(閑話)もし彼がクルマなしだったら?
もし健一にキャリバン号がなかったら?という設定のイフです。
ただし趣味全開です、すみません。
コンビニから出てみたら異世界にいた。
わけがわからないだろう?でも事実だ。
突然に荒野に放り出された俺は、手に持っていたカレー弁当を喰っちまったら、もう後はお茶しかなかった。携帯は圏外で現在位置もわからず、たださまよい続けた。
ここはどこだ、誰か答えてくれ。
だけど応える声はなく。
そして……恐怖がやってきた。そう、巨大な狼の群れに襲われたんだ。
どうやって生き延びたものか。
ふと気づくと、俺は彼らが俺を見てないのに気づいた。
クンクンと臭いを嗅いで……俺を探しているだろうに、目の前にいる俺がわからないみたいだった。
感覚欺瞞、という言葉が頭をよぎったっけ。
で、彼らが諦めて去って行ってから……色々と検証をしてみた。
その結果、どうやら自分が、魔法じみた得体の知れない能力を使える事を知った。
そして使いすぎれば疲労していく事も。
で、それは同時に、ここが日本どころか地球ですらないって事の証明でもあったから。
だから夜になって、地球のそれとは全然違う月が登ってきた時も、もう驚かなかった。
そうして、否応がなしに俺の旅は始まったんだ。
旅の途中、俺は出会う全てに警戒していた。
ここがどこかわからないっていうのもあるけど、昔どこかで読んだ、海外に出てバックパッカー旅をしている人の本の一節が頭にひっかかっていたんだよ。
そこには、こう書いてあった。
『見知らぬ国にいった時、恐ろしいのは猛獣だの何だのではない。注意すべきはその国の治安、政情、そして軍隊だ』
最も油断ならず、最も恐ろしいのは人間。その本はそう言い切っていた。
猛獣は確かに恐ろしいけど、良くも悪くも捕まったら喰われるだけ。
でも、人間は違う。何が起きるかわからない怖さがあると。
そして、彼の言葉は確かに正しい。
ここが異世界というのなら、当然言葉も違うだろう。ならば、かりに目の前の人が俺を食い物にする相談をしていたとしても、彼らの言葉を知らない俺が、それを知る事はできないって事なんだから。
問題はそれだけじゃない。
仮に、ここが地球の中世以前の価値観だったらどうする?
国同士が血で血を洗う戦争にあけくれており、王も勇猛で残虐なほど名君とされたような世界だったとしたら?
たとえ犯罪者でも殺せば殺人、なんて価値観の中で育った俺が、そんな中で生きられるのだろうか?
だから。
人間との接触には細心の注意を払わねばならない。そう思っていた。
そしてついに。人間と接触するときがやってきた。
幸いなことに、彼らより俺の方が先に気づいた。
俺は姿を消すと、彼らに近づいてみた。
彼らは予想通り、俺の全く知らない言葉で話していた。会話の意味はわからないのだけど、なんとなくそれが不安を誘った。
何とか彼らの言葉が聞き取れないかと思った。
原理はわからないが、今まで念じるだけで魔法が使えたんだ。言語理解もできるかもしれないと。
果たして、彼らの言葉を何とか、俺は聞き取る事ができた。
しかしその内容は……。
『このへんに、異世界人らしき魔力波動があるという話なんだが』
『うむ……反応はあるのだがな』
『何とかアイツらより先に確保しなくては』
『異世界人を入手して優位に踊り出るのは我が国だ!』
およそ、想像する限り最悪の内容だった。
ここで俺が彼らに見つかったら、何が起きる?
