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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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砂浜と結界

 旅は道連れ。いい言葉だ。

 貧乏人のうえにぼっち生活をしていた日本での俺なんだけど、ずっと昔、まだガキだった頃は友達(ダチ)とつるんで遊びまくっていた。若さはバカさってやつさ。思い出しただけで恥ずかしいような思い出もあるが、そういうのも含めて俺の宝物だと思う。

 人間なんて、そんなカッコいい生き物じゃないもんだ。

 ガキの頃は、自分が王様だった。自分こそが世界の中心であって、自分が歌えば世界は踊ると思ってた。

 大人になるってのはつまり、自分が特別でない事、王様でない事を自覚するってこった。自分がチンケでどうでもいい存在と一抹の寂しさとともに悟り、そしてその時、人はたぶん大人ってやつになるんだと思う。うん、なんとなくだけどな。

 そんな人生を送ってきた俺なんだけど、いくつになっても治らない病気ってのもやっぱりあるわけで。まぁ男だからな。

「むう。異世界の人生って大変なんだねえ」

「そうか?危険なモンスターもいない平和な世界だぞ?」

「……違うんじゃないかなぁ」

「ほう。アイリス、なんでそう思う?」

「えーとね、パパのお話から判断するに、単にモンスターが邪魔してるかしてないかって事だと思うの。人間同士がいがみあってる図は変わらないみたい」

「あー……そういえばそうかもなぁ。地球には亜人がいないけどやっぱり人種問題はあるわけだからね」

 こっちの世界じゃ、人種問題っていうのはエルフとかドワーフ、獣人との話になるわけで、本当に文字通りの人種問題らしい。

 当然、こちらの感覚では地球に人種問題など起こるわけもないのだけど、実際の地球では、たかが体の色とか、そんなどうでもいいレベルの話でやっぱり同じように争っているわけで。

 アイリスの与えられているデータとこの事実をつきあわせると結局、どうあっても「人間は利害が合わないと思えば同族だろうと踏み潰す信用できない種族」という結論に達してしまうらしい。

 なるほど。確かに否定はできないな。

 だけど。

「ところでアイリス」

「ん?」

「その『パパ』ってのはやめてくれないか?間違いなく変な誤解を招くから」

「ん?」

「ん、じゃないって」

 アイリスの言葉遣いについて彼女と協議して、当初より少し子供っぽくしようってところで落ち着いた。子供にしては会話がスムーズかつ論理的すぎて、違和感がありすぎるっていうのが理由なんだけど。

 実際、見た目だけ幼女で中身はどこぞの宇宙人の対人類インターフェイスって言われても信じそうな感じだったもんな。せめて言葉遣いだけでも変えれば印象変わるんじゃないかと思ってね。

 で、結果は劇的だった。たかが言葉遣い、されど言葉遣い。態度自体は全然変わらないのに、イメージは大きく変わった。

 でもさ。

 だからって、ご主人様がパパに変わった事だけはいただけないんですが。だいたい、彼女もいないのにお父様になった覚えはないぞ。

「大丈夫、そのうち違う意味になるから」

「なんか企んでる!?」

 とまあ、そんなバカ話はともかくとして。

 せっかく同乗者ができたんだし、アイリスにナビを頼むという俺の考えは大当たりだったみたいだ。アイリスはタブレットを片時も手放さず、地図と周囲を見比べて「あっち」とか指示してくれたり、風景について解説してくれたりする。まさに万能ガイド、すばらしい。

 さらに、どうしても会話が増える事もあって、アイリスの変化が早い早い。最初、微妙に機械的な違和感を伴っていた部分も、今や違和感仕事しろ状態。出会ってから丸一日しかたってないってのに、初対面ならもう、普通の女の子で通用しそうなほどに変わっちまった。いやぁ、成長早いわ。

「それにしても、ナビうまくなったなぁ。知識も豊富だし」

 やっぱり、ドラゴン側の情報が豊富って事なのかな?

