出口
まったく脈絡のない話だが、いわゆる素人小説を読んだ事がある。ネットで携帯やパソコンで投稿されている小説で、中には商業化されて世に出たものもあった。
思うに、素人小説の真髄は多様性にある。
何しろ個人が趣味で書いているものだから、真っ当な編集者なら鼻で笑って捨てるようなものだろうが、とても商売的にペイできないようなコアな作品だろうが堂々と公開されている。要は文字通りのピンきりなのだけど、良くも悪くも突き抜けた作品も結構あるもんだ。だから俺は大好きだったし、せっせと投稿していた時代も恥ずかしながら、ある。
ただ、たまに好き嫌い以前に「いや、それはねえだろ」って思った作品もあるんだよな。
その最も悪い例。個人的に『お姫様症候群』と呼んでいるタイプについて話そう。野郎のハーレムものも並ぶアレなタイプなんだが。
たとえば、異世界に行っちまう系の作品での事。
ただひたすら現状を認識せず、誰かが助けに来てくれるのを待っているだけの作品。
ある日突然に別の世界に連れだされて混乱の極地ってのはわかる。だけど、明らかに善意でない雰囲気の連中が武器を抜いて襲い掛かってくるような状況になってもなお、呆然と立ち尽くしているだけで何もしなくて。で、そんな主人公を助けるために、いいやつが何人も死ぬんだよな。当たり前のようにポロポロと。
で、その血を見て失神して、目覚めたらお姫様扱いで介抱されていると。
うん。読んだ瞬間にウインドウ閉じたわ。
勘違いしないで欲しいんだが、いわゆる逆ハーレムとかお姫様願望がいけないと言っているわけじゃない。そりゃ野郎のハーレム作品と同じでリピドーの発露ってやつだろう。俺の好き嫌いはともかく、一定の需要はあるみたいだし。
問題はそこではない。
要は、リアルタイムで死闘の真っ最中に自分ひとりボーッとつっ立って何かお悩み中で何もせず、でもまわりの良い奴が命はって助けてくれるとか、毎話の如く失神してお望みの人に介抱されるとか、そういう「ヒロイン」が描かれている事がたまにあるが。
あれがねえ、きついんだよな。読んでて耐えられない。
そりゃあ、主人公視点だとそれはドラマチックなシーンかもしれない。
だけどまわりの人間から見て、そいつどうよ?
何で、ボーッと立ってるだけの得体のしれない女を命かけて助けなくちゃならない?
何で、いつもいつも暴走の果てに気絶するお荷物女を命かけて回収しなくちゃならない?
相手が本当にお姫様とかってんなら別だろう。でもお姫様なら安全な場所から出ないのが当たり前で、好奇心で馬鹿みたいな暴走してセキュリティを自ら飛び出すお姫様など失格に決まっている。部下の命よりおまえの乙女思考の方が大事なのかと。
相手が仲間だっていうのなら、棒立ちとか失神はありえないだろう。たまたまなら警告するし、続くようなら戦闘要員から外す事を考えるのが当たり前ではないか。人ひとり運びつつ戦うってのがどれだけ大変かなんて、考えるまでもない事だし。
なのに、こんなおかしな事を何度もしつこく繰り返すようなヤツに、なんで誰も注意すらしないんだ?
あれは本当にイライラする、うん。
まあたぶん、俺みたいなのも一方的な見方だとは思うんだよな。
ただ、似たような作品でも普通に読めるものもある。
たとえば、とある作品。
女主人公でちょっぴり逆ハー臭がするんだけど、はじめての戦いの悲惨さに怯えまくり、ひとを殺すなんていやだと回復職、それも診療所勤めの道を選んだ変わり種だった。戦闘に出ないのでそもそも他人の足を引っ張るような場面がないし、知り合いの侍女さんたちと、あの騎士様かっこいいねえとお茶しながら談笑するようなシーンがよく出てくる。要するに、まるで普通の女の人。
だけどチートはチート。
膨大な魔力と現代日本の知識で大勢の人を助けまくり、たちまち評判に。一般人むけの診療所だというのに貴族も来るようになり、ついには人間でないお客様まで来るように。
当然、最終的には膨大な数の人に支持されるようになっていた。
うん。
いわゆる英雄物語とは違うけど、これはアリだなぁと思ったもんだ。
そんじゃ、イライラする物語と、アリだなぁと思う物語の違いって何だろう?
