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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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吹雪の中

 走り続けるキャリバン号を尻目に、季節はゆっくりと、だがしっかりと巡っていく。

「吹雪か、変化が早いな!」

 視界が急激に悪化してきたのでキャリバン号の速度を落とした。

 別に急ぐ旅ではない。

 さっきの連中が後方から追ってくる可能性もないとは言えないが、あれだけの大集団を立てなおして転身させるとなったら、それ自体にも結構時間がかかるだろう。つまり、今すぐ来る事はあまり心配していなかった。

 しかし、前がよく見えない。

「やれやれ。あまり無理はできないな」

『有視界で移動する事の欠点ですね。視界を遮るものがあると移動が阻害されてしまう』

「……まったくだな」

 ルシアの的確な指摘に、俺はためいきをついた。

「まぁ、魔獣車の連中だってそれは一緒なんだろうけど……」

『いえ、魔獣車は若干速度が落ちますが、普通に移動可能でしょう』

 俺の考えは、ルシアに速攻で否定された。

『推測になりますが、魔獣車を率いる魔獣には通常、その地域での運行に慣れた個体が使われます。つまり、操る人間に視界が効かなくても、魔獣たちが道を識別する事ができれば、彼らは多少不自由になるだけで移動には困らないのです』

「……飲み屋に行くなら馬がいいってか。そうか、そういう事か!」

「飲み屋に馬?」

 アイリスが首をかしげた。

「あー、北海道にいた頃にさ、地元の農家のじっちゃんに聞いた事があるのさ。道内の田舎じゃあ、冬に飲み屋にいく時は結構遅くまで、自動車でなく馬ソリとか、とにかく馬に引かせる乗り物で行ったんだと」

「……どういうこと?」

「今の魔獣車の話と同じだよ。

 動物が引く乗り物っていうのは、乗り手はあくまで御者なんだ。実際に運んでいくのは引いている動物で、人間は大まかに指示しているにすぎない。

 だから、乗り手が飲み過ぎて後ろで爆睡していても、馬の方が勝手に家まで連れて帰ってくれるんだと。そう、一寸先が見えないような吹雪の日でもね」

「……へぇ」

 なるほど、とアイリスは感心したようにうなずいた。

「しかしそうか、まいったな。まわりが見えないからってのんびりしていて、あいつらに追いつかれるハメになるのもあまりうれしい事じゃないなぁ」

 ここは中央大陸とは違うし、今となっては戦力も当時とは段違いだ。囲まれたってどうにかする手がないわけではない。

 とはいえ、自分から死闘に身を投じる趣味はない。

 それに、視界が損なわれたくらいで動けなくなるというのは、なんとなく片手落ちな気もする。無理に移動する必要はないが、必要ならば動けるようにはしておきたいよな。

 ふうむ、とちょっと考え込んだわけだが。

「そうだ」

「え?」

「アイリス、タブレットの地図をナイトモードにしてみてくれ」

「ナイトモード?」

「ああ」

 初日に、そんな事をしたのを思い出した。

 アイリスはなにか悩みつつ操作をはじめた。そして、

「ナイトモードっていうのもあるけど、悪視界モードっていうのもあるよ?」

 悪視界?なんだそりゃ?

「説明が書いてあるだろ?なんて書いてある?」

「霧などの影響で視界が極端に悪い時の特別モードで、キャリバン号本体の制御と連動、フロントガラスに障害物と道路のラインをワイヤーフレームで映します、だって。

 フロントガラスって、前のこのガラスだよね?ワイヤーフレームってなに?」

「へぇ、そんな事できるのか。いつのまに」

 もしかしたら、幼稚園バスを取り込んだ時に追加になっていたのか?ああいう車は安全な運行のために、いろんな付加装備がついているものだしな。

 なんにせよありがたい。さっそく利用してみるか。

「よし、じゃあその悪視界モードにしてみてくれ」

「はい。入れたよー」

 アイリスがそう言った瞬間、

「……うお」

 キャリバン号のフロントガラスがその瞬間、SF映画のコックピット映像みたいになりやがった。

 純粋な視界とは別に、画面の隅の方に現在速度や進行方向、近隣地図上の見下ろし映像などの付加情報が次々と移り始めた。そして、吹雪で全く見えない路面の場所を白い描画線でくっきりと浮き立たせ、進行方向も綺麗に指示してくれている。

 これがいわゆる拡張現実(AR)ってやつか。すばらしい!

 凄い。濃霧の中とか、これがあれば無敵じゃないか!

「よし、移動するぞ」

『主様、安全のために速度は控えめに。この状況でいきなり新装備の安全性を試すのは危険です』

「ああ、わかってる。

 アイリス、ルシア、ランサもマイもだが。何か外におかしなものでも感じたら、すぐに知らせてくれ」

「わかった」

「わんっ!」

『了解です』

「アイ」

 こういう時、雑多な混成部隊であるウチの強みが生きると思う。いろんな視点で見られるからな。

 そんなわけで、吹雪の中を移動開始した。

 

 

 

