狩りをしよう
おっさんたちに報告をした後。
キャリバン号に戻ってきた俺は、そのまま東の野原にやってきた。
「魔物の反応が多いのはこっちの方向なのか?」
『西はスノーラビットばかりですから』
「あれはさすがに大変そうだもんなぁ」
俺がオブジェと間違えたくらいに馬鹿でかい雪うさぎ、南大陸産スノーラビット。
ウサギっていうのはゴツイ武器などあまり持たないが、地球のウサギでも後肢のパワーとか結構なもんだという。ましてこの世界の魔物ウサギなら、洒落にならないかもしれないな。
でも、ルシアの返答は俺の予想から完全に外れていた。
『いえ、倒すのは簡単と思いますが、スノーラビットは魔獣ではありませんので』
「え……あれ普通の動物なの?」
『確かに変化しかけてはおりますけど、今はまだ通常動物の範疇かと』
マジですか……そりゃまた凄い。
あとで聞いた話によると、スノーラビットは雑食化と大型化によって寒冷地に適応したウサギの一種なんだという。つまり、思ったよりもはるかに科学的な進化をした普通の動物なわけだ。
『魔獣化もゆっくりとですが進行中です。しかし彼らはその寒い土地によく適応していますから、よほど深刻な競争相手でも現れない限り、まだまだ変化には時間を要するでしょう』
「そんなもんで大丈夫なのか?何かのはずみで強力な魔獣がきて皆殺しにされる可能性とかは?」
『その可能性は確かにあります。しかし、自然の状態ではめったに起きないでしょうね』
「そうなの?」
弱肉強食って考えたら、強い者が弱い者を喰うんだから当然と思うけどな。
『強い魔獣にとっての食べ物は、弱い魔獣です。精霊分の少ないスノーラビットを見かけても、彼ら的にはあまり旨味がないのです。よって現時点では、魔獣に滅ぼされる事はまずありません』
「あー……そういうことか」
そもそも食物連鎖の枠組み自体が違うって事か。うわ、よくできてんな。
以前、ランサがでかいワニをとった事がある。でもアレはどうもランサ自身が喰うためでなく、俺にくれるつもりだったらしいんだよな。
実際、魔獣を狩ったらその場で食ってたのに、ワニは積極的には食わなかった。ワニは魔獣ではないからだ。
『生き物は精霊分を取り込み魔の要素を高める事で強くなります。しかし魔の要素が強くなりすぎると、今度は精霊分のない食料では満たされなくなってしまう。同様に魔を帯びた獲物が必要になってしまうのです。
この仕組みは、時間をかけてゆっくりと生態系を染め上げていっている、この世界には必須のものなのです。先に変化したという理由だけで新種族が旧種族を滅ぼす事がないように』
ふむ。本当によくできてるなぁ。
「さて。こんな景色のいいとこで能書きたれるのもなんだ。外に出るぞ」
『いえ、その前に注意をひとこと』
「なんだ?」
『キャリバン号から離れないでください。結界の外は危険です』
「いや、あの……ランサの散歩を」
『ここは危険な場所です。外に出ないでくださいね』
「散歩……」
『出ないでくださいね』
「……はい」
ちょっとそれ、ひどくないかい?
そう言いたいのだけど……俺、このメンツで最弱だもんなぁ。
とはいえ、俺はともかくランサには運動させにゃならんわけで。後ろに移動するとスライドドアを開けてやる。ついでに俺も出……。
「おい、そこで手足に触手巻きつけるのはやめろと」
『出ないでくださいと言ったはずです』
「ほう。この世界最強といっても過言でない守り手がいるのに、車のまわりでご休憩もしちゃいけないってか?結界のプロじゃないの?」
『……仕方ありません。しかし20m以上離れたら強制的に戻します』
「へいへい」
なんか過保護になったなぁ。
まぁそれだけ、このあたりが危険という事なんだろう。実際、俺もキャリバン号のまわりから離れないよう注意しないとな。
「ランサ、ほれ遊んでこい」
「わん!ワンッ!」
おっといけねえ、忘れるとこだった。
「ランサ、遊ぶ時は本来の大きさになれ。いつも小さいままはよくないからな?」
「オンッ!」
最後の指示に真ん中の首が答えた途端、
「……うお」
俺の目の前には、中型犬くらいになり、精悍な顔つきになったランサがいた。
おお、かっこよくなってきたじゃないか。ちょっと怖くもなったが優美さも感じる。そこが女の子って事なんだろうな。
「グルルル……」
だけど鳴き声はド迫力。まるでうわさに聞く魔獣ケルベロスみたいだ……ってケルベロスなんだから当たり前か、うーむ。
って、おや?