「違うちがう、情報はわたしじゃないって。そっちは全部キャリバン号(このこ)頼りだよ?」

 そういってポンポンとタブレットを叩く。

「え、そうなのか?」

「うん」

 アイリスの話によると、タブレットは事実上キャリバン号の一部になっているらしい。で、実はこのタブレットがアクセスしているのは謎のネットではなく、いわばこの世界のアカシックレコードみたいなとんでもない代物らしい。

「優秀だよ、この子。パパはもう少しこの子を高く評価してあげるべきだと思うよ?」

「そうか……そんなにか」

「うん」

 なるほど。キャリバン号がチートカーなのはわかってたけど、タブレットもやっぱりその一部だったんだな。

「でも、よくそんな都合よく検索したりできるもんだなぁ。不思議なもんだな」

「それは逆じゃないかな?」

「逆?」

 うん、とアイリスはうなずいた。

「たとえば、パパのおつむを世界の記憶(アカシックレコード)と直接つないじゃったら、どうなると思う?」

「さあ……でもまぁ想像するに、俺の脳でそんなもん受けきれないんじゃないか?」

「うん、たぶん無理。むしろ一発で焼ききれて死んじゃうと思うんだよ」

 そりゃまぁ、そうだよなぁ。

「だから、こうやって『たぶれっと』になってるのは、えーと……」

 おや、語彙がないのか。ではフォロー。

「ああ。つまりこういう事か?

 わざとタブレットの形に落とし込む事で、SAN値直葬しかねないような膨大な情報に直接アクセスしなくてもよいようにしてあるって感じかな?

 あるいは、わざとボトルネックを作って情報を扱いやすくしているというか」

「ああそれ、そんな感じ!」

 伝えたい事がちゃんと伝わったと感じたのか、アイリスはとても上機嫌になった。

 しかし、なるほど。だからタブレットが異様に優秀なのか。この世界のアカシックレコードをネットと検索エンジン代わりに使っていたとは。

 なんてこった。ほんとにチートなんだなキャリバン号。

 それに比べて俺は……まぁ、考えるだけ無駄か。

 たははは、なんとも情けねえや。

 で、それはそれとして。

「それでだなアイリス、繰り返すけどパパはやめてくれないかな?」

「パパ。そろそろお昼だよ?」

「おーいアイリスさん、聞いてますかぁ?」

「お昼はちゃんと食べたほうがいいよパパ?」

「……だめだこりゃ」

 どうしても『パパ』は変える気がないですか、そうですか。

 

 

 

 午前中いっぱい走ると、いよいよ海が見え始めた。

 森を出たところで馬車道から外れたので、今走っているところはまた、人工物のかけらもないただの原野だったりする。ただし、なだらかすぎる平原がやたらと広いところがどこか不自然で、もしかしたら過去に何かあつたのかしらん、なんて事も思ってみたりするのだけど。

