中止
クリューゲル道の奥深く、キャリバン号は進んでいく。
色々とあったおかげで隠し事もなくなり、いつものアイリス・ルシア軍団にあわせ、ゲストである遺跡学者プリン嬢の頭脳と手持ちのセンサーも加わった。二国間にまたがる巨大トンネルの探索としては、まさにうってつけの布陣とも言えるだろう。
そんな面々だったが。
「ひとつ聞きたいんだけど、プリンは何で手ぶら同然なんだ?学者なら研究道具とか色々持ってそうなもんだけど?」
「メモ帳に筆記用具の他はドワーフ由来の魔道具で間に合わせてるのよ。空間測定器だって、流し込む魔力を調整すると空間測定以外にも使えるしね。
もっと優秀な測定器は確かにあるけど、何しろどういう状況で行く事になるかわからなかったんですもの。手持ちで全部すませられるよう準備して来たのよ」
「なるほど合理的だ」
最悪、急ぎでスパーンと抜けるしかなかったかもしれないんだからな。自分の魔力までも活用するつもりで、性能よりも機動性を再優先した構成を選んできたってわけだ。
だけど、俺が感心していたらプリンは意外そうな顔をした。
「なんだ?」
「てっきり、学者にあるまじき態度って言われるかと思ったわ。測定器や記録装置には信頼性の高いものを使うのが当たり前で、こんなふうに無理やりコンパクトにおさめるのは本来邪道だし」
「俺は学者じゃないからなぁ。確かに古いトンネル好きで元の世界でもさんざ遊びにいったけどさ、気になるところを撮影して後で調べたりとか、その程度だったよ」
「写真技術ね。確か異世界では、魔法を使わず機械技術だけで写真がとれるのでしょう?」
「よく知ってるな」
「そりゃあ専門家だもの」
ほうほう。
「最近では音とか動画もとれるようになってね。なかなか便利なものなんだが……って、どうしたルシア?」
ルシアの気配が唐突に動いた。何かあったんだろうか?
『精霊分の密度に変化があるようです』
「え?」
どういうことだ?
だけど、俺が反応するより先にプリンが反応した。
「精霊分?精霊密度がわかるの?いったいどうやって?」
『……』
珍しい、俺が相手ならこういう時、俺が止めるまで色々説明してくれるルシアなのに、プリン相手だとこうなのか。
いや……でも、確かにキャリバン号との関連で得られるデータだとすれば、迂闊に内情を開示するわけにはいかないよな。
よし、じゃあちょっと助け舟を出してみるか。
「珍しいな、ルシアが黙るなんて。あー、もしかして、樹精王様関係の何かか?」
『詳しくは申し上げられません。すみません』
「いいよいいよ、無理すんな。それより、その精霊分とやらなんだけど……」
「ちょっと待ってハチさん、これは重要な……」
「なぁプリンさん」
ちなみにここはキャリバン号の車内。俺も運転中だから前を向いたままなんだが。
でも、言うべき事は言わなくちゃいけない。
「あのな、うちは多民族どころか多種族混在のパーティなんだ。当然、お互いにここはダメだろって領域に踏み込まない、そういう最低限のルールがあって動いてるんだよ。わかるかい?」
「で、でもこれは物凄く重要な事なのよ!精霊密度についてわかるって事は、それは精霊というもの自体についての解析が可能という事で、それは──」
「プリンさん」
俺はキャリバン号を止めた。
「な、なによ。何で止まるのよ」
「重要な事なんでな、ここできっぱり言わせてもらうわ」
そして後ろに振り返り、プリンの顔を見た。
「もう一回いわせてもらうよ。
うちは多民族どころか多種族混在のパーティであり、その構成上、当然だがお互い譲るところ、干渉すべきでないところは踏み込まないってルールが存在する。別に明文化しているわけじゃないがね、そんなのは、当たり前の事だ。
あんたは今、それを破ろうとした。
まぁ、あんたはゲストであってここのメンバーじゃないしな、それに俺も言わなかったんだしな。
だから今、もう一回改めて言わせてもらうよ」
そこで俺は一旦、言葉を止めて、そして言った。
「これ以上、この件の追求を続けるなら、あんたとの協力はこれまでだ。その時点で問答無用であんたを放り出し、俺たちはこのままここを通過し、エマーンに抜けてからカリーナさんを希望のところに送り届ける事にする」
「……わかったわよ」
プリンは困ったようにためいきをついた。
「でも」
「でもはない。それとも続けるつもりか?」
「!」
プリンはギョッとした顔で言葉を切った。
「だったら、こっちもこれが最終通告だ。
