拾いました。
お子様とふたりで海。
言葉だけとれば、子供慣れしてない人には地獄ともなりえるだろう。とにかく子供は興味本位で好きなところに行く傾向があるため、小さければ小さいほど目が離せない。年代によっては休む間などなくなるのだから。
「あはははっ!」
波間でカニと遊ぶ銀髪幼女。うむ、微笑ましい光景だよな、うん。
……まぁそのカニのサイズが、原付バイクほどもある事を除けば、なんだけどな。
「アイリス、それ本当に大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫ー。結界あるから」
アイリスの張った結界というのは意外に大きいらしくて、少なくとも半径200m以上はカバーしていた。具体的にいうと、陸側はキャリバン号のさらに少し奥までで、海側は波打ち際から少し海中まで伸びているってところか。タブレットでも確認したから間違いない。
そして中心点には、さっきアイリスが持っていたクローバーの葉っぱが二枚。ふわふわ浮いているので、これまたわかりやすい。
よく見ると、少しずつジリジリと灼けて小さくなっていくのがわかるのが興味深いけどな。要するに、どちらか、もしくは両方が灼け落ちたら結界も消えるって事らしい。うん、非常にわかりやすい。
ああ、そうか。
「つまり敵意はないって事か?でもカニだぞ?捕食なんかも敵意になるのか?」
「なるよー。この子、元気な獲物はとらないみたい」
「それっておまえ……弱って死にかけたら食べに来るって事なんじゃ(汗)」
エビ・カニの類にはよくいるパターンだな。いわゆる掃除屋なんだけど、生きてる者でも弱ってて死にそうならやっぱり同様に食べる。
「その場合、この子が敵対になった瞬間に結界の外に押し出されるんだよ」
「へぇ」
そんなもんなのか。なんていうか、魔法って凄いんだな。
ちなみに、このカニに固有の名はないらしい。海の毒をとりこんだ個体が多いうえに有毒無毒の区別ができないので、このへんの住民はカニを食べず、そして名前もつけられてないんだとか。
ま、そりゃそうか。動物学が発達しているわけじゃなし、生活と関わりのない生き物の扱いなんて、そんなものだろう。
とはいえ、さすがに原チャリサイズのカニと遊ぶ気にはならないので、さっきとった魚の解体を優先する。
「ん、おまえらそっちな。俺ら内臓は喰わないからよ」
魚を解体していると、一部のカニが寄ってきたんだよな。
何しろデカいもんで俺もビビった。でも敵意はないってアイリスが言うから、ダメ元で「内臓でよかったらやる、欲しいなら待ってろ」って言ってみたんだ。俺たちのまわりには精霊の気が満ちてるから、言葉はわからなくてもニュアンスは伝わるはずだって。
本当か?相手はカニだぞ?会話なんか成立すんのか?
でもそれはどうやら事実らしい。実際、こうやってカニと魚を分けあってる俺がいるわけで。
ちなみにこの魚、俺が釣ったのは最初の二匹、それも小さなやつだけ。俺が釣っているのを見たアイリスが十尾ばかり大物を魔法で引き上げてくれたので、釣りは中断。解体に移行したわけなんだが。
しかし、なかなか終わらないな。でかいもんなぁこいつら。
その時、
「え、なんだ?」
つんつんと脇をつつかれたので、見たらそこにもカニがいる。
「もしかして、手伝ってくれるのか?」
「……」
カニ語はわからん。わからんが、手伝おうと言ってる気がする。
「よし、内臓と骨を外して身を俺にくれないか。後は君らのものにしていいから」
そう言った途端、そのカニはせっせと魚を解体しはじめた。
「……こりゃ意外だ。器用なもんだな!」
もちろん包丁じゃないから三枚におろすのは無理だ。しかし肉をとりわけるという作業に限定するなら、意外と使えるなこの世界のカニ。
しかし賢いなぁこいつら。実はカニみたいな外見なだけで、中身は知的種族だったりしないよな?
まぁいい。次からもカニがいたら交渉してみようかな。
「……あれで自覚がないって、いろいろとすごいよね」
なんか、呆れたようなアイリスの声が聞こえた。
「何か言ったか?」
「なにもー」
ふむ?よくわからん。
カニが手伝ってくれたおかげで、夕刻までかかると思われた解体はあっというまに終わった。
向こうではカニの饗宴が開かれている。俺の提供した魚を皆で食べているんだが、小さいカニや小動物までやってきて、えらい騒ぎになってるようだ。
で、そいつらとは少し距離を離して、こっちはこっちの食事に移る。
「なんか、もったいなかったね」
「ん?なんでだ?」
「食べられるとこもいっぱいあったじゃん。あれ」
ああ、彼らにやった魚の事か。
「そりゃお駄賃だよ。本来彼らのやらない事を頼んでやらせたんだ、それくらいの旨味はないと悪いだろう?」
「そういうもの?」
「たぶんね。俺は少なくともそう思う」
「ふうん」
彼らは人間でもなきゃ包丁も使えないわけで、とりわけられた肉はとてもとても粗かった。
だけど俺としちゃ、カニに魚を解体させるっていうファンタジーなお題ができたって時点で満足していた。食料だって、これから二週間くらい魚尽くしになっても大丈夫な量がとれたしな。
だったら文句はないだろ。
アラをとって喰う、みたいな凝った事がしたいなら、さすがにそれは人間自身の手でやらないとダメだろうしね。
そんなわけで、次は料理にとりかかる。味噌がないし、塩ゆでにしてみるかなぁ。
そんなこんなだったんだが。
「クゥン」
ん?
