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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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旅人

 出発の時が来た。

 通常、旅立ちといえば定番の、皆様に見送られてのアレだろう。旅人の美学は後ろ姿にあるとか、そんな変なうんちくを繰り広げるのもよし、別れを惜しんだ人たちのサプライズイベントもよし。

 だけど、移動空間がそのまま寝所でもある、クルマの旅はその予定に縛られない。

 もちろん、縛られないのなら普通に出る手もあると思うよ。

 でも俺は元々、バイク旅行からの転向組だ。バイク旅よりも不自由なクルマを選んだ最大の理由がつまり、多少の悪天候なら問題なく進め、そして寝場所の選択肢が広いって事。俺にとってクルマのメリットとはつまり、そこだった。

 だからこそ、俺は出ようと思った時間に出る。

「お世話になりました」

「気をつけてなぁ」

「はい、皆さんもお元気で!こちらの方にくれば、きっとまた!」

「うむ」

「マスターすみません、新しい樽までもらっちゃって」

「ああ、ありゃ役場の方からの寄付なんでな、気にすんな」

「え、そうなんですか?」

 なんで役場から酒樽が?

 祭りの景気付けみたいなもんだろうか?

 そう思っていると、村長がニヤリと笑って続けた。

「実はカルティナ嬢なんじゃが、コルテア首長の娘なのは知っておろう?」

「あ、はい」

「じゃが、ワシにとっても知人の娘でな。村に出張所が作られた時には彼女が派遣されてくるんじゃが、生活の方はうちで預かっとるんじゃ。ワシにとっては姪のようなもんじゃよ。

 まぁ、もともと夏の休みにはここで海遊びしてた子じゃしな。半分村人みたいなもんじゃよ」

「なるほど……そういうつながりがあったんですか」

 へえ。

 村長さんはアリアさんの関係者だったわけか。面白いもんだなぁ。

「酒の追加は、彼女の意思であり彼女の私財じゃ。

 本人が急用でどうにも出発に間に合わんという事で、わしが出てきたんじゃが……わかったかな?」

「ええ、わかりました」

「ま、無理にとは言わんが。頼んだぞ?」

「はい。こちらに戻る事があれば間違いなく」

 戻ったらカルティナさんのとこにお礼に顔を出してやれってわけだ。

 もちろん引き受けた。

 まぁ、旅とは、時間とはある意味残酷なものだ。次に訪れた時にはカルティナさんはそんな事忘れて、あら戻ってきたの?みたいな感じになっているかもしれない。

 それでもいい。

 昔の俺は、それを切ないものと感じた。

 だけど今の俺は知っている。それが諸行無常、つまり、この世のあらゆるものは常に変わっていくって事なんだと。

「それじゃあ行きます、皆さんお元気で!」

「達者でなー」

「またこいよー」

「次来た時には、復活した船見せてやるぜ!がははは!」

 俺は大きくうなずくと、キャリバン号のアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 この世界の一日は地球とそんなに大差ないらしい。

 ただし違うべきところは違う。

 その究極の例が時刻。キャリバン号の時計は変わらず24時間で動いてるんだけど、実際の一日の長さは約24時間と2分12秒なんだと。ほんのちょっとだけ長いんだ。

 どうやってそれを解決しているかというと、キャリバン号の時計の進みは微妙に遅くなっているそうだ。そうする事で24時間ピッタリになるように調整しているらしい。

 まぁ、24時間っていえば八万秒以上ある。それが132秒伸びたから調整したといっても、こうして生活していてハッキリ気づくほどの差異にはならないと思うけどな。

 そんな世界の中、キャリバン号は順調に走り続けている。

 既に午後、遅い時間なので太陽は西。東に向かっているので眩しくはないのだけど。

「……ミラーが見えづらいな」

「え?」

 ちょうどミラーで太陽の光が反射していて、これがまぶしい。

 荒野にまっすぐな道の弊害か、サイドミラーから真後ろが非常に見づらくなっていた。

「背後が見えにくい。みんな、後方にもし何か反応出たら教えてくれ」

「わかった」

「ワンッ!」

『わかりました』

「アイ」

 広大な南大陸の中で、コルテアはかなり西の方にある国だ。元々、海底トンネルを渡ってきた人たちが建てた国であり、しかもトンネルの北側にいる人たちも保護するという目的をもった国家のため、どうしてもトンネル中心になってしまうんだって。

