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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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ハイウェイスター

 夕刻になると吹雪はやみ、走行可能になった。

『今夜はここに休むのではないのですか?』

「車中で寝るって決めただろ?だったらもう少し余裕があるからな。天候が落ち着いているなら少し稼いでおこうと思ってな」

 そうしておけば明日、余裕をもってタシューナンへの国境を越えられるという思惑もあった。

 まともな国境を通過するのは今回はじめてだからな。注意するに越したことはない。

「ヘッドライトをつける。室内灯をつける必要がある時は先に言ってくれ」

 運転中に室内灯をつけるのは二重の意味で好ましくない。まわりが見づらくなるのがひとつ。そして悪意ある者に中が丸見えになりかねないのがひとつ。

 ゆえに要注意。

「キャリバン号発進する」

「はーい」

『はい』

 ちなみにランサはお昼寝ならぬ夕寝中だ。寝る子は育つので放っておく。

 で、なぜかマイも眠っているっぽい。こちらは育たなくてもいいがやっぱり放っておく。

 吹雪のやんだ、静かな村から出る。

 少し遠くに、おそらく3mはある大きな白狐の親子が見える。こちらを少し警戒しているが、敵意がないのもわかるのだろう。じっと見ている目線には、怯えも凶悪なものも見えない。

 よし、走るぞ。

 と、そんな時。

『主様』

「なんだ、急ぎかい?」

『違いますが一応、ご報告を。さきほどの者に姉が接触したようです』

「早っ!」

 もう接触したのかよ!

『彼らは移動中のようですので。ちょっと奥の手を使ったようです』

「奥の手?」

『雪虫という小さな虫をご存知でしょうか?その雪虫を使いメッセージと種を運ばせたのです。現在、お話中のようです』

「……ほう」

 雪虫なら知っている。俺の想像通りの虫ならばの話だけどな。

 ヨコバイという虫の仲間を知ってるだろうか?かなり昆虫に詳しいヤツか、あるいは農業関係者しか知らないかもしれないが、農産物に被害を与えたり、あまり人間にはいい印象のない虫の一族だ。ただし一匹単位ではとても小さくて、仲間によってはナナホシテントウというテントウムシの仲間に食べられる運命だったりもする。

 それともアブラムシと言えばいいか?いや、いわゆるGの事ではないからな念のため。

 雪虫はそんなヨコバイの仲間が冬越しのために変身した姿だ。こいつらはエサを喰う口すらなく、交尾して来年のための卵を産んで、そして死んでいく。そういう存在。白い綿毛のような毛を生やしてフワフワと飛ぶ事から、雪虫の名がある。

 そういや、種って別にヒマワリの種みたいなのがドーンとあるわけじゃないんだっけか。ふむ。

「とりあえずわかった。ヤツがどういう選択肢をとるかは知らないが、結果だけでも後で教えてくれ」

「わかりました」

 

 

 

 28号。

 その老人の名前はソレだった。この世界に異世界人多しといえども、呼び名どころか実名まで番号というのは非常に珍しかった。

 実は、彼がこの世界で人間族に捕獲された時、記憶も人格もめちゃめちゃだったのである。

 自分の名前すらわからず意味不明の言動に行動を繰り返す。だが魔力だけは絶大だったから、人間族の魔術師たちは彼に隷属の首輪をはめ、指示通りに動くように魔術で制御をかけていったのである。

 彼らは知らなかった。その老人がどういう状況にあったかを。

 そう。

 おそらくであるが、老人は重度の認知症患者だった。

 ただ、そもそも認知症の研究はまだまだ発展途上であり、日本においてもこれの根治のめどは立っていない。また老人の場合は特に、本当に認知症なのか、それとも別の病気であるのかの区別がなかなか困難だったりする。

 だから老人が本当に認知症なのかというと、これは難しい。単に「認知症っぽい状態だった」というべきかもしれない。

 さらにいうと、この世界には認知症についてわかる者などいない。また、彼らにとって老人は単なる使い捨ての異世界人にすぎなかった。だから「何年生きるかはわからないが、逃げ出す心配のない道具」であると彼らに認識されたにすぎなかった。

 しかも老人は、その状態の人間族の訓練に対して、皮肉にも非常に高い適応性を示したのだ。異世界人はこの世界の魔道をうまく使えないのが常だというのに。

 特に、なぜか風を操る事にかけては天才的であった。何か特有の思考を経由していると思われるが、この世界の風魔法を問題なく扱う事ができた。

 経緯が色々と不明だったとはいえ、所詮彼らにとって異世界人は消耗品にすぎない。毛色がちょっと違ったとて有用なのは間違いないのだから、さっそく老人は現場に配置されたのだ。

