色々と問題がありまして
「異世界産のお茶って伝説らしいよ。なんでも、一杯と同じ容積の金と比較されるほどだって」
「なんじゃそりゃ!?」
「だって、転移した人が偶然持ってるくらいしか入手方法ないでしょ?でも話は彼らからたくさん聞くわけで。いつしか伝説の飲み物に……」
「ンなバカな。○東紅茶とかの安いティーパックだぞオイ」
「そりゃあ、パパは無限増殖できるだろうからピンとこないだろうけど?」
「……ピンどころか奇想天外すぎるわ」
「あははは」
それにしても。
今回、俺には色々と問題がある事が判明してしまったわけで。ここで皆で改めて、今後の身のふりかたについて意見を交わしたいと思ったのだけど。
「討論会だったはずなのに……どうしてこうなった?」
「ん?」
流れる水音。夜空に湯けむり。
そんでもって。右隣にアイリス。なぜか左隣に山羊人の……ええ、コルテアのマフラーン首長様。
「あら、そこはアリアでよろしくてよ?」
「いえいえ勘弁してください、そんでモノローグに突っ込まないでください、とどめにタオルとらないでくださいってば温泉が冷えちまうから!」
「あはは」
「……」
あなたがエロい格好するとですね。俺の隣のドラゴンさんが冷気吐くんですってば、ええ。
楽しそうなマフ……はいはいわかりましたよ、アリアさん。タオル一枚巻いて頭にもタオル。角も一緒に巻かれているからちょっと変な形だけど。
んで、やっぱり楽しそうだけど目が笑ってないアイリスさん。こっちは全裸で頭にタオルは競争か何かかな?
いや、そもそもそれ以前の問題として……なんでここに温泉が湧いてるかっていうとですな。
よし、ちょっと再現してみよう。
『今回の問題とか今後の事とか、ちょっとじっくり話したいんだよね。たまには宿とろうか?』
『あら。よろしければセキュリティの高いコルテア自慢のホテルにご招待しましてよ?』
うん。そんな感じで会話がスタートしたんだよな。
でもな、ちょっと思い出して欲しい。俺、この世界に来てから一度も風呂に入ってないんだよ。
川は危ないだろ?砂漠の町はキレイ屋だったろ?
そりゃあ、洗浄の魔法はアイリスに使ってもらってたけどさ。日本人なら風呂だよなやっぱり。
めっちゃ入りたいんだよ。
で、たまには風呂に入りてぇと俺がこぼしたんだが……。
うん、そこから雲行きがおかしくなったんだよな。
『そういえば、異世界の方はものすごくお風呂好きだとか』
『途中の町でもお風呂お風呂って言ってたもんねえ。でも砂漠じゃキレイ屋ばっかりだし、そもそも逃げまわってたから町にほとんど寄れてないしー』
『まぁそれはお気の毒に。もちろんコルテアの高級宿ならお風呂もございましてよ?』
『シャワーもいいのがついてるしー』
『シャワー?』
『なに?』
『いや、すまん。俺は日本式の風呂に入りたいんだ。温泉とか贅沢いわないから、せめて……』
『日本式?温泉?』
『温泉ってあの温泉ですわよね。どこか身体の具合でも?』
『いやいや湯治じゃなくても入るから!』
そんで、アイリスとアリアさんに日本のお風呂と温泉について話したところ、入ってみたいと言われて。
でも、そう言われても風呂なんかないだろ?どうしたもんかと思っていたら……。
『あら、いつのまにか近くの川に変な湯気が』
『あらら?これお湯かしら?』
『……』
しまった。あんまり熱心に詰め寄られたもんでつい、思い出から引き出しちまったらしい。
やれやれとためいきをついて、仕方なく見てみる。
間違いない、河原に温泉を湧かせちまったらしい。
けど、実はこの手の野湯はあまり経験ないんだよな。露天風呂は経験あるんだけど。
だからたぶん、お湯自体は別の温泉の記憶から持ってきていると思うんだが……。
ん、まてよ?
ふと思い、ルシア妹に『これ調べて』と心で命じてみる。
『!』
俺の左手から伸びていく触手的な蔓草にアリアさんが「ほほう」目を細めたが、とりあえず全力で無視しておく。
で、頭に浮かんだ情報は以下の通り。
『川に湧いた温泉の湯』食塩泉・人体には無害
異世界人の願いにより地下の温泉脈から湧きでた湯。少し熱いので川の水で温度調整すると吉。ここは寒い、ぽっかぽかになろう!
