聖女
不定期登場、他人視点回です。
久々にどこぞの聖女さんあらわる。
主人公視点の続きは一回休みです……。
キャリバン号のオーナーが似合わぬ戦闘行為などやらかして自爆したりしていたのと同時刻。
飛空艇から向かって見てキャリバン号の90度右、市街地にある高い建物のひとつの屋根の上に、ひとりの小柄な女がちょこんと座っていた。
女は、くすんだショートカットのブロンドに簡素な深緑のローブを着ていた。ただし魔法使いというより何故か神聖教会のシスターを連想する雰囲気を持っており、だが、その気配も今は不自然なほどにかき消され、まるで風景の一部のようにその場に溶け込んでいた。
「ふうん、これはちょっとまずいわね……彼らどうするつもりなのかしら?」
女はキャリバン号の潜んでいる場所を正しく認識しており、ゆえに心配げに眉を寄せていた。
彼女は別に光学迷彩を見透かせるわけではない。ただ彼女はキャリバン号がコソコソと丘に登っていくところも、あの人のよさそうな青年が竜の娘とふたりでヘンな迷彩布をかけているところも、携帯食料片手にずーっと観察していただけの話である。マヌケな飛空艇の連中は誤魔化されていたが、さすがに彼女は騙されなかったわけだ。
「そういえば、腰に何か銀色のものつけてたわね……キラキラしていて武器には見えないけど、もしかして銃の一種なのかしらね」
改めて紹介するが、彼女はいつぞやに彼らにちょっかいをかけた聖国の聖女様である。といっても聖国に聖女は他にもいるし、彼女はとある事情から自由な行動が認められている。そんなわけで、聖国の利益と自分の好奇心の両方を叶える方法……要はこっそりと彼らをストーカーして情報を集めつつ、ちゃっかりと自分も公費で旅を楽しんでいるわけだが。
「あ、動くみたいね」
奇妙な結界を破り、青年の上半身が見えた。
「あー、あれやっぱり銃みたいね。でも銀色ピカピカの銃なんて……どんな性能なのかしら?」
ワクワクしながら遠眼鏡で細かく観察をはじめる彼女だったのだが。
「……なにあれ?」
その笑顔は途中から、盛大にひきつる事になった。
「闇魔刀?いいえ違う、あれは……そんな、そんなまさか!」
銀色の銃のようなものから、唐突に伸びた「見えない何か」。その正体を彼女は知っていた。
かつて工作特化タイプの異世界人が作ったという、魔力で生み出す光の剣。そのまま当人は光線剣と呼んでいたというが。
確かに、それは『剣』だった。概念だけで言うならば。
『斬る』という概念のみを光の刃のカタチに束ねたもの、それがその剣の正体だった。一度だけ見たそれは非常におそろしく、逃げるほかに手がなかった。
だいたい、物質による刀身をもたず『斬る』という概念だけでできた刃物なんてものを、いったいどうやって押し返すというのか。どんなものを使えば止められるというのか。
結局、使い手が魔力の枯渇で自滅するまで、それは止められなかった。
あの銀色の武器から出ているものも同じだ。あれは、この世のものが関わってはならないものだ。
思わず腰が引けそうになった瞬間、冗談のような悲劇は始まった。
知らずに通りかかった飛竜と騎兵が、首と身体の一部をなんの抵抗もなくすっぱりと切り落とされ、血潮やら中身をまき散らしながら墜落したのだ。
たちまちパニックになった。
だが、見えないし音もしない刃から誰が逃げられようか?
