寒い旅には……。
寒さ対策もおわり、ブルっとくる心配がなくなると態度にも余裕が出てくる。
逆にいえば、今までそんな余裕がなかったって事なんだけどね。
ところで、ちょっと不思議に思う事がある。
キャリバン号に乗る前、俺は主にバイクで旅してた。
ご存知のようにバイクの旅は天候に大きく左右されるし、仮眠も自由にとれない。ストイックな旅が求められるのだけど、ふと疑問に思った事もある。
同じくらいの気温や環境の中、バイクの旅だとクルマほどきつくなかったんだよな。特に寒さ。
いや、もちろん寒かったよ?ブルブル震えてクルマを羨んだ事もあるさ。
でもね。最初ブルってても慣れるんだよなバイク。
その後は単に、手がかじかんでくると危ないから休憩時に温めるとか、そういう事だけが問題になってくる。まぁ俺は実用性優先でハンドルカバー使ってたんだけどな。
でも、結局は外気にさらされたまま寒空の下、普通に旅してたんだよな……バイクの頃は。
なのに、なんでクルマだときついんだろうな?
バイクだと、それが当たり前だったから?
いや、何か違う気がする。
『なまじ車室で守られているから、とも言えるかもしれません』
「そういうものか?」
『あくまで推測ですが』
ルシアの論理が興味深いのか、アイリスもじっと聞いている。
『同じ花でも、暖かい環境ではそれを前提に葉を広げ、寒風にさらされるところでは、冷たい風に何もかも奪われないように葉を閉じるもの。
では、柔らかく葉を広げた花が突然寒風にさらされたら、どうなるでしょう?』
「……それは」
「枯れるかも」
『最悪、枯れる個体もあるでしょう。しかしまずは、ダメージを受けつつも葉を閉じ、嵐が過ぎ去るのを待つでしょう。さらにそれが続くなら適応も』
なるほど。
『主様の言うオートバイ、あるいはバイクなる乗り物は風に身をさらしつつ走る乗り物。ならば、常に激しい寒風にさらされるようなものだと言えます。なので、身体が風や寒さに対抗しようと身構えるのではないでしょうか?植物が風から身を守ろうとするように』
「なるほどわかりやすい。ありがとうな」
『いえ』
ルシアの指摘は、昔から俺が漠然と持っていた印象とだいたい同じだった。まぁ、そんなもんか。
昨夜の雪から一転して今日は青空だ。
幸い、豪雪になるほどは降らなかった。さすがに朝目覚めるとキャリバン号のまわりは雪だらけで、わんわん吠えつつランサが走り回って雪まみれになったり、調理場づくりのためにちょっと雪を飛ばしたりはしたが。
しかしそれも、走りだしてからは変わっていく。
澄み切った青空。そして下は真っ白。
典型的な放射冷却っぽい日。実際、外は寒い。
そんな中わずかな風をまとい、大地の上を飛ぶように進むキャリバン号。
実際、キャリバン号って浮いてるから飛んでいるとも言えるんだけど、高く飛べるわけじゃないからなぁ。せいぜいタイヤ半分くらいの高さまでしか浮かないし、そもそも浮いている原理も不明。
魔法的なもので路面に対して一定の距離を保っているらしく、便利なことに水上も走れる。ただ波の影響を受けるし、下から襲ってくる魔物や大型動物にどこまで対抗できるかもわからないので、せいぜい川渡りくらいにとどめているわけだが。
そんなキャリバン号なんだけど、ちょっとおもしろいことに気づいた。
今、キャリバン号が走っているのは南大陸北部の大陸横断道なんだけど、なんせ昨夜の今日だ。道にもやっぱり雪が積もっており、キャリバン号は新雪の上をやっぱり普通に浮いて走っているわけなんだけど。
どうやら、箱型の車体が雪を巻き上げているらしい。
新雪だから柔らかい。しかも気温的には既に雪国のそれになっているらしくて、雪質が北海道の旭川や富良野あたりのそれに似ているんだよ。具体的にはパウダースノーだな。俺がウインタースポーツやるヤツなら狂喜したかも。
まぁ俺は昔を思い出して、ちょっぴり切なくも懐かしい手触りなんだが。
で、このパウダースノー、新雪だと息でフッとふけば飛ぶような雪なんだ。文字通りのパウダー・スノーってわけだな。まぁそのせいで地吹雪とか起きると洒落にならないんだけど、そりゃ地元住民の悩みであって、通りすがりの旅人にはあずかり知らぬ事だけどな。
話を戻そう。
キャリバン号の巻き上げた雪は後ろでキラキラと輝き舞っている。そもそもキャリバン号が日本の法定速度+オマケ程度、つまりキャリバン号本来の快適ドライブ速度をキープし続けている事もあって、ほんのすこしだけど、ちゃんとラインが雪上に残っているんだなこれが。
へえ。浮いてるから轍はできないと思ってたけど、全く痕跡なしってわけじゃないのか。