なんだ、こっちにも小動物が来たのか?
「めしなら向こうだぞ、あっちでもらって……こ……い……」
見おろして指図してやろうと思った俺だが、そいつを見た途端に不覚にもフリーズしちまった。
「……なんだおまえ」
「クゥン」
「いや、クゥンって……」
かわいらしく鳴いているが、こいつ……魔獣だよな、やっぱり、うん。
それは魔獣の仔だった。
なぜ仔かというと、伝え聞くサイズよりずいぶんと小さかったからだ。それに見た目でいえば完全に子犬だし、何より弱っているように見えた。
え?子犬に見えるのに魔獣ってどういう事だって?
そりゃおまえ。
首が3つあったら、そりゃただの犬じゃねえだろうが。違うか?
「なぁ、アイリス」
「なぁに?」
魚の解体の時は寄ってこなかったが、料理は手伝ってくれるらしいアイリスに声をかけた。
「なんか迷子の魔獣みたいだが……これってケルベロスってやつの仔か?もしかして」
「ケル……えぇ!?」
お、何やらびっくりしてる。そんな凄いもんなのか?
どたどたと回りこんできたアイリスは、俺の足元にいる子犬を見て「ひぇぇぇっ!」とムンク状態になった。
な、なんだなんだ、そんなに驚くような事なのか?
「な、なななんでこんなとこに!?」
「なんだ。そんなに凄いのか?」
いや、凄い魔獣なんだろうが子供だぞ?びっくりするようなもんじゃないだろ。
「クゥン、クゥ……」
「ああよしよし、ちょっとまてよ?今はこれだけ食べとけ。ちょっ早でおかわり作ってやるからな」
手元にあった、軽く火を通しただけの魚肉の塊をくれてやる。味付けしちまったら犬にはきついからな。
「なぁ、ケルベロスってやっぱり食い物は犬準拠でいいのか?」
「あげるつもりなの!?」
「つもりなのって……じゃあおまえは、飢えてるガキをほっとくのか?」
「う……そ、それは、そう、だけど」
何か困った顔のアイリス。
「ああ、よしよしほら、仲良くな。
なんだ、何か問題あるのか?」
俺のえさだ、俺んだと喧嘩をはじめる3つの首をそれぞれなでてやり、おとなしく食わせてやる。で、そうやりつつアイリスに質問してみる。
まぁ確かに、子供が安全だからって親がそうとは限らんわな。やばい相手なのかな?
「あのね。ケルベロスは魔界の番人って言われてて、魔獣の中でもドラゴンと並び称されるレベルなんだからね。人間におとなしく懐くような相手じゃ……!?」
「ん、どうした?ああおかわりか、よしこれも食うか?」
「……だめだこりゃ」
なんか頭を抱えているアイリス。
でも、別に止めるわけじゃないし。いいんだろ別に?
「アイリス」
「なによ」
「念のためにきくが、こいつの親とか近くにいるか?たぶんいないだろうけど」
「そうなの?……確かに近くには強力な魔物なんていないみたいだけど、どうしてそう思うの?」
「だって……みろよこいつ、よく見たら傷だらけだぜ」
よくよく見ると、子犬はあちこちボロボロだった。
「何があったか知らんが、そんな強い親なら子供を放置してどっかいくとかありえないだろ。何かあったって事かな?」
「……そういえばそうね」
むむ、とアイリスの目つきがするどくなった。
「!」
すると、何かに怯えたようにピクッと子犬が反応した。
「こら、なんか知らないが怯えさすんじゃない。おお、大丈夫だからな、よしよし」
「……」
アイリスは目つきを改めると「ちょっと調べ物するね」といってタブレットをとりにいった。
ふむ、何だろ?
三つ首の子犬なんて怖いだろと思ったけど、慣れて見ると結構可愛いよな。普通の生き物にあらざる姿って意味ではもう少し慣れるのに時間がかかるだろうけど、どんな種族でも子供は可愛いもんだ。
食べるだけ食べたら、すやすやと子犬は眠りだした。うん、三つ子みたいでさらに可愛いぞ。
『原因わかったよ。たぶん』
膝の上で子犬を寝かせつつ魚を食べていると、アイリスが小声で言ってきた。
『なんだった?』
『これ』
タブレットの画面を見せられた。
そこには、どうやらこの世界の事件が載せられていた。知らない暦だが、タブレットの日時と見比べてみると、つい昨日なのがわかる。
なになに?