惨劇がどんどん加速していく。
音もなく、無造作に巨大な飛空艇が切断されていく。たまたま通りかかった兵士や騎獣が巻き込まれ、中身と血漿を面白いように撒き散らす。
逃げようにも原因がわからないのだ。彼らは無益に右往左往し、そして自分から凶刃に飛び込んで次々と切り裂かれていく。
そして飛空艇そのものも浮かんでいられなくなり、真っ二つになって墜落、炎上した。
「……冗談でしょ」
遠眼鏡から目を離しつつ、彼女はつぶやいた。
「無茶苦茶だわ。やっぱり異世界人は異世界人なのね」
さすがの彼女も、こんな惨劇までは想定してなかった。
(あんな、お人好しが歩いてるみたいな人ですら、あんなものを生み出せるなんて)
異世界人は精神的に戦闘に不向きだし、そもそも争いを好まないとはよく言われる事だ。
だが、だからといって異世界人をうまく利用しようと考えるのは大変な危険行為だ。
大戦という大きすぎる代償を支払った今、そんなのは誰でも知っている事のはずで。だからこそ人間族国家群では最終的に隷属させるとはいえ、最初は軽いお誘いからはじめる事で一致しているはず。
なのに。
あんな武器を持っているという事は、誰かがいらぬ攻撃をしかけたのか。それともうっかり単独行動していて魔物に追い詰められたのか。
後者なら仕方ないだろう。だが前者なら最悪だ。
「滅びるなら勝手に滅びてよね。聖国まで巻き込まれてたまるもんですか」
異世界人は別に超人ではない。元の世界では凡人であり、原因は不明だが魔力だって、おそらくは世界観移動の際に結果として入手しているにすぎない。
だが。
星まで行き、自分たちの兵器で世界を滅ぼしかねないほどの文明世界の住人なのだ。そんな世界の思考力や発想力を持つからこそ、この世界で大きな力をもつ。おそらくはそういう事なのだ。
人間より強いだけの魔物なら、知恵をこらせば操る手もあるだろう。
だが、人間より賢い生き物を、知恵で操ろうなんていうのは自殺志願者の考える事。
なのに。
歴史がそれらを証明しているというのに、それでも異世界人を戦争の道具にしようというのか。
なんという愚かな。
「ふむ。そろそろ、私の仕事かしらね」
彼女は知っている。彼らの戦闘力の情報を、人間族各国に渡してはならないって事を。
もし渡してしまったら、力の奪い合いで間違いなく戦乱になるだろう。そうなったら聖国も立場を明確になる必要が生じてしまい、非常に面倒な事になってしまう。
だからこそ、自分が……。
大慈母シオリ・タカツカサが玄孫である、エミ・タカツカサ・シターヴァがここにいるのだから。
「……」
青年たちの乗り物がトンネル入り口に無事入ったのを確認した瞬間、彼女は自分の魔力を完全開放した。
「『聖檻』」
聖なる檻を作り上げ、魔物を閉じ込める神聖魔法を発動した。
しかし、聖檻を編み上げるのは人間族レベルの小さな魔力でなく、たった一言で二千人のけが人を癒やすという聖女シオリ直系の強大すぎる魔力。
シャリーン、と綺麗な鈴の音が高らかに響き渡り、戦場に金色の光が華やかに散乱する。
次の瞬間、愚か者たちの戦場まるごと全部を、金色の聖なる檻が閉じ込めてしまっていた。
これはなんだ、どういうことだ。
生き残りの兵士や将校たちがとまどい、右往左往しているのが見える。どうやらまだ二十人、いやそれ以上は生存者がいたようだ。
(やっぱり彼は優しすぎるわね。覚悟してひとを殺したんでしょうに、それでもこんなに残しちゃってるなんて)
もちろん逃がすわけにはいかない。
魔力を固め、この世界の外に向けて道を開く。
「せめてもの冥福を祈ります。女神のお慈悲がありますように。……『放逐』」
巨大な檻が突如として、その空間ごと揺らいで。
そして空間が元に戻った時、そこには檻はなかった。……中に入っていたすべてのものと共に。
あとには、飛空艇が来る前までの静かなトンネル前の風景と……そして、いくつかの血痕だけが残された。
少しだけ解説しよう。
聖国において聖女となる条件にはいくつかあるが、まず伝統的に回復魔法または防御・結界魔法が得意である事が求められる。これは聖女シオリの時代にできた基準で、政治的理由でなく、きちんと能力に裏打ちされた人物が聖女として採用されてほしいという願いが込められている。
次に重要視されるのは、攻撃魔法を持たない、持っていても使わない事。聖女は守護のための象徴的意味合いが強いので、これは絶対である。攻撃は神官や侍女たちに任せ、貴女は祈ってくださいという事。
では、その聖女であるエミが使った『放逐』なる魔法はというと……これは移送魔法の一種である。具体的には、空間自体に穴をあけ、いわばこの世界の『外』へと対象を放り出してしまう魔法。
確かに規制対象の攻撃魔法には含まれていない……が、その効果でわかるように、その是非を問われるタイプのえげつない魔法のひとつである。
