思い出
ファンタジー世界に核融合炉ですか。
それ自体もびっくりしたけど、もっと驚いたのは予想外に合理的なシステムだという事だった。
地球の原子炉なんかの場合、核分裂にしろ核融合にしろ、そのエネルギーを直接取り出す事はできない。この分野は今も研究中であり、より効率的なエネルギーの取り出しには、まだまだ時間がかかるだろう。
ところがこの世界では、魔力変換ユニットを経由して高利率で魔力に転化させているという。すげえな。
「まさにオーバー・テクノロジーだな」
いつまでも巨大タコ野郎の近くにいる必要性はもちろんない。
だから今、キャリバン号をゆっくりと陸に向けて戻しているんだけど、アレを刺激しないようにのんびり運転なわけで。つまり結構ヒマ。
そんなこんなで、アレについての話もしていたのだけど。
『しかし、その技術を持っていたのはドワーフです。ドワーフを地上から根絶してしまった今、当分はこの技術が戻ってくる事はないでしょう』
「そうなのか?」
『はい』
「ふむ……」
なんだかな。
「なぁルシア」
『なんでしょう?』
「ドワーフを滅ぼしたのは人間族だよな。でも、どうして滅ぼしたんだ?戦争の結果か何かなのか?」
理由については聞いた事がなかった。
でも、なんだか不思議なんだよな。
そんな凄い技術を持っている連中なら、仲良くしたほうがいいじゃないか。どうして滅ぼしちまったんだろう?
そしたら、ルシアからは想定外の返事がきた。
『いえ、滅ぼしていませんが』
「……はい?」
『ですから、ドワーフは滅びておりません。人間族は滅ぼしたと自分たちの功績を主張しておりますし、ある意味確かにそうなのですけど。あくまで結果として地上在住のドワーフがいなくなっただけというのが正しい表現かと』
「……どういうこと?」
えっと、意味がわからない。
『その質問にお答えする前に。
主様、そろそろ陸に戻ってくださいますか?潮が戻り始めています』
「え……ゲゲ、やばい、わかった!」
気がつけば、ゆらゆらとキャリバン号が揺れ始めていた。
俺はあわてて、キャリバン号を陸に向けて走らせた。
さてと。
とりあえず停車場まで戻ってきた。
ここでルシアに聞いた、ドワーフについての情報をまとめてみたいと思う。
ドワーフ。
モノづくりが非常に得意な種族で、技術レベルもおそろしく高い。彼らはエルフの魔法と自分たちの鍛冶の技術をあわせる事により、この世界独特の魔道科学文明を築き上げた。そして今現在も滅びる事なく、人間族に邪魔されないように地上を捨て、なんと宇宙に文明を築いているのだという。
「……なるほど。人間族と縁を切るために地上を捨てたのか」
それはさすがに想像しなかったな。
彼らは三度のメシよりモノづくりや研究が大好きな種族であり、その技術を奪い、破壊するばかりで何も生み出さない人間族を心底嫌っていたという。そして人間族が自分たちを奴隷化する事で宇宙にまで上がってこようとしているのだと気付いたが、人間族を戦って追い払うという選択肢をドワーフはとらなかった。
ではどうしたかというと、天空につながる全ての施設を上から破壊、地上との関係を物理的に断つ事で人間族を地上から出られないようにしたのだという。
「つまり人間族に負けたという事か?」
『いえ。放っておけば勝手に滅びる種族なぞ放置しておけ、というものだったかと』
人間族もたいがいだと思うが、ドワーフも別の意味で負けてないなぁ。
ん?まてよ?
「放っておけば勝手に滅びる?」
どういうことだ?
『この世界の森羅万象は今、精霊分を取り込む方向で進化が進んでいます。人間族もこの影響からは逃れられず、世代交代の際に精霊分を取り込んだ新しい世代が生まれ始めているのですが、人間族はこれら新しい子供たちを亜人とみなし、他の人間種族同様に奴隷または道具として使い潰しています。
このため、新しい世代の人間族は急速に減少しており、あと二百年もあれば、いわゆる聖国以外の全ての人間国家は事実上、消滅してしまうと考えられています。
彼ら人間国家は精霊分を排除した市街などを維持する事で対抗していますが……ほとんど効果はないようです』
「ん?聖国ってところは無事なのか?そりゃまた何でだ?」
聖国って、人間至上主義の宗教の国だよな?むしろ真っ先に影響を受けるとこじゃないのか?