……おお、ばっちりだな。そして最高だなルシア妹。
それにしても、この楽しげな文面って誰が考えたんだ?神様的な何かか?
ま、まぁいい。
ちなみに食塩泉というのは日本じゃ一番ポピュラーな温泉成分だぞ、保温効果が高いのでも知られている。寒い南大陸にはピッタリだろう。
『ただの食塩泉か、OKだな。まわりの石で湯船作れば入れるぞと』
なぁんて事を、思わず口に出しちまったもんだから、
『パパ、入りたい!超入りたい!』
『あの、ハチさん?できれば私も、異世界式の温泉を味わってみたいのですけれど……』
自分の女と山羊美人に両方から、こんな事言って迫られた身としてはですな。
まぁ、せっせと記憶をたどりつつも湯船を作ったわけですよ、ええ。温度調整できるように水も引っ張れるようにして。
うん。
こんなところに露天風呂を作っちまったのはともかくとして、それ以外は特に問題はないよな。
なのに何で、アイリスはともかく、一国の首長たるお方までもが隣に入っていらっしゃるんだか、はて?
まぁ彼女のおかげで、俺には獣属性がない事に気づけたのは助かるけどな。さすがに範疇外だ。
だけどね。
後ろ姿だと顔が獣だってあまりわからないとか、むしろスレンダー好きなヤツなら尻尾と毛深さを気にしなきゃ首から下は非常にやばいとか、魔力強いと長生きだから政治家するような歳でもプルプルのフワフワだとか、無用な情報まで見えてしまうわけですよ、ええ。
ははは……。
さて、下ネタ話は置いといて真面目な話いこうか。
まず、アリアさんのおかげで、いくつかわかった事。
獣人系の種族ってのは種族特性、それから魔力により寿命が大きく変わるらしい。たとえば、同じくらいの魔力だと犬や猫系の種族は人間と大差ないそうだけど、なぜか羊や山羊は長生きなんだとか。で、アリアさんは山羊人のうえに本業が魔道士だそうで、だからこそ魔力が多く寿命も長いそうだ。
そう。つまり、職安とかに山羊人が多かったのは偶然ではないようなんだな。
「私たち山羊人や羊人は、穏健派で気が長いって思われている事が多いのね。おまけに魔道士っていうのは年季が入っても能力が衰えにくいものだから、気長で面倒なお仕事を任されやすいのよね。事務方とか、政治家とか」
「事務はともかく政治家は洒落にならないですね……」
「ま、そうでしょうね」
どこの世界でも政治家は一緒か……。
「ちなみに、私は穏健派に見えるらしいわ。正当な評価で嬉しいわね」
「なるほど、そっすか」
「あら、何となく棒読みに聞こえるのは気のせいなのかしら?」
「いえいえとんでもない」
「うふふ」
羊に見えて中身は狸だろとか、そんな失礼な事は言わないよ、うん。
ちなみに余談だが、ここは野原のど真ん中だ。で、一国の首長が露天風呂に無防備に入るわけもなく、少し距離を置いたところに書くなからぬ数の護衛、つーか地球的にいえばSPか。SPがいるのは言うまでもない……まぁ、視界に入れてないけどな。
あとは、そう。俺の左手かな。
『……』
いつもは左手首に月桂冠の如く巻き付いているルシア妹なのだけど、総体はそんな小さなものではない。どういう理屈なのはわからないが、俺の左腕にほとんど融合しているんだとか。どこぞの右手さんみたいだな、むむむ。こっちは植物だけどさ。
そんなルシア妹なんだが、なんと温泉のお湯が非常に気に入ったらしい。さっきからやたらと元気に俺の左腕でうにうに、うねうねとうごめいていたりする。
食塩泉が平気とは何とも頼もしい。
「ところでハチさん、今後の活動方針を決めるそうだけど、ひとつ意見を述べさせてもらってもいいかしら?」
「あーはい。参考にぜひうかがいたいですね」
採用するかどうかは別として、この世界の現職政治家の意見なんて、そうそう聞けるもんじゃあるまい。
アリアさんは静かに微笑みながら、こんな事を言った。
「おそらく皆さんも同じご意見だと思うけど、ハチさん、貴方はやっぱり戦わない方がいいわね。戦い方を知らないがゆえの危険さもそうだし、何より破壊力が大きすぎる。これ以上注目されると、その力を危険視されるのは間違いないもの」