「外に魔力を飛ばした痕跡、なし。ここの間者と連絡とった形跡もなしね。よし」
少しエミは考えると、
「といっても、間諜がどこかにいた場合は漏らしちゃうかもだから……うん、あとは役場と領主宅に話つけましょうか。
そういえばサイカちゃんと彼氏の気配あるわね。商会にも依頼しとこうかしら?」
そんな事を言いつつ、ふわりと屋根から飛び降りるのだった。
「あややや、これはまた凄いもん見たニャ~」
少し離れた場所で、ふたり組の黒猫人が遠眼鏡と魔道中継で状況を見ていた。
「この場合、凄いのはあのハチさんかな?それとも聖女様の方?」
「両方だニャ。リアル異世界人とその子孫ニャ。どっちも半端ないニャ」
「サイカ。君だってその子孫だろうに」
「スズキは大戦期から続く家ニャ。血なんてとっくに薄まって、残ってるのはほとんど名前だけニャ」
「ほうほう。あの聖女様にも気付かれない隠密のエキスパートなのにかい?」
「それは買いかぶりニャ。聖女様には気づかれてるニャよ?」
「え……マジか?」
「マジにゃ。こっち見て笑ったニャ。きっと、後始末と噂流しの依頼あるニャ。書類準備するニャ」
「りょうかい。戦争も回避しつつ、しっかり稼ぐと」
「武器は抑止力がウチの考え方ニャ。戦争で稼がニャイ以上、細かい工作で稼ぐのはお約束ニャ」
「だね。さて、忙しくなるかな?」
「なるニャ。けど忙しいのはウチらではないニャ」
旦那の言葉を、嫁はニヤッと笑って少し否定する。
「確かにこっちも忙しくなるニャけど、ウチらがいるほどではないんじゃニャいかニャ?」
「なるほど、確かにこの後の仕事程度なら社員でもできるな。じゃあ僕らは聖女様と話した後、むしろ騒ぎの中心を追いかけるべきだな」
「ウチもそう思うニャ。さぁ指示出すにゃ、旦那様?」
「おう。てーかやっぱり、おまえがトップのほうがいいんじゃないか?」
「自分で言うのも何ニャけど、ウチは全体の方針決めるのは確かに得意ニャが、それだけニャ。総合的には旦那様の方が上ニャよ。ニャからこうやって、ちょろっとサポート入れる他は私情全開でくっついてるだけニャ。とても楽ちんだニャ~」
「楽ちんって、自分で言うなよおまえは」
「正直者が1番だにゃ。そんなウチを旦那様は今夜、食べたくなるにゃ……」
「だから、昼間からうねうね尻尾巻きつけるなっての。破廉恥女と思われるぞ」
「昼間から反応してる旦那様に言われたくないニャ~♪」
真面目な会話がだんだんと、バカップルの会話に移行していくのだった……。
海底トンネルから、東に約20km、さらに水深にして2000mほど下の深海底。そこには水棲人の集落のひとつがある。
彼らはもともと水圧には強いが、常に魔力をまとう事でさらに強度を増している。翼竜たちの種族が魔力の手を借りて成層圏まであがったように、彼らもまた魔力を駆使し、海を切り開いているようだ。
ついでにいうと、彼らが魔力をまとったのには元々理由がある。水圧に耐える以前の問題として、会話にも魔力を用いるからだ。彼らは地球の海棲生物のように音を使わず、魔力を使ったわけだ。
『そうか。では無事に通過中なのだな?』
『はい』
当然だが二人とも水棲人だ。肌も青い。
ひとりは大柄な身体の初老の男性。おそらくはここの責任者だろう。
もうひとりは妙齢の女性。
ちなみに、ここに我らが軽四ドライバーがいたら驚くだろう。女性の方はバラサの町で彼に声をかけた水棲人の女にそっくりなのだから。
『では予定通り、命の運び手は私が。必ずや砂漠の泉に種と命をお届けいたします』
『ウム。女にしかできぬこの仕事、是非にも成功させてほしい……だがフラマ』
『はい』
『命は惜しめ。遠くはなれても心が伝わるせいだろうか、そなたら姉妹は少々無謀に過ぎると皆が心配しておるぞ?』
『……無謀なのは姉であって私ではないかと思いますが。しかし肝に銘じます』
『ウム』
皆が心配と他人のせいにしているが、本当は1番心配しているのはこの男である。水棲人は比較的少単位で小さな集落となり点在、相互交流しつつ活動する習性がある。ゆえにその集団の中の若者は自分の子も同然なのだから。
女はそんな男の心配がわかるのだろう。彼女も姉のせいにしているが自分も大差ないのは言われずともわかっているから、素直に頭をさげた。
そして、そんな姉妹の性格を把握している男も、よしよしと頷いた。
短い会話だが相互の信頼を感じる、そんな一幕。
『班長いるか?』
『おう。フラマもおるが、どうした?』
岩の影からひょっこりと若い男が顔を出した。
『異世界人の動きが早くなったらしいぞ。動くなら予定を早めたほうがいいかもしれん』
『おおそうか、わかった。フラマ、いいな?』
『は、では参ります伯父様!』
『うむ、気をつけてな』