『しかも元来、南大陸は農業に向かない土地が多いのです』

「そうなの?寒さに強い作物とか使っても?」

 こういう話になるとルシアは強い。

 なんたって背後に万年単位生きる巨大な植物の女王様がいるわけで。情報あつめも得意のようで、人間の歴史にも結構くわしいんだこれが。

 タブレット側もいろんな情報を得られるようになっているし、本当、俺は恵まれた旅をしてるよなぁ。

 もちろん欠点もある。

 おっちゃんたちに聞いた話を思い出してほしい。

 各国の内情みたいなものまでチェックしているはずのルシアや、地勢等にはじまり、植物の情報のない地域など色々網羅しているはずのアイリス、またはタブレットが象徴するところのキャリバン号ルートの情報。

 これらをもってしても、おっちゃんたちの語ってくれた庶民レベルのソーシャルな話は完全に抜け落ちていたって事。

 この事は決して小さくない。

 ちょっとこんな会話をした事があるんだけど。少し前の事だ。

 

「アイリス、そろそろお花摘みじゃないのか?」

「え?お花摘みってなに?」

「ああ、こっちでは言わないのか……トイレの事だけどさ、女の子がトイレっていうのは恥ずかしいって事で、お花摘みとか散歩とか、ぼかして言うのさ。こっちでは何て言うの?」

「えーと、ごめん。わたし知らない」

 

 アイリスは知らなかった。まぁドラゴン氏に作られた存在だし、ずっと俺と一緒だもんな。

 で、ルシアの情報には確かにそれらしいものがあったのだけど。

 

『主様、ひとつ質問よろしいでしょうか?』

「うん、なに?」

『恥ずかしいという感情の存在はわかりますが、それをどうしてお花摘みに置き換えると問題ないのでしょうか?』

「……へ?」

 そう。ルシアには、恥ずかしいから言い換えるという論理自体が理解できなかったんだよね。

 

 結論からいうと、この世界でもトイレを女の子はお花摘みと表現するらしい。ただこれは異世界人発祥だそうで、物珍しさから普及したような感もあるらしい。なんでも暴走しすぎて、自宅のトイレに花の絵を描くのが流行った地域すらあるらしいんだよね。

 それらの情報は当然、ルシアは知っていた。

 だけど同時に、ルシアはこのお花摘みって言葉の意義については全く理解できていなかった。

 いや、つまり、そもそも排泄という行為を恥ずかしがって隠すという感覚が理解できないうえに、花を摘むという言葉が恥ずかしくないっていうのも理解できない。

 いや、もう少しいえば「恥ずかしい」という概念も理解できていないようだ。

 だから「お花摘み」と言い換える事自体は知っていても、単なる奇行か風習のように認識しているらしい。

 これにはちょっと、いや、かなり驚かされた。

 

 ルシアの情報を利用するにおいて、これは結構深刻だったりする。

 つまり。

 すでにある歴史書の中身を記録しておく、等の方法ならば彼女たちは歴史を記憶できるのだけど。

 実際の国同士の会話などを元に「こうなっているのだな」と解釈しつつ記録していくという事ができないようなんだな。

 まぁ、考えてみれば当然だ。

 たとえばの話、俺たちが珪素生命体の大文明と接触したとして、彼らの心の機微が理解できるだろうか?そして彼らの歴史を記述する時、彼らの気持ちを(おもんばか)って記述できるだろうか?