おそらくそれは「読者が納得できるかどうか」だと思うんだよな。
医療の発達してない時代に診療所で働き、現代日本の医学知識と異世界チートの回復魔法を駆使して大勢の人を助けたとする。それは確かに感謝されるだろうし、人脈も広がるだろう。誰だってわかるし、細かい重箱の隅をつつかない限りは違和感も持たないだろう。
だけど、毎回暴走して迷惑かけるだけの迷惑女が皆に愛されるストーリーでは、納得できるのは最悪、書き手だけかもしれない。
たぶん俺がイライラしちまうのは、きっとそこなんだな。うん。
トンネルってのは不思議な空間だ。
徐行しつつ周囲を警戒していると非常に長く感じるけど、スパッと通り抜けようと思えば、そう長くないんだよな。まぁ、トンネルという空間自体が嫌いな人には同じ事なのかもしれないけど。
「あと2km切ったよ」
「あいよー」
一度走りだしてしまえば、みるみるたちに近づいてくる出口。
そりゃそうだ。中央の最深部からは28kmくらいしかないはずなんだ。時速60kmで走れば当然、長めに見たとしても30分で出られるわけで。
あと、前方から降りてくる人も乗り物もなかったのも大きい。休憩所にはいたけど、通りながら「こんにちはー」って手をふったらやたらとウケたくらいで、これも予定の変更なかったしな。
「うーん……彼らと情報交換したほうがよかったかな。今さらだけど」
『無用でしょう』
「そうか?」
ルシアが淡々と意見を述べてきた。
『休憩所同士で通話が可能のはずです。どちらの休憩所にも人がいましたから、情報交換はできているかと』
「通話?」
まさか。
『大戦前の構内電話です。作業用のものですが、単純な魔力システムなので、魔族の魔道士が単体で修復させたようです』
「……」
『主様?』
「……しょう」
『?』
「ちくしょう失敗した!休憩すりゃよかった!」
千年前の構内電話が使用可能だって!?
くそぅ失敗した!ちょっと寄り道するだけだったのに!なんてこった!
『……すみません、主様?』
「(ぼそっ)あールシアちゃん、ほっといていいよ。病気みたいなもんだから」
『(ぼそっ)そうでしょうか……』
「(ぼそっ)うん、それより警戒準備しとこ?」
『(ぼそっ)了解』
ん?今なんかボソボソ言ってるのが聞こえたような?
「おい、何かあったのか?」
「パパ、残り一キロ切った!」
なに!?
「お、そうかすまん!」
「ドンマイ」
「……お、おう」
ドンマイと来たか。内容はともかく、ますます饒舌になるなアイリス。
「二人のどっちでもいい、外の状況はわかるか。敵対側の反応はないか?」
『誰もいない。警備員がひとりいるだけで無人。道はまっすぐでオーケー』
「無人?それはまた」
なんでだ、と言おうとしたら、ルシアの身も蓋もない指摘が。
『外は深夜。みんな寝てる』
「……ありゃ」
そう言われてメーターパネルの時計を見たら、
「夜の11時?」
「うん」
日本ならともかく、こっちじゃ普通みんな寝てるわな。
そうか、そりゃ気付かなかった。
「もう出るぞ。アイリス、念のためベルト確認」
「はい!」
「ヘッドライト点灯する」
ランサは眠っているから問題ないな。
「よし出るぞ、三、二、一、」
その瞬間、キャリバン号はトンネルの外に出ていた。
出口は少し山になっていたようで、80km/hを越していたキャリバン号は少し浮き上がった。だがすぐに下に落ちた。
「おっと」
もともと浮いてるから衝撃ってほどではないが、車内が少し揺れた。
減速をしかけ、市街地速度に落とす。
『着地完了、問題なし』
「怪我はないか?」
「ないよー」
「よし、確認できる情報頼む」
『現在地点、コルテア国首都、南ジーハン市。今走っているのは大戦前の旧大陸横断架線だった部分で、架線がなくなって現在は大陸横断道と呼ばれている。
このまま走り続けた場合、終点は南極大陸、「氷の最果て」市の市庁前。距離は道のりで約2248km、現在の速度で走り続けた場合の所要時間は……』
「アーストップそこまで、ありがとよルシア」
『……どうも』
さすがに詳しいな。詳しすぎだが。
「アイリス、寝場所探しをしたいが、どこか見つくろってくれないか?静かな丘の上とか」
「え?」
不思議そうにアイリスが返答した。
「停泊所あるよ?」
「それ町の中だろ?」
「うん、そうだけど?」
「夜中に見慣れぬ軽四がブンブン走り回ってちゃ迷惑だろ。うちは普通じゃない乗り物だしな」
「あー……そういうこと」
「ああ」
「わかった、す、すぐ探すね!」
「おお頼むぜ」
納得したようにアイリスはうなずいた。……でもなんで赤い顔?
「ところで二人に聞きたいんだが、こっちで使う基本的な防除結界は何がいいだろうな?」
野営するとなれば結界は必要だろう。
車の中なら安全かもしれないが、いきなり大型魔獣にかじられて強度試験するハメになるかもしれない。やる事はやっとくべきだと思うんだ。
まぁ……中央大陸でトリリランドはケチがついたからな。アイリスの出番はもうないと思う。
だけど、ルシアだけに聞くというのは、なんだかアイリスは役立たずって言ってるようでイヤなんだよな。
だから両方ともに声をかけたのだけど。
『それでしたら、トリリランドでいいかと』
「え、いいの?」
ルシアの指摘に、アイリスが驚いたような声を出した。
俺もちょっと驚いた。
「トリリランドか……確かに使えればいいかもだけど、中央大陸で困らされただろ?人間族側にバレるんじゃないか?」
『それは材料に偽装草を使うからです』
そうなのか?
