なんか出た2
未知のトンネルの中を軽四ワンボックスで探検する。
こうして文にすれば、どれだけ非常識かって状況だな。念のためにいっとくけど、日本なら絶対やっちゃいけないぞ。おじさんとの約束だ。
まず、自動車は小回りがきかない。何かが起きた時、スパッとUターンして逃げられない。
次に、自動車は道路状況が少しでも悪化したら、即立ち往生してしまう可能性が高い。
そもそも一般向けの自動車は、ある程度の路面の差異はあっても「一般共用されている公道上」で使う事しか想定されていない。だから廃隧道は論外としても、そうした公共物として維持管理されていない道路を走らせるというのはリスクが高い。ぶっちゃけ、ただの林道でさえ、途中でオイルパン割れて立ち往生したって自業自得なのに、そもそも誰も通りかかるはずのない廃道や廃隧道でそれをやったら?冗談でも何でもなく、そのまま死んじまう事だってあるんだよ。
かりに何とか、外に助けを求めたとしよう。だけどトンネルに重機は入れられない。大迷惑どころの話ではすまないし、救助に際して天文学的なお金を要求されても文句は言えない。保険屋だって、一般共用されていない道路での問題の保障までしてくれるかどうか。
そして最後に。
もし中で何かあって逃げる羽目になったら、大切な移動のアシであり愛車でもある車を失うって事を絶対に忘れちゃいけない。
でも。
俺たちの旅の場合、少し様相が異なる。
まず、キャリバン号はただの車ではない。というか、そもそも浮いて走っているので現代の概念ではクルマではなく、SF作品によく出るエアカーってやつに近いだろう。
当然、車輪のついたクルマでは絶対無理な場所も余裕で走れるし、水の上すらもOK。高所に飛び出ても徐々に高度が落ちるだけで墜落などしないのも、既に確認ずみだ。
またインテリジェントな乗り物だし、植物系生命体であるルシア姉が同化もしている。少しなら自力で走る事もできる。アイリスの補助までそこに加わっているから、ほとんど小型の移動基地状態。
とどめに俺自身の問題もある。
つまり、自力で身を守る術をほとんど持たず、不意打ちにも弱い俺の場合、キャリバン号ごと突入する方がはるかに安全だというのが、うちの女性陣のご意見だ。
うん、ちょっと悔しい。悔しいけど、男の挟持にも限度があると思うんだ。
前にも言ったが、俺をひのきのぼうだと仮定すれば、彼女らはドラゴンスレイヤーに等しい。それほどの戦力差があるのだから、彼女たちの意見は至極ごもっとも。実際、俺も正しいと思う。
てなわけで、用心しながらキャリバン号ごと突入となったわけだが。
「結構な急勾配ですね」
「ああ。これは明らかに道路用ではないよなぁ」
たとえて言うなら、ショッピングセンターやモールの地下駐車場への通路の勾配かな。あれがひたすら、まっすぐなのを想像してほしい。
しかし、それらの通路との最大の違いは、勾配に安全マージンが見当たらないこと。
つまり、もしブレーキが壊れて転がりだした場合、適当にぶつけて最悪の事態を回避させるためのものが一切ないんだ。
これは……そういう安全基準が存在しなかった、というのでないなら、一般用の通路ではないと思うんだよね、経験上。
「なんか波打つみたいになってるね」
「そうだな」
うん、それも気になる点。
急勾配が続いたかと思うと平坦になり、そしてまた急勾配を繰り返しているんだよな。
「なんていうか……何層にもなっている地下設備を斜面で接続している、みたいなトンネルだな」
『その印象はおそらく間違いではないでしょう』
ルシアが俺の意見に補足してくれた。
『このあたりから西に……そう、スノーラビットの繁殖地があった土地あたりまでですが、大規模な地下設備の跡があります。さすがに動力が動いている気配はありませんが、何か魔物とおぼしき大きな生き物が徘徊している気配もあります』
「うん。タブレットにも反応出てるよ。みんな西側に」
なるほど……。
「つまりこのトンネルは、もともとは地下設備間の連絡道だったって事か?しかしそれにしても」
まともな扉や出口らしいのが、西側にほとんどないぞ。
「ドワーフ式の出入口みたいなのは少しあるよ。ほら、あれも」
「あれか?」
「うん」
「ちょっと止めるぞ」
よさげなとこでキャリバン号を止めて、まじまじと見てみる。
「……読めんな」
壁にわずかに隙間があり、何か文が書いてある。読めないけどな。
「話し言葉だけでなく文字も読めればなぁ」
俺が異世界で言葉にほぼ困ってないのは、主に翻訳魔法のおかげだ。人外系の場合、キャリバン号内については精霊分の濃さである程度意思がつかめるほか、うちの優秀なスタッフが適切に翻訳してくれるという……まぁ、なんというか至れりつくせりのありがたい状況下にある。
実際、言葉がわからなかったら、それだけでコミュニケーションには弊害が出るし、騙されていいようにされていても対応に限度がある。そして、異世界には駆け込むべき日本大使館もなければ、同郷の知人も頼れない。
ありがたい事だよ本当に。
ふむ。
やはり毎晩少しずつでも時間をとり、勉強してみるべきかな?
