夜釣り
魔物狩りから戻った俺たちは、おっさんたちの飲み屋に毛ガニ持参で顔を出した。
問題は毛ガニの精霊要素、つまり魔が強すぎる事で、どうかな食えるかなと思ったんだけど。
「おや、またでかい白蟹だなぁ。捕ったのか?」
どうやら杞憂だったらしい。
そういや、おっさんたちの種族について説明してなかったな。
この村の人たちは通称、新世代といって、人間族に近い姿をしている。魔力を帯びている事を除けば人間族と大差ない人たちなんだけど、聞けば、まだ人間族から変異してあまり世代を経ていないと、こんな感じなんだという。
獣人たちのように劇的な変化が起きるか、それともドワーフ・エルフ・魔族のようになるか。あるいは水棲人のような方向性に進むのか、そのあたりはまだわからない。そういう未分化の人たち。
コルテア周辺の地域はここ千年以上、彼らを受け入れるという地理的な使命も持っている……とは、先日の役場の山羊人さん、カルティナさんの情報だったりする。
そんなおっさんたちに、丸のままの毛ガニと、それから味噌煮を小鍋ひとつ進呈したのだけど。
「ほほう、こりゃいい、うまいもんだ!」
「問題ないの?かなり魔が強いらしいんだけど」
「ああそういうことか、問題ねえよ。俺らは海からあがる、魔の強いの毎日食ってるからなぁ!」
「そうか、ハチはよそから来たんだから知らねえよな。そりゃそうか」
「よし、じゃあちょっと俺ら新世代ってやつについて教えてやるぜ」
おっちゃんたちはそういって、異生物であるルシアたちが知らない『新世代』についての社会的背景の方について色々話してくれた。
「俺ら新世代はよぅ、ご先祖様は貧民あがりが多いのさ。なんでかわかるかい?」
「えーと、なんでだろ?」
「簡単サァ、高くて安全なもんが食えねえ、でも人間、腹いっぱい食いたいだろ?」
「うむ、だから魔物を食って身体慣らしてよぉ。気がついたら人間族でなくなってるワケだなぁ」
子供が、孫が生まれた時点で性別はともかく、人間かどうかなんて確認するわけがない。貧民ならなおさらの事。明らかに外見が異種族的なら別だけど、そうでない限りはある程度育ってから判明するんだと。
……へぇ。
「皮肉なもんだよなぁ。人間族の国じゃあ魔物食ったら死ぬ死ぬって言うだけでよ、弱い魔物で慣らしていけば食えるようになる、なんて教えねえそうだもんな。
バカな話だぜ。さっさと変わっちまえばなんの心配もねえし、そこいらの魔物食って普通に生きられるのによぅ」
「魔に怯える事なく、しかも健康にな!」
「んだんだ」
なるほど。
庶民レベルの人間族と魔の関係って、支配層とはずいぶんと違うんだな。
なるほど。聖国とやらがうまく回っているのも、このあたりも関係しているのかな?
「ま、そんなわけで俺らはよ、魔の強い喰い物には耐性があるのさ。わかってかい?」
「なんだって身体にいいからなぁ。一気に食い過ぎねえように、でもしっかり喰うのがポイントさぁ」
「おうよ!」
「そうだったのか……いや、マジで知らなかった、ありがとう」
「いやいやなんの」
そうか。人間族の国じゃ、国民にそんな教育してんのか。
なんとも言えない話だなぁ。
まぁ、そんなわけで。
それから食事になったんだけど、ここで問題がひとつ。
実は俺、連日おっちゃんたちと食べてたんだよな。いろいろこっちの話もきけるしってんで。
けど、あっちにはルシアを連れていけない。しかも今日はマイという新参者までがいるわけで。
今日のところは、俺たちのフルメンバーで食事をしたい。
それでまぁ、今夜に関しては場を辞して、移動する事にしたんだ。
でで、やってきました漁港の防波堤。
え?なんで防波堤かって?そりゃあ夜釣りに決まって……いやいやそういうわけじゃないさ、ははは。
ほら、あまり町から離れない方がいいだろ?しかもマイは海から生まれた生き物なわけで、その方が落ち着くかもじゃないか、な?
