魔法の考察
食べて飲んで周囲をよく見て、ようやく気分も頭も冷静になってきた。
自分の状況を把握しよう。全てはそこからだと。
まず、現状。
青いコンビニから出てきたその瞬間、俺はこの見知らぬ異郷にいた。
自動ドアが開いたのも外に出たのも覚えている。目の前には俺のキャリバン号が止まっていて、田舎のコンビニとはいえ町の中なので、周囲にも人なりクルマなり、存在したはずだ。
にもかかわらず、まるでスイッチでも切り替わるように、一瞬で俺はここにいた。
ふうむ。思い出してみれば、ますますワケがわからん。
わけがわからんといえば、今俺が乗ってる軽ワゴン、このキャリバン号もそうだ。
こいつは、ただの古いポンコツ軽自動車のはずだ。安物SFのエアカーじゃあるまいし、地形も何もかも無視して浮き上がって走る能力なんてない、ただのボロワゴンだ。安給料の俺でも買えて維持できている、いかにも田舎の貧乏人が乗っていそうな、ただのガソリン車のはず。
なのに……見た目と雰囲気はキャリバン号そのままなのに、何か色々と違っている。
ガソリンでなく魔力?か何か、とにかく別のナニカで動くらしい事。
荒れ地だろうと水上だろうと、まるで高速道路のように普通にすいすい走れる事。
考えるだけでエンジンがかかる事。
ダッシュボードに置いてるだけのはずのタブレットが、組み込みのカーナビも顔負けのものすごい有能さである事。
うん、なんていうか、頭痛がするほど色々とおかしい。
なんていうか、こういうのって……。
「ああ、チートってやつだ、うん」
昔読んだ何かの本に書いてあった。主人公補正とかってヤツで、物語の主人公にだけ何故か理不尽な性能や能力が与えられている。
そういうのをチートというんだとか。
しかし……するとこいつは、チート勇者ならぬチートカーって事か?
うーむ。何かものすごく変な気がするが……まぁ、俺が突然何かの主人公になるよりはマシだろうけどさ。
自分でいうのも何だけど、俺は間違っても主人公とかヒーロー向きじゃない。勇者ご一行の御者?いやいやとんでもない。勇者様のパレードを遠巻きに見物する現物客が関の山だろう。どう考えても、歴史的事件の中心にいていいようなタイプではない。
「ま、いいか。とりあえず無事だし」
日本に戻る方法もわからず、人にもあえず、ぽんこつワゴン一台と荒野をさまよう。
うむ、なんというか間抜けっぷりが実に俺らしい。せめてカッコいい四駆とか世紀末よろしくな改造バイクとかだったら雰囲気出るだろうにねえ。
でも、そんなの俺に似合うわけがない。
それはそうと。
「今後の予定なんだけど……そんなもんねえよな」
孤独っていうのは人間を饒舌にするらしい。さっきから心の声が漏れまくりだよ。
まずいな。このままいったら痛い人まっしぐらだぜ。せめて話し相手はいないものか。
「……」
ふと、ダッシュボードの上のタブレットに目がいって……ブルブルと首をふった。
もしかしたら、フレンドリーに答えてくれるのかもしれない。
でもなぁ。
ひとりぼっちでさぁ、ぽんこつワゴンの中で、タブレットに親しげに話しかける男ひとりとか……さすがに悲しすぎるわ(泣)。
「まぁ、なんだ」
窓の外に目をやる。
そこには、どうやら街道らしいものがあった。たぶん馬車道だろうと思うが、あまり立派な道とはいえないな。
だけど、明らかに人間の作ったらしき道がある。それだけで充分。
「とりあえず、行ってみますか」
どこへ?
決まってる。
どこでもいい、人の住むとこさ。
「エンジン始動」
そう告げた途端、キャリバン号はブルルっと胴震いして動き出した。
この『星』には、太陽が2つある。片方の太陽が小さいから見落としそうだけど、よく見ると明らかに2つある。
あと、月が妙に大きいのも気になる。もしかしてだけど、惑星と衛星って環境じゃなくて、実はあっちが惑星とか、あるいは、どこぞのマゼラン星雲の青い星みたく、ふたご星なのかもしれないな。
まぁ、天文学は詳しくないから、惑星が連星になるような状況で普通に生命が住めるもんなのかとか、そんな事はわからないけど。
「しかし」
退屈だ……。
道に沿って走りだしたのはいいが、あまりにも代わり映えしない風景が延々と続いていた。
なにせ揺れない。浮いてるんだから当たり前だ。
そして、見渡す限り山脈も見えない、360度完全無欠、地平線までのまっ平ら。
日本ではありえない強烈な光景は最初、めっちゃ興奮した。スマホで写真とったりもしたのだけど。
「……」
そう。あっというまに飽きちまったんだ。
空は快晴。
走っているからわからないけど、風もそう強くないだろう。土埃とかも見えないしな。
キャリバン号はというと絶好調。昨日は確か半分くらいを指していた『マジックメーター(Magic Meter)』とやらも、今は満タン近くをさしたまま動かない。走ったくらいじゃ減らないって事なのか?