当たり前なのかもしれないけど、俺的にはすごく面白い。好奇心が刺激される。
あぁ、そうだな。
砂漠を走ってた時だって、本当はこの小さなクルマで巨大な砂漠を駆けまわる喜びを味わえたはずだ。でも追手がいる事で不安があったのか、そんな気持ちにはなれなかった。スピードをキープし、安全に走る事に意識が向いていたしな。
うん、そうだとも。
このクルマは、しゃかりきになってぶっ飛ばすクルマじゃあない。
そして俺も、レーサーよろしく限界走行を続けたり、立ちはだかるものをヒーローの如くうちたおすような人間ではない。
俺はこの雪国に至ってやっと、この異世界の旅を心の底から楽しみはじめた。そういう事なんだろうさ。
「ちょっと風をいれるぞ」
「え?あ、うん」
不思議そうな顔をするアイリスを尻目に、俺は窓をあけ、わざと右肩を窓に乗せて運転をはじめた。
「ははは、冷てぇ。懐かしいなぁ」
思わず口から笑いがこぼれた。
なんだか嬉しくて、楽しくて笑っていた俺は、気づく事がなかった。
「……」
そう。
俺の横にいるアイリスが、とても優しい目で俺を見ている事に。
空は晴れ渡り、風は穏やか。ちと寒くはあるが大地は美しく、走行に支障なし。
うん。絶好のドライブ日和だ。
そんな旅の途中、俺は見渡す丘の上に妙なものをみつけた。
なんだ?あのでっかいウサギのオブジェは?いくつもあるぞ。
「なんだあれ?」
「スノーラビットだね」
そのまんまだな、おい。
そうか、スローラビットって白いのがいるんだな。で、あれはそれをかたどったオブジェなのか。
……ん?
ちょっとまてよ?
「な、なぁアイリスさん」
「なぁに?」
「あの雪像、石像か?誰が作ったんだろうな?」
「ん?だからアレはスノーラビットだよ?」
「いや、そういう事を言いたいんじゃなくてさ、つまり」
そう言いかけた時だった。
遠目にもわかった。巨大オブジェのウサギの耳が、ピクッて感じに大きく動いたんだ。
おい……まさか。
「まさか」
「?」
「まさかあれ、生きてるウサギなんて言わないよな、な?」
遠くだから断言しないが、どう見てもこのキャリバン号と大差ない、いや、もっと大きいぞアレ。
そんなバカでかいウサギって……な、ないよな、ハハハ。
しかし現実は厳しくて。
「だからスノーラビットだってば。
このへんに町がないのはスノーラビットの繁殖地だからだよ?馬車は結界魔法使ってるから寄ってこないけど、あんなおっきい子たちと共存するのは大変でしょう?」
……あれ、まじで生きてるウサギなのかよ。
冗談だろ、おい。
『多少ながらスノーラビットと共存している種族もいます。しかしスノーラビットは雑食性ですから、それはかなり例外的と思われます』
「雑食性ねえ……雑食!?」
まさかの殺人ウサギ!?
俺は思わず、腕をひっこめて窓をしめた。
「そこまで心配いらないよ?」
「いやいやいや」
ブルブルと首をふった。
アイリスは楽しそうに笑った。
だいぶ落ち着いてきたところで、小さな町に出くわした。
「宿場町だねえ」
「ほう」
南大陸らしく、魔獣車用の停車場がある。で、その横は食堂兼飲み屋。
ま、飲酒運転とかないもんな。気楽なもんだ。
そんな大きな町ではないようだった。でも旅人とのやりとりが町の経済をある程度支えているのは間違いないようで、閉鎖的な空気はない。人々の顔は明るい。
さっそくキャリバン号を止めると、情報収集をかねて入ってみる事にした。
「ちょっと情報収集してくる……おい」
なんか引っ張られると思ったら、ランサが俺の服に噛み付いてる。
ううっ……そんな尻尾フリフリして、つぶらな目、6つも並べて見るなよぅ。
連れてけってか。うーん……。
「ランサなら大丈夫だよ?さすがにケルベロス連れはいないと思うけど、魔獣をペットにしてる人は南大陸には多いから」
「そうなのか?」
「うん」
聞けば、狩りに連れて行ったり警戒させるのに使うんだそうだ。
なるほど。地球で猟犬連れ歩いてたようなもんか。なるほどな。
「店に連れて入ってもOKなのか?」
「ダメって言われたら、わたしが連れてキャリバン号に戻ってるよ」
つまりアイリスも着いてくると。なるほどなるほど。
「そんじゃあ行くか。ほれ」
「わんっ!」
手をさしのべてやると、ランサは器用に俺の腕を駆け上り、左肩上にある魔法のポケットに飛び込んだ。うん、馴れたもんだ。
町は意外なほどに地球に似ていた。文字とかがモロに違う事を除けば、西部劇にでも出てきそうな雰囲気だった。
そしてそれは、さきほどの食堂兼飲み屋も徹底している。寒いせいかドアは普通だけどな。