 そんな老人だったのだが。

『なんと、隷属の首輪が病んだ知性の回復を阻害しているのですか。これは珍しいケースですね』

「?」

 どこからともなく、不思議な声が老人の耳を打った。

『心配いりません、とある理由からあなたを解き放とうとしている者です。そのため、あなたの意思を確認にきたのですが……これは想定外ですね。今のあなたでは自分の意思で返答ができず、しかし意思を持たせるためには開放と治療が必要、ですか』

 認知症が治療できるなどと地球の学者が聞いたら、我が耳を疑う事だろう。

 繰り返しになるが、この世界でも、そして地球でも認知症の研究は進んでいないし、わかっていない事も多い。もしかしたら老人のそれは外見的に認知症っぽく見えているだけで、実は他の病気だったのかもしれない。

 ただ、ここでわかっている事はひとつ。

 つまり、命そのものに手を加え、侵食する事で操作するという異能をもつ植物系生命体の彼女にとっては、老人の状態は治癒可能なものであった、という事だ。

 もし彼女がルシア、つまり健一のそばにいる個体であれば、ここで健一に確認をした事だろう。当人の意思が確認できないけど、どうしましょうか?と。

 だが、普通に野に生えている植物である彼女にルシアと同様の機転がきくわけもなかった。

 当人の意思が確認できないのならばと、彼女は問答無用で老人に侵食を開始したのである。

「……グ」

「あ、なんだ28号?調子でも崩したか?」

 男たちは、自分から動く事のない老人が突然に動き出したので眉をしかめた。

 同時に、老人から何かしてくる事などない、つまり反乱の可能性については全く考えていなかった。老人にかけられている首輪は単に、ボケちまって命令すら理解できない年寄りを働かせるためのものであり、拘束としての機能は有効にしていなかったし、使う必要もなかったのだから。

 しかしその油断が、彼らの運命を決めてしまった。

「……」

 老人は空を見上げると、両手をかざし、そして告げた。

「『豪雷よ、あれ』」

 突如として世界に光があふれ、大爆発を起こした。

 それは正しくは落雷であったが、ほとんど直撃を受けてしまった者たちにとっては爆発以外の何者でもなかった。凄まじい光と衝撃に、そこにいる全てははじけ飛び、そして破壊された。

「……」

 そして、その後に立っていたのは、焦げた衣服をまとった老人ただひとりだった。

「こ……ここ……は……ここは、どこだ?」

 ぼんやりと空を見ている老人の目に、だんだんと光が宿ってきた。

 そして周囲を見て、そしてまわりを見て。納得げにうなずいた。

「おお、これは……夢かと思ったが、なんと現実だったというのか……そんな」

 なんと、老人は意識を取り戻したようだった。

 だが、ここは吹雪すら吹き荒れるような場所だ。こんなところに半裸で放り出されては、正気に帰ったところで助からないだろう。

 ただ老人(かれ)はそれどころではなかった。

「……」

 老人の目が、頭が激しく動く。自分が倒すべき敵を求めて。

 そして。

「……!」

 向こうから迫ってくる数台の魔獣車を見た老人の目が細くなった。

 そして狙いを定めて、

 

「『雷神』」

 

 次の瞬間、強烈な落雷が、迫る魔獣車全てに一斉に落ちた。

 いかにこの世界の馬車技術が優れているといっても、異世界人の強大な魔力で支えられた落雷を防ぐ事などできるわけがなかった。魔獣たちも全て倒れ、瀕死の痙攣をはじめた。

「……」

 老人は無言のまま、燃えたり煙を出している魔獣車に近づくと、無造作に扉を開き、中に入り込んだ。そして何かの荷物が入っている箱を見つけると、それをポンポンと外に投げ出し、そして次の魔獣車にとりかかった。

