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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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融合

 なんだこれは。

 そんな言葉が口をついて出てきたのは、無理もない事だろう。

 あまりにも理解を超えた現象が目の前で起きた時、ひとは頭で解釈する事を放棄する。ばかみたいにボーッと眺めてしまったり、とりあえず無視して別のやるべき事に集中したり。

 だってなぁ。

 いきなり目の前にある、でっかい幼稚園バスの廃車がだな。でろでろんって感じに溶けだしたんだぞ。

 みるみるうちに見慣れた、しかしもの寂しいカタチを失っていく幼稚園バス。そしてついに、どろどろの液状の何かに変貌していった。

 そして液化してしまった途端、さらに別の変化が起きた。

「!?」

 液化した毒スライムみたいなドロドロがいきなり触手みたいなのを伸ばしたのだ。そしてそれはキャリバン号に向かっていた。

 そしてキャリバン号の方も、それを迎え入れるかのように……いや、まるでそれを食べるかのように、フロントバンパーのあるあたりがクニャッと変形し、そこに口のようなものが開いたのだ。

 お、おいおいおいおいっ!?

 不気味な光景に全力で腰が引けている俺を尻目に、触手の先がキャリバン号に飲み込まれていった。

 そこからは早かった。つるつるっと蕎麦(そば)でも食べるかのように、かつて幼稚園バスだった何かは、あっというまにキャリバン号に飲み込まれてしまった。

 そしてキャリバン号側の口も、まるで口を閉じるようにパクンと閉じて……あとは、そんな口があったなんて想像もつかない、ただのバンパーに戻ってしまった。

「……」

 唖然として見ている俺の目の前で、今度はキャリバン号自体に変化が起きた。

「お」

 突然、左右のドアミラーが引っ込んで消えたかと思うと、何やらフロントガラスの横あたりがもぞもぞと動いて。

「!?」

 そして突然、ぽんっという冗談みたいな音と共に、立派なミラーが左右に現れた……業務用バスのそれに比べたら小さいが、幼稚園バスになら装備していそうな結構、立派なミラーだ。

 いや、それだけではない。

 キャリバン号を真横から見ると、ガラス窓が三枚あるのがわかる。俺のキャリバン号はちょうど四枚から三枚になった時代のものなんだが、その三枚はカタチこそ違えど、だいたい似たような幅で装着されている。

 しかし、よくみるとガラスが変な気がする。色だけ見たら、まるでバスのガラス窓みたいだ。

 スライドドアをあけてみた。

「なんじゃこりゃ……」

 中が別物になってる。

 さすがに幼稚園バスなみとは言わないが、もはや軽四ワゴンのサイズじゃないぞ。まるで普通車ワゴンの代名詞、ハイエースみたいな広さだ。

 これなら、人ふたりがまったり過ごせるだろう。寝るだけならもっと多く可能。アイリスと寝るだけでも荷物の一部を謎の床下に入れる必要があった旧スペースとは段違いの余裕といえる。

 だけど、外から見たらキャリバン号。

 運転席に回り、乗り込んでみた。

「運転席は変わらないな」

 ここまできたら、運転席がマツダの古いトラックみたいになってても驚かないぞ。まぁ手動グローの時代のやつでも一応乗れるしな。

 しかし運転席は普通にキャリバン号のままだった。

 安心したような、ちょっと拍子抜けのような。

 でも、仕切りの向こうが何やら歪んだ謎空間に見えている。

 で、顔を突っ込んでみると……。

「……広い」

 もしかして、これは荷室同様に空間を歪めているのか。なんかシュールだな。

 だけど、幼稚園バスを取り込んだ成果としては堅実じゃないか?

《改装が完了した。何か問題があるだろうか?運転手》

「……操縦感覚は変わらないんだな?」

《空間の歪みの問題で、ルームミラーがよく見えないのが唯一の問題。しかし運転手はルームミラーを見ていない。よって問題ないと判断した》

「まぁな」

 トラックのバイトをよくしたからな、ルームミラーは参考にしないように仕込まれたもんで。

 それをキャリバン号そのものから指摘されるとは思わなかったが。

 まぁ、今はひとりじゃないからな。最悪、アイリスにオーライやってもらえばいいだけの話だ。

《成長の余地はかなりある。だがあまりにも大型化すると運転まわりを変えないわけにはいかなくなるだろう。それに今の人数でそのように大きくしても、おそらく持て余すだけだ》