ところが、ルシアの情報はそんな俺の考えを軽く裏切っていた。
『聖国は確かに人間至上主義を謳っています。しかし二百年前から既に、彼らのいう人間とは人間型知的種族の全てを意味するように何世代もかけて転換済みなのです。現状は人間族国家群を敵に回すのが得策ではないので、国策として対外的にそれらを隠していますが』
「……え、そうなの?」
『はい』
「マジで?」
『マジです』
「……そうか」
……そいつは驚いた。
よくあるファンタジーものに出てくる狂信的宗教国家だとばかり思ってたから、そんな実態だなんて想像すらもしてなかったよ。
ふむ。
「ん?でも、いつぞやに変な教団の女らしいのに逢ったけど……ばりばり差別主義っていうか、そもそも人間族以外を対等の存在と見てなかったぞ?」
『自分たちと出会う前ですね。ということは中央大陸での話ですね?』
「そうだけど?」
『ならばそれは演技でしょう。他の人間族国家にバレる可能性があったので、そういう態度にせざるをえなかったと思われます』
「いや……さすがにそれはないだろ。あれは素だと思うぞ?」
俺の覚えてる限り、あれが演技だったとはとても思えないし。
そんな事を考えていたら、
「パパ、その事なんだけど、わたしも訂正情報あるよ」
「そうなのか?」
アイリスはあの時、あの女について俺ほどじゃないが否定的だった。
それを訂正すると?
「グランド・マスターの情報は森の維持に関するものが中心だったから、人間族国家についての情報は包括的なものでしかなかったの。で、それが更新になったの」
「ほう。それで?」
「ルシアちゃんの情報は正しいと思う。証拠はこれ、あの女の情報」
そう言うと、アイリスはタブレットの画面を俺に見せた。
「……なんだって?」
あの女が異世界人の子孫?
しかも、そのご先祖様の異世界人もまだ聖国で活動中だって?
「シオリ・タカツカサ……鷹司!?」
まさか本物か?
本物なら……本気で生粋のお嬢様だぞ。そんな女がこんな世界でよくもまぁ。
『対人間族国家情報としては、聖女シオリ・タカツカサの実態は当時の聖王の性奴隷という事になっていた。しかし実際には名前通りの聖女であったようです。たったひとことの呪文で千人を癒やすほどの巨大な癒やしの魔力をもち、聖国の象徴として長く国を支えたそうです。
そして今も、聖堂の中に隠されつつも新しい世代を指導し続けているとの事です。
この情報は裏付けがあります。過去数年以内に、特定の聖堂施設内で異世界人由来と思われる巨大な癒やしの魔力波動が検知されておりまして、樹精王様はそれがシオリ・タカツカサのものと認識しているようです』
「二百年も生きているっていうのか?」
「パパもだけど、巨大な魔力を持つというのはそういう事だよ」
そうなのか……。
ま、それはいい。未来のことは未来に悩めばいい事だしな。
それよりも聖国の事だ。
「もしかして、そのシオリ・タカツカサって女が聖国を方針転換させたのか?」
「ううん、彼女は旗頭になっただけみたい。
シオリは異世界人とはいえ、いい意味でこちらの貴族のお嬢様そのものみたいだったらしくてね。根っからの聖女的な性格と適性もあって、時の聖王は最初、異世界人である事を隠してでも聖女として立てようとしたみたいね。
でも、シオリ・タカツカサがそれに反対したんだって」
「反対?聖女になりたくないって?」
「ううん、異世界人である事を隠すべきでないって反対したの」
なんだそりゃ?
『シオリは研究者肌の人物で、実際、自然人類学というものを学び、人間の進化を研究する仕事を目指していたそうです。学者の卵といえばいいのでしょうか?』
ほう?