「なんかスンスン鼻鳴らしてね?」
「何か見つけたのかな?」
いつまにか横に来ていたアイリスが首をかしげた。
「ありうるな……まぁ見ててみようぜ」
「うん」
やがてランサはスンスン、スンスンと鼻を鳴らしつつ、何かの臭いを追うような動作をはじめたかと思うと、
「お」
「あ」
ズバッとダッシュして、何かの元に向かっていった。
『ほう。向こうに何かいますね』
「何か?」
『うまく気配を消していますが、肉食獣であるランサには勝てなかったようで』
おー。
「ルシア、ちなみに何がいたの?」
『外骨格のある種族のようです。蟹か蜘蛛ではないでしょうか?』
「またか……せめて今度は蜘蛛でなくカニであってほしいなぁ」
「うふふ」
『?』
アイリスが苦笑した。いや、わかるけどさ。
世の中には土蜘蛛を可愛いというヤツもいる。確かにずんぐりむっくりしているし、関東以西の家屋によく出る、あの中国もしくは朝鮮半島から来たっぽい侵略的外来種の茶色のでかい蜘蛛よりは可愛いのは事実だけど。
でも蜘蛛はなぁ。
そんな俺の反応を知っているアイリスは苦笑。で、ランサが大蜘蛛をとらえた時の俺を知らないルシアは当然、それがわからない。
まぁいい。どっちかすぐに判明するだろう。
晴れ渡る北の空の下。ドライブ先でわんこを遊ばせる図。
うん、これ以上なくのどかで平和な光景だよねえ。こうしてみれば。
だけど。
「グフゥゥゥゥ、グフゥ!」
「カニだったか……しかし、これまたなんつーサイズだよオイ」
「でっかいねえ」
そのわんこが三つ首で、何か炎とか吐いてて、しかも何やら甲羅だけで、小さいのでも1m以上ありそうな巨大な毛ガニもどきを仕留めていたりしなければだけどねえ。
さすがにオレンジ色じゃないけどな。白い毛ガニってはじめて見たぜ。
てか、地球にだってメーター級のカニは生息してたりするので、この世界なら大きさ的にはおかしくないんだろうな、やっぱり。前にも原付きくらいあるカニに出会ったしさ。
しかし、それにしてもこいつらの生活領域、どうなってんだ?
重い甲羅をもつカニは、大型種になると陸上は不利なんじゃないだろうか?なんでこんな陸地にいるんだ?
とにかく、意気揚々と引き上げてきたランサを褒めてやる。
「よくやったな。全部食っていいから検査だけさせてくれな?」
「わんっ!」
さすがランサはかしこい、俺が何をしようとしてるか理解してるようだな。
もちろん、左手からルシア妹をのばしてチェックだチェック。
『南極毛蟹』
南大陸から南極大陸にかけての沿岸から深海にかけて住む究極の掃除屋。魔力を用いて環境への耐性を高めており、とても頑丈で生命力が高い。また獲物の気配を感じれば山の中から千メートル級の深海にでも現れるほか、猛毒持ちの魔獣すらも平気で食べてしまう。ある意味、精霊分の恩恵を、より本来の姿で実現しているともいえよう。
大型の個体は群れをなして家畜や人間も襲う事があり、充分に注意が必要。
食用可能だが、人間族には猛毒。獣人族なら少量食べて口がしびれるようなら避けた方がいい。魔族なら問題ないが、それでも野生種はエサに注意である。魚介類によくあるパターンとして、本種も外から取り込んだ毒素を溜め込む傾向があるから。
魔獣種の大部分なら問題ないので、心配なら魔獣に食べさせるのもいい。
なるほど。
考えてみたら、地球のカニとかヤドカリだって、とんでもない山の中を普通にウロウロしている事がある。サワガニやオカヤドカリの類だが、つまり、彼らは元来それくらいにたくましい種なのだ。
そう考えたら、魔物化したカニが異常にたくましく見えたのは、むしろ無理もないところなのかな?
