襲撃
「いらっしゃいませ、国境越えの手続きですか?」
「はい」
コルテア側の窓口は、またもや山羊人の女性だった。
いや、多いな山羊人なんて事を考えていたら、
「もしかして、異世界人のハチ様ですか?」
「へ?あ、いや、様なんて御大層な生き物じゃないけど、確かにハチは俺ですが?」
「そうですか。姉からよろしくとの伝言がございまして」
「姉?」
きけば、なんとあの村でお世話になったジーハン職員の山羊人、カルティナさんの妹だった。
「カリーナと申します。以後お見知り置きを」
「いえいえこちらこそ」
ほう。なんか懐かしさを誘う名前だな、俺としては。
いやま、乗用車乗らない俺にはあまり縁のない車種ではあるのだけど。
しかしお母さんはコルテア首長、お姉さんはジーハン職員、そして妹は国境担当官ですか。
「はぁ……すごいご一家なんですね」
「もしかして母にもお会いになりました?」
「ええ、アリアさんにもとてもお世話になりました。よろしくお伝え下さい」
「あ、いえとんでもないです」
まさかこんな公の窓口で、この子のお母様はコルテア首長ですなんて言えないよな。
カリーナさんもそんな俺の意思に『アリアさん』呼ばわりで気づいてくれたようで、ちゃんとあわせてくれた。
「それで、ここが終わったら向こうの窓口にも出向かないとダメなんですよね?」
「いえ、本来はそうですが問題ありません。いちいち両方に出向くのが面倒だという話で、今はちゃんと相互に話を通す事になっていますから」
「え、そうなの?」
「はい。ただ、可能な限り出国側に出向く事になっていますが。入国側にいってしまうと手間賃をとる事になっています」
へえ。変わってるんだなぁ。
国への人間の出入りっていうのはもっと厳格にやるもんだと思っていた。予想外にアバウトな対応に、ちょっと驚きを隠せない。
まぁ、それだけ平和にやってるって事なんだろうな。
さて。それじゃあちょっと情報収集しますか。
「ところでカリーナさん、ちょっと物騒な話なんですけど」
「はい」
俺が質問する内容を予想しているんだろうか、カリーナさんの表情が引き締まった。
「ジーハンからこっちに向かう途中で、人間族のキャラバンみたいなのに道塞いで襲撃されましてね。脅かして逃げてきたんですが」
「脅かして逃げてきた、ですか。具体的には?」
「異世界の装置ですけど、機械式のメガホン……要は音声を機械的に増幅する機械を車に積んでありましてね。本来、商売とか自然災害の時に使うものなんですが……これを最大音量にして雄叫びをぶちかましまして」
「……雄叫びですか?」
「いやほら、連中の使ってた魔獣がエマゾルだったからさ。犬って耳がいいから突然の大音響にパニック起こすんだよね」
「ああ、なるほど……戦わずに音で切り抜けたんですか。さすがというか、やりますねえ」
どんな状況を想像したのか、カリーナさんはクスクスと笑った。
「ああ。
ただこっちで掴んだ情報によると、俺たちが逃げた後、使ってた戦闘奴隷が反乱起こして総崩れになったみたいでさ。それ以上の詳しい事がよくわからないんだけど、そういう情報は何か入ってる?」
「奴隷の反乱ですか……いえ、特にありませんね。
でも、最近目撃された人間族の集団で、お年寄りの戦闘奴隷、それも異世界人の奴隷を連れた集団がいるって話がありますね。もしかしてその集団かしら?」
「わかりませんね。でも俺が見たのも年寄りみたいで、しかも異世界人だったっぽいです」
「なるほど。同じ異世界人情報だと確度が高そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ」
いつのまにか、情報を求めるつもりがこっちが提示する事になっていた。やるなカリーナさん。
「ちなみにその異世界人ですが、28号と呼ばれていたそうです」
「28号……なぜに番号?」
「なんでも、ずいぶんとボケたお年寄りの方だったそうで。ご自分の名前もわからなかったそうだけど、なぜか28号って言葉にだけ反応したそうですよ」
なるほど。言われて見れば確かに爺さんだったもんな。不思議はないのか。
でも、そのあたり確認してみた方がいいかもな。
「それで、何かその戦闘の記録や物証などはありますか?」
「うちのスタッフが今、このエリアの同胞経由で周辺組織に連絡中みたいです。そっちは専門家なんでまぁ、任せてありますね」
「なるほど」
フムフムとカリーナさんは頷いていた。
「だけど変ね」
「変?」
「総崩れになったとの事ですけど、彼らこの町で今日も問題を起こしているようですが。戻ってきたという事かしら?」
なんですと?