『研究者としての目で人間族とエルフ、それから水棲人を見た彼女は、生命体としての共通点に着目したようです。そしてその視点から、人間族が精霊要素を取り入れて変化したものが種族として固定された存在である事を見出したとか。そして今もその変化は続いており、遠からず人間族というのは精霊要素に染まりきり、消滅する事をも知ってしまったようです。
彼女はその結論を聖王に告げ、国として滅びたくないのなら人間族至上主義を捨て、広い意味での人類種……つまり精霊要素によって変貌した者たちも同胞として国を作り替えるべきだと。そう訴えたようです』
おいおい……。
いや、言いたい事はわかるけどよ。
「その主張を聖国は受け入れたのか?」
国体そのものの大転換じゃないか。反対の声もさぞかし強かったろうに。
「確実に滅亡が待っていると客観的なデータが示されたっていうのもあるけど、何より実際に子供の数が減っている事、そしてシオリがそれだけ評価されたって事なんだろうね」
ふむ。
「最初はきっと大変だったろうね。でも二百年たった今じゃ、対外的に目立つところにいるのが全部人間族っていうだけで、実際は各種族混在の国になってるんだって」
「だろうな。
現場の混乱とか、反発する人とかが目に浮かぶぜ。そんなんも外に目立たないように進めていったんだろ?」
『教団ではなかなか大変だったようですが、聖国の国民の多くはスムーズに受け入れたようですね』
「そうなのか?」
それは意外だ。信者の教育が一番むずかしいと思うんだが?
『聖国は田舎の国であり、国民の多くはいわゆる農林水産業で生計を立てており、彼らの寄進で教団が運営されている形のようです。
そしてこれらの業種の現場では昔から異種族の手も借りていた実態があり、人間族目線では亜人扱いの異世界人が聖女となったという事は驚きではあったものの、むしろそういう現場の実態を後押ししたようです。
その後に、地方を中心に神官や司祭に人間族以外をつけてもよいというおふれが正式に出たわけですが、そうした現場ではむしろ歓迎されたようです。もともと人材はいるのにどうして人間族だけでないとダメなのか、という地域もあったそうですから』
「へぇ。現場はもう、とっくに混在状態になってたって事か」
つまりシオリ・タカツカサがやったのは、支配層に現状を追認させ、今後起こりえた国家レベルの混乱を抑える事でもあったという事か。
こういう現場と上の乖離って、一番やっかいだもんな。いつか取り返しの付かない深刻な問題を引き起こすわけだけど、だからって簡単に方針転換もできない。タイミングとか正当っぽい言い訳とかを見計らい、損害を承知でやらねばならない厄介な案件だもんな。
その大変なところを聖女様がやってくれるっていうんだ。そりゃあ渡りに船だったろう。
『今の聖国は、周囲の人間族国家群とうまく折り合いつつも、いつか隠せなくなってしまう前に国力を積み上げ、無事戦えるように環境整備中のようです。二百年をかけた転換事業も、いよいよ佳境という所でしょうか』
「……そうか」
とりあえず閑話休題。
「だいぶ主題から外れたな。すまん、話をドワーフに戻してくれるか?」
『はい。
ドワーフですが、彼らはいずれ戻ってくるでしょう。彼らは滅びておらず天空で未だに槌をふるい、モノづくりして生活しているわけですから。しかしそれは、人間族がいなくなってからの事になると思われます』
「気長なやつらだなぁ」
この世界の知的種族は概ね寿命が長い。人間と大差ないと言われる犬猫の獣人だって魔力があれば相当に長生きするらしいし、普通に何世紀も生きる山羊・羊系の獣人に至ってはエルフなみだという。
もっとも、生命体として活気があるのは世代交代の早さという考え方もある。その意味では、やたらと種族全体の寿命が伸びるのはよくないそうなのだけど。
『個体差が大きいだけですから、そのへんの心配はいらないでしょう。主様のような方がそこいら中にいるわけではありませんから』
「なるほど」
そこは自然の摂理、よくできているもんだな。
「しかし、せっかくドワーフがいるのなら、調査に彼らの手が借りられないもんなのかなぁ」
ふと考えたことを口にしてみる。
彼らが滅びているのなら別だ。
でもまだ存在して、そして昔ながらの生活を続けているというのなら、何かの情報はないもんだろうか?
