残されし者
「異世界人の客とは珍しい。よく来たのぅ。わしはミニア・ミニラじゃ。見ての通り生命についての研究をしておる」
「ハチ、異世界人だ。見ての通りって言われても、悪いが俺には白衣来た女の子にしか見えないんだ。良かったら、どういう研究のためにこんな海の底にいるのかとか、お仲間なりご家族なりはご存知なのかとか、そのへんを少し話してもらえると凄くありがたいんだが」
俺の目の前には、白衣を着た幼女……いや、さすがに申し訳ないか。少女がいた。
出会った頃のアイリスと大差ないくらいかな?うん、外見上は普通にお子様だ。ただ彼女はアイリスと違って黒髪黒目なので、むしろ日本人の俺には当時のアイリスよりも、さらに幼く見えた。要するにただのお子様だ。
とはいえ。
俺でも感じるほどの強い、強い魔力。
これは確かに、ただの少女ではないな。
「いや待て少年。断っておくが、わしの歳はこれでも1400歳を越えておるのだぞ。あと、わしの種族はこれが成体であって別に子供というわけではない」
「1400!?」
いや、さすがに嘘か本当か俺には判別つかないぞ。理性はもちろん嘘だ、むしろ八歳くらいかと言っているが、ここ異世界だしな。
アイリスの方をチラッと見たら、苦笑してフォローしてくれた。
「パパ、びっくりするのはわかるけど、この人はドワーフだから。ドワーフは魔族なみの知力を持ちつつ生産に特化しすぎていて、そのために身体が大きくならないと言われているんだよ」
「そうなのか……あいや、すみません。とんだ失礼を」
やはり、見た目に騙されてはいけないらしい。俺は頭をさげた。
あと、地球のファンタジーにおけるドワーフのイメージは修正しておいたほうがよさそうだな、うん。
念のために申し上げておくと、ドワーフ族のすべてがお子様の容姿なのではない。むしろ彼らは、少々短足でたくましくヒゲもじゃという、ファンタジー路線のドワーフによく似た姿をしているのが普通だ。女の場合はヒゲがないが、これもまた迫力あるおばちゃんになる。
ではなぜ彼女がお子様の姿かというと、後で俺の知ったところによると巨大すぎる魔力と異能のせいらしい。ミニア・ミニラ嬢は地球式に言うところの、幼態成熟の様相を呈していたのだ。
幼態成熟という言葉に馴染みがない?
もしあなたが昭和な人なら、ウーパールーパー、あるいはアホロートルという動物に覚えはないだろうか?あの不思議な半透明っぽい姿は、もともとあれが子供の姿だったからでもある。つまり、メキシコサラマンダーという動物の幼態成熟が彼らなのだ。
とはいえ、この頃の俺は彼女の身体がそういうものとは知る由もなかった。
そしてアイリスは大人の事情でこれを指摘しなかったし、ルシアはドワーフの容姿や生態には関心がないので何も言わず。
まぁその、なんだ、彼女らも別に万能ではないという事だな。
さて、そんな彼女なのだが。
「そなた、頭は下げておるが、わしが大人だと心では全然信じておらぬな。
ったく、異世界人はドワーフを見ても子供としか思わず、ひどい場合はイエス何とかノータッチ等とわけのわからぬ事を言い出すと聞いておるが、なるほど噂はそのとおりなわけかの?」
「いえ、それは不幸な誤解です。たまたまそいつらがロリコン野郎……要は小さい女の子が好きなヤツだっただけの話かと」
「なるほど。という事は、やっぱりそなたにもお子様に見えておるのじゃな?」
「いや、それは……」
やばい。子供に見えますって白状しちまったようなもんだこりゃ。
ええいままよ、じゃあ、これでどうだ。
「そりゃまぁ実際、そんだけ可愛いならね。むしろ当然かと」
どうだ。いささか苦しい気もするが。
そしたら。
「……は?」
げ、なんか変な事言ったかな俺?