「うんうん。それで異世界夜釣り初体験もしたかったと」
「そりゃあもちろん……!?」
「……」
「……ハハハ」
「いやま、いいんだけどね。うん」
「あ、あの……アイリスさん?」
『地球式の釣りというものにも興味があります。どうぞ』
「テケリ・リ」
というわけで、本当に月明かりの下、防波堤釣りを開始したわけである。
俺の防波堤装備は本格的なものではない。はっきりいって、田舎で時間つぶしのために持っているような道具一式にすぎない。だから、こういっちゃなんだけど、日本にいる時も北海道や沖縄みたいなところを除き、あまり釣れなかったのを覚えている。
だけど。さすがの異世界なんだよな。
川の時も思ったけどさ。
いやぁ、ぽんぽん釣れるとは言わないけど、それでも結構くるわくるわ。
『ポロミル鯛(幼生体)』
沖合いでは巨大な身体で魔獣とやりあうポロミル鯛だが、この幼生体はわずか30cmしかない。酒の肴にはいいだろう。
『テルルカサゴ』※正式名テルル
本来の名前はテルルであるが、異世界におけるオニカサゴという魚に似ているそうで、テルルカサゴという名前が広がりつつある。異世界種は温暖な海に住むらしいが、テルルは冷たい海にも住む。毒のあるトゲに注意。
『ルンコル(幼生体)』
ルンコルとはパイプの魚という意味。地球にいるヤガラという魚に似ているそうだが、幼生体の大きさで既にヤガラの成体に近いサイズがある。本来はサンゴ礁の海の魚だが、なぜか南大陸の北沿岸にも住んでいる。焼き魚にすると美味しいが魔力も強い。
うん、面白そうなのが釣れるなぁ。
本来、見知らぬ異世界の釣りは危険だと思う。だけど俺はルシア妹がいるから、刺があったり危険なヤツは事前にわかるぶん、だいぶマシだと思うんだ。
見知らぬ魚たちに興味をそそられつつも釣りしていたら、アイリスがやってきた。
「パパ。防波堤で釣る時って、明かりつけないの?あぶないよ?」
「実は迷ってる」
「なんで?」
実は、月明かりに頼る感じで釣っていたんだけど。
「いや、ほかに明かりがないだろ?ろくでもないヤツも吸い寄せそうで心配なんだよ」
そう。
町には明かりがあるんだけど、それも限られてるし。
漁港に至っては真っ暗で、しかも街灯もないし灯台も今は動いてない。
こんな状況でヘッドランプとかつけたら……。
魚も集まってくるだろうけどさ。ろくでもないのも来そうなんだよな……マジで。
だけど、それを言うとアイリスは首をふった。
「んー、でも暗い方がその何倍も危ないと思うよ?」
「へ?どういう事?」
「だって今、マイが捕まえたんだけど。ほら」
「え?……タコ?」
「ウム」
みれば、アイリスの横にマイがいるんだけど……マイの何倍もあるような巨大なタコを掴んでいる。
「ちょ、待てそのサイズ、なんだそのタコ?」
まてまてまてまて、いくらマイが幼女サイズだからって……どう考えても頭だけで2m近くないか?
「捕マ、エ、タ、」
「そ、そうか……ちょっと見せてくれな?」
思わず解析してみて、血の気がひいた。
『クラーケン(幼生体)』
クラーケンはタコが精霊分を取り込みすぎ、長い年月を生き延びて変異するものだと言われている。
この個体はクラーケン化してまだ日が浅い。この海域で何年も漁をしていないので、地場産のタコの一部が変異したものと思われる。
今回は、異世界人の強い魔力にひかれ、食べに来たところを捕えられた模様。幼生体は身体が軽いので沿岸を徘徊なども可能であるため、成体とは異質の怖さもある。今回のこれは典型ケースである。
なお、おそろしいモンスターとして知られるクラーケンだが、幼生体のうちは普通においしいタコであり、知らずに普通に食べられているケースが多い。しかしクラーケンは育つとご存知のように大変危険なモンスターであり、もっと大きくしてから食べようという感覚を持つのはやめてほしいものである。
「クラーケンの子供!?」
しかも異世界人狙いだって!?
「暗がりからパパに迫ってたんだよ。ルシアちゃんもわたしも気づかなくて、その、」
『彼女は食べようとしたのですが、自分が捕獲を依頼したのです。危険さを示すのによいかと思いまして』
「……」
あまりの事に言葉が出ない。
「パパ。そんなわけだから、灯りつけよ?」
『我々でも警戒はします。しかし安全であるに越した事はありません』
「……わかった、よぅくわかった、超わかりました!
アイリス、すまんがLEDランタンくれ、あとキャリバン号の後ろのカーテンもオープンしてくれ」
「うん」
『了解です』
防波堤で暗がりからクラーケンに襲われかけたって、どんなホラーだよ。
マイが先に気づいたのは海産物つながりか?ふう、さすがというべきなのか。
で、そんなアイなのだけど、
「……食ベ、テ、イ、イ?」
「ああいいぞ。マイ、食っちまえ」
「アイ」
そういうと、いきなりマイの身体が縦に2つに割れた。
「!?」
そしてそのまま、ばかでかい子クラーケンにガバッと食らいついた。
『!?……!……!……!?』
子クラーケンは必死に暴れようとしているが、マイはまるで意に介さない。そのままツルツルと蕎麦でも喰うかのように巨大なクラーケンの身体を飲み込んでいく。
いやぁ、すごいもんだ。
そして……。
「……」
なんでだろう。バッカルコーンしているマイを見たアイリスが、なぜか不気味に沈黙している。
むう。やっぱりアイリスも、この縦に裂けたマイの『口』が冒涜的でアレすぎるだと思っているのだろうか?