「戻ってきたというのは……ちょっと考えにくい気がする。無事だったとしても時間が合わないかも」
「そうなの?」
「はい」
どこかで追い抜かれたのならルシアが気づいているはずだからな。さすがに全く認識されずってのは無理がある。
むしろ。
「なるほど。そういう事なら別働隊が残っていた可能性の方がありますね」
「ですね」
と、そこまで答えたところで、俺は非常にやばい事に気づいた。
別働隊だって?
「パパ」
「うん」
アイリスと俺は顔を見合わせた。
「カリーナさん、書類の作成は時間かかります?」
「あ、いえ、もう終わりです。こちらですね」
もう用意されていたらしきそれを受け取った。
「俺たち、ちょっと車の方が心配なんで戻りますね」
「ああ、わかりました。お気をつけて」
カリーナさんはすぐ状況を理解したようで、大きく頷いてくれた。
その目は「こちらは何とかしますので、急いで」と言っているかのようだった。
そんなわけで、全速力でキャリバン号に戻っていた俺たちなんだけど。
「あ、誰かキャリバン号に近づいたって」
「なに?」
唐突にアイリスがそんな事を言い出し、俺はギョッとした。
「どういうことだ?ルシアの結界が効いてないのか?」
「かなり強力な結界対策をしてるみたい。これはまずいかも」
アイリスの話によると。
ルシアの結界はかなり強固なものだそうだけど、それでも彼女は幼生体であり、樹精王様や成長した個体に比べたらずっと力は弱いのだという。だから人間族の魔導士だって、最初からルシアの結界をターゲットに準備を整えれば、おそろしく高くつくものの破る事は不可能ではないと。
そうなの!?
「国宝級のアーティファクトと莫大な魔力の蓄積が必要だよ。あとのフォローを間違えれば国が傾きかねないくらいの手間とお金と人を投入しなくちゃダメなんだよ。だからルシアちゃんもありえないって言ってたんだけどさ」
その、ありえない事をやっちまったというわけか!
俺たちは速度をあげた。でも。
「くそ、これじゃ間に合わん!」
あいつらがキャリバン号に手をかける方が早い。まずい!
だけど、その時だった。
「……あ、ちょっとまって」
唐突にアイリスが走りを止めた。
「なんだ?どうした?」
「今、キャリバン号の周囲にいる人たちが消えたよ」
「……消えた?」
「はい」
なんだ?何が起きてる?
とにかく俺たちは申し合わせると、再び足を早めた。
「いこ!」
「ああ!」
そこの角を曲がり、そして……。
「……?」
そこに見えた駐車場は、俺たちが出てきた時と全然変わらなかった。
とりあえず中に入る。
「えっと、不審人物はどこに?ルシアはなんて?」
「……とにかく近寄ってみよう、ね?」
「ああ」
何か面妖な事態が起きたのか?
そして二人とも、キャリバン号まで戻ってきてしまった。
「ルシア、マイ、無事か?」
『はい、ご心配おかけしました』
「……アイ」
とりあえず二名とも無事らしい。よかったよかった。
ん?マイの返答が微妙に遅い気がするのはなぜだろう?