そんな事を考えていたら、
『可能かもしれません。情報提供を依頼してみますか?』
そんな事をルシアが言い出した。おいおいマジかよ。
「可能なのか?だって宇宙にいるんだろ?」
『簡単とは言いませんが、連絡方法はあるようです。ただし樹精王様やら真竜様たちでないと無理とは思いますが』
「なるほど……だとすると手ぶらはまずいかな。何か代償が用意できればいいんだが」
そもそも、あんな超絶レベルの生命体が何を欲するかなんて想像もつかないぞ。
うーん、どうしたものか……。
「だいしょうって何?」
「え?何って?」
アイリスが妙なところにツッコミをいれてきた。
「何かを頼むからには、お礼っていうか代金っていうか必要だろ?何もなしってわけにはいかないだろ」
『謝礼という意味の代償なのですね。それは不要ではないでしょうか?』
「へ?そうなの?」
まったくの無償っていうのも、それはそれで怖いんだが。裏ありそうだしな。
「グランド・マスターにとってパパは興味の対象だもの。地上にはもういないドワーフに情報提供を求めるとか、むしろ面白がって乗ってくれるんじゃないかな?」
『少なくとも、過去の異世界人にそれをやろうとした者の記録はありませんから、特に関心をひきそうですね』
「そうなのか?」
『はい』
「うん、たぶん」
そんなもんかね?
ドワーフの遺跡の情報をドワーフに求める。とても合理的だと思うが?
「パパ。それ以前の問題だと思う」
「それ以前?どういうことだ?」
アイリスの言葉に、俺は首をかしげた。
「そもそも、クラーケンがとりついてる海底遺跡に入りたいって時点で物凄く普通じゃないし」
『場合によっては正気を疑われるかもしれませんね』
「え、そうなのか?」
「やっぱり自覚ないし……」
いや、そう言われてもな。
「だってドワーフの遺跡だろ?海底で千年以上もそのまま動き続けているんだろ?
もしかしたら凄い禁呪とか、使えそうな超科学の遺物とかありそうだしな。そう思わないか?」
そう。
そしてその中には、世界間転移に関するものもあるかもしれない。
はっきりいって、今すぐ帰りたいという気持ちは薄らぎつつある。
帰ったら仕事探しからまた大変だし、そもそもアイリスやルシア姉妹、ランサはどうなるんだって話もあるしな。
だけど「帰れない」のと「帰らない」のは全然違う。
帰ろうと思えばいつでも帰れる、できれば行き来ができる。
それくらいにはしておきたいよな。贅沢な話かもしれないが。
「ま、まぁいい。とにかく連絡頼むわ」
「わかったー」
『それで主様はどうなさるのです?』
ああ。
「俺はとりあえず、おっさんに報告だよ。例のところはやっぱり海底遺跡っぽいけど、馬鹿でかいクラーケンが海底に居座っててすぐには調査続行できないってな」
『調査がすんでから報告したほうがいいのでは?』
「いや……それはまた別の問題だと思う」
俺はルシアの言葉に、首をふった。
「おっさんは別に、海底遺跡の詳細が知りたいわけじゃないんだよ。ソレが何だったのか、それが知りたかっただけなんだと思う。
だから、俺がおっさんに伝えるのは、間違いなく海底遺跡らしい事と、クラーケンの存在だけだと思うんだ」
『そういうものですか……』
「たぶんな」
まぁ、俺の勘違いもあるかもしれない。
だけど俺がおっさんの立場だったとしたら、細かい詳細なんてどうでもいいと思うんだよな。仕事もリタイヤした身だし、今さら世界の謎もなにもないだろう。
おっさんはただ、判明した事実をネタに一杯飲んで、懐かしみたいだけ。
うん、俺はそう思ったんだよ。