 次の魔獣車には死者だけがいた。そのひとりの持っている短剣を手にとると少し振ってみて、さらに次の魔獣車を見ていった。

 次の魔獣車には、なんと生存者がいた。重症だったが。

「う……」

「……」

 迷わず短剣で刺殺した。

 最後の魔獣車には、なんと無傷の生存者がいた。失神しているようだった。

「……」

 それは獣人、狼人族の女の子だった。鎖や首輪がつけられており、ペットもしくは奴隷と思われた。

「……」

 老人は首輪に鍵穴があるのをみつけると、そこいらの死体をあさり、そのポケットに鍵らしいものをみつけてきた。

 幸いなことに鍵が合ったので、全部はずしてやった。

「……」

 ちなみにこの鍵を外す作業の途中で、女の子の獣耳がピクッと動いた。だが目覚める様子はなかったので、老人は気にしなかった。

 女の子が自由になった事を確認すると、あとは好きにしろと言わんばかりに老人は外に出て、そして先ほど外に出した箱のところに歩いて行った。

「……ふむ」

 箱の中は、衣類と食料だった。

 老人は暖かそうな服を見繕って着た。そして金貨や銀貨らしきものをいくらか身につけた。

「とりあえず、こんなものかな」

 ふう、と老人はためいきをついた。

「さきほどの声の方、まだおられるのかな?」

『私の事ですか?』

「!」

 返事がくる事を予想してなかったのだろうか。老人の目が少し開かれた。

「どなたか知らないし事情もさっぱりわからんのですが、察するにあんたがわしを助けてくださったという事ですかな?」

『ええ、そうなりますね』

 不思議な声は、淡々と老人に話しかけてきた。

「そうですか、本当にありがとうございます」

『私も思惑があっての事ですから。それより贈り物は喜んでいただけたかしら?』

「ふむ」

 老人は少し目をふせて、そしてうなずいた。

「まるで若返ったかのように力が湧いてくるのですが、それだけではありませんな?その、まだよくわからないのですが」

 そして老人は首にかかっている首輪に手をやると、腕に魔力をこめて左右に引っ張りはじめた。

 やがてそれは極限に達して、

「む……うう……だぁっ!」

 瞬間、何か紙のようなものが破れる音がした。

 そして次の瞬間、首輪はボロボロと崩れ去っていった。

「ふう……やれやれ」

『大丈夫ですか?』

「ああ、なんとかの」

 老人はためいきをついた。

「この、魔法という力だけでも奇妙奇天烈だというのに、このような老骨にこんな事ができるとは……ご加護のようなものですかな?お礼のしようもないが」

『その必要はありません。

 確かにそれは加護の一種ともいえます。しかし現実には、ひとを別の生き物に変える事でもあったのですから。

 心身を病んでいたあなたを治療するにはそれが必要でしたが……人間でない存在に変えてしまった私は、怨まれても仕方ないでしょう』

「ふふふ……たとえあんた、いえ失礼、あなた様が何者だろうと助けられた事には違いないでしょう。違いますか?」

『……』

「それよりも。わしを憐れんでくださるなら、状況を教えてくれませんかな?

 あんまり多くは覚えておらんのですが……同じ人間にこのような首輪をかけ、道具として使うような輩が普通に徘徊し、さらに奇天烈な魔法・妖術の類が存在する。

 わしも昔、大陸で妙なものをたくさん見たが、さすがにこのようなものは聞いた事がない。まるで、曾孫の読んでおった、何だったか……そう、ラノベとかいうやつやら、ネット何とかというヤツのような状況ではないでしょうか?

 さらに、この寒空の下でわしは火もなく立っておるというのに、死にそうな感じが全くせんのです。不思議な事に。

 それに……ここはいったい何処なんですかな?」

『わかりました。では、わかる事を全てお教えしましょう。ですが、その前に移動いたしませんか?』

「そうですな。ところで聞きますが、人のおる町に近いのはどっちですかな?」

『どちらも似たようなものですけど……あえて言えば西の方が100kmほど近いかしら』

「そうですか」

 見知らぬ雪国を何百キロも歩けと言われたに等しい状況だが、老人は頷いただけだった。

「そういえば、無人の村のようなものが記憶にありますな。ああいう村なら近く?」

『それなら西に10kmほど進めば。しかし食料その他があるかどうかはわかりませんが』

「なに、非常用の防寒用品のひとつもあるでしょう。あとは(まき)ですかな?」

『薪ですか?』

「はい」

 本人に自覚がないのだが、首輪を破壊した瞬間から、老人の身体は少しずつ若返りつつあった。

 それはまるで、首輪により何かの封印が外れ、本来の命の息吹を取り戻しつつあるかのようだった。

 老人……いや、男は小さくうなずくと、静かに右手をかざした。

「『火炎』」

 その手から、ぼうっと炎が吹き出した。

「こうして火が起こせるのですから。ならば、あとは薪があれば暖もとれるでしょうし、余裕があれば知恵も湧こうというもの。ま、何とかなるでしょう」

『……たくましいのですね』

「死にそこないじゃからね、そうでしょう?」

 クスクスと男は笑う。

 どうやら男は、あまり深くこだわらない性格のようだった。自分を隷属させていた対象を滅ぼしはしたのだけど、それ以上誰かに復讐しようとか、そういう暗い概念は持ちあわせていないようだった。