 さて。

「あれが海?」

 さっきからアイリスは、遠くに見える水平線を凝視している。

「まだ遠いからよくわからないけどな。でっかいぞー?」

「うん……」

 興味しんしんって感じだな。まぁ、そりゃそうか。

 こんな風におめめキラキラしてるとこ見ると、連れてきてよかったと思うよなぁ。

「海の近くには何かあるのか?」

「えーとね……」

 タブレットをまたいじくって、ふむふむとアイリスはうなずいた。

「海沿いに街道があるみたい。北に110kmほど行くとツァールって港町があるんだけど、そこまで乾物や各種物資を輸送する道みたいだね」

「輸送路か。すると道は広いかな?」

「たぶん、森の道といっしょ。荷物を運ぶのに馬車が必要だから」

「なるほど」

 やっぱり輸送の基本は馬車なのか。

「だけど、あんな巨大生物とかモンスターとかいる環境で、馬車って大丈夫なの?」

「えーと、それはね」

 アイリスはタブレットの上に指を走らせると「ああ、これこれ」と頷いた。

「道には結界があるの」

「結界?」

「うん。それと馬車にも結界があって、動物やモンスターが近寄ってこないようにしているの」

「結界ねえ……じゃあ、どうしてキャリバン号には近寄ってくるんだ?」

「そりゃあ、結界より魅力的だからだよ」

「……どういうことだ?」

「つまりねえ。結界って、いやだなぁ、近寄りたくないなぁって思わせるものなんだよ」

「ほお?ああなるほど、つまりそれだけキャリバン号が珍しくておもしろそうって事か」

「うん、そういうこと」

 結界といっても色々ある。このへんで使われている結界の場合は、対象に『近寄りたくない』と思わせるレベルのものって事らしい。

 強制力まであるわけじゃないから強いものとはいえない。そしてキャリバン号みたいに珍しすぎるものが来てしまうと、忌避感より興味の方が勝っちまうってわけか。

「だから普通は『どこにでもいる生き物』に見える結界と併用するんだよ」

「なるほど。珍しくもない生き物なら当然、興味もひかれないってわけか」

「うん」

 なるほど合理的だ。

「なぁ」

「ん?」

「その『どこにでもいる生き物に見える結界』って、どうやるんだ?」

「張りたいの?」

「ああ。使えるとめっちゃ助かるんだが」

「そっか……ちょっと待って」

 アイリスは少し考え込むとタブレットを手にとり「えーと、あれはここでぇ」とか言いつつ何か調べだした。

「あ、ちょうどいいね、ここにもあるんだ」

「?」

「えっとね、偽装草(トリリそう)の葉っぱが二枚いるの。たぶん、そこの浜辺でとれる」

「ああ、そりゃちょうどいい。ちょっとまて」

 今から降りるところだからね。

 

 

 

 車を砂浜におろす時は、砂に車輪をとられないよう注意が必要。これは当たり前のことだね。

 ところがキャリバン号はどうやら大丈夫らしい。というのも、うっかり泥の上や水の上に止めちまっても普通に再発進できたんで、これは間違いない。まぁ水の場合、ふよんふよんと気持ち悪い浮遊体験をしかねないが。

 そんなわけなんだけど、さすがに堂々と砂浜のど真ん中に止めてしまうほど俺は神経太くない。やっぱり砂浜に車というと車輪をとられる先入観があり、萎縮しちゃうんだよね。ここは異世界なわけで、レッカー車も重機も呼べないしね。

 で、見晴らしのいい砂浜の入り口にキャリバン号を止め、そして降りた。

「ふう……いい風だ」

 空は晴れ渡り、塩の香を含んだ空気はうまい。

「パパ、あったよ偽装草(トリリそう)

 なに、もうか?

 どれどれ早いなと見にいこうとしたのだけど、

「ちょっと待てアイリス、なんで下着なんだ?」

 なんとアイリス、オーバーオールを履いてなかった。上はTシャツなんだけど、下がパンツだ。

 何やってんだ。さっきまでは履いてたじゃないか。

 そういったら、アイリスは困ったように言った。

「なんか小さくなって」

「……なに?」

「今朝からだんだんきつくなってきて。ほら、だから途中から肩ヒモも外してたでしょ?」

「……」

 そういえば、確かに。

「ちょっとまて」

 俺はオーバーオールをキャリバン号からとりだし、比べてみた。

「ほんとだ。確かに小さい」

「でしょう?」

「うん、わかった。確かにこりゃあダメだ」

 そういえば、うっすらと体型も変化しているみたいだ。どこか赤ちゃんぽい幼女姿でなく、子供なんだけどわずかに凹凸も出来始めている。

 おいおい、こんな急激に成長するものなのか?

「そんなわけだから、履かなくていいよね?」

「ああ、そうだな。今用意するから待ってろ」

「あとでいいよぅ」

「女の子なんだから、ちゃんとしないとダメ!」

「うん、わかるけど、今はないでしょ?」

「それは」

 うん、それは確かにそうだ。

 たぶん、車と同様に服も俺自身が作ってると思うんだけど、自分の能力の使い方が俺はわかってない。だから、今すぐアイリスの服を用意したくても、やりかたがわからないんだ。

 仕方ない。

「できるだけ早く服を出す。それまでは……だが、それ以上脱ぐなよって言ってるそばからおまえは!」

「ん?」

「ん、じゃないっ!」

 さらっとTシャツも脱ごうとしているアイリスを止めた。

「海で遊んでたら濡れちゃうよ?」

「シャツとパンツなら予備がある。だから着とけ」

「はぁい」

 なぜに残念そうなんだろう?