ていうか、偽装草を使うからトリリランドじゃないのかよ。知らなかった。
『あいりすさん』
「う、うん、なに?」
『これを使ってください』
唐突にアイリスの手元に、ルシアのつる草が天井が伸びてきた。
そして、何かプツッという音がしたと思うと、パラパラと何枚かの葉っぱが落ちた。
「これ、ルシアちゃんの葉っぱだよね……あ、そういうこと?」
『トリリランドは確かに偽装草を使うのが最も有名なのですが、シンプルかつ非常によくできた基本結界術なのです。ただ単純ゆえに材料に効果が大きく左右されるのですが、基本にして究極といえます。人族の結界術などでは、トリリランドに始まりトリリランドに終わるって言われるほどなのです』
へぇ……そういうものか。基本にして究極って魔法のジャンルでもあるんだなぁ。
『そしてトリリランドは元々、精霊種や植物系の魔物など、魔力の強い葉を使うものなのです。わたしや妹の葉っぱなら、人間族にも容易に察知されないでしょう』
「あ……それで桜を使う事があるんだ」
『桜もいいですね。特に山桜と彼岸桜で千年を越えたものなら、わたしや妹の葉とはまた違った熟成の味わいで使い勝手がよいかと』
え?
「ちょいまち、桜って短命の木じゃないの?」
『異世界人はしばしばそう言いますが誤解です。おそらく異世界の桜に短命の品種があり、それが有名なのでしょう。
桜の一部は千年単位の時間を生きて、魔物化もします。短命種だなんてとんでもない』
「そうなのか……」
おう。マジで知らなかったぞ。
「ところで、自分の葉っぱを使ったりしてルシアの負担にならないのか?」
『主様の魔力があるかぎり、こんなものは負担のうちにも入りません』
「そうか……わかった」
まぁ、問題ないというのなら、いいよな。
そんなこんなで、無事に南大陸に入り込んだ俺たち。
出たのが深夜だし、闇夜なので周囲がよくわからない。とにかく町から離れた丘に移動し、そこで野営となった。
まぁ、今日は疲れてるしもう夜中だからな。さっさと休もうって話になったのだけど。
「……」
眠れなかった。全然。
キャリバン号を停止して後ろのスペースに移動、マットを広げて眠ろうとしたんだけど、心が異様にざわついて眠れないんだ。安らかに眠りたいのに、眠ろうとするたびに、あのトンネル入り口の光景が蘇ってきて。
だめだ。どうしても眠れない。
何とか安眠しようと、マットをベッドに変えてみた。タイヤハウスが異様に気になったので室内を広げてみたり、考えられる限りをしてみたんだけど。
……どうしても眠れない。
いや。理由はわかってる。
「……」
眠ろうとするたびに、思い出すんだ。
首が落ちたり、真っ二つになっていく兵隊の姿。それがやけにクローズアップされて見えて、そのたびに睡眠に入ろうとした意識が強制的に覚醒させられて、
それで、それで、それで……!
「……」
気がついたら、アイリスに抱きしめられていた。
「……?」
「大丈夫だよ」
……アイリス?
「大丈夫、こわくない……大丈夫……」
「……」
アイリスの心臓の音が、とくん、とくん、と、なぜか強く響き渡る。
「ほら……」
耳元で囁かれる声。
なぜだろう。そのやさしい声が心地よい。
「そう、それでいいの……ほら」
気がついたら、彼女と一つになっていた。
だけど、俺には高揚も、やましい気持ちも何故か全然なかった。そこにはただ、安らぎだけがあった。
(……あれ?)
つながりを通じて、アイリスから何かが流れこむ。
水の中に飲み込まれるような感覚。
そして、水の中にいるのに、脳裏に響き渡る声。
『大丈夫、心配ないよ。ちょっとだけ、ちょっとだけ負荷がかかりすぎてるとこを癒やすだけ……ちょっとごめんね』
『あいりす。大丈夫?手伝い必要?』
『心配ない、何とかなるよ。ていうか……このトラウマの対応はルシアちゃんたちじゃ無理だよ』
『種族差別?』
『わたしの方がマシってだけの話だよ。眷属だけど、一応は動物なんだからね』
『ランサは?』
『ランサにはランサのやるべき事があるの。わたしたちは、それぞれに自分の範疇を守らなくちゃ。でないとパパを守りきれないよ?』
『それは困る』
『うん、だよね?だから今は任せて』
なんか、遠くで声がする。でも意味がわからない。
なんだか知らないけど……ひたすらに眠いんだ。
『大丈夫だよパパ、心配ない……起きた時には気分よくなってるから、ね』
……ああ、すまないアイリス。
『おやすみ……パパ』