うーむ、興味深いな。
「しかしこれ、人間でも種族次第で食えるのか……ん、何だランサ?」
みれば、脚の一本を丸々くわえて来て俺の前に置いた。
力持ちだなと思ったが、考えてみたら口が3つもあるんだ。犬より安定して運べるのかもな。
「もしかして分け前か?ははは、ありがとうな」
なでてやると喜んだ。どうやら間違いないらしい。
「よし、俺はこれを軽く加熱してみよう。おまえは好きなだけ喰ったら次を探してな」
「ワン!」
まかせとけとランサは吠えると、また雪原に戻っていった。
「加熱?」
「軽くな。まず茹でてみて……よければそのまま煮込みかな?」
生のカニでも食用ならおいしくやれそうだけど、未知の種類だからな。まず熱を通そう。
それよりも問題は鍋だな。
このサイズじゃ、当然ご家庭用の鍋ではダメだろう。
「しゃーねー、ドラム缶でも召喚してみるか」
「どらむかん?」
「ああ」
みんながドラム缶っていうと、たぶん外に捨ててある錆びたドラム缶とかを想像するよな?
だけど、俺は田舎暮らししてた時、田舎のにんじんジュース工場で仕事してた事があるんだよ。そこでは収穫期に素のしぼりたての人参ジュースを殺菌処理した新品のドラム缶に詰めてさ、マイナス20度以下の大型冷蔵庫に保管してたんだよ。俺は色々あって、そこでしばらく仕事してたんだよな。
すると、俺の能力的にいえば?
そう。新品のドラム缶を召喚できるんだ俺は。
「わ、なにこれ?」
「これがドラム缶だ」
こんな大きな金属の缶なんてもちろん見たことないんだろう?アイリスが興味津々な顔をしている。
普通の女の子なら、新品のピカピカとはいえドラム缶見ても喜ばないよなぁ、当たり前だけど。
こういうとこ、やっぱり大人になってもアイリスだよな。可愛いよなぁ。
「ん?なに?」
「なんでもないさ。で、これで何をするつもりかわかるか?」
「うん。これで茹でてみようっていうんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
さて。かまどを作るのに、DIY店で見た耐熱レンガも持ってきますかね。
ほんと、こうなると便利だよなぁ俺の能力。
ここは丘の上だし、まだ真冬でもないので雪は少ない。ちょっと掘ると地面が露出した。
耐熱レンガをたくさん取り出し、それでかまどを作る。安定しているのを確認して、そこにドラム缶を設置。ああ、もちろん中は一度洗ってある。
水?これもズルして水タンクから無限に出していたり。
『薪はこれでいいでしょうか?』
「わざわざ集めてくれたのか。すまん」
『いえ。自分ではありません』
へ?
その方を見ると、なんか雑木の枯れ木みたいなのを丸々一本、ひょいと担いでくる幼女がいた。
……いや、幼女の姿をした名状しがたきウチの新参者だった。
「マイ……おまえ力持ちだったんだな」
「力、荷物、仕事……」
『さすがは奉仕種族という事ですね。不定型生物なのにここまで体力仕事ができるとは想定外でした』
「まったくだな。ありがとよマイ」
「喜」
なんか嬉しそうだ。
結局、マイに手伝ってもらって枯れ木を薪にした。
味噌仕立てという事で、昆布だしにしてみようか。
「お、沸くのが早いな。どれ、出汁の元をまずぶちこんでだな……」
結局その日は四杯の南極毛蟹をゲットした。
こいつら、このデカさなのに身がぎっしり詰まっている事も判明した。大宴会ができそうな量だけど、蟹だけでフルコースするのももったいない。おっちゃんたちが食べるようなら一杯差し入れする事にして、今日の狩りは終わりにした。
え?南極毛蟹以外には獲れなかったのかって?