「ああ、そうだな」

 まったくその通りだ。

「まぁいい、あとは乗って覚えるか。問題があれば質問するし」

 だが、帰ってきた返答はそっけないものだった。

《断る》

「なんで?」

《我は走るのが仕事だ。今回は特殊事情ゆえに口を挟ませてもらったが、もう必要ないだろう》

「いやいやちょっと待て、俺はおまえと話せるなんて知らなかったんだ、もう少し」

《ではな運転手。また話す機会がない事を祈っている》

「って話を聞けこら、おい!」

 しかしそれっきり、キャリバン号の声は二度と聞こえなかった。

「なんなんだよ……」

 俺は唖然としたまま、アイリスに声をかけられるまでキャリバン号の中で座り込んでいた。

 

 

 

『実に興味深いですね。主様の周りでは本当に不思議な事が起きます』

「痛ましい事件でなければ、俺も半分は同意してもいいんだがな……」

 つい最近にこっちに、しかもクルマごと来た同類がいたわけで。……ただし全滅していたわけだが。

「実際、俺もあの日、一秒遅かったらオオカミに喰い殺されてた。他人ごとじゃねえんだよ」

 そう。何も知らずに釣りをして、結界もなく河原で焼き魚していたあの日に。

『そうですか。浅慮でした、すみません』

「気にすんな。あの頃はルシアどころかアイリスもいなかった頃だ。知らなくて当然だ」

 俺が助かったのはキャリバン号があった事と……あまり嬉しくない仮定だが、孤独だったからだろう。

 もし横に誰かがいたら、俺だってパニックしてそいつに当たったかもしれん。

 だけど俺はひとりだったし、泣き喚いても何も解決しない事も、やっぱり知っていた。一時は無職が続いてホームレスにもなりかけたからな、あの時に否応がなしに学ばされた。

 やばい時であればあるほど、感情的に暴れるのは自爆と変わらない。

 そして、平時に頼りになる人間が非常時には人が変わったように愚行に走ったり、平時は昼行灯みたいなヤツが非常時にはびっくりするほど頼りになる事があったりする事も。

 

 俺だけ飛ばされた事について、俺は「なんで俺だけ」と思っていた。

 だけど幼稚園バスの事件を聞いた俺は、それが大きな間違いである事に気付かされた。

 もし俺だけでなく、後ろのコンビニの連中も一緒に飛ばされていたら?コンビニの建物や、中の食料と共に?

 しばし、おそらく皆は唖然としたろう。

 だけどその後、できるわけもないのに店員に説明を求めて噛み付くヤツやら、勝手に食料を漁って逃げようとする者がたちまち出ただろう。

 そしておそらく……助けが来るわけもないコンビニの、電気もなく腐っていく食料や限られた水を巡って争っているうちにオオカミの群れがやってきて……おそらくは全員、殺されていたろう。

 

 そう。

 ひとりぼっちで転移した直後に、キャリバン号まで得られた俺は。

 ぶっちゃけ、おそろしいほどに恵まれていたんだと。

 

『ところで主様、今回の件でひとつ疑問が湧いたのですが』

「なに?」

『あの幼稚園バスというものですが、自分にはキャリバン号と同じものに思えるのです』

 む?

「えっと……何が言いたい?」

 意味がわからなかった。

 でも、そうしているとアイリスまで反応した。

「あ、もしかしてルシアちゃんが言いたいのって、こういうこと?

 キャリバン号って、パパが思い出から取り出した存在じゃなくて……本物のキャリバン号をさ、思い出を経由して召喚(・・・・・・・・・・)しちゃったんじゃないかって言いたいの?」

「……はぁ?」

 一瞬、俺はポカーンとしちまった。

「まてまてアイリス、それはいくらなんでもご都合主義すぎないか?」

「でも、そうじゃないと、同じものに思えるってルシアちゃんの話が説明できないよ?」

 それは確かに……。

「そ、そうだ、キャリバン号喋れるんだから当人に聞けば」

『それは無理かと』

 ……なんで断言?

