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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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名状しがたき無双

 夢のような現実のような、奇妙な回です。

 夢というのは、いつだって唐突で奇妙なものだと思う。

 だからだろう、俺が見た夢もそういう類のもので……それだけのはずだった。

 

 それは深い、深い海の底だった。

 永劫とでも言うべき暗黒の世界にいたソレは、唐突に光の中に取り出され、強引に何か別のものに書き換えられた。別に苦しいわけでも何でもなかったが、そのため、ソレには欲求が生じた。

 

 ……魔力が欲しい……

 

 最初に与えられる魔力は重要だ。ソレは高い能力を与えられてはいたが自我が希薄で、その方向付けにその魔力は使われるのだ。だからこそ、ソレは魔力を欲した。

 だが、なんの魔力でもよいわけではない。

 巧妙な創造主により、受け取るべき魔力と仕えるべき司令塔は決まっている。そして創造主の残した肉体を喰う事で活動のためのエネルギーも入手、ようやくソレは動き出す事ができたわけだ。

 ……だから。

 

『オネガイ……魔力ヲ』

 

 いかに夢の中とはいえ、明らかに人外の怪物に擦り寄られ、魔力をくれと言われるというのは、あまり楽しく経験したいものじゃないよな。

 そいつは明らかに人外だった。いやそれどころか、ひとのカタチすら怪しかった。

 何よりそいつは……あのロリババア博士のシルエットをもつ、しかしただの黒い塊だった。

 

『オネガイ……』

 

 だが、どうしてだろう?

 おそろしい人外の怪物であるはずのそいつが、俺にはどうも恐ろしいものに見えない。ランサの時と同様とは言わないが、何かこう、違うものを感じるのだ。

 そう、違う。

 こいつは確かにおそろしいやつだ。

 でも……それでもなお、こいつは敵ではないと。

 

 そんなに魔力が欲しいのか?

『ホシイ……マリョク』

 

 言われるままに魔力を与えてみた。

 

 ソイツは嬉しそうに魔力を食べだした。

 それは明らかに化け物がエサをすする光景だった。不定型の身体から触手を出し、俺の身体のあちこちから魔力を吸い上げるのだ。どういう視点でみようと、まさに人外の化け物だろう。

 でも俺にはどういうわけか、ランサが俺の手ずから食事をとる時しか想像できなかった。

 ああ。

 そういえばあのロリババアいわく、ケルベロスにも彼らの手が入っているんだっけか。その通りだとすれば、何かそこには共通のものがあるのかもしれないな。

 そんなことを考えていたら。

『ナマエ、ツケテ』

 名前?

『ソウ、ナマエ』

 名前か。

 しかし、何も知らない相手に名前をつけるのは好きじゃない。

 なぁ。君の今までを教えてくれないか?

『……』

 ソイツは疲弊していた。

 おそらく本来は高い知能があるのだろうけど、普通でない目覚めと無理な起動が、ソイツの知的能力を大きく阻害してしまっているようだった。さしものロリババアも、そこまでは小細工できなかったらしい。

 そして彼女(・・)の物語が、やさしく綴られた。

 

 深い海底から引き上げられ、命としてのカタチをいじられた時のこと。

 製作者の『姿』を初めて見た時のこと。

 主人が誰かを教えられた瞬間のこと。

 そして……。

 自分の身体を食って滋養とし、主人の元に向かえという、製作者最後の命令の事。

 

 なんてこった。

 あいつ、ただの学者バカじゃないとは思っていたが……本当にマッドの類だったのか。死後とはいえ自分を食わせるなんて。

 

 とりあえず、性別がメスっぽい事がわかった。雌雄があるのかは知らないが、なんとなくそんな気がした。

 種族的問題から、某ラヴクラフト御大を想像するような系統の名前を考えたが、それだと面白くない。かといって、愛が世界を侵食する某ヒロインの名前も権利的にどうかと思うので、いっそ狂気ネタで古典からとってみようと思う。

 うん。森鴎外でもいってみようか。

 鴎外作品で好きなのがあるんだよ。ちょっと、いやかなり悲しいお話なんだけどな。

 

 よし、おまえの名前はマイ。『舞姫』のマイだ。実際のお姫様の名前にしてもいいが、それだとちょっとアレなので、安直かもだがマイでいこう。

 

『まい……』

 ああ、そうだ。

『まい……ワタシノナマエ、まい』

「!」

 

 マイの声が聞こえた瞬間、俺の頭の中で何かが爆ぜた気がした。

 それは……。

『敵対者確認。現在、海上ヲ移動中。我ハ現在海中ニテ、一番近イ場所ニイル』

 なんだって?

