色々とアレでソレで
何とか帰還した俺たちは、くたくたに疲れて停車場に戻る事になった。
だけど、とりあえず晩まで寝てから報告に行くつもりだった俺たちを、外の世界は待っちゃくれなかった。さっそくと言わんばかりにキャリバン号の窓がこんこんと叩かれ、外を見ると事務員らしい山羊人さんがいたんだな。
「南ジーハン役場の者です。異世界人のハチ様ですね?クラーケンの件でお話を伺いたいと思いまして」
ちょっとまて、勘弁してくれよと思った。
思ったけど出ないわけにはいかない。
仮眠をとろうとして眠りかけた頭を無理やり起こし、窓をあけた。
「ああ、その話ですか。急がないとダメです?すみません、ちょっとクタクタなんで仮眠とりたいんですが」
「なるほど、でもすみません少しだけ。緊急事態なもので」
「緊急事態ですか?
「はい。実は例のクラーケンですが、アレが突然に動き出したとの通報がありまして」
「……は?マジで?」
「はい、マジです。ハチ様の情報を聞いてクラーケンを確認しにいった者がいたそうなんですが、その者の見ている前でクラーケンが動き出したそうで」
げげっ!
「それはまた……皆さんご無事だったんで?」
「ええ、それは。皆さんクラーケンをしっかりやり過ごし、無事戻られたそうで。さすが、現役を退いたとはいえ元漁師ですね!」
「……マジかよ」
ちなみに後で聞いたところによると、大型の魔物対応で気配を隠すスキルは漁師なら誰でも必須なんだそうだ。
マジかよ異世界の漁師、逞しすぎるだろ。
「それでこちらの村長さんに伺いますに、ちょうど皆さんがドワーフ遺跡に調査に向かわれていたとか。何か情報がありましたら、と思いまして」
それは確かに寝てられんわ。いくら俺でもわかる。
「なるほど、そりゃ洒落にならないな」
とりあえず起きよう。簡単にすむとは思えないからな。
「アイリス、もう戻ったか?」
「戻ったよー」
「おけ、悪いがコーヒーいれてくれ。自分も飲みたいならその分もな」
「はーい」
俺は今日の濃厚すぎる体験を、山羊のお姉さんに話す事にした。
ああ、お姉さんは中に入ってもらった。後部の空間が広くなっているし、外は雪が降っていたからな。客人を外に待たせて長話する趣味はない。
「担当のカルティナと申します。よろしくお願いいたします」
「あ、どうも。こちらこそ」
カルティナさんは中に入って温かいと喜び、そしてコーヒーを飲んでおいしい!役得!皆に自慢しよう!等と奇妙なほどにゴキゲンだった。
聞けばアリアさん……そう、コルテアの首長さんをなさってる、あの山羊人のお姉さん……いやお姐さんか?彼女がキャリバン号でお茶をいただいた話は、ジーハン界隈で事務職している山羊人の女の子界隈では有名なんだという。
あれか。
それは山羊人ネットワーク、いや、女子の横のつながりってやつか?
「いえ、実は首長のアリアは母なんです」
「おっと」
娘さんでしたか。それはそれは。
そんなこんな馬鹿話をしていても、さすがプロはプロ。本題に入るとたちまち真顔になった。
「ドワーフの研究者ですか。なるほど、開かずの扉の中にドワーフの方がいらしたのですか……」
「妙に納得してますね。調査の時、色々呼びかけたりしたんじゃないですか?」
「そりゃもちろんですが、ドワーフ研究者という事でしたら納得です。
私はドワーフの方にお会いした事はありませんが、彼らが超のつく研究バカで、戦争だろうと天変地異だろうと全く気にせず研究を続けるような人たちだというのは存じておりますから。
調査隊の呼びかけなんて、そもそも気づいてなかった可能性がありますね。
さすがハチさん、ドワーフにも根回しとは凄いコネをお持ちですねえ」
「いやいや、それ俺じゃないっすから。単に仲間にコネ持ちがいるだけで」
俺がそう言うと、カルティナさんはクスクスと楽しげに笑った。
「そもそもコネってそんなものですからね。なるほどです」
「そんなものですか」
「ええ」
幸い、カルティナさんはにこにこ微笑むだけで、それ以上は特に追求してこなかった。
「つまり動力炉が止まったかもしれないって事ですね。わかりました、そちらには調査チームを派遣するように手を打ちましょう」
「すみません、面倒を起こしちゃって」
「なんのなんの。
ドワーフの施設は信頼性が高いといっても、結局は遺跡、遺構ですからね。いざという時の対応に抜かりはありませんよ。
実際、倉庫に入れられているものは常温保存のきくものが中心です。倉庫は地下にあり、温度湿度はほぼ一定なんですが、放置すると湿度が少し高めになるようです。
ですが、結露対策の方は動力システムとは無関係にやっていますから、今回のところは心配無用です。
あとゴーレムについては、非常対応として魔石を使えるよう、あらかじめ手を打ってあります。もとより彼らを使うのは大規模搬入が中心になりますから、しばらくはストックの魔石で充分に間に合いますしね。
そんなわけなので、ご心配なく」
「おそれいります」
根回しずみか、さすがだな。
「それより問題は、このあたりにある地下設備ですね。動力が尽きたとなると、何か問題が起きる可能性がありますし……。これは一日も早く、いや一刻も早く調査チームを送らないとまずそうですね」
「あ、地下設備群もご存知なんですか」
「そりゃあもちろん。わがジーハン役場を舐めてもらっちゃあ困ります」
ふふん、となぜかドヤ顔でカルティナさんは笑った。
……もしかして、結構お茶目な性格?