言葉を教えてくれというと、アイリスにもルシアにも揃って難色を示されるので、とてもやりづらいんだが。なんでか知らないけど、翻訳魔法すら学ばせてくれないんだよな。ぶっちゃけると、それは私たちの仕事なんだから取るなって感じで。
まぁいい、その話はまたいずれ。
話を文字に戻そう。
「で、何て書いてある?」
「んー、非常出口って書いてあると思う」
『付け加えれば、出入りには指定の印章を使うように、でないと警報が鳴ると警告もありますね。ドワーフのものと思われる日付と設備担当の名前もありますね』
「そうか。するとドワーフで確定だな」
「たぶんね」
『その可能性は高いですね』
このあたりにドワーフの施設がこれだけあるという事は……やはりこのトンネルといい上の倉庫といい、このへんにはドワーフの巨大設備があったという事か。
……いや、「あった」ではなくて「ある」かな?
「ここ、灯りがついてるんだよな」
「え?」
「西の地下設備はどうだ?向こうにもエネルギーが供給されているのかな?」
『はい。先程も申し上げたようにエネルギーを実際に使っている気配はありませんが、エネルギーが伝達されているのは間違いありません。地上からはわかりませんでしたが、ラインが伸びているのが感じられます』
使用中の倉庫のゴーレム。灯りのついているトンネル。
使われてはいないものの、使おうと思えば使えるレベルでエネルギー供給されている施設群。
これが意味するものは……。
「ここの設備って、実は使用中なんじゃないか?」
「使用中?」
首をかしげるアイリスに、俺はうなずいた。
「誰もいないのに使用中?」
「目的があって無人運転しているのかもしれないぞ。何かの計測器を動かすためとかな」
ただ、ちょっとひっかかる事があるんだけどな。
部分的にエネルギーを供給する必要があったとしよう。千年かそれ以上。
それは凄いことだけど、ちょっと疑問点がある。
「このトンネルや上の倉庫、地下設備にエネルギーを供給している理由は何だろう?」
『管理のためのシステムが上にあったのかもしれませんね。それなら今いるコルテアの人間たちが操作するでしょう』
「うん、それもありうるけど……西の区画へのエネルギー供給までコントロールできるとは思えない気がするなぁ」
「そう?」
「ああ」
首をかしげたアイリスに、俺はうなずいた。
「自分たちがこのシステムを管理してると想像してみろよ。
無人運転のまま放置できるとして、たまにメンテナンスに来るとして……誰が来るかもわからない地上に制御システムを全部集めるかな?むしろ、地上部分には最低限のキーを置いて、上から直行可能な、ただしある程度のセキュリティに守られた、しかも『ちょっと弄りに来た』程度のバカだったら尻込みするような深い場所に、すべてのコントロールを置くんじゃないだろうか?」
「……なるほど」
『一理ある考え方ですね』
俺はもちろん、こういう設備を維持管理した事はない。もともとIT屋だしな。
ただ、セキュリティの概念っていうのはジャンルが違っても大差ないと思うんだよ。
「ま、とりあえずもう少し降りてみるか。現時点でもかなり降りているはずだしな」
『はい。現在、水面下40mです』
「わかった。ぼちぼち行こう」
そう言うと俺は、キャリバン号を再びゆっくりと走らせはじめた。
トンネル自体は、もうこの世界である程度見慣れたものだった。
何しろ俺自身、日本に帰る道を探る身だ。今のこの世界には異世界との移動技術なんて存在しそうにない事もあるし、おそらくこれからも遺跡やら旧跡の類には関わる可能性が高いと思うので、そういうのに慣れる事自体は問題ない。
しかし、なんでこうトンネルばかりなのかね。
たまには普通の都市遺跡でもいいのよ?なんで俺が遭遇するのは、その手のヤツばっかなんだ?
