またまたトンネル?
「そうか。あいつ、まだ居やがるのかよ」
「え、あのクラーケンの事知ってるんですか?」
飲み屋、といっても近所の野郎どもの集会場と化してるそうなんだが。
その集会場に顔を出して事態の報告をしたところ、なんとおっさん&じーさんたちもクラーケンの事を知っていた。
これにはちょっと驚いたような、そして腑に落ちたような気分だった。
「知ってるも何も、このあたりの漁師が一斉廃業したのはそのクラーケンのせいだからな」
「そうだったんですか……道理で」
「ん?」
「いや。誰も跡継いでる雰囲気がないし、港が使えないようにも見えないのに寂れ放題なのは何だろうって思ってたんで。俺はてっきり、何か大人の事情かと思ってたんですが」
あまりにも酷い寂れ具合だったんで、大人の事情なのかなぁと華麗にスルーしていたからなぁ。失敗だった。
まさか、そんな理由だったなんて。
「実際、あんなもんに居座られたんじゃ出漁できんだろ?
それでも出漁したヤツもいたが、そういうヤツはほとんど戻ってこなかった。生き残ったヤツも少しはいたが高価な船はパーだ。結局は廃業するしかなかったのさ。
助けを呼ぶにしてもなぁ。あれを退治するのに、どんだけの金と人を使うと思う?」
「そうですねえ」
割にあわないよな、確かに。
「ここいらの海は豊かではあるんだが、ここでしか獲れない魚がいるわけじゃないんでな。多大な犠牲を払ってまで、海魔の雄とまで言われるクラーケンと戦うのは無理がある。そうだろ?
もちろん口だけじゃない。ジーハンの役場で相談してな、一度は調査チームが来てくれたのさ。だが結果は」
「……これは無理だと?」
「専門の攻撃チームでも死傷者続出覚悟の『魔神級』だって話でな。とても割に合わないとさ。むしろ移転の相談なら全力で乗ると言われたんじゃが」
「下の世代はよその土地に移った者もいるんじゃが、わしら年寄りはなぁ」
「きついですよねえ。旅行ならともかく、いい歳して知らない土地でイチからやり直すって」
「坊主に言われると妙な気分だが、まぁそうだな」
「ははは、すんません生意気で」
「思えばおまえさんは異世界人じゃからな。生まれた土地と引き離された者という意味において、何か感じるところがあるのじゃろう、違うか?」
「恐れいります」
よかった。周囲のおっちゃんたちも悪意にはとらなかったようだ。すみません考えなしで。
しかしまぁ、あんな超弩級の化け物を倒すとなれば、確かに大きなコストがかかるのは否めない。
コルテア政府だって、危険をおかしてクラーケンを倒すに足るだけの利点がこの土地にない限り、犠牲を払ってまで戦っても割に合わないわけで。住民の移転の方がおそらく安いんだろうな。
理不尽とは思うが……行政がここで割にあわない事をするわけにはいかないもんな。
「すみません。いやな質問しちまって」
「いやいや、かまわんさ。
しかしそうか。クラーケンってのは強いエネルギーも喰うもんなのか。それは知らなかったな」
「そして、そのクラーケンが居座ってるあの下には何かがあると」
「坊主もよく無事だったな。おまえさんの魔力だってエネルギーだろう、結構やばかったんじゃないか?」
え……俺?