考えただけで身の毛がよだった。
ダメだ。こんな状況で、事情もよくわからぬまま接触するのはあまりにも危険すぎる。
しかも、彼らの中のひとりが微妙にこっちに注目しはじめた。
いけない、このままでは確実に捕まってしまう。
俺は迷わず逃げ出した。
人間を避け続けた俺の選択が正しかったのか、それは今となってはよくわからない。
そんな俺の旅がようやく終わったのは、とある森にきた時だった。
「?」
そこは、なんとも奇妙な森だった。
静かでいい森なんだけど、動物が全然いなかった。モンスターみたいなのもいないみたいで、その意味ではとても安心できたのだけど。
で、ふらふらと中央広場みたいなところに出てきた時、頭の中に声が聞こえたんだ。
『ようこそ、異世界の子よ』
「!?」
なんとこの森は、聖なる樹の精霊様の森なんだという。動物がいないのはそのせいらしい。
「す、すみません。とんだ失礼を」
だが、その声の主は怒るどころか、俺の事情の方を聞いてくれた。そればかりか、俺の置かれている現状についても教えてくれたんだ。
やはり、ここは異世界だという。
俺たちの世界とここはつながっているが、向こうからこちらに来る事はできるが逆は難しいらしい。可能性がないとは言わないが、果てしなく困難であるとハッキリと言い切られ、俺は脱力しそうになった。
そうか。やっぱり帰れないのか俺は。
そればかりか、このままいけば、いずれはこの世界の人間族に追い詰められ、無理やり隷属させられて道具として生涯を過ごす事になるだろうと。
なんてこった。そんな未来、冗談じゃないぞ。
そういったら、精霊様はこうおっしゃったんだ。
『異世界人として追われたくないのなら、異世界人でなくなればよい』
「どういう意味でしょうか?」
精霊様の言葉を聞いた俺は、あまりの事にギョッとしてしまった。
つまり。
『我が子の種を受け入れればよい。
ちょうど、不幸にも半端な生まれ方をしてしまった種が2つある。そのうちの一つをおまえに植え付けよう』
「種を……植え付ける?」
『うむ。
細かい説明は端折るが、我は普通の生命体ではない。我が子も同様であり、それを受け入れたそなたの身体は大きく変化する。肉体的には純粋な異世界人ではなく、我が子に連なる者となるわけだ。
これにより人間族は、そなたに手を出す意味も失うであろう』
「えっと……つまりそれって、俺が精霊様に乗っ取られるという事じゃ?」
『肉体的にはそういう事になるだろう。
だがそもそも、そなたら異世界人にとって重要なのは、個性……つまり、自分が自分である事ではないか?我はそう考えているのだが?』
「あ、ああ。そりゃもちろん」
『我は過去にも異世界人と何度となく接触している。彼らに共通しているのは、自分という個性が消えていくのを何よりも恐れるという事だ。
しかしその点、我ら植物系生命体は有利なのだよ。
何しろ我らにしてみれば、そなたがそなたである方が都合がいいのだからな』
「え……?」
『考えてみるがいい。
我らは植物だ。動物であるそなたを完全に乗っ取ったとして、全く同じようにうまくいきられると思うか?
まぁ絶対にできないとは言わないが、わざわざそんな事をする意味がどこにある?
それより、そなたの心はそなたのまま残したうえで、定期的に種まきを依頼する方がずっと合理的だろう。違うかな?』
「……なるほど合理的だ」
理屈も通ってる。
『わが種を受け入れたそなたは、異世界人でなく植物系生命体となるだろう。利用しようとする者には見つからないだろうし、かりに見つかったとしても、そなたはもう異世界人でなく我の眷属となっている。隷属させて制御などできないし、やろうと考える者もいないだろう。
代わりに、そなたは定期的に我につながる種を生み出し、育ちそうな場所に植えつけるのが仕事となるだろう。つまり、そなたは自由に動き回れる親木であり、我が子となるわけだ』
「……もし、俺が種を適当に扱ったり気味悪がって捨てたら?」
俺は当然の質問をしてみた。
だけどその返事は。
『我にはどうしようもない。種をどうするかはそなたの自由だ。
だが言わせてもらえば、そのあたりの心配は我はしておらん。そなたは自分の子をごみのように捨てる種類の者ではあるまい?』
自分の子ってあんた、要は植物の種じゃねえか。そんなもの……。
ここで俺は気づくべきだったのかもしれない。
だけど、元の世界に帰る事が事実上不可能というのなら、安全を買う事が大事だと俺には思えたんだ。
だから俺は結局、精霊様の種を受け入れたんだ。
目覚めると、やたらと気分がスッキリしていた。
濃すぎる緑が少し息苦しい。あまりにも茂りすぎた森が光を遮っていて、息苦しさはそこから来ているようだった。
立ち上がろうとして、妙なことに気づいた。
手足が、まるで別のものに変わっていた。
まず色が違う。黄色系だった肌の色が、赤銅色に変化していた。
次にデザイン。
以前の私のそれは、あまり無骨とはいえないが明らかに人間の男のものだった。それが華奢になり、骨ばった感じが皆無になったばかりか、明らかに小さくもなっていた。
若干小太り気味の体型も、明らかに細すぎる。むしろガリガリすぎて栄養をとれと怒られそうな感じに。
で、その小ささのわりには、妙に出張った胸の双丘。
生意気にツンと尖った先端とか、どう考えても私の胸のそれではない。
さらに……。
「……うそ」
あるべきものがなく。
「……違うものが、ついてる」
手でまさぐってみると、そこにあってはならないものがあった。
な、な、
なななななななななななななななななななななななななななっ!!!