一応、以下をランサはとらえてきた。俺らの食卓には加えてないが。
『フローズン・スパイダー』
獲物を待ち構える姿が氷像のようなのでこの名がある。豊富な魔力を持ち、獲物を捕えて喰う、脚を転げると約3mに達する大型の蜘蛛である。また麻痺毒を放ち獲物をとらえて喰うので、一人旅の旅人は彼らに厳重に注意されたし。
『メリメリ』
小型サーベルタイガーの一種だが、牙自体はあまり大きくない。寒冷地の大型節足動物が好きで、大型の毒グモやカニを噛み砕いて食べる音からその名がついたと言われる。
で、とっても賑やかな食卓になったはずなのだが……。
「……なんで、こうなった?」
「ぷ?」
「いや、ぷ、じゃなくてさ」
キャリバン号のまわりには、なぜかスノーラビットのご家族がいらっしゃってまして。
つーか、でけえ!
カニを茹でているニオイが気になったのか、西の方からスノーラビットの一団がいらっしゃったわけですよ、ええ。
もう何ていうか、来て早々からドラム缶鍋のカニに目が釘付けでね、ええ。
だけど、これは俺らの食料だから、たくさん分ける事はできねえぞと言ってみたら。
「まさか、おみやげ持参とは……どんだけ賢いんだこいつら」
『人間に獣肉をさしだしてお菓子をせがむスノーラビットがいる、という話は聞いていましたが……なんと』
そんな噂まであるのか、へええ。
いや。こいつら、こんな土産もってきやがったんだ。
『春を待つもの(別名コルコニ)』
南部大陸原産。異世界にある『ふきのとう』なる植物に似ている。冬の間に雪原の下で育ち、春になると芽吹く。
異世界人の好む食材のひとつだが、なぜか通好みと言われて普及しておらず、異世界人の他はスノーラビットやユキグマなど、雪の世界に順応した動物がわずかに食すだけである。
まさかの、ふきのとう。
この季節でもう採れるあたりが日本と違うが、採れるだけりっぱなもんだろ。
こんなもの出されたら、そりゃあ混ぜてやらんわけにはいかんよなぁって事になり。
で、気づいたらこうなっていたわけだな。
客人もとい客ウサギ用に、ちょっと強引に一杯まるまる味噌仕立てで煮てみた。魔法も駆使してじかん短縮しかけたおかげで、そこそこの味にもできたと思う。
で、巨大うさうさ軍団に囲まれて雪見酒と。
「しかしこいつら、このカニ喰って平気なのかね。魔力に満ちてるだろうに」
「たぶんだけど、このミソってやつじゃないかな?」
へ?どういうこと?
『よくわかりませんが、一種の整腸効果を持っている可能性があります。
本来なら、このカニは魔力含有量が多すぎて彼らが食べると魔当たりして体調を崩すはずですが、そうならない。彼らはそれがわかるのかもしれません』
それってまさか。
「まさかこいつら……カニ鍋の匂いというより、味噌煮込みそのものに惹かれてきたって事か?」
まさか。ただの味噌だぞ。
「でもパパ、それは地球で売ってるお味噌そのものじゃないよね?あくまでパパが再現したものだよね?」
「……なるほど」
確かにそうだな。
光線銃同様、味噌の中身だって、俺はちゃんと知ってるわけじゃないもんな。
『あくまで可能性ですが。
また、これによりこの家族の精霊分の含有量が増大し、最終的にスノーラビットの魔物化が少し早まる可能性もありますね。このカニ食で彼らにもたらされる精霊分は、かなり濃厚なものですから』
「……なんてこったい」
もしかしたら、この衝動的にやらかした宴席が、ひとつの種族の歴史を早回しする結果になるかもってか。
うーむ。
「あははは……パパといると退屈しないねえ」
「褒めてないだろそれ」
「あははは」
アイリスは驚いてないようだ。
まぁなぁ。ランサ拾った時だって、ここまで凄かないけど変な状況だったもんなぁ。
そのランサは、今はミニサイズに戻って大人しくしている。いっぱい食べて眠くなったようだ。
んで、さらに俺の横には。
「満足したか?」
「……マン、ゾ、ク」
「マイ、顔からカニが少しのぞいてる。外では隠せ」
「ハ、イ、」
幼女の姿をしたマイが、そんなことをいいつ自分の顔からはみ出しているカニを脚をぼりぼりやっていたのだった……。
だから、口でなく額を割ってそこから喰うのやめろ、こわいから。
「?」




