クリューゲル道
中に入った瞬間に思ったのは、見おぼえがあるという事だった。
よく考えてみれば、ムラク道、つまりあの海底トンネルとつながっていたわけで。同じ時代に作られたものだとしたら、雰囲気が似ているのも当然といえば当然だった。
「こりゃあ、ムラク道と時代的に近いな。建設は同時代かな?」
「あら、そう見えますか?」
俺のひとりごとに突っ込んで来たのは、やはり専門家のプリンさん。
「ああ、見える。あっちは見た目変わってるけど、作りは一緒っぽいな」
「そうですか。なるほど、この西端付近はムラク道と同時代と推定、と」
なんかメモしてるな。いかにも専門家って感じだ。
「ま、総延長が長いからな。全部同じという保障はないと思うが。例の件もあるし」
「はい」
こういう土木建築物にも、流行ってあるんだよね。
たとえば、横浜あたりで古いトンネルを見に行くと、レンガ造りになっているやつを見る事ができるだろう。これは明治後期に多い作りなんだけど、これと同時代のレンガ造りでないトンネルとして、有名なものに『伊豆の踊子』で有名な旧天城トンネルがある。
ちなみに俺は両方ともキャリバン号で行った事があるのだけど、ほとんど同じような構造だった。ただし良質の天然石でガッチリ組まれた旧天城トンネルは見るからに堅牢で、しかし古そうでもあった。おそらく放置すれば横浜のトンネルの方が何十年も先に崩壊するだろうけど。いかんせん天然石とレンガでは強度が違いすぎるのだから無理もない。
だけど時代の流行は、この後レンガ造りの増加となっている。主に予算や工期的な理由で。
こんな風に、土木建築物にさえ流行がある。その時代の考え方、その時代の予算など、いろんな思惑が絡んで流行が出来上がるわけだ。
逆にいうと、その建築物に慣れた人がみれば、それがどういう用途で、いつ頃のものかを逆に当てる事だって可能だったりするわけだ。
しかし、それにしても。
こうやって剥き出しで改めてみると、やっぱりコンクリートっぽいよなぁ。もっとも実際には違うんだろうけど。
「コンクリート?」
「日本で使われていた構造材のひとつだよ。自由に整形してから固められるんでよく使われてたんだけど……さすがに千年もたせるには工夫が必要だね」
「そうですか」
「うん」
え、コンクリートの建物なんて何世紀も持たないだろうって?
いや、それは違う。
たとえば、ローマ帝国時代に作られたカラカラ浴場(Thermae Caracallae)ってのがあるんだけど、なんと西暦212年から216年にかけて作られたものだという。1800年も昔のものなわけだけど、まだ遺跡状態で建物は残っている。
そもそもコンクリートに類する素材は古代エジプトから存在するし、カラカラ浴場みたいにいわゆるローマン・コンクリートで作られた建物は千年以上の時を越えて残っている。つまりコンクリートの建物は本来、長持ちなのだ。
日本のコンクリ建築物に長持ちしないものがあるのは、壁が薄すぎたり水が多すぎたり色々な理由が重なっているのだけど、そもそも最大の理由は、何世紀も保たせるように作ってないからにすぎないそうだ。
では、どうして日本ではコンクリートが保たないという認識があるのか?wikipediaのコンクリートの項目には、興味深い記述がある。こんな感じだ。
『建設省が1998年にまとめた「建設省総合技術開発プロジェクト」の報告書によると、セメントに混入する水を50%以下まで減らし、鉄筋のかぶり厚を十分に取り、収縮や凍結を抑制する添加剤を加えることで、500年以上といった半永久的な耐久性を確保することが可能である。ただ、こうした施工を行うと工期が延びてコストも増大するため、そこまでの耐久性を想定して鉄筋コンクリート構造物を建設することは少ない』
五百年以上保つといえば立派なものだろう。つまり、コンクリートは本来、それだけ長持ちするって事だ。
トンネルの中に話を戻そう。
入り口から入ってまず気づいたのは、燈火類がちゃんと付いている事だ。おそらく封印解除と共についた非常灯だろうけど、ずっと向こうまで続いているのがわかる。
「この、燈火類はどうして点いてる?エネルギー源はなんだ?」
まさかムラク道みたいに魔改造されてるわけじゃないだろうし。なんなんだ?