 さて、話が脇道にそれたが偽装草(トリリそう)だ。

「これが例のやつか……クローバーそっくりなんだが」

 そっくりというか、見ても触っても完全無欠にクローバーに見える。

「クロ……なに?」

「シロツメクサともいう。日本にもそっくり同じ花があるのさ」

「ふうん」

 きけば葉っぱを使うという。幸運のおまじないか?

「結界には、これか桜を使うんだよ。もっとも古すぎる桜は魔が強くなりすぎて、ひとつ間違えると厄介な事になるからね。安全パイをとるなら偽装草(トリリそう)の葉、それも三つ葉のがいいよ?」

「……もしかして、偽装草(トリリそう)の葉って、四つ葉バージョンもあるのか?」

「うん、あるけど?」

「……そうか」

 まるっきりクローバーじゃないか。

 クローバーって結界の材料になるんだ。そうなんだ。知らなかったよ。

 桜がこの世界にあるらしいのにも驚いたけどな。桜って名前のついた別の植物かもしれないけど、日本でも桜とそういうものって縁が深い。鎮花祭(はなしずめのまつり)とかね。

 うん……色々と常識が崩壊しそうだなぁ。

「パパって普通の魔法使えないんだっけ?」

「使えないらしい。訓練すれば別とも聞いてるけどな」

「わかった、じゃあ結界作りはわたしの仕事だね」

 クローバーの葉を両手にひとつずつ持ち、ぶつぶつと小声で何かつぶやきだす。

 それが30秒も続いたろうか。唐突に何か、周囲の空気が変わる。

「……できたよ!」

「これが結界?」

「うん。敵意あるものの認識を撹乱して、ここには何もありませんよーって見せる。ほら」

「!?」

 指差す方を見て、一瞬ギョッとした。そこには狼……それもクマほどもあるのがいたからだ。一頭だけだが。

 なんか、毛皮がボロボロだな。はぐれって奴か?

「いつのまに」

「魔力を嗅ぎつけて来たみたい。ちょうどいいからそのまま通してみたの。それよりホラ見て」

「……もしかして、こっちがわからないのか?」

 あっちうろうろ、こっちうろうろしてる。あえてセリフをかぶせるなら「おかしいな、変だな」って感じ?

「うん。結界を動かしたから急に認識できなくなったの。ごはん食べ損ねたんだね」

「そのごはんって」

「パパだね。わたしかもだけど」

「しれっと怖い事いうなよ。おまえも捕食対象なのか?普通の生き物じゃないのに?」

「動物タイプの魔物は、眷属や騎獣を食べると魔力として消化できるの。すごい適応力だよね」

「確かにすごいが、おまえがバリバリ食われるなんて冗談じゃないぞ」

「……そ、そう」

 なんだ?なぜそこで目線そらす?……ま、いっか。

 狼は本格的にこっちを見つけられないらしく、どこかに行ってしまった。

 アイリスが布袋をくれというので、汎用のナイロン袋をひとつ出した。何に使うのかと思えば、葉っぱをいくつか入れておくのだという。

「ただのナイロン袋で保存できるのか?」

「植物保存用の魔法をかけておくんだよ。切花を保管するのにも使うんだけど、二週間くらいは平気だよ?」

 花瓶に十円玉みたいなもんか。便利だな魔法。

「さて。時間も時間だしな、何か食べてから遊ぶかね」

「うん」

 さ、とりあえずメシだメシ。

 まぁ干物だけなんだけどさ、とにかく何か食べてからにしよう。

 

 

 当たり前だが、この後に起きる出来事について、俺はまったく予想していなかった。

 もし予想していれば……食事の場所を変えたろうか?

 うーん……どうだろうな?



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