「……」

 で、そんな男の後ろを、ひとりの女の子の影がコソコソと移動していくのだが。

「ちょっと待ちなさい」

「!」

 びくう!とフリーズした女の子に、男は微笑んでこう言った。

「行くのはかまわんが、行くあてはあるのか?誰ぞ親戚なり、家族なりがあるのか?」

「……」

 女の子は無言のまま、ふるふると首をふった。

「そうか。

 そういえば、そなたは獣人というやつかな?もしかして、わしより鼻がきくのか?」

「……」

 女の子は、コクコクとうなずいた。

「ならば、わしと組まぬか?

 わしは戦う力があるが、このあたりの人間ではないのでな。食えそうな獲物がわからんのだ。

 そなたの鼻がわしよりも効くのなら、わしと共にいかぬか?そうすれば、腹いっぱい食えると思うが?」

「!」

 腹いっぱい、のところで女の子は嬉しそうな顔をした。しっぽが後ろでパタパタと揺れている。

「おや、元気でよい返事じゃの。

 では行くか……と、ちょっと待て」

「?」

 男は箱の中から女の子の着れそうな防寒服を選び出し、そして渡してやった。

「その格好では寒かろう。これも着なさい」

「……」

 男は、服を受け取った女の子がそれを着るのを、急かしもせずにのんびりと待ち続けた。

 そして。

「うんうん、よく似あっておるぞ」

「♪」

 まんざらでもないそうにしっぽをパタパタする女の子に男は微笑むと、

「そういえば名乗りをあげておらなんだな。では、わしの名じゃが……」

 そこまで言ったところで、男はぼそってつぶやいた。

「なぁ、声の主殿よ」

『なんですか?』

「曾孫が読んでおった本に、名を告げると縛られるというものがあったが、そういうものなのかな?」

『その通りです。ですので普段は実名とは別に呼び名、あるいは通称を名乗るのがいいでしょう』

「なるほどな」

 ふむ、と男は頷くと、

「わしの名は……そうだな、28号などと呼ばれておった事だし……そうだ、正太郎だ。正太郎という事にしておくかな?」

 まだテレビが白黒だった時代の子供番組、それに出てきた半ズボンの少年の名を何とか思い出し、男はそう言った。

「しょ、ショーチャ……?」

「いや違う、正太郎じゃ」

「ショータャロウ?」

「ふむ、正太郎は発音が難しいかの。……ではウエスト、ではどうじゃ?」

「ウエスト?」

「おおウエストじゃ。ふむ、こっちは普通に呼べるのか」

 しかし、英語の名前はどうかのう、などと少し悩んでいた男だったが、

「ふむ、まぁよいか。わしの名前はウエストじゃ、そう呼ぶがいい。で、おまえさんの名はなんという?」

「……わかんない」

「わからない?」

「覚えてないの」

「……そうか」

 何か違和感をもった男、ウエストは首をかしげたが、

「では、うーむ。エルザはまずいか。うむ、ではエルと呼ぼう。発音できるかの?」

「エル?」

「大丈夫のようじゃの。どうじゃ、エルでよいか?」

「うん」

「よし、では行こうぞエル。まずは温かい寝床を探そうぞ」

「うん」


自称ウエスト氏は元日本兵で、ものすごい高齢です。

記憶や意識が戻りつつあるのは事実ですが、急激に全ての記憶がバーンと戻るわけではないので、今は若い時代の、つまり戦争していた時代の記憶が中心で、それに歳をとって曾孫の相手をしていた頃の記憶が重なるカタチで、そこだけが鮮明になっているようです。

なお、ウエスト氏の名前も曾孫のプレイしていたゲームに登場したマッドサイエンティストの名より。お気に入りだった模様。


転移に出くわしたのは、いわゆる徘徊中。こちらの世界にきて、ほとんどすぐ捕まってしまったのですが、自然の状態ならば魔力の影響で身体が若返り、その際にそういう部分もゆっくりと自然治癒するはずでした。



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