クリューゲルの奥
通称クリューゲル道、実情を踏まえて呼べば、タシューナン・エマーントンネル、あるいは南東大陸間横断トンネル。
総延長は100kmを越え、ふたつの大陸にまたがる巨大隧道は、かの中央大陸と南大陸を結ぶムラク道の規模を大きく上回っている。ただし近年の人間族侵攻のために現在は閉鎖されたままになっており、早期復活が望まれていると。
うん、これがクリューゲル道に関する公式なデータらしいんだが。
「なんというか、本当にこれ正しいのか?」
「……ここまで怪しいとは、わたくしも想定外だったかしら」
ここは途中にあったという中継ポイントのひとつ、だったはずの場所。
データによると、昔はここから地上に出られたのだけど、戦乱で埋まってしまい、以降ここは単なる休憩ポイントになったというんだが。
「どう見てもただの駐車場なんだが」
「ごめんなさい、わたくしにもそう見えるわ」
「アイリス、センサーの方にはなにかかかってるか?」
「だめみたい。うん、わたしもただの駐車場だと思う」
うーむ。
「こうしてみるとむしろ、普通に大型トンネルだな。よくできてるんじゃないか?」
ぽんぽんと壁を叩いてみる。
「おー、俺の目で見ても普通にいい壁だぞこれ。千年以上過ぎているとは到底思えん」
コンクリートに似た手触り。だけど、よく見たら確かに細部に年輪を感じるのが凄い。
ぶっちゃけ、千年もののコンクリートなんてローマの遺跡とか、地球でも限られてるからな。
凄いもんだなぁ。
長い時を大きく越えて存在する巨大トンネル。線路にされたり道路にされたり、その他いろんな用途に使われていたらしきもの。
うん。どこぞのお宝探しジョーンズみたいな、素人目にもわかりやすいドラマ性は皆無だ。だけど、正直そんなもん俺はいらないしな。ああいうのは視聴者視点だからこそ面白いのであって、現実に遭遇してたら命がいくつあっても足りんわ。
まぁ、だから、これはこれでいい。
しかし、ひとつだけ問題がある。
「プリン、空間湾曲はずっと続いているんだな?」
「続いてるわね……むしろこれは、このトンネルのほとんどに何らかの空間操作がなされているのかもしれないわね」
「おいおい、何でまたそんな?エネルギー源はそもそも何だ?目的は?」
「さっぱりね、見ればみるほど謎だらけよ。なんなのよこれ」
おいおい。専門家の目にすら規格外なのかよ。
うーむ。
「アイリス、魔物の気配はあるか?」
「んー、40kmくらい向こうにあるよ。こっちに来る気配はないけど」
「わかった。動き出したら言ってくれ」
「うん」
とりあえず危険はないみたいなので、ここでもう少し調べてみる事にする。
ところで、素人考えなんだが、ふと思った事を言ってみた。
「なぁプリン」
「何かしら?愛の告白ならいつでも構わないけど?」
「アホかい」
と、思わず反射的に返したんだけど、ちょっと気になる事があった。
「なぁ。こういうのって女性にする質問としては失礼かもだが、ちょっといいかな?」
「なにかしら?」
「愛の告白はかまわないって、もしかしてだが、異世界人の血が欲しいとかそういうヤツの話か?その、間違っていたら申し訳ないんだが」
「え?」
プリンは少し首をかしげた末、「ああ」と苦笑した。
「異世界人との交配っていうのも個人的に確かにエキサイティングなものがあるわよね。学問にいきる者として興味深いわ。でも、あなたはそれ以前よ」
「それ以前?」
「その物凄い魔力!わたくしも魔力過多症だし、すごい子が生まれそうだものね!」
「そりゃまあ、なんともストレートな……って、魔力過多症?」
「ええ。一般的な獣人族の魔力でこれが駆動できると思う?」
「いや、ごめんわからないし」
「そっか」
プリンは例のタブレットみたいなのをフリフリと振ってみせた。
ふむ。便利道具とは思ったけど魔力喰いなわけか。なるほどね。
「なんか、続けざまに会うな。魔力過多症のヤツ」
「あら、それは珍しいわね。魔力過多症ってそう多いわけじゃないのに」
ふんふんと珍しそうにプリンは目を細めた。
「ちなみに、どちらの方?そういやコルテア通ってきたのよね、もしかしてミニラ博士にお会いした?」
「!?」
まさか、この場面でその名が出るとは思わなかった。
「ちょっと待った、なんでプリンがロリバ……もとい、博士を知ってる?」
「何か変かしら?魔力変換炉についてのお話を伺いにおじゃました事があるだけど?」
「……えーと?」
「ああ、ドワーフだからということ?そりゃあ一般には知られてないけど、ケラナマーあたりでは、研究者の方がいらっしゃる事はちゃんと伝えられているわけだし。ハチ……ハチさんも、学園ルートで情報を伺ってお会いになったのでしょう?」
「まさか全然違うぞ、それを言ったら偶然だな」
「偶然?どうやって?」
「地下施設探検に行ったんだ。そしたら何か出てきた」
「……あらま」
俺は博士との出会いと別れについて、少し話した。
最後まで聞いたプリンは「あっちゃあ……」と渋い顔をしていたが。
「ミニラ博士、亡くなられたの。そう……そりゃ大変。ラムダ教授あたりが聞いたら発狂しそうだわ」
「あー、そこは俺に言われても。どうも自分で終わらせちゃったみたいだし」
「大戦前から生きてらした方ですもの。きっと、もういいやって思っちゃったのね。そう……仕方ないけど残念だわ」