まぁでもアレだ、アイリスも女の子だもんな。口のデザインが変だなんて言えるわけが──。
「ねえマイ、変なこと言うようだけど、あなたの口って開くとなんか女性器みたいに見えて微妙にグロいんだけど、何とかできるかしら?」
「はっきり言った!?」
そんな感じで、夜釣りだか何だかわからない時間は過ぎていくのであった。
最後。
やがて就寝となったところで、ちょっと変なイベントが起きた。
知っている通り俺たちは車中泊の旅だ。幼稚園バス事件のおかげで車内空間が少し広くなり、以前よりだいぶ楽になったのは事実なんだけど。
さすがに三人寝るとなると、そうはいかない。
で、どうしようかという話になったんだけど。
「え、ベッドになれる?」
「アイ」
確かに日本の作品のヒロインで、ショゴスをベッド代わりにしていたとんでもない豪傑は確かにいるが……まぁ、あれヒロインも人間じゃないけどな。
ま、まぁ不定形なわけだし、別にベッドになれたっておかしくもなんともないわけだが……ん?
ふと見ると、アイリスがおかしい。
険しい顔で沈黙したままなんだけど、俺にはわかる。あれはルシアとやりとりしているのと同じように、誰かと……まぁこの場合はたぶん、マイと会話しているんだと思う。
で、マイの方はというと……何かプチプチ、プクプクと液体が泡立つような……。
うん、やっぱり会話してるんだろうな。人類のそれとは全く異質というか、なんか異界の言語みたいだけど。
いったい何の話をしてるんだ?
「もちろんマイの本音を聞いてたんだけど?」
「本音?」
「自分からベッドになってパパをその上で寝かせようっていうのよ?思惑があるとしか思えないもの」
「……そこまで言うかなぁ」
アイリス。おまえだって、俺からとった精力ってどうしてる?
うちには人間がいないんだぞ。実害がない限り細かいところは大目に見ようよ。
「うーん……パパがそういうなら」
そんな事を言いつつ渋々アイリスは納得したのだけど、
「でも、パパの精が欲しいっていうのはさすがに却下。色々と問題あるよね?」
「そりゃダメだろ」
俺も即答した。
やめてくれ、そもそも幼女相手とか勘弁してください、そっちの趣味はねえよ。
そんなことを言ってたら、
「ナゼジャ」
「なぜじゃ、じゃねえよ」
そもそも、なんでそんなとこだけ博士そっくりなんだ。まるで録音再生とは言わないけど、口調までよく似てたぞ?
「何故と言われれば色々あるが、そもそも女役はひとりで充分なんだ。3Pする趣味はねえ」
狭い車内で女をとっかえひっかえとか。いくら全部人外だからって、そんな爛れた生活はしたくないぞ。
そんな事を断言していると、
「ナルホド……」
なんでもいいが、特定の言葉だけが妙にスムーズなのは、博士の情報を元にしてるからなのか?
とにかく、その後も話し合いをして、双方の主張を一致させる事に成功した。
つまり、アイリスは俺との夜の生活に横槍を入れてほしくない。
まぁ当然、俺もそのへんは同意見だ。まぁ俺とアイリスでは当然、事情が異なるのだけど。
ところが、マイの側にもちゃんと主張が存在した。
彼女のたどたどしい主張をまとめると、こうなる。
『自分には主人の精神を守る能力がある。睡眠中にそれを使いたい』
……だと。
これは初耳もいいとこだったが、言われてみれば心当たりもちょっとある。
たとえば、マイの飛空艇襲撃事件。
あの時俺は、マイが船長みたいなヤツをバッカルコーンして食っちまうのを見ていたわけだが、嫌悪感もなければ後に引くものもなかった。そもそも、それを言われて今、やっと気づいたくらいに。
どうもマイが言うには『自分が不定型なのは肉体だけではない』のだそうだ。
つまりあの時、マイは俺の精神をもしっかりと抱え込んでいて、夢の中とはいえ、目の前でひとが死ぬような光景で疲弊しないように守っていたのだという。
『精神ヘノ打撃ハ肉体ノソレトハ違ウ。ダガ、心身トモニ強イ生命体デアル竜ハソコヲ把握シキレテイナイ。植物ニハソモソモ無理。
我ハ、ソコヲ埋メルコトガデキルダロウ』
納得できる主張だったが、同時に驚きでもあった。
物語のショゴスが狂気を運んでくる化け物だというのに、もどきである彼女は逆に狂気から俺を守るというのか。
これは想定外にもほどがあった。
まぁ、そのためのエネルギー源として俺の精を欲していたようなのだけど、それを却下した事で折衝が色々と行われて。
そして、ひとつの結論が導かれた。
『睡眠時、あと交尾時は自分の上で。老廃物や分泌物はもらう』
老廃物や分泌物ねえ。
まぁ、そんなもので足りるなら。足りない時は言ってくれ。
そんなこんなで、生まれてはじめて……そりゃ当たり前か。
日本の一部マニアでのみ伝説の、ショゴスベッドでお休みする俺だった……。
え?どうだったって?
そりゃおまえ。
SAN値が変動するほど気持ちよかったぞ、うん。