これ以上続けるつもりなら、もう容赦はない。今すぐここで叩き出す。冗談でもなんでもなく、今すぐここで外に放り出すぞ」
そこまで言ったところで、今度はカリーナさんが慌てだした。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください、いくらなんでも彼女をここで放り出したりしたら、それこそ」
「タシューナンが敵に回る?いいぞ全然かまわない。仲間を守る方が優先だ」
いや、ぶっちゃけると、確かにタシューナンと敵対は絶対まずい。後が面倒になりすぎるだろう。
だけど俺にとっちゃ、タシューナン国との関係よりもルシアの方が大切だ。
「放り出したらもちろん、事実関係をきっちり、まるごと流させてもらう。それをどう判断するかは、あんたたちこの世界の人間の判断に任せるよ」
「自暴自棄にならないでくださいハチさん。
最悪の場合ですが、それ逮捕じゃすまなくなります。人間族国家から狙われるっていうのにこっちの国家群まで敵に回したら、この世界に居場所なくなりますよ、いいんですか?」
「ははは、獣人のカリーナさんでもそういうとこは人間なんだなぁ。
あのさ、カリーナさん。
カリーナさんの言う『全世界』って、所詮は人間種族の範疇じゃないの?」
「それは……」
「で、聞くんだけどさ。周囲を見てみなよ。俺以外のこのキャリバン号の住人に、ひとりだって人間がいるかい?人間なのは異世界人の俺だけだ、違う?」
「……」
ああ。残念だね。
もしかしたらカリーナさんにしろプリンさんにしろ、俺たちと長いつきあいになるんじゃないかって思ってたんだが。
この会話が出た時点で。
たとえこの後、和解したとしても、もうその線はもうないと思う。俺、なんだかんだで根に持つ性格だしな。
俺はためいきをつくと、ギアをバックを放り込んだ。
「え、な、なに?」
「この状態でこのまま進むつもりはない。一旦戻る」
「え、でも」
「でもも何もない。この先何があるかわからないのに、こういう根本的なとこが噛み合わない状態で進むつもりは一切ないよ」
俺はそう言い切った。
「アイリス」
「うん、まだ接近してきてないよ?」
さすがアイリス、俺が何を聞きたいかちゃんとわかってるな。
「オーケー、そんじゃ戻るわ、周囲を警戒頼むぞ」
「わかったー」
「ちょ、待ってください」
「ハチさん!」
ふたりが何を言っても聞く耳を持たず、俺はキャリバン号を転回させた。
え?ふたりに対して警戒しなくていいのかって?
いや。なんだかんだで二人は、意見があわないとしても敵ってわけじゃないからな。この程度の事で武器を向けてきたりはしないだろうし、その点をわきまえないほど二人もガキじゃあるまいさ。
トンネル市側に戻った俺は、プリンのだという魔獣車まで二人を送り届けると、ひとつだけ言い添えた。
「明日の朝、もう一回ここに来るよ。それまでに今日の件についてスタンスを決めておいてくれ。そこで改めて答えを聞かせてもらうよ。
ただし答えはイエスかノーかの二択。
一応言っとくけど、今回の事で譲らなかったといって、俺は積極的に敵になるつもりはない。単に協力関係が築けないというだけの話だね、それだけは保障する。
もちろん、積極的に敵対してくるのなら応対もそれに合わせて変わるから、その限りではなくなるけど。それじゃ」
そう言うと、俺は町外れの丘の上にキャリバン号を移動させ、止めた。
「アイリス、ルシア、対侵入者結界を張ってくれ。臨戦態勢扱いで」
「はい」
『はい』
「あと、今回の事を今すぐ関係機関に通報してくれ。特にアリアさんたちに最優先で流れるように」
『最優先でですか?』
「こういう情報は先に届く方が優位性があるのさ」
「……了解しました」
同じ事件が別々のところから通報されるとしよう。
どこから通報されるかによって見方は当然変わるのだけど、受け手の印象が強いのは間違いなく先に報告した方だ。こういうのは後出しが不利なんだよね。
確かに、国家関係よりも仲間の方が大事だ。
だけど、わざわざ自分から不利になるつもりもない。
まだ夜には早いが、外に出る気にもならない。だから結界内から出ない事を前提に、全員のんびりしようという事になった。
俺はというと、謎食材との格闘だ。
本日は、これ。
『クワドバード』※解体済み
足が四本ある珍鳥クワドバード、まるごと一体。解体済み。
大きく食いでがあるのでパーティなどに供される。
説明にあるように、こいつはでかい。
ゆっくりと時間をかけて、美味しくしてみようじゃないの。
さて、どうなるかな?