「何か不審人物来たみたいなんだけど、どうなった?」
『……結論から申し上げます。その』
「?」
『少々、自分も驚いたのですが……まいが食べてしまいました』
「食べた?」
『はい』
俺は思わず周囲を見渡した。
「そ、そうか。でも血痕のひとつも見当たらないみたいだけど、この短時間で掃除までしたのか?」
食事の痕跡なんてあったら大騒ぎになりかねないからな。さすが。
でもルシアの返答は、俺の予想の斜め上を行っていた。
「いえ、血は一滴もこぼれておりません。一口で全て丸呑みしましたので」
「……えーと。暴漢は何人いたんだ?」
『六人です。人間族の戦士と魔道士、それに異世界人の奴隷戦士も混じっていました』
「異世界人も!?」
そいつもマイが喰っちまったのか?
でも。
「マダ」
「ま、まだって」
どういうこと?
「マダ、食ベ、テ、ル、途、中、」
「と、途中だって!?」
ぷつぷつと名状しがたく泡立つマイの声を要約すると、こんな感じだった。
どうやらマイは、空間ごとねじ曲げて全員をパクっと飲み込んだらしい。あまりいい方法ではないが人間族の戦士たちはあまり強い者ではなく、また空間魔法を誰も持ってないので、閉じ込めておいてゆっくり侵食して食べればよいと考えたそうだ。
……ちょっとまてや、おい。
さすがに人造ショゴスもどき、戦い方もとんでもねえなあ。
『ですが、さすがに異世界人はしぶといようで、まだ死んでいないそうです』
「大丈夫なのかよ、それ?」
『空間魔法で閉じ込めてあるようですから。この異世界人は空間魔法の属性を持っておらず、仕組みも理解していないようですので、そもそも、まいのこしらえた「消化結界」に影響を与える事ができないようです』
消化結界て……イヤな結界もあったもんだな。
「それってつまり?」
『中は密閉されていますから、まもなく酸欠で死亡するでしょう』
ショゴスもどきに飲まれたあげく、中で何もできず、死体の山の中で徐々に酸欠で死んでいくのかよ。
悲しい最後だなオイ。
「ちなみにそいつ、解放できないのか?無理やり従わされていたんだろ?」
『いえ、それは違うと思います』
「どういうことだ?」
『この人物はキャリバン号を一目見て指差しバカにして大笑いしました。そして、窓ガラスを割れば簡単にロック解除できる等と助言を行い、積極的に制圧を支持しました』
ああ、なるほど。積極的に加担してたと。
「どういう人物かは知らないが……そういう事ならわかった、今の言葉は忘れてくれ」
『はい』
まぁ、うちのクルマは確かに第三者的には貧相だよな。ボロいし古い軽四だ。
しかし、そんなクルマでもこの世界には本来存在しないもの。この世界にある限り、最高級のスーパーカーよりもはるかに貴重な存在だろう。
それに俺の異能があるかぎり、最悪持ち去られても何とかなる気はするが、それだって単に俺の個人事情でしかない。
見知らぬ異世界で、もし失ったら二度と取り戻せない日本由来のものを奪おうとした、その行為は変わらない。
他の人がどう考えるのかは知らない。
ただ、ひとつだけ言える事がある。
キャリバン号を奪おうとしたのなら、そいつは敵だって事だ。
「マイ」
「アイ」
「そいつを今食っちまうのと、このまま死なせてから食うのと、どっちが安全だ?」
「生、キ、テ、ル、方……ガ、オイシイ」
「……『おいしい』だけ妙にスムーズだなオイ」
「オイシイ、ハ、正、義」
「わかったわかった。とにかく確実に消してしまえるなら方法は任せる。好きにしろ」
「アイ」
俺はとりあえず、この件は解決済みとする事にした。
「ルシア、他にも残党がいないか調べてくれ。あと通報関係の情報も追加で頼む」
「了解しました」




