またトンネルか。
「またトンネルですか……」
「すみません。ハチさんが古代隧道の専門家と伺いましたので」
いやいやちょっと待って、なんだよそのデマ。どこで出回ってるんだ?
「違うのですか。この世界にいらっしゃってまだいくらもたたないのに、古代隧道や古い地下施設をいくつも制覇した古代隧道のベテランとお聞きしましたけど?」
おぉい……。
「たしかに。地下施設探検してドワーフ本人と会ったり、千年使われてない隧道突破してランドオクトパスと戦ったり、大冒険っちゃ大冒険だもんねえ、うん。実績は大きいよねやっぱり」
「おい」
しまった、そういう流れがあったか。
「しまいにはトンネルのハチとか言われるかも」
なんじゃそりゃあ。
「確かにまぁ嫌いじゃないが……俺はただの素人だぞ、専門家だなんてとんでもないぞ」
そこだけは訂正しておかないと、ろくでもない事になりそうな気がした。
「もちろん、無理とは申しません。しかし少しでも詳しい方に見ていただきたいのです」
「俺も絶対ダメとは言わないよ。でも鉱山の坑道とか地下倉庫の穴とか、いわゆるトンネルじゃないヤツだったら願い下げだよ?繰り返すけど、俺はあくまで素人の範疇だし、そもそも知ってるのも日本の近代道路トンネルだけなんだ。それ以外は専門じゃないし、だいいち危険すぎる」
一応、しっかりと釘をさしておく事にした。
確かに俺はトンネルは嫌いじゃない。だけど本当に古いトンネルは危険なんだ。ほんとだぞ?
おまけに、素人はそれが道路トンネルなのか、鉄道トンネルなのか、実は鉱山の坑道なのかの区別もつかなかったりするだろ?それぞれ全然別のものなんだけどさ。
特に坑道はそもそも交通を想定していないから、危険度がトンネルの比ではない。特に廃鉱のそれは、鉱山の専門家だって立ち入りを拒むような種類のものだ。ド素人が入るなんて死ににいくようなもので、これは日本でも同じ事。
本当だぞ?
ウソだと思ったら、廃隧道探検なんかで有名なサイトをじっくり見てみればいい。そこに書いてあるはずだ。廃鉱は入っちゃいかんと。それはいわゆるトンネルではないし、危険度も桁が違うからだ。
もし君らが、古いトンネルに肝試しに行くような事があるなら……そこが今も共用状態であるかどうか、そして元道路トンネルかどうかはちゃんと確認してほしい。で、それが普通のトンネルでなく鉱山のそれだと気づいたら、たとえ現地で後から気づいたとしても、すぐに引き返してほしい。チキンと言われても何と言われても。
自分の、そして仲間の命に代えはないのだから。
おっと、話を戻そう。
「で、その調べてほしいっていうのはどういう事なんです?」
「はい。それなんですが」
国境の町で手続きやドタバタが終わったのはいいけど、駐車場で調理していたら訪問者があったんだ。
駐車場で料理って変だと思われそうだから解説しておくと、馬車旅しているキャラバンなんかは、やっぱり同様に食料だけ調達して馬車のまわりでメシにする事が多いらしいんだよね。実際、地球の駐車場と違ってこっちの停車場、駐車場はだいぶ隙間があったり、火を使うための設備があったりと、なんていうか、ぷちオートキャンプ場みたいになっているところも結構あるらしい。
なるほど。昔の日本は徒歩旅が主流だったから、そういう文化は想像しなかったなぁ。
んで、その担当者というのがまた……。
そう。山羊人にしてカルティナさんの妹、カリーナさんだった。
「すみません、あまりよく知らない者が次々と押しかけてもご迷惑だろうって、私が指名されまして」
「それはいいんだけど。カリーナさんが来たって事はコルテアの正式要請だったり?」
「いえ、コルテアも絡んだ調査ですけど調査依頼はタシューナン側ですね」
カリーナさんの説明は、こうだった。
元々、コルテアからタシューナンを経由して運河を渡り、東大陸に至るまでは大陸横断鉄道が走っていたんだという。ただしコルテア地域では地上を走っており、これが俺たちの進んできたハイウェイの元になっているんだという。
「皆さんが通られたムラク道(海底トンネル)も、この鉄道の一部だったわけです」
「なるほど」
あの海底トンネルもハイウェイも、ずっと続きの鉄道だったのか。そういうことか。
「で、そのタシューナン区間の中にトンネルがあるって事か?」
「はい。そうなんですが、封印がかかってるんです」
「封印?」
「はい、封印です」
カリーナさんが大きく頷いた。
「50年ほど前、この地域に人間族国家が攻め込んだ事がありました。このトンネルはタシューナン大隧道と呼ばれていますが、タシューナン大隧道を押さえられると東大陸までスルーになってしまいますので、当時、東大陸で保護されていた異世界人の結界師が封印をかけたのです。決して破れないようにと」
ああ。話がわかってきたぞ。
「で、その封印が解けなくなっちゃったと?」
「はい。その異世界人の方が亡くなられたんです。恩には義をもって応えると殿をつとめ、多くの人々を東に逃がして」
恩義?それは?
