あはは」
なんだかな。
まぁ、俺たちが陸路で迂回しても自己判断で彼女らが突入する可能性はあるけど、そうなったらもう、それは彼女たちの問題だ。俺みたいな素人でなく遺跡の専門家が判断し、突入するのだから、そこに俺が口出しする権利も何もあるわけがない。
入ってみたいのは事実だけど……ま、仕方ないな。
「とにかく、トンネルを使わない以上はがんばって陸送しないとな。エマーンに向けて急ごうぜ」
「わかった」
「わんっ!」
『わかりました』
「アイ」
よし。