「他の遺跡でもしばしばあるのですが、ポドル機関が使われている可能性があります」
「ポドル機関?」
なんだそれ?
「原理が解明されていないのですが、こういう燈火類を灯す程度の力なら得られる、ごく弱い魔力転換装置があるのです。古い巨大遺跡で灯りがまだついているものがあるのは、大抵それですね」
「へえ」
そんな便利なものがあるのか、原理とか気になるな。
ちなみに現在のところ、周囲の雰囲気はそのまま変わらない。つまりムラク道と同じトンネルなんだけど、あっちのようにいろんなもので覆われてないぶん、本来のこのトンネルの姿がよくわかる。
つまり。
「なるほど。こうしてみると、元鉄道トンネルなのがよくわかるな」
「そうですか?」
「ああ。床に定期的に、小さな凹みというか穴があいているのが見えるだろ?」
「あ、はい」
「あれな。日本の線路にもたぶんある。これほど間隔開いてないけどな。たぶん、線路の固定に使われていたものの痕跡だろう」
こっちの線路なんて見たことないけど、地球の鉄路と同じようなものなら、可能性がある。
「レールの痕跡という事ですね?」
「たぶんだけどな。こっちの完成品を見た事がないから推測にすぎないし」
「ああ、それなら資料がありますよ」
「あるの?」
「ええ」
ごそごそと音がしたかと思うと、後ろからヒョイと紙を持った手が伸びてきた。
「これです」
「あ、すまん手が放せない。アイリス」
「はい。失礼します」
おや、なんかギクシャクしてんなアイリス。
どうやら、プリンさんにどう応対するべきかわからず、距離感をはかりかねてるみたいだ。カリーナさん相手にはそうでもないのに珍しい事だな。
ここに来るまでの間、夜は俺そっちのけでガールズトークしてたくらいだから安心してたんだけど、あれはやっぱりカリーナさんがうまく誘導してくれてたって事か?むう。
いやほら。アイリスってさ、生まれてすぐ俺のとこ来て、それっきりだろ?
俺としちゃ最高の相棒で、最高の同居人で、最高の女なんだけどさ。
でも、竜の眷属とはいえ女として生まれているんだから、女として他の女と交流する時間がゼロっていうのは、それはどうかっていう気持ちもあるんだよね。ルシアは女かどうか以前に、そもそも植物生命体だし、ランサは人間の会話が成立せず。で、マイはそもそも対話の苦手な合成生物だしな。
そんで、唯一の人間である俺は男で、しかも対人スキルはお世辞にも高いとは言えない。
もちろん、俺にとってアイリスはかけがえのない存在だから、どこかに行かれたりしたら本当に悲しいのだけど。
おっと、話を戻そう。
アイリスに見せてもらったのはイラスト、いやむしろ銅版画のようなものだった。で、そこには線路と小型の機関車らしきものが確かに見えるんだけど。
「よく似てるなぁ」
「そうですか?」
「うん。そっくり同じとは言わないけど、すごく似てるのは間違いないと思う」
もちろんプロの目で見ると違うとこもあるんだろうけど、素人目線にはそっくりだな。
……ん?