 とはいえ、吹雪はどんどんひどくなる。

「こりゃ、ほとんどホワイトアウトだなぁ」

「すごいね」

 普通の旅人なら、とうの昔に停泊を決めているだろう。実際、俺達もそうすべきだった。

 ところが、俺たちにはそれができない理由があった。

 それというのも。

「悪視界モードのままだと、周辺地図が検索できないとはな」

「ごめんなさい」

「いや、アイリスのせいじゃないさ。指示したのは俺だ」

 そうなのだ。

 地図検索をするためには悪視界モードを解除する必要があるらしい。

 なんともマヌケな欠点。

 もし今それをやったら、いきなり立ち往生になってしまう。路上でそれはまずいだろう。

 だけど視界がほとんどゼロというのも手伝って、停泊地を決めるにも決められないのだ。

「ルシア」

『なんでしょう?』

「どこでもいい、この近くに村落があったら誘導してくれ。無人の漁村でもかまわない」

『無人でもいいのですか?』

「この吹雪がやむまでやり過ごすだけだからな。結界はっときゃ間に合うだろ」

 この悪天候じゃ、危険なモンスターだって無茶はしないだろうさ。たぶんな。

 裏返すと、人間にしろモンスターにしろ、この状況でも襲ってくるなら容赦はできないが。

 そういうと、

『了解しました。では現在の速度で約二分後に指示を出しますので、よろしくお願いします』

「わかった」

 そして、長いとも短いともつかない時間の後。

『減速して左折を。障害物に注意してください』

「オーケー……ほう」

 ハンドルをきって転回すると、AR表示にたくさんの情報が映った。

「おー、こりゃ漁村か。建物までワイヤーフレームで見えるわ」

『中はほぼ無人ですが、障害物がたくさんあります。注意してください』

「おう、了解」

 慎重にキャリバン号を走らせ、中に入った。

「駐車場はあるかな。無人とはいえ道のどまんなかに止めるのもアレだろ?」

『では進行方向右手にある広い場所に』

「おうよ」

 指示通りに寄せて、そこで停止させる。

「よし止まった。アイリス、周辺と地図探査頼む」

「わかった、悪視界モード解除するよー」

 フロントガラスがSFの時間をやめて、元のぽんこつ軽ワゴンのウインドウに戻った。

「まず、モンスター分布……あ、なんかいるね」

「え、そうなのか?」

 ルシアが警告しないって事は、危険なものではないんだろうが、ふむ。

 ああ、そういやさっき「ほぼ無人」っつったのはそういう事か。なるほど。

「何がいるんだ?」

「んー……南方白狐の家族みたい。あっちも吹雪が終わるの待ってるみたいだね」

「ほう。現地の動物でもやっぱり吹雪はきついもんかな」

「たぶんね。子供がいるから危険を冒さないっていうのもあるんだと思う」

「なるほど。そりゃそうか」

 親は平気でも、子供が吹雪で行方不明になったら困るわな。

 それでもエサがないなら子供を置き去りにして探索に出るんだろうけど……おそらく、そこまでは食うに困っちゃいないんだろう。

 動物っていうのは、人間が思うよりもはるかに合理性で行動している。

 そう。

 天災などの折には、たとえ敵同士の生き物でも助けあってしまうほどに。

「とりあえず狭い範囲で悪意結界を張ってくれ。休憩できるように」

 最悪、このまま今夜はここでもいいだろう。

 とりあえず休憩だ休憩。

「わかった」

「オン……」

『了解です』

「アイ」

 うちの賑やかな面々も了解したようだった。

 

 

 

 悪天候の中とはいえ、車の中にいる限り最低限の安全は保たれている。

 食料も水も問題ないし、キャリバン号の動力源は腐るほどある俺の魔力。つまり目の前の心配はないって事だ。

 だったら、やる事は決まってる。

「で、わんこと化したケルベロスと遊びまくるんですね?」

「必要なことだぞ?この吹雪の中、走り回らせるのもどうかと思うしな」

 俺と遊んでも運動にはならないかもしれないが、ストレスの緩和くらいにはなるかもしれん。

 実際、

「わふぅ……」

 ついに、恍惚とした顔で俺の膝の上で寝ちまってる。左の首がよだれ垂らしてて膝が濡れているが。

 いや、さっきから遊んでやってたんだがな。腹をなでまわすと幸せそうな顔をするんで、ついやりすぎた。

 気がついた時には時すでに遅く、なぜかピクッピクッと痙攣しながら寝ちまったんだよな……。

 それにしても、どういうわけかアイリスの目が冷たい。なんなんだ?

 ま、ガキと動物は汚すもんだし、ここまで安心しきってくれるというのも嬉しいもんだけどな。

「まぁそれはいい、で、今後のルートなんだが」

『はい。タシューナン以降の予定ですね?』

「ああ」

 俺は大きくうなずいた。

「このまま冬になる南大陸に居続けるのもどうかと思うんで、とりあえず東大陸まで抜けたいと思う」

『そのご提案には賛成です。特に自分は植物ですので、氷雪の世界よりは緑の世界が有利ですし』

 なるほどな。

「東大陸に行くって事は、タシューナンの北東にあるタイベの海峡を抜けるんだよね?」

「ああ、地図で見る限りそこがもっとも近いと思うが……何かあるのか?」

「んー」

 少し悩んだうえで、アイリスは問題を告げた。

「タイベ運河は交通の要所のひとつだから、いろんな人種が混雑しているの。それも地理的問題で、ジーハンより人間族が多いよ。一応、中央大陸の人間族国家とは無関係ってなっているけど」

「さっきの奴らといい……あまり信用できないって事か」

「あくまで可能性だけどね」

 ふむ。確かに危険はありそうだな。

「まぁいい、とりあえずメシにでもすっか!」

「うん」


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