「スノーラビットの繁殖地あたりをご覧になったのならもうおわかりと思いますけど、このへんの開発が進んでない理由は地下にドワーフの設備が残されているからなんですよ。
町を作るとなったら、当然ですけど穴を掘ったり杭を打ったりするでしょう?
迂闊な真似してて、何かあったら怖いじゃないですか。土地は他にもあるんですから、そういう危ないところは避けましょうってわけでして」
「なるほど。道理ですね」
「はい」
下に訳の分からないものがあるって知ってるのに、わざわざちょっかい出す必要はないよな、そりゃ。
「お話によると、下のドワーフの方は怪我をなさっているのですね?」
「なさっているというか、俺が逃げるときに怪我をさせたというか」
「わかりました。いるかどうかはわかりませんが、医療の心得のある者も差し向けてみましょうか」
「……いるかどうかわからない?」
「ええ」
カルティナさんは大きくうなずいた。
「もしお元気で作業を続けているのなら、おそらくそのドアも修復にかかっているでしょう。その場合は無駄骨になる可能性もありますが、動力炉も修復されると見ていいですね。なんの動力もなく海底で生活するわけにはいかないと思いますから。
療養中でしたら、足りないものはないか等、医学のわかる者がいる方がよいでしょう。
ただ今までのケースですと……ドワーフがいると聞いておじゃました場合、痕跡があるだけで、もうおられないケースしかないのです」
「……既に引き払っている可能性があると?」
「退去されているのか、あるいは隠し部屋にこもっているのか、わかりませんけどね。
しかし動力炉なしでこもる事に意味があるとは思えませんから、止まったままならおそらく退去なり、なんなりされているのだと思いますね」
「なるほど……」
そうして、カルティナさんにはいくらかの話を聞いた。
「何かありましたらいつでも首長か、それとも私の方にご連絡ください。では」
「お疲れ様ですー」
カルティナさんが帰り、気が抜けると急速に眠気が襲いかかってきた。
「パパ、寝るの?」
「おう。もうやばい」
「うんうん、お休みー」
なんだ?アイリスは眠らないのか?
「うん。ちょっと気になる事があるから。終わってから寝るよー」
「そうか。あまり無理するなよ」
「うん」
あれ?そういやアイリスって、本当は寝なくてもいいんじゃなかったっけ?
最近は俺と一緒に寝る習慣ついてきたけど……。
ああいかん。もう頭が働かない。
おやすみなさい……。
『お休みになられたようですね』
「うん」
眠り込んでしまった健一のそばで、女たちの秘密の会話が始まった。
「ルシアちゃん、そっちにはなんて情報きた?」
『ミニア・ミニラなるドワーフが死亡したとの情報を入手しました』
「やっぱり間違いじゃないんだ……自決って来てるのも一緒かな?」
『主様に負わせられた怪我とは無関係のようですね。怪我の治療をする代わりに、自分で催眠効果のある毒薬を服用したようです。
彼女は魔力過多症を長年わずらっており、そのために老いる事がなく寿命も二千歳を越えていたそうです。しかし近年はさすがに精神面の疲弊が進んでいたそうで、元々、ショゴスもどきとやらの件を最後の研究にするつもりだったようです』
この世界では、飛び抜けた長命種の自害は悪とは見られていない。長く生きるというのは、特に千年クラスになると小さくない精神的負荷を伴うからだ。
実際、親兄弟どころか一族全ていなくなり、それでも若いころのまま生き続けるというのは、おそらく途方も無い負担になるだろう。
ドワーフは皮肉にも、その研究バカな性格ゆえに孤独な長命にも耐えられる。限度も当然あるが。
だがしかし。
「自分本位の研究バカがドワーフの本質とは聞いてたけど……悪い方向にものすごくドワーフ的な人なのね。いいかげん死にたいって意思を否定するつもりはないけど、なんでこのタイミングでそれをするわけ?