まったく。
『現在、水面下98m』
「うお、かなり深くなってきたな」
視覚的には何事もない。窓がない事もあり、倉庫からここに突入した時と風景は全く変わらなかった。
だけど。
「パパ、何か感じる」
「何か?」
「制御された大きなエネルギー。それと膨大な魔力」
まさか、例の核融合炉が近いのか?
『かなり近いようです。エネルギー的につながっているのも確認できました。どうやらこのトンネルは主様の推測通り、あの設備に付随するもので間違いないのだと思われます』
「ドンピシャかよ……まぁ合理的な結果ではあるけどな」
昔の仕事仲間に、発電所と電力需要の関係を聞いた事がある。
そいつが言うには、発電所だけ回っているっていうのはありえないそうだ。やろうとしても発電機が動かないか、あるいは壊れてしまうんだとか。それを防ぐには空転状態にしてそもそも発電させないか、おかしくならないように仕事をさせてやるんだという。
たとえば、電力需要の少ない夜間に水力発電所に電力をまわし、そして逆転させる。そうする事で、昼間に水力発電するための水をダムに溜め込んだりするらしい。もちろん、そういう事のできるタイプの発電所に限られるだろうが。
もちろん、この世界で使われているのは魔力だ。電力ではないのだから、同じカタチが当てはまるとは思えない。
だけど、全くなんの用もないのに、核融合炉なんてものを延々と動かし続けるだろうか?
俺が技術者なら、無負荷なら停止させないまでも空転状態にして、最低限の稼働で保全する方向にすると思うんだよな。核エネルギー炉の類は止めてしまうと再起動が大変だと聞いた事があるから、完全停止はせずに。
うん、そんなところじゃないだろうか?
おっと、話を戻そう。
「たぶんだけど、もう少し降りればそのエネルギー区画ってやつか?そこに行けるんじゃないか?」
『どうもそのようです。ただし中に入れるかどうかは不明です』
「そりゃそうだ。上とは比べ物にならないセキュリティがかかってるだろうしな」
おそらく、コルテアの調査員もその先は見てないだろう。ただ動力が生きているから、下手に触らない方がいいとは思っただろうけど。
とりあえず、そこまでは見てみようじゃないか。
そんな事を考えた瞬間だった。
『主様、今すぐ停止してください、緊急事態です』
「!?」
即座にキャリバン号を停止させた。
ルシアがそんな事を言い出すなんて初めてだった。しかも、出会ってから今までのルシアの発言はよくも悪くも平坦というか。もともと発声機構がないので俺の頭の中に直接声を響かせているというのもあるのだろうけど、どこか機械的な印象があったんだ。
なのに、今のルシアの声には危機感というか、やばいものが感じられた。
「ルシア、何があった?」
『唐突に周囲の探査ができなくなりました。特に核融合炉の周辺のことが切り取られたように探査妨害されています』
「……うお、マジかよ」
『はい』
「パパ、こっちも『アクセスできません』になっちゃったよ!」
タブレットを持ったままのアイリスが、真剣な顔になっていた。
「ちょっとまて。今、少し下がってみる」
急勾配なのでそろそろと、キャリバン号をUターンさせた。
「少し上がってみる、見えるようになったらすぐ言え」
「わかった」
『わかりました』
そしてしばらく走ると、
「ダメ。戻らない」
『戻りませんね……』
「ふむ。さっきはこのへんでも見えてたんだな?」
『はい』
「みえてたよー」
という事は……そうか。
「要するに、これは、こっちをピンポイントで妨害しに来てるって事かな?」
「ピンポイント……?」
『つまり、それは誰かが意図的に我々を狙っているという事ですか?』
「あくまで可能性だけどな」
少なくとも、なんらかの防衛システムの設定が変わったかどうかしたのは間違いないだろう。
ようするに危険だって事だ。
「ひとまずひきあげるぞ」
キャリバン号は出口に向いている。わざわざここでUターンする必要もない。
そう言って、アイリスたちの返事を待たずしてアクセルを踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
【おやおや、これはまた面白き組み合わせじゃのう】
「!?」
突如としてトンネルの中に、可愛らしい女の子の声で……妙に年寄り臭いセリフが響き渡ったのだった。
海底にロリババアだと!?
おい勘弁してくれよ。いやな予感しかしねえってばよ。