開けて入ってみる。
「やぁいらっしゃい。何かお入用かな?」
カウンターらしきもの、それからテーブルらしきものもある。テーブルがあるってことは給仕もいるんだろう、よくあるファンタジー作品みたいな食堂だった。
ほほう。どこも変わらないものだなぁ。
とりあえずカウンターに向かい、声かけてくれた狼人っぽいじいさんに聞いてみた。
「飲み食いしたいんだが、こいつも大丈夫かな?」
爺さんは肩に並んでいるランサの顔を見て、にやりと笑った。
「そりゃかまわんが、暴れさせんでくれよ?ガキとはいえケルベロスなんぞが暴れた日にゃ、店がなくなっちまうでな」
「ああわかった、ランサ、おとなしくしろよ?」
「わふん」
ケルベロスという言葉に、数名いた常連ぽい親父連中がざわっと反応した。でも顔を向けると、ああ気にするな坊主と言わんばかりに笑って頷いてくれた。
どうやら、問題にならずにすみそうだな。
「アイリス、席につこう」
「うん」
席について何か注文しようとして、はたと気づいた。
「アイリス」
「ん?」
「メニューがよくわからないから、俺のぶんも一緒に適当に頼んでくれよ。薄めの味のヤツでいい。解説も頼む」
「薄めの味?」
「そうだ」
「わかった。ランサのもね」
「おう」
アイリスがメニューを見て、爺さんにあれこれ注文をはじめた。
爺さんはそれにウムウムと応対し、サラサラとメモにまとめると「オイ」と背後にいる誰かに渡した。
む?作るのは爺さんじゃないのか?
「いつもは俺も作るが……坊主、おまえ何か別に要望あんだろ?」
「よくわかるな?」
「その目を見りゃあな。あとは」
あー、そっちも見ぬかれてましたか。さすが。
「実は中央大陸の砂漠からこっち、一滴も飲んでないんだ。でも、あいにくこっちの銘柄がわからないんだが、強くていい酒はボトルで飲み、あと弱い酒はこの場で少し飲みたい。あんたのプロの目を頼りたいんだが、どうだろう?」
「ふむ」
爺さんは少し俺を見て、そして俺を見た。
「坊主、異世界人だよな。歳はいくつだ?」
「そうだ、異世界人だ。歳は……」
俺の歳を告げると、ふむふむと爺さんはうなずいた。
「酒の好みは?うちで出せるのはあまり多くないぞ?」
「じっくり飲むなら蒸留酒だな。バーボンとかスコッチなんて酒が故郷にはあって……」
「ほう、スコッチか!」
「む、あるのか?」
「異世界のスコッチと同じかどうかは知らんがな、あるにはある。で?」
ああ、もしかして、何で出すかか?
「俺の世界の頼み方なんだが、ワンフィンガー、ショットで頼むって言えばどういう意味になる?」
「ふむ、氷も何もいれずに出せって意味に聞こえるが?ワンフィンガーってのは何だ?」
「ショットグラスってストレート用の小さいグラスがあってな。指一本だけの深さで注いでくれって事だと思う」
「試しグラスが近いな。試しと言えばだいたい通じるだろう」
「じゃ、試しで頼む」
「うむ、わかった」
爺さんはショットグラスっぽい小さいのを出してくれ、それに注いでくれた。
おお、これは。
「これが、うちのお薦めだ」
「では失礼して」
匂いを嗅いでみた。すばらしい。
少し口をつけ、ゆっくりと通してみる。
「おお……こりゃあなかなか」
俺はおもわず、にんまりと笑った。
「すげえな爺さん、俺の故郷の酒にかなり近い」
「だろうな。その面見りゃあわかるぜ」
見れば爺さんも楽しそうだ。
「若ぇ顔して、いっぱしの飲み助じゃねえか。気に入ったぜ坊主」
「おお、ありがとよ爺さん。これボトルでくれ。それとも樽の方がいいか?大きさは?」
「一番でかいのはホレ、奥においてあるあのサイズだ。向かいのゼルの酒屋にあるが……」
「積めるには積めるが旨いうちに飲みきれないな。小さい樽はどのあたりだろ?」
「この樽はどうだ?一号、別名飲兵衛樽だ」
「のんべえ樽?」
「ひとりで飲み潰す用だからな。飲み尽くす頃には酒飲みひとり誕生ってこった」
「なるほど」
あんまりな名称に思わず苦笑した。
「よし、それくれ」
「おう、まいど」
『ギルガメッシュ』蒸留酒
異世界人が作り上げたという酒で、命名も彼らのもの。
彼らいわく、異世界にあるスコッチもしくはバーボンと呼ばれる酒に似たものだという。
アルコール度が非常に高く、飲みくちもよいので、旅人が気付け薬のように少量持ち歩く事もある。またこの酒がきっかけで、蒸留酒という新しい製法が広まり、酒造を行う土地が増えた。
寒い土地では非常に好まれる酒のひとつ。
また異世界人の、特に男性に飲ませると非常に喜ぶ事から『望郷酒』と呼ぶ地域もあるという。