 正直いって、それは確かに無理なんだろうと思う。

 つまりだ。

 そういう点をちゃんと割り引いて、考慮しつつ注意して情報を引き出さないと、なまじ情報があるがゆえに落とし穴にハマるという事だ。

 まぁね。

 植物の視点なんだから考えてみれば当然なんだけど……現実に遭遇すると驚きだよなぁ。

 さて、お手洗いから話題を戻そうか。

 太陽が西にある事から後方視界がちょっと悪い。元々俺はキャリバン号のセンターミラーを後方視界のために使ってなかったんだけど、それにしても厄介だな。

 まぁ、例のコースター由来のミラー増強のおかげで全ての視界が効かないわけではないんだけど。でも、ちょっと見づらい。

 太陽光対策をした方がいいのかもしれないなぁ。

「アイリス、次の村までの距離ってわかるかな?」

「あ、はい」

 タブレットを手にとり、アイリスがあれこれ調べ始める。

「東に33kmのところに村があるね。でも名前も何もないよ?」

「名前も何もない?」

『それは夏の村でしょう』

 俺たちの疑問を、ルシアが引き取った。

「夏の村?」

「あー……もしかして、漁業かなんかの都合で夏だけ人がいる村落なのか?」

『はい。夏場の漁業基地として機能しています。この季節はもう無人かと』

「おー。トド島みたいなのが普通にあるのかよ、すげえな」

「トド島?」

「ん?ああすまん、知らなくて当然だな」

 トド島というのは、礼文島の北にある小さな無人島だ。夏場だけ漁業基地として使われている。

 実はこの島に俺は行った事がある。まぁ関係ない話なので詳細は割愛するのだけど、日本でも離島や道路事情の悪い土地を中心に、こういう特定シーズンだけの集落というのはそこそこある。多くは漁業関係で、特定の作業場になっているわけだ。

 だけど、今俺たちがいるのは、公式にも大陸横断道路とされている道のひとつ。

 こんな道沿いにある集落がそれとは。

「こんな便利のいいとこに、特定の季節以外は無人なんて集落があったりして……問題が起きないのかね?」

「問題って?」

「いや。悪さをするガキがたむろったり、金目のもんが盗まれたりとかさ」

「……それは大丈夫じゃないかな?」

 俺の懸念を、今度はアイリスが引き取った。

「どうしてだ?」

「うん、それがね……ルシアちゃん、もしかしてこのへんの村って、全部そうなの?」

『東で最も近い通常の村落というと、800kmほど東にあるケルーケル村かと。そこまでにあるのは全て今は無人と思われます』

 ……うわ、マジかよ。

「なるほど。それじゃあ、少なくともおバカさんの心配はないねえ」

「なんでだアイリス?」

「まず、町まで遠すぎる事。この点で、パパの言う『悪さをするガキ』には面倒すぎて使えないでしょ?」

「まぁな」

「あと、これだけ遠いとコルテアにしてもタシューナンにしても、魔物対策の巡回をしてないと思うのね。せいぜい、月いちくらいに巡回船がくるくらいで」

「あー、魔物が入り込んでるって事か。でもそれって逆に、漁師のおっちゃんたちが困るんじゃないか?」

「心配ないよ。シーズン始まる前に『大掃除』するから」

 ほう?

『異世界の農業者、漁業者はわかりませんが、この世界のそれは、そこいらの戦士では歯が立たないような猛者ぞろいですから』

「えっとね、村開きってお祭りがあるんだよ」

「……村開きが祭?」

「うん」

 なんだそれ?どういう祭なんだ?

「シーズンのはじめに関係者総出でね、冬に巣食ったモンスターを皆殺しにするんだよ。で、片付け終わった村で宴会するの。もちろん食べられるモンスターは戦闘に参加しない家族が解体して、これも宴会に供してね」

「……それが祭?」

「うん」

 どんだけ豪快なんだよ、この世界の漁師って。

『考えてください。巣食っているモンスターの中には、先日のようなクラーケンの幼生体もいるのですよ。あのサイズはさすがに珍しいはずですが』

「……それをおっちゃん連中が集団で片付けるってか?」

『はい』

 すげえ『祭』だなぁ。

 おっといけない、話を戻そう。

「しかしそうか。そういう事ならどうするかな、次の村までは距離があるが……」

『今夜は結界をはり、その中で休みましょう』

 ルシアが無難な提案をしてきた。

『まだ各集落は閉鎖されたばかりですが、気の早い魔物が入り込み始めているはずです。実際、漁港には片付け残した「おこぼれ」の魚の切れっ端のように、小型のモンスターなら充分に食料たりうものが残っているでしょうし』

「ああ、なるほど」

 そりゃそうだな。

 そんなこんなを思いつつも走っていたのだけど。

「おや」

 どこかで今、海猫(ごめ)の鳴き声がしたような?