「なんじゃ、気づいてなかったんかい。
おまえさんだって魔族そこのけの魔力もちじゃろ?わしらですら感じるくらいじゃからな」
「クラーケンがどうかは知らん。だが、エネルギーに引き寄せられるタイプの魔物っていうのは例外なく強い魔力にも興味を示すもんだ。クラーケンがエネルギーに惹かれるというのなら、強い魔力にだって興味を示す可能性は極めて高いはずだろ?」
「んだなぁ。海には結構、そういうのがおるだで、ここいらで漁師やるヤツぁ最初にそれを学ぶだよ」
「……そうなんですか?」
「まさか知らんかったのか?」
「ええ……全く」
……それじゃあ。
そのクラーケンの目と鼻の先で、海の中覗きこんでアイリスたちと話してた俺って。
「どうした坊主?」
「あー……もしかして俺、仲間に助けられたみたいです。あの車、人間族対策なんですけど、魔力漏れしないようにしてあるんですよ」
「なるほどなぁ。つまり偶然に助けられたってわけか」
「はい……は、はははは……今頃、冷や汗出ちまって……はは……ははははは」
「あっはははは、こりゃあいいや!」
「わははは、まぁよかったじゃねえか坊主!」
「いい経験したな!」
「よくない!最悪ですよマジで!足ガクガクっすから!」
思わず叫んだら、オヤジ連中に大爆笑されちまった……あーもう。
「フフフ……まぁいいじゃねえか、クラーケンから生還したって言や、海の男なら誰もが褒め称えるもんだぜ?」
「そうじゃとも。無事に生還したからこそ、こうやってバカいって笑ってられるんだしのう!」
わらいどころじゃねえよ、もう。
とはいえ、おっさんたちの笑いに悪意はなかった。むしろ「よくやった、大変だったな」と、慰めるような温かい笑いだった。
このおっさんたち、いい人ばっかなんだなぁ。
旅する人間にとり、頼るもののない旅先で出会う、こういう人たちっていうのは本当に財産だ。
俺はいい旅に恵まれてる。
おごりの酒をちびちびといただきながら、本当にそう思った。
さて。
こうして地元のおっさんたちと親交を深めた俺だったが、ついでに今後の予定について相談してみる事にした。
「遺跡の方は、ドワーフ関係の専門家が知り合いにいるんで調査依頼してみて、その結果次第で決める予定です。ただ時間がかかりそうなんで、東にいくべきか、このあたりをもう少し探索してみるか、そのへんの判断がつきかねてるんですよね」
「ほほう。依頼はどこから出すんだ?やっぱりジーハンに一度戻るのか?」
「あー、依頼は既に出してます。詳しくは約束で説明できないんですが。
とはいえ、返事が来るのはやっぱりそれ相応にかかるはずなんで、時間が少しできたわけですけど」
「ほほう、そうなのか」
「この地域にはいなくちゃならないのかい?」
「まぁ、コルテアからは出ない方がいいと考えてます」
返事をもらうだけなら、この土地どころかこの星にいる限りOKだろう。でもそれを話す必要はないし、あまり遠くにいっても戻るのが大変だと思う。だから、そこいらの判断がつくまでだけでも、この近郊にいたほうがいいと思うんだよな。
そのあたりを、あまり突っ込んだ話をしないように話していたら、
「だったらプラント見学はどうかな?」
「プラント?」
「この近くなんだけど、コルテア政府の非常食料庫があるんだよ。俺らの失業対策もあって設置されたものなんだが、実はそれもドワーフの遺跡でな」
へぇ、それはそれは……。
「とはいえ、用途が用途じゃし奥の方はもちろん危ない、遺跡は遺跡じゃからな。よって、うっかり素人が入らないように閉鎖されておる。
内部を調査した関係者によると、馬車ごと入れるような広い通路がの、明らかに海に向かって、しかも相当な大深度地下に向かって伸びておるらしい。危険を感じたようで、当時の調査チームは途中で探索をあきらめておるよ。あえて危険を犯さず、入り口を封鎖する事で対応したんじゃな」
「なるほど」
以降も定期的に調査が行われているそうだが、海棲生物の類が一切見られない事から、海に開口している可能性はないだろうとの事。しかし大深度地下に向かっている事から専門の調査チームが必要と判断、途中までは見ているというが、奥への入り口は常時閉鎖しておくようにとの事。
「つまり奥は事実上の未探査かな、これは」
「そういうこった」
なるほど。海に向かっているあたり、今回の海底のやつとの関係がないかも気になるところだな。
「興味深いですね。閉鎖されているんじゃ入れないですけど……」
「いや、入れるぞ」
「……へ?」
もしかして、入り口に鍵がかかってないのか?それは危険じゃないか?
「魔力鍵ってのを使うのさ。役場にいくか村長の一存で発行してもらうんだが、その村長がここにおるのでな」
「……おっさん。あんた村長さんだったのか」
「うむ。今さら敬語はいらんぞ?」
「頼まれても使わないから安心してくれ」
なんと、俺に海の調査話を持ってきたおっさんが村長だったらしい。
こういうのって自作自演て……言わないか、うむ。
「でもいいのか?俺が言うのもなんだが、よそ者なんぞにポッと許可なんぞ出して」
「あんな口約束同然の調査をきっちり行い、口頭とはいえ報告もしてくれた。おまけに本来なら危険手当つきで調査依頼の必要なクラーケンの情報までつけてな。
ここまで実績のある者に対し、信頼できないという評価はありえんだろう。
それどころか、ここまできたら口契約とはいえお礼のひとつも出さにゃいかん。
で、そこでおまえさんから立入禁止の施設見学をしたい旨の相談が寄せられたと」
「なるほど」
おっさん意外に狸だな。さすがは年の功ってことか?