「人間族国家にとらわれていたところを助けてもらったそうです。以降、東大陸で防衛のお手伝いをしてらしたとかで」
「なるほど、そうだったんですか」
そりゃあ確かに、恩返ししようって思うよな。なるほど。
「で、その封印が解けないと?」
「はい。なので、できればその封印解除だけでも手伝っていただけないかと思いまして」
俺は少し考えた。
封印解除か。中を探検するんじゃないなら、別にいいよなぁ。うん。
「わかった、では封印解除のお手伝いをさせてもらおう」
「ありがとうございます!」
カリーナさんはニコニコと嬉しそうに笑った。
「ところで、どうして結界が解けないんだ?そんなに特殊なものだったのか?」
「一種のキーワードじゃないかと思うのですが、我々にはわからないのです。もしかしたら同じ異世界人ならばと思ったのですが、なかなかその機会もなくて。人間族国家と違い、私たちは皆さんを捕らえて飼うような真似をしておりませんから」
「ああ、なるほどね」
つまり誠意をもってやっているがゆえに、なかなか解けないって事か。
「一応ですね、その異世界人の方が描いたと思われる絵がここにあるのですが」
「絵?」
「はい、絵です。絵というより模様かな?」
そういうと、カリーナさんはその絵とやらを出してきたのだけど。
「これです」
「……これ絵じゃないよ、日本語だ」
「ニホンゴ……異世界の言葉という事ですか?」
「ああ。わかりにくいようにひねってあるけどな」
夜露死苦語というか、まぁアレだ。本来、かなを書く部分に強引に漢字をあてまくっている。
難読化の手順としては単純だと思う。だけど、日本語が堪能な者がいない異世界では有効な方法だろう。
実際、異世界人から聞き出した程度の日本語の読解力じゃ、夜露死苦タイプの当て字の長文を読み下すのは酷だしな。
「ふむ、何とか読み取れそうですよ」
「読めるんですか!?」
「一部よくわかりませんけどね」
「ぜ、ぜひ!お礼はいくらでも!」
「アハハ、いいですよこの程度なら」
「でもそんな!今までこれ読むためにかかった苦労を思えば無償なんて!」
「そ、そう」
なんか急にやたらと押しまくってきたカリーナさんを見て、俺は思わずとんでもない事を言ってしまった。
「あー、じゃあ食事一回ってことで」
「……へ?」
カリーナさんは一瞬、ポカーンとして、そしてハッと気づいたように俺の顔を見た。
な、なんだ?
ちなみに余談だが彼女は山羊人なわけで、顔は思いっきり山羊だ。どこぞの軟弱和製RPGみたいに山羊っぽい角の生えた女の子なんて軟弱なものではなく、本当に獣の顔をしている。まぁ、野生の本物の山羊に比べると鼻面が短くて、そのあたりが何処か仔犬チックで、モフモフした毛皮に覆われている事もあって俺的には非常に可愛いのだけど。主にぬいぐるみ的な意味で。
そんなカリーナさんが、異種族である俺の目にもハッキリわかるくらいに赤面した。
そして、
「ド、ドドどうぞどうぞ!私なんかでよければ!」
「……は?」
意味がわからずポカーンとしちまったんだけど、それを見たカリーナさんは、さらにそこで謎の自己完結をしたあげく、
「な、なるほどわかりました!
はいかまいません!むしろノシつけてさしあげちゃいますから!私でよければ喜んで!」
「え?え?」
のしかかってくるような勢いで突然抱きつかれ、今度は俺がポカーンとしてしまった。
えっと、なんだ?
俺は食事一回をおごってくれたら手を打とう、といったよな?
でも彼女の反応は……!?
その瞬間、俺は自分の失言と、彼女がそれをどう受け取ったかに気づいた。
やばい!