「か、かわいい?わしがか?」
なんか反応がおかしいが……ええいままよ。
「種族特性ってやつなのかもしれませんけどね。でも俺みたいな異世界人の目で見る限り、まるで物語から抜け出てきたみたいに可愛いと思いますけど?」
下手に誤魔化すくらいならと、俺は真っ正直に言ってみた。
実際このミニラ嬢、とんでもなく可愛かった。俺はガキは範疇外とアイリスの時に断言しているのでご存知と思うのだけど、そんな俺だって、ああ美少女って言葉を形にすればこんなもんかなぁって気がするくらいには、この子も……いや、子っていっちゃいけないのかもだけど、とにかく可愛いんだよな。いやホント。
ところが。
「そ、そうか……ふうむ。しゅ、種族的なものかな、そうかもしれぬな、うん」
「?」
なんだかよくわからないが、ミニラ嬢…ミニラさん、いや研究者ならミニラ博士かな?急に口ごもり、それ以降は追求してこなかった。
「……」
えーと、何だかアイリスさんの視線が冷ややかな気がするけど気のせいだよね、うん。
「ところで、年長の方みたいですし、失礼のないように確認したいんすけど、なんて呼べばいいです?やっぱりミニラ博士で?」
「は、博士!?いやいやいやとんでもない、こんな引き篭もりが博士だなどと……ハハハハ」
なんだかすごく嬉しそうだなぁ。
ああそうか、もしかしたら彼女、ずーっと研究生活で、本人も気づかないうちに人間に飢えているのかもしれないな。
わかるわかる。俺も何ヶ月もひとり旅してた頃、しばらく会話に飢えてて、なんでもない会話も楽しかったもんな。
うむ、だったら叱られない限りはミニラ博士で通しておくか。
「じゃあ、とりあえずミニラはか……」
「ミニアでよい。発音しにくければミニでもよいぞ?」
「いえ、ちゃんとミニア博士と言わせてもらいます。あと、異世界人にミニと呼ばせるのはよくないんじゃないですかね?」
「ん、なんでじゃ?」
「俺の世界じゃ、ミニという言葉には『小さい』っていう意味があるんですよ。年長者に小さいはないでしょう?」
「ほう?そういうことか。うむ、おぼえておこう」
ウンウンとミニア博士はうなずいた。
ちなみに、ここは例の海底の設備の中。トンネルから扉一枚入ったところでメインホールというらしい。
「ここはもともと来訪者スペースでな、乗り物などもここまでは入っていいんじゃ。しかし、この先は勘弁してくれるかな?ホールの中に停めていくとよかろう」
「おそれいります」
「なに、かまわん。この乗り物自体も騎獣の一種のようじゃし、何やら植物系の臭いもする。そもそも通路に停めっぱなしはよくないじゃろ」
どうやらキャリバン号の中身やら、ルシア姉の事もわかっているらしい。
言われた通り、キャリバン号を動かして指定位置に寄せてみる。
「こんなもんで?」
「うむ、問題ないぞ」
「了解です。では停止」
キャリバン号を止めて外に出た。
「ワン!」
「あーランサ、おまえはちょっと留守番」
留守番しててくれと言おうとしたのだが、
「なんじゃ、ケルベロスの仔までおったか。……む?」
ミニア博士はランサを覗き込み、おやっという感じに微笑んだ。
「ほほう、これは珍しい。進化しかけておるな?」
「え、進化?」
「知らんのか?ケルベロスは子供のうちに受けた魔力で、大きくなってからの種族がだいたい決まるのじゃ。といっても、よほどの事がない限り基本種のケルベロスから逸脱しない範囲で、それぞれに特徴のある成長をする程度なのじゃがな。
おお、よしよし。どれ、わしにちょおおっとおまえさんを診察させてくれんか?ん?」
「わんっ!」
ランサは一瞬ミニア博士を警戒したようだけど、そのまま大人しくされるがままになった。
「ほほう、随分とかわいがっておるようじゃの。普段は小さい身体で過ごしておるが、順調すぎるほど順調に成長しておる。いささか身体が小さいようにも思うが、まぁ個性の範囲じゃろう。うん、立派な健康体じゃ。この調子で育てるがよかろう」
「わかるのか?」
「もともとケルベロスは魔族の依頼で、わしらと共同開発した種じゃからな。わしらもよく使っておるし、よく知っておるよ」