そんなこんなを考えているうちに、妙な事に気づいた。
「これ、下りだな。少しずつ下がってる」
「でしょうね」
「でしょうねって……おい専門家、おかしいと思わないのか?」
「どういう事かしら?」
ちらっと振り返ってみると、プリンさんはちょっと眉をしかめていた。
「継ぎ目も何もなく、いつのまにか下り坂になっていた。普通は構造物の繋ぎ目に何か変化があるものなのにな」
「何をおっしゃりたいの?」
「何をっておまえ。じゃあ聞くが、おまえさん過去に鉄道トンネルに潜った事あるか?」
「ええあるわ」
「ほう」
俺はキャリバン号の速度をさげて、停止させた。
「後ろを振り返ってみろ。出口が見えるか?」
「え?……見えるわね。小さくなってるけど」
後ろを振り返って、プリンさんはそう言った。
「じゃあ、もうひとつ聞くぞ。入り口から入った時、このトンネルは平坦じゃなかったか?」
「え、それは……あ!」
「……気づいたかい?」
「ええ……ええ!」
俺が笑ってみせたら、プリンさんはコクコクと頷いた。
「この距離で、出口がああやって中心付近に見えてるって事は、今のところまっすぐ進んでるって事だよな。
にも関わらず、トンネルは下り坂になってる。しかもだんだんきつくなりだしてる。それってどういう事だ?」
はっきりいおう。こんなのは、最初から下り坂なのが目の錯覚でわからなかったとか、俺ならそう判断する。
でも、実はこのキャリバン号、傾斜計がついてるんだよな。外付けのだけど。
で、入った時には確かに平坦だったんだ。
プリンさんはしばらく考えて、そしてひとつの仮定を出したみたいだ。
「ひとつ心当たりがあるわ。ちょっとまってちょうだい」
何かやってるっぽいので、悪いと思ったがルームミラーを動かしてプリンさんにあわせてみた。
プリンさんは、スーツのポケットから何かタブレットくらいのサイズのものを出していた。
いや……もしかしてアレは、タブレットそのものか?
「プリンさん、そのタブレットは何だい?」
「え?ああ、その鏡で見ているのですね」
「あー悪い、何も言わずにいきなり覗いちまって」
「いえ、それはいいのですけど」
そう言ってプリンさんは苦笑したのだけど、
「あーパパ、いくらなんでもプリンさんはやっぱり失礼だよ。名前をちゃんと言うか敬称かどっちかつけようよ。ね?」
「アイリスさん、いいのです。でもプリンさんは確かにちょっと違和感ありますね。それならプリンと呼び捨てでお願いします。わたくしもハチと呼ばせていただきますので」
うげ、いきなり難易度上昇!?
ああ、アイリスが「だーから言わんこっちゃない」って顔してるよ、むむむ。
「あー了解した、じゃあ、改めて……プリン」
「ええ、ハチ」
なんで嬉しそうなんだか。わけがわからないぞ、もう。
「で、そのタブレットは何かな?」
「えーと、ごめんなさい。そのタブレットというのは?」
「いや、プリン、君が持っているそれなんだけど」
「ああ、この空間測定器のこと?」
「よくわからないけど、ウンそれ」
間違いなくタブレットの事と認識してくれたようだ。よかったよかった。
「これはドワーフ由来のアーティファクトなの。空間の歪みを測定するモノよ。まぁ動かすのにちょっと魔力がいるのだけどね」
なるほど。
「それで何かわかった?」
「ええ、たぶん間違いない。このトンネルは、まっすぐでありながら曲がっているという状態になってるわ。前にも見たことあるから間違いない」
へえ。
「その、前に見たやつっていうのはどういうものだったんだ?」
「何かの排水システムだったわね。並行に走っている、延べ300kmにも及ぶ配管の内部空間をねじ曲げて、全て『自然落下』で中のものを外に排出するようにしてあったわ。何でわざわざそんな構造にしていたのかはわからないけど」
「ほう」
少し俺は考えた。
「もしかしたらだけど、これも排水構造なんじゃないか?」
「排水?」
「ああ」
俺はそういうと、ムラク道にあった排水システムの話をした。
「トンネルって要は穴だからな、外に排水したりゴミを排出する仕組みが必要なんだよ。
で、あっちはおそらく、あれを魔改造したあげくに今も守っている連中が水管理もやってるわけだ。だからここも、なんらかのカタチで排水のシステムが動いてるんじゃないかと思うんだが。どう思う?」
「……妥当な線ね」
ふむ、とプリンは自分の意見を述べた。
「でもそれなら、ひとつ気になる事があるわね」
「ほほう。教えてくれる?」
「ええ、もちろん」
プリンは大きくうなずいた。
「その水をどこに排出しているか、それと空間を曲げるほどのエネルギーをどこから供給しているかよね。これは燈火類のような小さなものじゃ全然足りないはずだから」
「なるほど」
正直、空間を曲げるのに必要なエネルギーなんて俺には想像もつかない。ルシアやアイリスならある程度わかるけど、専門家というわけではない。
わかる人がいるのは助かるね。
「了解。じゃあ、周囲の状況に注意しつつ進もう。アイリスも頼むな」
「わかったー」




