混沌の町
「これはまた……」
シャリアーゼ国の首都にして港町、ジーハン。
その町の第一印象は「寂れてる」だった。
とにかく活気が見えない。というか人がいない。
いかにも「田舎なので中央の物資が届きません」と言わんばかりの貧乏臭い建物。陰気な市街。
唯一少しは綺麗かな、と思ったら、それは人間国各国の詰め所みたいなとこだった。よく見ると窓ごしに、ふんぞりかえったおっさんの姿とかが見えたりするが、どう見ても左遷されたって感じだ。
やぁ、これは末期だねえ。
『一般的な人間族国家の認識だと、ジーハン送りは飼い殺しと一緒だから』
「いや、洒落にならんてばよ」
日本での俺も間違いなく負け組だったからな、リアルすぎて笑えんわ。
まぁ、それでも役人って時点で少しはマシなんだろうけどな。
「汚職とかはないのかな?」
「あるにはあるらしいね。でも、問題にならないレベルなんだって」
「具体的には?」
「朝市に堂々と歩いてきてさ、ドンと座って周囲を睨むだけでタダ飯が!」
なんだそりゃ。
「どんだけショボイんだよ。それ汚職じゃなくてカツアゲだろうが!」
「まわりの屋台の人は、イヤなのに無理やりおごらされているんだって。とても迷惑だよねえ」
「そりゃ、そうかもしれねえけどよ……」
それが数すくない悪事のひとつって、どんだけ貧乏なんだよ……。
「そういや裏稼業はどうだ?マフィアとかは?」
港町だし、対岸は亜人の国なんだろ?奴隷ブローカーとかいるんじゃねえの?
そんな貧乏な地域でも、対岸にはお宝いっぱいって事だろ?
でも。
『犯罪組織が根付かないらしい』
「根付かない?」
「奴隷ブローカーなんて入ってきたら、対岸から討伐隊がきて皆殺しにされるからね。シャリアーゼの政府は亜人勢力に対抗する気が全然ないし」
対抗する気がない?
「……それは妙だな」
「そう?」
ああ。妙じゃないか。
「あのな」
俺は持論をアイリスたちに言ってみた。
「この世界の常識は違うのかもしれないが……こういう状況の場合、たとえシャリアーゼ政府の立場がどうあれ、亜人勢力を追っ払おうとすると思うぞ。少なくとも正式にはな」
「そう?」
「そうさ」
かりに、そうでないとしたら。
「もし、それが普通に許されるとしたら……まさかと思うが、シャリアーゼって亜人側なんじゃないか?」
「うん。そうだよ」
「……そうなのか?」
「うん」
アイリスは大きく頷いた。
「正式には人間族の味方ですって言ってるんだけど、実質はそうなりつつあるみたいだね。こういうの、有名無実っていうんだっけ?」
へぇ。
「なかなか大胆だな。あくまで中央大陸の国だろうに」
「海底トンネル一本向こうは南大陸だもん。
人間族側は大戦前のトンネルなんて『無いもの』として無視してる。だからシャリアーゼは『南の最果て』なんだけど、そんなの人間族側だけの認識だからね」
『事実上、シャリアーゼは南大陸北端の国と考えていい。近郊の獣人国家もそう認識しているから、援助を惜しまない』
人間族陣営から見ると人間の国で、亜人側から見ると亜人国家なわけか。それも物理的に。
なるほど面白いな。
「ふむ、それでトンネルの存在か。これが鍵になってるわけか」
「うん」
大戦期より存在し、今は魔物たちの手で守られし古い海底トンネル。
人間族側にとっては見る価値もない古代の遺構なんだろうけど、どっこい施設としては今も生きていると。
「そうか……でもよ、こういう情報って漏れないのか?役人とかから」
『漏れない』
ルシアが俺の疑問を切って捨てた。
『この町に送られてきた他国の役人は、早期にこれらの洗礼を受ける。そして態度を変える』
「そう簡単にいくものなのか?スパイめいたヤツもいるんじゃ?」
『態度を変える』
「……確か前に、中央大陸平和議会とかってところの人間がいるとも聞いたんだけど?」
『例外はない』
「そうか、例外なしか……あまり詳しくは聞かないほうがよさそうだな」
『それが正解』
物騒だな。
まぁ、自衛策なんだから当たり前か。
「まぁ、それはわかった。で、本来のここの姿はどこで見られる?」
『スラムを通り抜けて奥に行く』
「りょうかい。アイリス、誘導してくれ」
「わかった」
旅行者にとって大都市のスラムは文字通りの危険地帯だ。知らずに入り込むと命を落とす事だって珍しくない。
俺は海外旅行なんてバンコクくらいしか行った事ないけど、知識としてはわかる。
日本の旅が安全なのは世界的にいって例外。本当は、スラムなんてうかうか入っていくヤツが悪いって方が正しいのだ。
そんな俺たちなんだけど。
「……これがスラムか?」
普通に賑やかな町にしか見えないぞ。まぁ中華街じみた猥雑さはあるけどな。
ひとの多い町だった。あの砂漠のバラサの町とは比べ物にならない。