「でしょうね……」
「でも同時に、強くなる必要もあるわね。
攻撃する力でなく守りの力。非常時に仲間を連れて脱出したり、相手をうまくかわすための力。
そして……必要に駆られて他者を攻撃する事になっても、何とか潰れないでいられる心を」
「なんとか、ですか」
「そ。なんとか、よ」
フフッとアリアさんは笑った。
「要は、ハチさんの出番が必要になった時、難なくしのげればいいわけ。後は仲間の皆さんがやってくれるでしょうし、そもそもハチさんが攻撃的になる事は誰も望んでいないと思うの。できるかぎり今のままでいてほしい、そうじゃないかしら?」
「ええ、そうですね」
アイリスがまじめな顔で同意して、そしてアリアさんもそれにあわせてうなずいた。
「それは私たち、この世界で政治をやっている者たちにとってもありがたいのよ。是非ともそうしてほしいわ」
「そうなのか?ぶっちゃけ言えば、あんたたちにとって俺って、そもそも厄介者なんじゃないか?」
「厄介と考える人もいれば福音と見る人もいるってところかしら。ああ、これは人間族みたいな連中を除いての話ね。
いいかしら?
異世界人を戦いに使うのが愚行なのはわかってる。でもやっぱり、この世界にない知識や情報というのは魅力的なのよね。良くも悪くもね。
実際、食文化の分野には異世界人の実績は多いのよ。
柔らかいパンやお味噌、それに雑穀扱いだったメファス……あなたたちの言うお米を、麦と並ぶかそれ以上の農産物に押し上げたのもあなたたち異世界人だわ。あと、生食を粗野な蛮行から食文化のひとつに変えてしまった事もね。
そういう方面から期待を寄せる人たちもいるわけ」
「……なるほど、そっちはわかりやすいっすね」
この後も、アリアさんはしばらくいて、色々な提案などをしてくれた。
「あなたたち一行の事は広く伝えます。あと各種ギルドにも流しておきますから、人間族国家、それから一部の要注意の組織や団体を除けば、ある程度の安全は確保できると思います。
でも、決して油断しないでね。
ここはあなたの国、日本とは比べ物にならないほど命が軽い世界。
そのことを、決して忘れないで」
「はい。いろいろありがとうございます、本当に」
「いいのよ。それじゃあまた会いましょう」
そう言うとアリアさんは、たくさんの護衛さんたちを引き連れて去っていった……。
「ふむ」
あとには露天風呂つきの川と、キャリバン号と俺たちが残された。
「……アイリス、ルシア、念の為に周辺の安全確認を」
「はい」
『了解』
ふたりが周囲のチェックを行い、やがて安全である事が告げられた。
出していたテーブル等を片付けつつ、ああだこうだと内輪だけの話をする。
「アリアさんの提案は概ね正しいと思う、というか俺もだいたい似たような事を考えてた。皆はどうだ?」
「うん、わたしもだいたい同じかな。パパの『守りの力を強化』までは考えてなかったけど」
『同意します。ほぼ同じ事を考えていましたが、主様自体の守備力強化については考えておりませんでした』
なるほど。
まぁ、俺の能力はあいかわらずのへっぽこだ。
光線銃は確かにすごい武器なんだけど、肝心の俺がアレだからな。まともに活かせるとは思えないし、だいたい、あれは攻撃一辺倒の武器だ。護りの装備としては使えない。
ルシア妹は便利だけど、こいつは戦闘以外が本道なのは明らかだ。戦いに投入する前提で考えるのはよくない。
「ふむ。まぁ防御については考えてみるよ。
あとは、最近放置になってるけど、ランサと散歩は復活したいな」
「お散歩ですか?あの危険な目にあっても?」
ああ、あのカマキリ事件は衝撃的だったからなぁ。
「一時的な防御フィールドみたいなのはどうにかできると思うよ。あとはスマホを警戒モードにできれば、早期警戒と時間稼ぎはできると思うんだ。どうかな?」
俺自身の能力には期待しない。俺はヒーローでも何でもないからな。
「そうね、それじゃあ……」
そんなこんなで、俺たちの話し合いは続くのだった。