パパがそれ聞いてどんな思いするかなんて、考えもしないのかしら」
『そうですね。当の主様は、その当人に攻撃した心労で苦しんでおられるというのに』
「うん」
健一が眠りに落ちたのは彼女たちのしわざだった。
対人攻撃のストレスを睡魔に転嫁する事である程度昇華させる。ストレスを完全になくする事はできないが、おそらく最終的には、ちょっと気分が悪くなる程度ですむようになるはずだった。
本来、彼は同種族間の殺戮行為には耐えられないタイプの人間。
そんな彼の柔らかい、瑞々しい心を守る。
これもまた、彼女たちの大切な仕事であった。
『あともう二件、気になる最新情報があります。
まずひとつめ。無人になったはずの海底設備で正体不明の何かが活動開始した模様です』
「……まさか、あのショゴスもどきってやつかな?」
『わかりません。すぐに反応が消えたようですが。奇妙というか不審な点があります』
「不審?」
『主様に対して非常に友好的な存在のように思えます。あいりすさんや自分たちと同じように』
「どういう事かな、間違いの可能性は?」
『わかりません。ただ、キャリバン号の敵性判断も同じ答えを返していますので、少なくとも主様にとって悪い存在ではないと思うのですが』
「……ふむ」
アイリスは眉をしかめると、少し考え込んだ。
「とにかく警戒だけはしとこうか。ね?」
『わかりました。ところで二件目ですが』
「うん」
『人間族国家の合同特殊部隊のようなものが動いているようです』
「……今ごろ?」
ちょっと想定外の情報に、アイリスの声が素っ頓狂なものになった。
こちらは南大陸にいるというのに、それでも動くというのか。
『ええ、今ごろです。大樹精様の情報によれば、飛行機械を回して隠密で飛行しているようです。人間の町にも、他種族にも気取られないよう、しかも相当な高速で』
「……そういう事か。じゃあ、かなり本気なんだ」
南大陸は人間族の領域ではない。少なくとも中央大陸の人間族国家が入っていい領域ではない。
そこに部隊を派遣するというのは、南大陸の国家群に対して侵略戦争をしかけるという事。比喩でも例えでもなんでもなく、そのまんま、宣戦布告なしに侵略戦争をしかけるという事。
『今回の異世界人には手を出すべきではない、という聖国の主張を、ハイと言いつつこっそり共謀して派遣したようですね。聖国ではおそらく把握しているのでしょうが、口出しできないでしょう』
「口出しできない?どうして?」
『その情報を掴んだのが、いわゆる亜人部隊だからです。これは知る人ぞ知る極秘部隊であり、表に出すには時期尚早という事のようです』
「そう。でも意外だね、いくら異世界人だからって、ここまで全力で仕掛けてくるなんて」
健一でわかるように、異世界人は単に異能持ちであって別に超人でも何でもない。しかも戦闘を良しとしない傾向があるため、否応がなしに戦い続けた者を除けば、実は対処は難しくない。
それでも手に入れるというのか。
「こっちの情報はちゃんと伝わってるのかな?」
『真竜様、大樹精様、さらに魔族までもが関わっているという情報は聖国からの情報として既に出されているようです。ただ彼らはそれを信じておらず、先の飛行機械の破壊も、南大陸国家や獣人勢力の陰謀だと考えているようです』
「……ばっかだねー」
『まったくです』
アイリスのためいきに、ルシアも同意した。
ルシアの主人は、この世界の全ての植物を統べる女王の一角。人間族国家の全ての植物が盗聴システムであり、またスパイにもなる。
そう。彼らはいわば自然神なのだ。
人間族以外の種族はそれを知っているからこそ、真竜同様、樹精王にも敵対しないし、またその必要もない。
だってそうだろう。空だの海だの森だの、そんな『自然』そのものに逆らう事になんの意味がある?
仮にそれに勝てたところで、空は淀んだ大気に満ち溢れ、海は魚も住めない汚濁となり、森は消え去って砂漠が広がってしまうだけだ。それはつまり、自分たちの首をしめる行為に他ならないし、そして自然の方もまた、時たま現れる天災を別にすれば、無意味に住人たちに牙をむく事もない。
なのに、わざわざそんな愚行に走るような者たちなど、人間族の他にいるわけもない。
「要警戒だね」
『はい』
なんとしても、守る……。
彼女たちは、その意思を改めて確認しあった。