 なんかナマエつけた途端、急に流暢にしゃべりだしたような。なんなんだ?

『魔力ト名ヲ貰ッタ我ナラ、殲滅可能。指示ヲ』

 む。たったひとりなんだろ?大丈夫なのか?

『ムシロ歓迎。オイシイゴハン』

 別の意味で心配になりそうな事をマイはつぶやいた。

 そうだな。

 やっちまってもいいけど、俺にも見学させてくれないか?

 そしたら、マイはしばらく考えた末、こういった。

『ワカッタ。アルジノ目、チョット借リル』

 そう言われた瞬間、俺の視界が強制的に閉ざされた。

 

 

 

 景色が戻ってきた瞬間、俺は一瞬ワケがわからなかった。

 船のような飛行機のような、不思議な内部空間。木造と金属製のハイブリッドの機体。

 これはもしかして、飛空艇の中か?

 俺は、どうやらテレビドラマのように客観視点でモノを見ているらしい。というのも、ぐるっと周囲を見渡したところ、あのロリババア……ミニア博士そっくりの女の子がいたからだ。

 いや……彼女は違う。俺にはわかる。

 そう。彼女はマイだ。

 ミニア博士はあれで一応、人当たりは普通だった。ドワーフって奴らがみんなそうなのかは知らないけど、とにかく、ちょっと容姿が特徴的で行動がおかしい問題があったものの、化け物じみた雰囲気は全くなかった。当然だ、だってドワーフだって人間種族のひとつにすぎないんだから。

 だけどマイは違う。

 いや、写真にとればおそらく区別はつくまい。ミニア博士とマイを撮影してその写真を見比べたとして、視覚的に両者を区別できる者はほとんどいるまい。それほどにそっくり。

 だけど、雰囲気がまるで違う。

 それは、そう。人間を花にたとえるなら、彼女は花に擬態して近づいた虫を喰うカマキリのそれだった。

『見エテル?』

 ああ、問題ない。

『ワカッタ。デハ行ク』

 うん、気をつけてな。

 マイはキョロキョロと周囲をみると、足音もなく飛空艇の廊下をかけていく。全く音がしないので、そのさまはまるで影絵か何かのようだ。

 やがて『船長室』と書いてある部屋の前にたどり着くと、音もなくドアを開いた。

「む、誰だ……なに?」

 どうやら仕事中らしく、そこには制服姿の男がいた。

「子供?いや、ばかな……なぜこの船の中に?まぎれこんだのか?」

 ちなみにマイはミニア博士の白衣まで再現していた。

 どこの世界に白衣着た子供が普通にウロウロしてんだよと思うが、異世界では違うのだろうか?まぁそれはいい、とにかくマイは男が混乱しているうちに無表情のまま近づき、そして、

 

 突然、真っ二つに裂けた。

 

 いや、よく見るとそれは巨大な口だった。ミニア博士の容姿がまるでダンボールの書割りのように縦に割れ、その間には人間の歯、そして顎を思わせるものが横向きになって「あーん」と口を開いていた。

 しかも、それだけではない。

 そのホラー映画もかくやという冒涜的な光景は、第三者視点で見るとさらに異様だった。開口部の上の方に小さなポッチというか突起が浮き上がっていて、そのさまがなんというか、下の割れている部分とあわせて、とってもR18的な、解説しちゃいけないものを思わせたからだ。

 しかもその口で、男を頭からボリボリ喰うのかよ。

 ああ。確かにこれは冒涜的だ。

 

 長々と解説しちまったけど、口が開いていたのはほとんど一瞬だった。

 昔の人ならバッカルコーンなんて懐かしいネタを思い出すかもしれないが、まさにそんな感じだった。ミニア博士の姿をしたマイは、視覚的には自分よりはるかに大きなはずの男にパクっとかぶりつき、一口でくわえこんでしまったんだ。

 そして……さらに冒涜的な光景がここから始まった。

 ばき、べり、ぼき、ごき、がり、ばき、がき、ぎし、げき……こんな感じのくぐもった異音がしばらく響き渡り、マイはそこに立ったままゆらゆらと揺れ続けていた。時間にして一分ほどだろうか?