「あー、パパの世界では、キャリバン号ってお話したの?」

「ンなわけあるか、クルマだぞ?」

 いや、世の中には音声合成するクルマもあるが、それはうちのタブレットと同じだ。喋れるってわけではない。

「だからだよ」

「?」

「キャリバン号は、自分は走るのがお仕事だって断言して、それっきりなんでしょ?」

「ああ」

「だったら無理だよ」

「なんでだ?」

「なんでも」

「わけわかんねえって」

 それはそれで一種の自己主張なのかもしれないが。質問にくらい答えてくれたっていいだろうに。

『運転者を含む乗員と会話するのは自分のやる事ではないという認識なのでしょう。わかりやすいですね』

「わかりやすい!?」

『自分や妹は立場上例外ですが、普通、自分たち植物もこういう会話はいたしませんが?』

「……そういやそうだな」

 意識があるといっても会話できるとは限らない。会話できるとしても、おのおのの心はまた別の話だ。

 キャリバン号が、クルマとして俺たちを乗せて走る事のみを自分のアイデンティティとしているのなら、確かに無理やり喋れってわけにもいかないな。

「なるほど納得した。俺が間違ってたみたいだ。すまん」

『感謝します』

「うちは多種族の寄り合いだからな。それぞれの事情があるのは当たり前だし、尊重するのは当然だろう」

 そう言うと、俺はキャリバン号のダッシュボードをなでた。

 ただのクルマじゃないのはわかっていたが、まさかしゃべるとはな。普段はしゃべらんし勝手に動きもしないんだろうけど、それでも心強いのは事実だ。

『話を戻します。

 幼稚園バスと主様の転移状況ですが、うかがった限りだと違いがあります。つまり、主様は転移の際に衝撃などを全く感じておられなかったのに、幼稚園バスの方は衝撃のようなものを感じたとの事。

 さらに申し上げますと、主様は徒歩で建物から出てきたところで、幼稚園バスは停止中という事になりますが、これはあまり変わらないと思われます。なぜなら、転移発動というのはおそらく一瞬だからです』

 一瞬だって?

「いやに断言するな。思い当たるところがあるってか?」

『世界間転移についての資料は持っておりませんが、非常によく似たもので、この世界の中における空間転移の術式なら過去にあったとされています。そして、それらの特徴は、転移を起こす中心が、線や面でなく点であり、発動もその点を中心にした範疇で行われる事がわかっています』

「点?」

『はい、点です』

 ルシアの話は続く。

『主様の転移はおそらく、ほぼ中心点に主様がいたのでしょう。そのために大変スムーズに移行が行われ、主様は何も感じなかったのです。

 そして幼稚園バスの件ですが……中心点にいたのは子供。つまり、乗っていた園児ですか?子どもたちの誰かと思われます』

「ふむ。根拠は何だろう?」

『はい。ここで有効に働くのが、キャリバン号と幼稚園バスの違いです。

 キャリバン号の場合、主様とは2mほど離れていたと思われます。しかし主様と大変に縁が深い存在であった事、ぎりぎり転移の範囲にあった事もあって、ひっかけられるような感じで転移したのです。これは空間転移の事故でもあることなので、可能性は高いのです。

 本来、こうしてイレギュラーな飛び方をしたキャリバン号は、主様とは空間なり時間なり、少し離れた場所に着くはずでした。

 でもここで主様がキャリバン号を求めたため引っ張られ、また同時に主様の能力補正で今のような特殊能力を与えられつつ、こちらがわに出現した。そんなところであると考えられます』

「……」

 マジかよ。

 じゃあ、こいつは……このキャリバン号は、よく似たものを俺が作っちまったんじゃなくて、本物の、俺のキャリバン号がチート化したもんだっていうのか。

 うーむ、ちょっと複雑だな。

 でも、あんなコンビニの前に置き去りにせずにすんだのは良かった。いやマジで。

 いつか向こうに帰れたとして、もう解体されちゃってる、なんていうのは悲しいもんな。

「じゃあ、幼稚園バスはどうして?」

『まず、主様のような能力保持者がいなかったのですから、単に普通の転移になったのでしょう。

 園児たちや保育士の二人、さらに運転者の中に特殊能力を得た人がいたかもしれません。いやむしろ、人数が多いがゆえに複数の人間が能力を得た可能性が非常に高いですし、また全員が異世界人特有の魔力を持っていた事を思いますと、もしそれをうまく使えれば、余裕で生き延びられたでしょう。

 ですが、実際にはパニックと混乱、暴力の中でそれどころではなかったと思われます。

 それに能力保持者が園児だった場合、事態の好転に寄与できたかというと難しいのでは?』

「……まぁな」

『結果として彼らは主様のように自己検証する時間も周囲に警戒する手段もとれず、襲ってきたオオカミたちになすすべもなくやられてしまったと思われます』

「……」

 言葉がない。

 ルシアは上手に言葉を選んでいたが、つまるところ彼らは、足をひっぱりあって自爆した部分もあるわけだ。

 おそらく、大人三人が知恵をしぼったとて、子どもたちを守る事でせいいっぱいだったろう。チート能力なんてものに気づく前に時間切れになった可能性はあまりにも高い。

 高いのだけど……。

「切ないな……なんだか」

 キャリバン号について新事実がわかったのは、嬉しい。

 だけど俺は……とても悲しい、切ない気持ちをどうする事もできなかった。


バックミラーだけで運転する練習とか、実際よくやらされました。

北海道の畑などにバックで入れる事もあったんですが、タイヤ一本外すと畑にはまりこむとか、やたらとシビアだったもので。

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