「へえ……」
「え、アイリスも知らなかったのか?」
「うん、初耳」
おいおい、そっちの方が驚きだぞ。
「いや、それは知らんで当然じゃ。ドワーフが関わっておるのは極秘じゃったからの」
「へ、なんで?」
「人間族がうるさくなるのは目に見えていたからのう。ケルベロスの弱点を教えろとか、飼いならすにはどうするとか。目に浮かぶようじゃ……」
「なるほど」
嫌われてんなぁ人間族。
「あれ、でも秘密ならバラしていいのか?」
「今さらじゃろ。人間族がどうあがいても、ドワーフは地上にはおらんのじゃからな」
「ちょいまち、そういう博士、あなた自身がドワーフでしょうに」
俺は思わずツッコんだ。
しかし。
「わしらは別じゃよ。そもそも地上に出る事はないし、やつらの目に止まるつもりもないしの」
「地上に出ない?」
「うむ」
ミニア博士は大きくうなずいた。
「わしの専門は生物、特に海洋生物が中心なんじゃよ。宇宙では用事にならんのじゃ」
「あー……なるほど」
専門分野の問題なのか。
「わしの他にも残っておる研究者はおるが、似たようなもんじゃよ。こもりっぱなしで研究に没頭中じゃ。
外に出なくとも生活はできるし、そのうち人間族がいなくなれば同胞も降りてくるじゃろ。だったらこのままでよいって者たちがな」
「……気の長い話だなぁ」
「否定はせんよ。しかし学者なんてのは、好きな研究が好きにできるなら、よくもわるくも他を忘れがちな生き物でな……本当によくもわるくもじゃが」
クスクスと笑うミニア博士。
その笑顔には確かに、たぶん年月に裏付けられた影が見えた。
と、その時だった。
「おっとそうじゃ、ケルベロスで思い出したぞ!」
「……はい?」
「実はの、お主に頼みたい事がある。とある生き物の核に魔力を流し込むのを手伝って欲しいんじゃよ」
「生き物の核?」
えっと、すみません。わけがわからないんですが。
「話は現物を見つつしようぞ。ま、こっちにくるがよい。
竜の嬢ちゃんも、あとケルベロスも連れてきてよい。ろくなものがないが、まぁ軽く飲み物でもごちそうしよう」
ほれ、こいこいと通路の入り口で、ミニア博士は手招きをした。
俺はアイリスと顔を見合わせ、そんじゃ行こうかと思ったのだが、
『主様』
「なんだ?」
ルシア妹が、唐突に声を出してきた。
『離れると通信が阻害される可能性があります。そうなると、たとえあいりすさんがいても難しいでしょう。ですので、これを』
「!」
しゅるっと蔓が一本のびてきて、俺の手首に巻き付いた。妹の蔓と並ぶように。
『これで、妹を経由する事でお話できると思います。どうかお気をつけて』
「おう、ありがとよ。ここを頼むぜ」
『はい』
俺はルシアに礼を言い、ランサを肩に乗せた。
「今行きます!」
「うむ」
入口ホールから中に入ると、2つ目の空間は巨大なホールになっていた。
「海底に、こんなガラスドームが……」
「特殊な魔導ガラスでな。ま、千年前の大騒ぎでほとんど埋もれてしまっておるがの」
その言葉通り、ほとんどは土砂やら錆びついた何かで覆われていた。
しかも、残されたわずかな隙間に……。
「あれ、もしかしてクラーケンじゃ?」
「ああそうじゃ。あやつはどうもここの動力炉のエネルギーが欲しいようでの。ごくろうな事じゃよ」
「へ、平気なんですか?」
内側から見る巨大なクラーケンの身体は、海側から見るのとは別の意味で非常に気持ち悪い。
タコを常食する日本人の俺ですら気持ち悪いんだから、一般にはやはり不気味なものじゃないのかな。
「ここの魔導ガラスは動力炉の暴走ですらも吹っ飛ばん本物の特別製での。クラーケンではどう足掻いても突破不可能じゃ、心配いらぬよ」
クスクスと博士は楽しげに笑った。
「それにしても、異世界人が訪ねてくると連絡をうけた時は驚いたぞ。ま、異世界人自体はさほど珍しくはないのじゃが、何しろ異能や魔力を目当てにどこかの国が速攻、拉致してしまうのが常じゃからな。まさか異世界人の路の子がおるとは」
「路の子?」
「旅人の事よ」
ほう、コーランみたいな言い回しをするんだなぁ。