「ま、行くかどうかは任せよう。しかし無理はせず、無事に戻ってくるようにな。
クラーケン分の危険手当はさすがに安くない、こっちは施設見学程度じゃ相殺できんからの。遅くともおまえさんたちが行って戻ってくるまでには、何とか多少の礼金くらいはかき集めておこうぞ」
「了解。そう言われると張りあい出るかな?」
「ふふ、気をつけていってくるんじゃぞ?」
「ああ」
「わんっ!」
「ってランサ、おまえは返事しなくていいって」
「くぅん?」
おっさんたちに苦笑が広がった。
話が終わり、俺は場を辞してキャリバン号に戻った。アイリスやルシアと話すためだ。
アイリスはドラゴンに、ルシアは樹精王に問い合わせのため留守番だった。
だから俺は戻ってから、さっそく地下施設の話をしてみた。
「行くかどうかは任せるって事だったが……どう思う?」
『関連施設の可能性が高そうですね。あいりすさんの方はいかがでしょうか?』
「えっとね」
アイリスはドラゴン情報とタブレットの、ひいてはキャリバン号情報を組み合わせている。当然、植物系であるルシア情報とは趣きが異なっているのだけど。
「私有地扱いになってるね。一般道とは違うから情報が少ないみたい」
「なるほど」
ちょっと厄介だな。
平均的日本人の感覚だと、クルマを通せるサイズの私道が地図に出るほどの規模で存在するって、ちょっとピンとこないと思う。実は俺も昔はそうだった。
だけど現実には、日本ですら「一般共用されていない私有鉄道」だの、一般には知られていない私企業の立派なトンネルなども存在する。私物として百メーター級のトンネルが作られ使われていた事もあるし、それが国道に昇格した話などもあったりする。
一般路しか興味のない俺には別世界の話だけどな。
で、タブレットをちょっと覗きこんでみたんだが。
「お、でたな定番、私有地表示」
お手元の地図を見てほしいのだけど、私企業やら国家所属の団体の土地の中には、しばしば中を公開していないケースがある。で、そういう土地の地図はそこだけ曖昧にぼかしてあったり、そこだけほとんど真っ白だったりする場合もある。
問題の施設やトンネル付近もそうなっていた。
うむ。これは、あからさまにアレだな。
「パパ」
「ん?」
「この表記ってほら、いつかのトンネルに似てない?」
「いつかの?ああ」
はじめてアイリス連れて突撃した、あの廃隧道か。
「今にして思うんだけどな、あの隧道もちょっと変だったんだよな。たぶん一般の道路じゃなかったんだと思うぞ」
「そうなの?」
「ああ。だって共用されている一般道路の入り口が閉鎖されているとか、普通ないぞ。それは特別な事情があるものだけだ」
「特別な事情って?」
「たとえば、大戦とやらの前に使用が終わっていた場合な。旧道として残される場合を除けば、そのまま放棄されるより塞いだり埋めたりするケースの方が多い。あとは倉庫や農業用途に転用したりする」
「……ふうん」
「あるいは、もともと一般向けじゃなかった場合だ。何か大きな設備があって、資材の搬入とか輸送に専門のトンネルや道路を使っていたケースとかな」
「……そっか」
そして俺は、タブレットの地図に目を戻した。
「この地下トンネルが何者なのかはわからないが……ま、一度確認してみた方がよさそうだな」
「そうだね。じゃあ、調べてみる?」
「……少しだけな」
俺はちょっと悩んでから、そう答えた。
「少しだけ?ちゃんと調べないの?」
「あくまでこれは俺のカンなんだが……地下に伸びているトンネルって時点でちょっとな」
ちょっと、ではアイリスたちにはわからないだろう。もう少し補足しておく。
「得体のしれないトンネル、特に出身が道路じゃないトンネルはあまり入りたくないんだよな。何が起きるかわからんから」
「というと?」
「たとえばね、水路トンネルってのがある。排水路なんかにもトンネルを使うんだが、わかるだろ?水道局だか何だか知らないけど、その道の本職以外が通る事をあまり考慮してないって事だな。
次に、鉱山なんかの坑道。これはズバリ非常に危険だからだ。素人が入り込んでいいものじゃない」
「そうなの?」
「坑道はそもそも用途が違う。しかも廃坑となったら本職だって中の状態はわからない。何かあったら二度と生きて戻れないぞ」
実際、有毒ガスでも出ていたら、自覚症状すらなく倒れておしまいってのもありうるからな。超絶やばい。
「……そんなに危険なんだ」
「そうだぞ。だから調べるのも少しだけ。やばいと思ったらすぐ中止、外に出るぞ」
「わかった」
しかし、なんかトンネルと縁があるなぁ俺。なんでだ?