ふむ。眠気覚ましってわけじゃないけど、少しメーターの事でも考えてみるか。
昨日見た時、確かにこのメーターの針は半分くらいを指していた。そして今は満タン。
この違いは、どこにあるんだろう?
「ふむ」
ふと、タブレットに目がいった。
いきなり異世界の地図なんか映しやがった、このタブレット。
こいつには、何か情報入ってるのか?
気が付くと、タブレットのマイクボタンを押していた。
ちなみに、いつでもオーケーなんとか言うと反応するやつは有効にしてない。理由は簡単で、ぼろいタブレットなので反応がいまいちだったり、バッテリーを節約したいとか理由があったからなんだけど。
さて。
ピッと音がしてマイクのアイコンが出た。質問せよってやつだ。
「燃料について」
タブレットは少し考え込んでから、どばっと大量のデータを返してきた。
ふむ。もう少し絞り込むべきかな?
じゃあ、これでどうだ。
「Magic Meterについて」
また少し考え込み、そして今度は音声つきで返答がきた。
『魔力計。魔力をエネルギー源とする乗り物や召喚獣、あるいは魔力を運用するシステムに装備されている事がある』
やっぱり魔力計なのか。
よし、突っ込んだ質問をしてみよう。
「キャリバン号の燃料について」
『名称不明。ただし現在置かれているこの乗り物の事であるならば、それはあなたの魔力で動いている。名前の定義をするか?』
おや、よくわからんが質問されたぞ。
「する」
『では以降、この乗り物をキャリバン号と呼称する』
安物のタブレットと話しているのに、まるで|人工知能(AI)とでも話しているみたいだった。
うーむ。
よくわからんが、今はとにかく情報が欲しかった。
少し切り込んでみるか。
「同じような乗り物があるのか?」
『キャリバン号と同タイプはない。しかしキャリバン号と同様に魔力で生成され、魔力で動く乗り物は存在する』
ふむ。
「魔力で動く乗り物について」
『主に宮廷魔道士が使う乗り物で、魔力を消費して空を飛ぶものが多い。竜などの生き物の姿をとらせる事が多いので、魔法生物、あるいは魔獣、騎獣などと表現される』
魔法生物ねえ。
『製造コストが高く、また権力の誇示などの用途に使われる事が多いので実態は一般にはあまり知られていないが、運行や保守には魔力消費が少なく、非常に使い勝手のよい乗り物である。太古の天才魔道士の発明であり、素材や術式など改良されつつ、ずっと使われ続けている』
ほうほう。魔道士ね。
「乗り物としては一般化してないって事か?」
『生成に必要な魔力が桁外れのうえ、魔力触媒も非常に高価。しかも本人以外が使おうとしても機能が限定されてしまう。この点が問題視される』
なるほどねえ。うちのキャリバン号って、そんなケッタイな代物になっちまってるのか。
いや、でもちょっとまてよ?
「キャリバン号は車だ、生き物じゃないぞ?」
竜に乗るとか機獣とか、そういうイメージと全然咬み合わないんだが?
『カタチは製作者のイメージで決定する。オリジナルが生き物である必要性はない』
そんなもんなのか。
「じゃあ、このキャリバン号を作ったのは誰だ?」
『受け取った情報から推測する限り、製作者はあなた』
「ンなバカな。俺は乗り物を作るなんてケッタイな能力はないぞ」
それも、愛車とそっくり同じ……何しろ中の装備品まで同じときた……乗り物を作るなんてできるわけがない。
でも、そうしたらタブレットはそれにもこたえてきた。
『自覚がないのは過去にも実例がある。異常な事ではない』
へ?
『魔力で動かす騎獣はいくつか知られているが、オリジナルは異世界からの転移者。それをこの世界の技術で再現したもの。
彼らは転移直後に自分の置かれた立場に狼狽し、愛車や愛犬といった、自分のサポートとなる存在を求めた』
「……」
それは。
つまり、俺がキャリバン号を求めたから、ここにキャリバン号が……正しくはキャリバン号そっくりの騎獣だか乗り物だかが現れたと?
なんというか……ふうむ。
「キャリバン号のオリジナル、つまり元の世界にある本物はどうなっている?」
『不明』
不明?
『オリジナルのまったくのコピーが新規に作られている場合は本物は残っているだろうが、オリジナルをこちらに取り込みつつ、求めた者の願いを受けて変化させたという可能性もある。しかし元の世界にいって事実を確認した記録がなく、どこの勢力も結論は出ていない』
へぇ、そうなのか。
まぁ確かにそうだな、確認できないんじゃ想像するしかない。
「質問を変えよう。過去にも俺みたいなのがいたのか、記録はあるのか?」
『数件あります』
なんか、wikipediaみたいな情報がずらずら出てきたので、読んでみる。
なになに、遠い昔に異世界から来た者が魔法物質と自分の魔力から巨大なドラゴンを生成?