「それに、なかなかの魔力じゃ。異世界人多くといえども、こちらに来て以来、毎日大量の魔力を消費していなくてはその魔力量にはなるまいよ。
まぁ、その魔力を見込んで、ちょっと手伝って欲しい事があるわけなんじゃが」
ふむ。
「そういや、生き物の核でしたっけ。なんて生き物なんです?」
「ひとことで説明するのは難しいのう。そもそも既存の生き物ではないでな」
「既存の生き物じゃない?」
「簡潔にいえば人造生命の類じゃな」
「人造生命?」
「うむ」
話しながら歩いていると、やがて壁に道を遮られた。
「『#$%&'@{}+:)(&%¥¥』」
全く意味のわからない言葉を博士が言うと、スッと音もなく道が開いた。
「なんて言ったんです?」
「禁断の扉は正しい心によってのも開かれる、と言ったんじゃよ。超のつく古代語じゃからな、さすがに今どきの翻訳魔法では無理じゃったか」
「おおすげえ、そんな言葉まで喋れるのか」
「……そなた、まだわしを子供だと思っておるな?」
「とんでもないです」
やれやれと苦笑しつつも、博士は足を緩めない。
「そなた、原型生物というのを知っておるか?」
「いえ、残念ながら」
「ふむ。主に海底に住むんじゃが、太古の昔より変わらぬ不定型の身体をもち、さらには永遠の命をもつ生き物じゃ。まぁ単細胞生物であるし、永遠の命といっても過酷な環境に置かれるとあっさり死んでしまうわけじゃが」
「むむ。アメーバみたいな生き物かな?」
「アメーバ?」
「ええ。似たようなのが俺の世界にいるんですが」
「そうか。
で、この原型生物はなぜ原型生物というかというとじゃな、魔科学を用いて様々な生き物のベースにするからじゃよ。ケルベロスにももちろん使われておるし、他にも様々な生き物の元になっておる。わしらドワーフには、おなじみの生命体というわけじゃな。
ほれ着いた。現物はこれじゃ!」
「……うお」
それは何というか……それは黒いタールか何かの塊のように見えた。
それは動いていなかった。でも生き物なのは何故かわかるわけで、そして、非常にやばいものだというのも、なぜか理解できた。
な、なんだこの、SAN値が下がりそうな代物は?
「もうずいぶんと昔の話じゃ。異世界からやってきた男が何冊かの本を持っておった。その本はどうやら言い伝えのようなものをたくさんまとめられた本のようでな、おぞましい狂気の神だの、顔のない神だの、奇怪な海産物の化け物だの、そういうものが無数に描かれておったわけじゃな」
「あの、博士?それは言い伝えでなく、言い伝え風に書かれた小説だと思うんですが?」
「ん?ああわかっておるとも。それが真実でなく、空想で書かれたものであろう事はな。
じゃが、そこに書かれておる内容が実に興味深かったのも事実じゃ。特にその中にあった、とある奉仕種族について興味深い、何とか再現できないかという話になっての。原型生物を元に実際につくりあげてみようという試みが何度も、何度も行われたんじゃな」
「何度も?つまり、失敗を繰り返したって事?」
「うむ、遺憾ながらその通りじゃ。
わしらはな、原型生物を元に何かのカタチを作り上げる事はやっておったが、原型生物そのままに高等生命に進化させるなんてとんでもない事は誰も試しておらなんだのだ。文字通り、膨大な時間を投資する事にもなった。
じゃが、こういう挑戦は難しいほどに闘志が沸くものよ。
そして400年ほど前かの、ついにそれは完成したんじゃ。
いかなるカタチにもなり、希薄ながら自我をもち、主人の命令通りに活動する究極の『元型』がのう」
「……」
俺は博士の言葉の意味を噛み締め……そして内心、冷や汗を流していた。
もしかして俺、とんでもなくヤバいもんに関わる羽目になってないか?
「さぁ異世界の少年よ、これに目覚めの魔力を吹き込むがよい。そうする事によりこやつの魂には方向が与えられ、ひとつの生き物として目覚めるのだ」
「……マジでやるんすか?」
「もちろん。さぁ」
うわぁ、マジかよ。
でもまぁ、ここまで来たもんは仕方ないかな、やるか。
しかし。
「ちょっと待て」
その瞬間、俺の背後からアイリスの声が響き渡った。