『落ち着くがいい』
慌てふためいていると、不思議そうな声が頭の中に響いた。
「せ、せせせせ精霊さま、こ、ここここれはいったい!?」
気づけば自分の声も、やたらと高くて可愛い。
な、なんなの、なんなのこれ!?
『だから落ち着け、順をおって説明する。
まず、自分の髪を確認するがいい』
「……髪?」
『そう、髪だ』
そう言われて、はじめて髪が長くなっているのに気づいた。
腰まで届くような、長い長い髪。
しかもそれは……。
「これ……植物」
髪と見まごうほどに細くしなやかで強い……でも植物の一部っぽかった。
そういえば、赤銅色に近い素肌も少し緑色を帯びている。いやむしろ、その緑を隠すために濃い肌の色になったというべきか。
『我の種に侵食され、吸収されたそなたは、違う系統の生命体になった。ゆえに容姿は全く異なっているわけだ。
だが、姿は意識すると変える事も可能だ』
「姿を変える?」
『そうだ。擬態と言う方がわかりやすいだろうか?人間のオスに化ける事も可能だ』
なるほど、そんな事もできるのか。
い、いやいや、問題はそこじゃなくて!
「なんで女になってるんです?」
どうして性別を変えてしまったのか?
『種をまく、つまり繁殖をするのだからメスになるのが自然と思うが?』
「……へ?」
あたりまえの事を何故聞くのか、みたいな口調で言われて、私はポカーンとしてしまった。
「そんな。私は男なんで、いきなり女にしたって言われても」
『言っておくが、その容姿はあくまでそなたのものだぞ。つまり、一度性分化前の萌芽の状態に戻し、そこから再構成したものと考えてくれてもいい。
そなたに融合した種は、そうやって繁殖にふさわしい身体にそなたを作り替えたわけだが……動物としての容姿もメスの方が合理的という事なのだろう。他意は一切ない』
「……本当に?」
『もちろん。逆に問うが、そこを偽る必要性が我にあるだろうか?』
「……ないね」
ここで事実を偽るような事をしても、精霊様にメリットなどあるわけがなかった。
「でも、いくらなんでもこの姿は……」
顔はまだ見てないが、手触りからして違いすぎる。おそらく顔も全然違っているんだろう。
『見てみるか?』
「え?」
『いま見せてやろう。これが今のそなたの姿だ』
瞬間、私の視点は大きく変わった。
「……あ」
そこには、緑色の髪をした全裸の女の子が、困惑顔で立っていた。
とても愛らしい姿だった。
小柄で華奢で、人種によっては子供と間違われる事だろう。もっとも、子供体型というより明らかに大人のスレンダー体型であり、見る目のある人がみれば、ちゃんとエロティシズムも感じる。そんな大人の容姿に、大人とも子供ともつかない、なんとも微妙な、しかし結構可愛い顔がついている。
「これが……私?」
と、そこで気づいた。
さっきから自分の事を、ナチュラルに私と呼んでいるようだけど……いったいいつから?