 あ、ゴメ、またはウミネコっていうのはもちろんニャアニャア鳴く猫ではなく、かもめに似た海鳥の事な。念のため。

「どうしたのパパ?」

「いや、どこかで海猫(ごめ)の声が聞こえたような……」

「ごめ?」

「ああ。海猫(うみねこ)の地方名なんだけど」

 海猫について説明した。まぁ、猫に似た鳴き声がする海鳥、とおもいっきり端折ったのだけど。

 で、それを聞いたアイリスがひとこと。

「ああ。たぶん……」

 そういってキョロキョロと窓の外を見た。

「あれじゃない?えーと、八時の方向、でいいのかな?」

「お、いるのか?どれど……」

 ちょいと視線を回してみたところで、俺は一瞬、フリーズ。

 で、一秒ほどで慌てて視線を前に戻した。

「どう、パパ。見えた?」

「……ああ」

「地球のウミネコに似てる?」

「……とりあえず色とカタチは似てるな。海鳥みたいだし」

 やっぱり似た感じに白いのは、冬への適応なのか、それとも別の理由があるのか。

 ただし。

「なぁアイリス。あれちょっと大きくないか?」

「そう?」

「うん。タブレットで資料出せるか?見つけたら読み上げてくれるとありがたいんだが」

「ちょっとまってね」

 そう言うとアイリスはタブレットを調べ始めた。

 ちなみにこういう時、アイリスが動いている間はルシアたちは黙ってしまう事が多い。

 ランサですら黙ってしまうんだよね……なんでだろ?

 なんていうか、俺対応の最優先はアイリスで、アイリスで足りない時に皆がそれぞれ出てくる、みたいな役割分担ができちゃってるような気がするんだよな。

 俺の気のせいかなぁ?

 まぁいい、どうやらデータが出たらしい。

「出たよ。読む?」

「おう、たのむぜ」

「わかった」

 

 

『カリンカ』別名・ウミネコ

 海鳥の一種『カリン』が魔物化、巨大化したものと言われているが、本種は全て魔物化ずみなので詳細は謎につつまれている。

 体長2m近くなり、翼長に至っては5mを越える個体も記録にあるほど。海鳥としてはかなり大きいが、その大きさも魔物であるがゆえ、ではある。

 巨大な外見に似合わず凶悪な鳥ではないし賢いので人間を襲う事はあまりないが、その賢さゆえに怖がる人間を追い回して遊ぶ個体などがいる。彼らと相対する時は堂々として、光物などを見せないように注意したい。

 なお、ウミネコという呼称は異世界風の呼び方である。

 実際、見た目も食べ物も暮らしぶりも、鳴き声すらもよく似ているのだが、実はカリンカ自体が異世界から転移してきた種である、との説がある。つまり異世界人同様に転移種であり、この世界では最初から魔物であったのではないかと。

 

 

「転移種だって!?」

「あれ、パパって転移種見るのは初めてだっけ?」

「そもそも転移種自体が初耳だな」

 そっか、とアイリスが言うと、ルシアがそれをフォローするように話してきた。

『人間同様に動物も転移しています。しかし個体数や環境の違いで、ほとんどの種族は生き延びられません。そもそも、わずかな個体数では生き延びたとしても限度がありますから。

 ですがカリンカの場合、人間よりむしろ多く転移してきた時代があるようなのです。しかも多い時は繁殖コロニーごと、数百規模で転移してきたのではないか、とも言われています』

「そりゃすごい。樹精王様方面に裏付けする情報でもあるのかな?」

『樹精王様の話ですと、遠い昔にはいなかったそうです。何万年前かハッキリしないそうですが、ある時代に突然ちらほらと見られるようになり、そこから急激に広がっていったのだとか』

「ほう……」

 転移種か。

 ちょっとそのへんも、いっぺん調べて見たほうがよさそうだな……うん。


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