なるほどな、で、それを真似してこの世界でも開発されたと。
読み進めると、異世界人の生み出した色んな『騎獣』について書かれていたのだが。
「……ほう?」
異世界人ってのはものすごい魔力を持っていて、しかし、たいてい戦闘はさっぱりだったらしい。元々平和な国の文民だったようで、戦う力を持たなかったと。
むむ、どこかで聞いたような話だな。
『異世界人は戦う力を持たないが、膨大な魔力を空想で操る事ができた。その姿は穏やかな少年のもので、実際、彼を受け入れた村は平和そのものだったという。
だが、変わったものを作る異世界人を手に入れようと国がその村に手を出した事が、少年を怒らせてしまった。
少年は、その力で強大な騎獣を生み出した。異世界の原理に基づく兵器を振り回し、山をも溶かし、街を平原に変え、海を干上がらせる力をもって国の勢力を撃退。村を守った。
武力では到底勝てないと結論づけた時の国王は作戦を変更。和解すると見せかけてだまし討ちをかけ、少年を殺害。これにより事態は収束したかに思われた。
だが少年が死んだ途端、彼の残した騎獣と装置群が勝手に起動し、彼を殺した軍勢に対して反撃を開始した。
彼らの戦いがどうなったかは定かではない。
だが地質調査結果で見る限り、この時代に中央大陸は全ての大型動物が滅亡、さらに森林も何もかもなくなったらしい事がわかっている。
その結果からおそらく、かの国は大陸ごと根こそぎ破滅させられたのだと推測される』
……。
なんというか、救いのない話だな。
まぁ昔の事はいい、問題はこの異世界人だ。魔力を空想で操るっていうのはどういう事だろう?
「『空想で魔力を操る』で検索して」
『異世界人研究についての項目がヒットしました。読みますか?』
「よろしく」
『異世界人は魔法に詠唱を必要としない。これは歴史的意味でも事実であり、また実際に証明もされている。第六期に召喚または事故、どちらのルートで来訪した異世界人であれ、魔力の大きい者はその全員が無詠唱での魔法の発動ができた事が記されている。
ただしその反面、既存の魔法はその全てが使用できない。
これは彼らの思考がこの世界の人間とは異なっているためとの仮説がたてられているが、それを証明するような記録もまた存在する。戦士タイプの異世界人が帝国などの言語をイチから学び、それを用いて魔法の起動に成功した実例があるからである。この者の場合はきちんと詠唱を行い、我々と同じ魔法を使っていたという。
言い換えれば、異世界人の無詠唱魔法とはつまり、この世界と異なる思考をもって本来使えないはずの魔法を、力技で実現しているとも言える』
ほうほう、なるほど。
このキャリバン号を生成したのが俺だと仮定するならば……あの時のメーター読みが正しいならば、俺の全魔力の半分と引き換えにキャリバン号が生成された、と見るべきなのか。
本当にそれだけの魔力で足りるもんなのか、まぁ若干の疑問点はあるけど……とりあえず仮説としてアリかな?
あとは、そうだな。材料について聞いてみるか。
「騎獣生成に使われるものは?」
『騎獣作成の際に使われるのは魔力です。しかし核となる物質は別に用意するケースが多いようです。たとえば魔石や特殊鋼、隕鉄などですが、異世界人が使う闇金属のような特殊なものも存在します』
お、なんかファンタジーっぽいアレな名前が出てきたぞ。
「なんだ、そのダーク・マテリアルってのは?」
『世界と世界の間にある空間に偏在するものと言われておりますが、その正体は不明です。通常は利用する事などできませんが、異世界人が世界間移動をする際、必要なものを生成するのに使われると言われています』
世界間移動に必要なもの、ねえ。
「世界間移動に必要なものか。具体的には何だ?」
『質問が抽象的すぎます。話題を変えるか絞り込んでください』
「うーん……俺の身の回りにあるもので、ダーク・マテリアルとやらで作られているものはあるか?」
『あります』
ほほう、あるのか。
「では、俺の身の回りにあるダーク・マテリアル由来のものを教えてくれ」
『キャリバン号とその中の全装備一式です』
……なんですと?
「キャリバン号が、世界間移動に必要なものだって?」
『移動に必要なものという表現は正しくありません。その言い方ですとむしろ、現地で必要なものというべきかと』
なるほど。
「なんでキャリバン号なんだ?選択基準は何だ?」
『一切不明です。ただし申し上げれば、異世界人が現れるとき、専用の騎獣が続いて同時召喚されるのはよくあるケースです。過去にも自転車、馬、ローラー○ルーゴーゴーなどが召喚された事があります』
「……最後のはいったい何なんだ?」
『持ち主の残した言葉からすると、キックボードの先祖だそうです』
いや、知ってるけどさ。え、当時の人じゃないぞ。うちに古いのがあったんだぞ、ほんとだぞ?
しかしそうか、ふむ。昭和時代に召喚された人なのかな?
「異世界人が何かを作り出すときのコツとか、参考になりそうな情報はあるか?」
『不明です』
さすがに無理か……。
そんな会話をしているうちに、だんだんと風景が変わり始めていた。
「森?」
風景の向こうが地平線でなくなり、森っぽいのが見え出していた。馬車道はそのまま森に向かっている。
「……要注意だな」
思わず、ハンドルを握る手に力が入った。