どこか寂しそうにプリンは目を伏せた。
「ちなみに、キャリバン号の後ろの方にベッドあったろ。あれ博士の最後の作品だよ」
「え……あのベッドが?確かに生命体のベッドなんて珍しいとは思ってたけど」
「生命体なのは気づいてたのか」
俺は思わず苦笑した。
「あれは不定型生物でね、ああやってる時は寝てる人の老廃物とか漏れ出る魔力を喰ってるのさ。戦うと結構強いんだけど、モデルにした生き物のせいか人喰いの傾向があってね、ちょっとばかり注意が必要なんだよ」
「ああ。それで、あくまでもベッドって事で隠し通そうとなさってたのね」
「ご名答。うん、そんなわけなんで取り扱い注意って事で頼むな」
「ええ、わかったわ。でも後でお話させてね」
「もちろん」
俺は頷いた。
さてと。それはそれとして。
「それで、やっと話が本題に戻るんだけどさ」
「はい?」
「ここの空間湾曲なんだけど……本当に湾曲か?」
「どういうこと?」
「いや、ちょっと考えたんだけどさ。まぁ、あくまで素人考えなんだけど」
「本当に素人考えかどうかは、わたくしが判断するわ。まずは話してみて」
「わかった。まぁ笑わないでくれよ?」
そういって、俺は自分の考えを披露してみる。
「もしかしてここの空間湾曲って、本来のここの姿を隠す意味なんじゃないかなって」
「隠す?何を?」
「さて、わからん。だけどこれが正しいならひとつだけ言える事は」
そこで俺は一旦言葉を切った。そして、
「もし空間操作を切った場合、たぶん横穴か何かがあいてて、その先はトンネルとは全然別の施設じゃないかと思うんだよ。
要は、元々はなにかの地下施設があって、トンネルも途中出口も連絡通路にすぎなかった。だけどその施設の利用をやめる事になって、でも破壊するのも何だから、最低限だけ稼働させて空間を曲げ、連絡通路を、ひとつづきのトンネルに見えるようにしたと。
まぁ、こんな感じの推測なんだけど……どうよ?」
「……」
プリンはしばらく、俺の言葉を吟味するように考え込んでいた。そして、
「ありうるわね」
そう、きっぱりと学者の顔で断言した。
「もしその通りなら、エネルギー問題も、そしてたぶん、わたくしの読んだ再利用に関する文献の裏もとれそうね。
なるほど、面白いわねハチさん。貴方、その内容で論文書かない?」
「へ、論文?なんで俺が?」
「論文は誰でも出せるのよ。まぁ、さすがに誰か研究者を経由しないと提出先がわからないでしょうけど」
「へぇ。でも、出して何かいい事あるのかな?」
「論文になれば無名の研究者じゃなくなるのよ。ただの風来坊じゃなくなるから誰かと共同研究の時も発言しやすくなるしー」
「いや、それってもしかして、俺が本当に遺跡研究家になるって事?それはちょっと……」
そういって固辞しようとしたのだけど、
「あら残念。内容になっては博士号で呼ばれるようになるし、安いけど経済援助も出るのよ?」
「……経済援助?」
思わずそこで、動きが止まってしまった。
「研究者ってお金がない人が多いのよね。だから生活補助目的で始まった制度なんだけど。
一定の学位を得た人には補助金が出るわけ。まぁ食費補助レベルだから安いんだけど、ケラナマーにいる限りは飢える心配がない程度には食べられるのよ?」
「へぇ……」
それはそれで面白そうだな。
「んー、でも大変なんだろ?」
「書き方自体はカタチが決まってるのよ、文章苦手な研究者でも発表しやすいようにね。興味あるなら後で教えるけど、どうする?」
「……き、きくだけ、きくだけ聞いてみるかな、うん」
「そ。わかったわ」
なぜかプリンは意味ありげにウフフと笑った。
「ところで、俺の案に興味をもってくれたのはいいけど、具体的な調査はどうする?空間をいじっているとなると、正直俺にはお手上げなんだが?」
「とりあえず空間偏差を調べつつ進みましょう。あともうひとつ手があるわね」
プリンはそう言うと、ひょいと左手を出した。
「どうしたの……って、あぁっ!」
どこかで見たような蔓草が左手から伸びてるじゃないか!
「あなたも連れてるでしょう?フーマが……この子がね、同類がいるっていうんだけど」
「ああ、そういう事。だったらいいか」
ふうっとためいきをついたところで、
「あら、お話してしまうんですか?」
「うん、知ってるなら問題ないと思うからね」
「そうですね」
俺がためいきをついたところで、カリーナさんが声をかけてきた。
ああ、事務職のカリーナさんにとってトンネルの中は専門外だからね。記録はとってるそうだけど会話なんかには混じってこないんだよ。
でも、さすがにルシアたちの話となると動いたらしい。
「えっと、どういう事?」
「ルシア。ご挨拶してあげて」
『はい、主様』
「!?」
ぎょっとした顔をしたプリンの目の前に、天井からスルスルと蔓草が降りてきた。
「え、もしかして」
『このキャリバン号と同化しています。ルシアとお呼びください』
「んで、ご同輩はこっちかな?」
左手からルシア妹を出してやる。
「あー、なるほど二体いたのね。でも乗り物に住み着いてるとは想定外ね。珍しいケースかも」
びっくりしながらも楽しそうなプリン。
むむ、さすがに学者さんというべきか。知らない事に動じないなぁ。