『そなたは新しい命となった。ゆえに容姿も新しいものとなった。
これでもはや、そなたは異世界人と追い回される事はない。植物系になった事でいくつか変化もあるが、肉食の魔物に食べられる心配もなくなった。まぁ、代わりに草食動物にかじられる可能性はあるわけだが、彼らは我の匂いのする生命体には手を出さない。安全性は劇的に改善されただろう』
「……なるほど」
『さぁいくがよい、新しき我が子よ。おのが望むままに好きな土地に赴き、好きに生きるがよい』
「はい、精霊様」
そんなこんなで、私の旅はやっと落ち着いたものになった。
緑の髪に赤銅色の肌の私は、当然だがどこにいっても異世界人には見られなかった。特異な容姿と魔力などにより、大抵は間違う事なく精霊様……対外的には樹精王というらしいが……精霊様の眷属だと正しく認識されたし、そんな私を都合よく隷属させよう、なんて輩も出てこなかった。
なんだけど。
「……どしたの?」
『……』
目の前に座っている小型恐竜が、何か微笑ましいもんでも見るかのように首をかしげた。
ここは森の奥。
本来なら、樹精王の眷属である私が立ち入るのは危険な場所だ。ここの主は巨大な真竜であり、樹精王である精霊様とはこの世界を分け合う存在。
敵というわけではない。だけど、それは単に住み分けの結果にすぎない。お互いに深く関わらないって暗黙の盟約の元に共存している存在なのだ。
で、なんでそんな危険な森に私がいるかというと。
「本当にこの人、こんなとこに住んでるのかなぁ?」
いえね、旅の途中で出会った魔族の人に、手紙を託されたわけなんだけど。
なんでも、こんな話だった。
『魔族の入りにくい森が西にあってね、そこに友達が住んでるんだ。キタクラーというんだけど、彼のところにこの手紙を届けてもらえないかな?』
「え、北倉さん?」
まさか名前は俊一さんと言うのではあるまいな。
『それはキタクラーでなくキー○クラーだ……ふむ、変わったマ○ーンだなとは思ったが、そうか。元異世界人なのか』
「!」
『ああ警戒しなくていい。既に樹精王の眷属となった者に手を出す愚か者もいないだろうさ。
それより手紙の件だけど、キタクラー氏までの郵便、本当に頼めるかな?安否の確認もできないし、彼は研究に没頭すると外に出てこなくてね。本当に困ってたんだ』
「……わかった。あとひとつだけ」
『?』
「マゾ○ンはさすがに古過ぎると思う。私の世代じゃ知らない人が多いよ」
『なるほど、覚えておこう』
以上、回想終わり。
まぁ、そんなこんなで森までやってきたんだけど……。
真竜の森ならそうだと言えっての!
何が入りにくいだよ、そりゃ私も一緒だっての!
森の入り口で知り合ったラプトル君に手紙を届けたいのって言ってみたらあっさり通じて、森の奥まで連れてきてもらったんだけど……はっきりいって状況は大変まずい。
これ、へたな行動とると殺される状況じゃないの?
勘弁してよぉ……。
そんな時だった。
『何かお困りかな?』
突然に頭に声が響いたのに、つい返事をしてしまった。
「あ、はい。キタクラーさんって人にお手紙を届けに……きた……ん……」
私の声は途中で止まってしまった。
やだなぁ。振り返りたくないなぁ。
『なるほど手紙か。うむ、そのドワーフなら確かにこの奥で研究しておるが』
「そ、そう、ですか……あ、は、は……」
冷や汗が止まらない。
おそるおそる振り返ると。
そこには巨大なドラゴンが、私をじっと見降ろしていたのだった。
何とか生き延びたものの、植物系の陣営に取り込まれたようです。
なお、北倉ネタはともかく、マ○ーンネタはわかる人がいるのかちょっと不安です。ダメならごめんなさい。
どうも失礼しました。次回からは元の流れに戻ります。