 そして、ごくりという大きな音がした。

「……テケリ・リ」

 そう言うと、またもや変形を開始して。

「ウム、コンナモノカ」

 数秒後、制服姿の男がそこにいた。声までそっくりだった。

 なるほど。男を喰って命だけでなく、その容姿も奪ったのか。

「記憶モ貰ッタ」

 それはすごい。

 だけど女の子なんだろ?野郎の経験値なんて貯めこんで大丈夫なのか?

「大丈夫。食ベモノノ記憶ハ客観的情報ニスギナイ」

 そういうと、男の姿をしたマイはデスクについた。

 どうするつもりなんだ?

「コノ船ヲ自滅サセル。弱点ヲ探ルツモリダッタガ、ココカラ作業モデキルヨウダ」

 そう言うと、マイはデスクに埋め込まれた魔導器を呼び出し、作業を開始した。

 すごいな、そんなこともできるのか。

「作業ガ終ワッタラ、アルジニ会イニ行ク。あいりす(・・・・)サンニヨロシク」

 ああ。わかった。

 そんな会話をしているうち、俺の意識は、すうっと遠くなった。

 

 

 

「パパ!パパ!」

「……んあ?」

 急激な場面の変化に、睡眠中の頭がついてこられない。

 気づけばここはキャリバン号の中で。アイリスに頭を抱えられていた。

 えーと……これはもしかして膝枕ってやつか?

「気がついたのね、パパ大丈夫!?」

「あー……すまん、コーヒー煎れてくれアイリス。棚ン中にある」

『自分が煎れましょう』

 ルシアがやってくれるようだ。ありがたい。

「パパ、何があったの?なんか夢みてたみたいだけど魔力がいきなり半減したり誰かと話しているような感じだったり……ただの夢じゃないでしょ。

 どこに呼ばれたの?どこにいって、誰とお話してたの?あんな大量の魔力、何に使ったの?」

 そして、アイリスは、すうっと目を細めて。

「……それで、マイって誰?」

 うわ、そこかよ。いきなりそこで切り込むかよ。

「あー……あれ、あのショゴスもどきだな」

「アレと話してたんだ。それで魔力あげて……名前までつけてあげたの?」

 うおぅ、そんな睨まないでくれよぅ。

『夢経由で呼び出し、そのうえ魔力のやりとりですか。主に魔族が好む手法ですが、いかにも人外という感じがしますね』

「……いやルシアさんや。うちはあまり人の事いえないと思うよ?」

『なるほど確かに』

 俺が苦笑すると、ルシアも何か苦笑するような気配をもらしていた。

 うーむ。

 アイリスもそうだけど、日に日に機械っぽさというか、ぎごちなさが取れていくなぁ。見ていて面白いくらいだ。

「でも、いきなり訪問でなく夢からアクセスしてきた理由って何かな?遠くにいるパパと夢をつなぐとか、それ自体かなりの魔力がいるはずなんだけどな」

『周囲のマナを利用したのでしょう。それなら少ない消費ですむはずですし、つながってしまえば主様側の魔力も関係しますから、ある程度の技術があれば場の維持は難しくないはず』