しかも、どういうわけか彼女は乗り気としか思えない態度で、べたーって密着してきた。
……うお、首から下の感触は普通に女の子だ。柔らかいっていうか思わずデカいっていうか、そうじゃなくて!
「ちょ、ちょおっと待ったカリーナさん、ごめんそれ違う!」
俺は慌てて訂正にかかった。
うん。
なんだかまわりの視線が冷たいのは俺の気のせいだ、うん。気のせいだったらいいなぁ。
さて、問題の文章だ。
ちょっと仕込みを一時アイリスに代わってもらい、読んでみたのだけど。
『この文章を読む人がいるなら、注意して欲しい。
ここには確かに封印解除の手順が書いてある。だけど、扉の封印を解除すると、トンネル内部の防衛機構も作動する仕組みになっている。しかもその内容は、封印解除の約四時間後、237体の大型のキメラがトンネルの中に解き放たれるというものだ。
しかも、いかに頑強なトンネルといっても千年以上前のものだ。キメラを倒せるほどの破壊力を駆使して戦った場合、壁面や天井がもたないかもしれない。
ゆえに以降、キメラの魔力が尽きる二年後を待たないと再度の突入はできなくなるだろう』
うわぁ……これは。
俺は迷わず、メモをとる手を止め、間違いないか確認してしまった。
ちなみにメモは日本語でとっている。日本語で全部書かないと混乱してしまうためで、終わったら要約してカリーナさんに話す予定だったのだけど。
「何かあったんですか?」
「具体的な解除方法はまだこれからなんですけど、注意点だけで非常にやばいです」
「どういう事でしょう?」
「えっと、あ、それよりカリーナさん、すみません少し離れていただけますか?」
「……うふふ」
いや、そこは普通にハイと言ってくださいよぅ。なんかアイリスの目が冷たいんですよぅ。
「あーコホン、それで本題ですけど。
どうも、封印解除したら、四時間後にトンネル内部に237体のキメラが解き放たれるようになっているそうですけど、何か思い当たる点あります?」
「……清掃用の合成魔獣じゃないかしら」
「清掃用?」
「はい。トンネルの総延長は100km近いんです。途中、五ヶ所の作業出入口がありますけど、そのうちの2つ……タンギングとテッカローナの出入口は外側が何世紀も前に破壊されていて修復もできず、他の出入口も多少なりとも問題を抱えています。
そのため、三百年ほど前に魔族の提案で、中央のタンギング休憩所を改造して合成魔獣を配置、清掃と設備のメンテナンスをさせるようにしたそうです。
当時は300体だったそうですけど、最後に確認された時にはだいぶ数が減っていたようです。237も残存しているなら立派なものじゃないかしら?」
「なるほど」
封印解除すると、それに連動してそっちも開放されるってか。
「四時間後というのは、追手が大部隊の場合を想定しているのでしょうね。中に入るだけで一時間も二時間もかかる大部隊だった場合、四時間も入り込めば簡単に戻るわけにもいかなくなるし」
「もたもたしている間に皆殺しか。なるほどなぁ」
よく考えられてるよ。
「まぁ、キメラなら自立稼働できるのはせいぜい数年です。今まで何十年もかかった事を思えば、最悪、エネルギー切れまで待つ羽目になっても問題ありませんよ。ハチさん、進めていただけますか?」
「わかった」
ふむふむと俺はうなずいた。
そして立ち上がり、ポンと手を打った。
「んじゃ、こっちも再開すっか。カリーナさんそこに座って。席は適当でいいから」
「え?」
いや、え、じゃなくてさ。
「いや、メシだから。それとも食べてきた?」
「いえ、これから食べに行こうかと思ってたんですが、え、でも」
「クチに合わないなら進めないよ、なんたって異世界人のメシだし、俺も料理得意じゃないからさ。
でも食べられそうなら食べればいい。で、どうする?」
「……すみません、いただきます」
何を遠慮してるんだか。
俺も若い頃に旅先、特にど田舎なんかでよくやられたもんさ。世間話していると昼になって、そのまま普通にごはんに呼ばれるんだよな。食べてくか、ではなく、メシだぞってな。
こういう時、遠慮しすぎると逆に相手に気を使わせちまう。
食べられるものであり問題ないのなら、素直にお相伴に預かるっていうのもいいもんだ。そしてウマイかまずいかはともかく、俺はそれが嬉しかったのを覚えている。
「あいよ、はいそこ座って」
「はい……」
さて。
カリーナさんのお口にあえばいいのだけども。