【神聖ナムラ国の勇者、ケルベロス討伐。番とその子供六頭を退治に成功する。一番小さな幼生体の死体が確認されていないが、瀕死であり、たとえ逃げられたとしても自然の獣の餌になるだけだろう、との事で、一件落着となる。
これによりナムラの勇者は三大魔獣のひとつケルベロスの爪を得、最強の勇者の証に向けて一歩前に出た。他国の勇者たちがこれに追随するのは必至であるが、人界に近い場所に住むケルベロスは今回の一家族のみと言われており、今後の動向に注目が集まる事が予想される】
『……なんだよこれ』
読んでいて、俺はなんかイラッとくるものを覚えた。
ケルベロスの爪って、やっぱり爪か?
そんなもののために、子育てしていた家族をまるごと皆殺しにしたってか?
タブレットでケルベロスの爪について検索してみた。もしかしたら爪といって何か特殊なものかもしれないしな。
でも、その結果は最悪だった。
『やっぱりただの爪かよ』
実用価値があるわけでもなく、武器に使えるわけでもない。
人間がリスクを負ってまでケルベロスを狩るのは、倒せば英雄と呼ばれるため。爪はその証明になるのだという。
ケルベロスについても調べてみた。
確かにケルベロスはおそるべき魔獣らしい。でも魔界の門番なんて言葉がある事からもわかるように、自ら攻撃に出るよりも何かを守る方に特性が向いている種族らしい。好む食べ物は主に同じ魔獣で、テリトリーを犯してこない限り人間を好んで襲うような事はなく、また非戦闘員も攻撃しないそうだ。
つまり、無意味な殺戮をしたわけだ。
『なるほどな……この世界の人間ってこういう連中なのか』
もちろん、ひとつの記事ですべては語れない。
だけど、俺のキャリバン号やアイリスを見たこの世界の人間が、どういう反応を示すか……それを考えると、この記事にあるような姿がこの世界の人間の姿である、という前提で行動すべきだと思ったんだな。
「ふむ……ん?起きたか」
いつのまにか子犬が目をさましていた。クーンクーンといいつつ俺にくっついている。
「なつかれちゃったわね」
「そのようだな」
ふむ。
「別に飼うのはいいんだが……」
「飼うつもりなんだ?」
「問題があるのは事実なんだがな、ほっとけないな」
「厄介事なのはわかるんだ。……相談しないの?」
アイリスが、不思議そうに首をかしげてきた。
「ドラゴンに相談しないのかって事か?」
「うん」
そういや、アイリスは創造主のドラゴンと今もつながってるんだっけか。
「そうだな……彼にはこの状況は伝わってるのかな?」
「見てると思う」
「なら、ひとつだけ相談してもらえるか?」
「わかった、何を相談するの?」
「ケルベロスなら、たぶん育ったら大きくなるだろ?キャリバン号に載せられなくなっちまうと思うんだよな。そうなったらどうしよう?」
「え……相談するって、大きくなったらどうしようって事なの?」
「大問題と思うが。他に何かあるのか?」
「……もういい、わかった」
いや。車で旅してるんだから、扶養家族が載せられなくなるってのは大問題だぞ?
アイリスはしばらくウン、ウンとやっていたが、やがて俺の方を向いた。
「なんだって?」
「身体の大きさは自由に変えられるから、パパが今がいいって思っているなら、ケルベロスも空気読んで子供サイズでいるだろうって。
でも無理させているのは間違いないから、時々外で本来のサイズで遊ばせてあげなさいって」
「なんだ、そんなことでいいのか。じゃあ朝か晩に散歩させよう。それでいいかな?」
「散歩?」
「日本じゃ犬を飼うとき、引きこもりのお座敷犬以外は、毎日散歩させたり外で飼ったりするんだよ」
「へぇ。そうなんだ」
「まぁ、なんにしろ、そういう事でいいなら当面、うちで面倒みるか」
「……本気?」
もちろん。
「お仲間のケルベロスに預けられるなら、それがいいけどな。近くにいないんだろ?」
「うん、いない思う」
「だったら、そうするしかないじゃん」
「……うん」
もう好きにしたら、といわんばかりの呆れ顔だったが、いちおうはウンと言ってくれた。
そんなアイリスを見ていると、なんかアイリスのシャツが短いのに気づいた。きつきつっぽいし、おなかが見えそうになっている。
(……こりゃ、着るもの全部必要だな)
そんな事を考えつつ、俺は子犬の名前をなんにしようかというので悩みはじめていた。
「よし、この子の名はランサにしよう」
「ランサ?意味は?」
「スペイン語のEsperanza。希望って意味だけど、ちょっ長いからランサ」
「希望……一匹だけの生き残りだから?」
「ああ。せめて希望をってね」
「……」
「なに?」
「すごい。まともな名前だ」
「どういう意味やねん」
「だって、キャリバン号って商品名そのままなんでしょ?」
「……それは、まぁその」