 なるほど。場関係も結界同様、ルシアたちの本分ってわけか。

「んーそれはわかるけど、そもそも魔力も何もない状態だよ?そこまでしてパパにこだわるんなら、普通はまずここに来るんじゃない?どうして遠隔なんだろ?」

 あー、それはですな。

「俺の見た光景が夢でないのなら……あいつ、なんか飛空艇を落とそうとしていたぞ」

「え?」

『飛空艇とは……あの中央大陸からのトンネルを塞いでいた飛行物体の事ですよね?』

「そうだ。よくわからんが、あれと同じのが洋上にいて、あいつはそれに潜入してな……」

 そう。

 そして船長をバッカルコーンして喰っちまってなりすまし、何か小細工を始めるとこまでは見たんだ。

 ところが。

「なるほど。先に気づいて先手を打ったんだね」

『こちらも気づいてはいたのですが、洋上なのでどうしようかと先ほど、あいりす(・・・・)さんと相談していたのですが……そうですか、なるほど』

「って、二人とも知っていたのかよ……よいしょ」

 膝枕がもったいなかったが、とりあえず起き上がった。

「あいつの……マイの話では、内側から細工して自滅させるつもりだったみたいだな」

『文字通りの潜入作戦ですか。しかしそれですと、活動開始した時点で主様を主様と認識し、わざわざ遠隔で頼ってきた事になりますが?』

「ロリバ……ミニア博士の最後の指示らしいよ」

「最後の指示?」

「自分が死んだらそれを喰ってエネルギーとし、俺の元に馳せ参じよとさ」

『なるほど、そういう事ですか。つまり最初から主様に従う事が書き込まれていたのですね?』

「らしい」

「えー、でも変だよ。どうしてわざわざ海中に、しかも人間族の飛空艇の近くなんかにいるの?おかしいよ?」

「あー、それなんだけどな」

 ここはたぶん俺が説明するしかないだろ。

「あいつ、どうも初期段階では視力がなかったらしいぞ。

 それに、あいつに最低限の知識を与え、育てたのはあの博士だ。自分も利用しない地上側の出口の事なんか、あの研究バカのロリババアが教えると思うか?」

「……教えないでしょうね」

「ちゃんと確認したわけじゃないが、あの設備には深海につながる道があり、そっちにも出口があるんじゃないか?でないと、あんな頑丈そうな設備にこもって研究する意味がないしな」

 海洋生物の研究をするのに海底に住むのはいいとして。

 研究するのなら、採取なり観察なり、そういう事も簡単にできないと不便で仕方ないもんな。だったら、そのための出入口なり設備が別にあったと考えるのが基本だろう。

 と、そんな会話をしていた時だった。

『洋上の飛空艇に異変が発生しました』

「!?」

『何かの転移式が働いたようです。転移を始めようとしていますが、妙です』

「何が?」

『人間族に空間魔法はほとんど伝わっておりません。それをいきなり飛空艇に搭載しているとは考えにくいものがあります。

 それに、これでは行き先が……』

「行き先?」

『ええ。推測ですが、彼らの行き先は真上です』

「まうえ……真上!?」

『はい。2000kmほど上空になります』

 それは。

「人間族の飛空艇って、成層圏以上の超高空対策をしているのか?」

 エベレストだって、せいぜい海抜8km台だ。一桁なんだぞ。それでも突然放り出されたら、おそらく死者が出る。

 確かにそれは地球での話で、ここで通用するとは限らない。

 だけど2000kmて。

『転移しました。洋上から反応が消えました』

「……」

『高空対策の件ですが、おそらく無意味でしょう。

 そもそも飛空艇とは、木造船を強化して浮遊させ、これを動力で飛ばすものと聞いております。高山病対策をとっている可能性はありますが、そのような超高空対策をしているわけがありません』

「だよな。やっぱり」

 つまり、それはマイのしわざって事か。

「ルシアちゃん、ショゴスもどきと思われるものって検知できる?たぶんこっちに来るはずだよね?」

『こちらではまだ。しかし人間族の飛空艇に侵入するくらいですから、隠密能力はかなり高いと思われます。注意が必要……!?』

 その言葉が、途中で途切れた。……ルシア?

「!?」

 え、アイリスまで、どうした?

 なんか知らないが、後ろの方……つまり、キャリバン号の後部ハッチの方を見てフリーズしちまったんだが?

 あー……。

 いやだなぁ。見たくないなぁ。

 でも、見ないわけにはいかないんだよなぁ。

 ……む?

「……」

 ふと見ると、ランサも起きたらしく、いつものボックス席、つまり運転席と助手席の間にしつらえてあるランサの特等席兼わんこ小屋から顔を出しているのだけど。

 怒ってないな。油断なく警戒はしているみたいだけど、危険物と見ている感じはしない。

 いやむしろ「まーたなんか来やがった」と言わんばかりの雰囲気の方が強いかも。

 よし、覚悟を決めたぞ。

 そうして、振り返った俺の目の前には。

「……テケリ・リ」

 そんな妙な言葉をつぶやきつつ、ロリバ……ミニア博士によく似た異形の存在が、静かに座っていたんだ。


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