「獣人が多いな」
当たり前の話だが、そのほとんどは獣人だった。
最も多いのが、犬や狐系と思われる顔。もちろん和製RPGによく出てくるような美少女に獣耳なんてヤワな代物でなく、首から上は獣そのもの、むしろ二本足で歩くわんこというか。昭和の人なら、あの名探偵ホームズを元にした擬人化動物アニメを想像するような光景である。
バラサにもたくさんいたが、薄着でなくきちんと服を着ているせいか、むしろその顔や尻尾が目立つ。人間と変わらないパーツから異質なものが出ている違和感というべきか。
次に多い、というより目立つのは羊系だろうか。モコモコしていて毛が多いうえに白っぽい個体が多いせいもあるのだろうが、数は少なくともやたらと目につく。大きな巻き角をもつ個体が多いのもあるだろう。さらにその子供に至っては、まるでぬいぐるみみたい。俺が女だったら、お持ち帰りしたくなったかもしれない。
他にも色々いるが、意外にインパクトが少ないせいか、どの種族がどれだけって感じはしない。それどころか、ちょっとキャリバン号を道路脇に止めて十分も見ていたら、違和感もとれて普通の光景に見えてきた。
もとより獣人はこの世界の全人類種の中でも圧倒的に多いらしいからな。
タフで順応性が高いうえに細かいバリエーションも豊富。どちらかというと人類種が減少傾向にあるのと裏腹に獣人種は多数派を保っている。ただ細かい種族単位の文化の相違もあるので、一概には言えないそうだけど。
逆にバラサに比べて少ないというと水棲人。彼らは本来の住処が海であり、そもそも陸の町にはあまり長時間いないそうだから当然か。
そしてエルフになると……残念、みつけられない。
俺は未だにエルフを見た事がない。バラサの町で一人見たよってアイリスは言うんだけど、なんでか教えてくれないんだもんな。なんでだよもう。
さて、いつまでも獣人見物もしてられないな。
「で、職安とやらはどこにあるのかな?誰かに聞いてきた方がいいか?」
「ううん、地図でわかるみたい」
アイリスがタブレットを操作し、情報を見ている。
「パパ、そっちの右奥に入って」
「了解」
人を避けつつゆっくりと通りに入れていく。
思ったよりはるかに道幅が広いようだ。それだけ物流も多いって事なのか、それとも別の理由があるのか。
「あの奥」
「お。なんか駐車場みたいなのがあるぞ」
でっかい魔獣が一頭、それから馬車みたいなカーゴも見える。魔獣車ってやつか?
「うん、その横でいいと思う」
「了解」
とはいえ、動物の引く乗り物の隣にキャリバン号を止めるなんて、日本でもやった事は一度もない。窓を開けてゆっくりと接近すると、御者台と思われるところにいる黒猫の獣人に声をかける。
「やぁ、隣に停めて大丈夫かい?」
「ドゾドゾー」
そんな声をかけあいつつ、ゆっくりとキャリバン号を隣の区画に停止する。
「よし止まった。さて俺らは出る。悪いがランサ、おまえは留守番しててくれるか?」
「くぅん……」
しょうがねえなぁ、と言わんばかりの返事が返ってきた。
わんこ相手に何やってんだって言われそうだけど、ランサはちゃんと言語理解してるからな。ちゃんと話が通じる以上、きちんとそれなりに扱い、通せる話は通すのが筋ってもんだと思う。
「ルシア、すまないがキャリバン号を守っててくれ」
『了解』
まぁ動こうにも、キャリバン号そのものと同化しているルシアは動けないのだけど。
「アイリス」
「わかってる」
アイリスはもちろんついてくる気だ。
そういえば、アイリスはいつの間にか荷物の中も調べあげているらしい。俺自身も存在を忘れていたような地球の『北の顔』ブランドのウエストバッグを持っている。口をあけ、中にタブレットを入れていた。外で使うのか?
てか、いつレディススーツに着替えたのさ。確かに作ってあげたけど、存在も忘れかけてたぞ。
ドアをあけて外に出ると、さっきの黒猫な御者さんが興味深そうにキャリバン号を見ている。
「すごい車、いや騎獣かにゃ、こりは?さすが異世界人の乗り物だにゃー」
うわ、なんだこのマンガみたいなニャン語は。
バラサで導入した翻訳魔法の仕事だろうけど、妙ちくりんな解釈しやがるなオイ。
「ハハハ、よく言われるよ。でも俺が異世界人ってわかるんだ?」
「ニャハハハ、そりゃわかるニャ!」
ちなみにこの黒猫さん、女性みたいだ。身体も真っ黒なら服も真っ黒なので気付かなかったんだが、気づいてみるとシャム猫みたいにスレンダーで優美だったりする。
へぇ。美人さん、いや美猫さんかな?
「そんなに見つめられると照れるニャ。異世界の男はケモナーかニャ?」
いやいやいや、だから、どこからそんな、ケモナーなんてマニアックな用語が飛び出すのかと!
だからクネクネすんな!俺の隣の気温がだんだん下がってるから!
「あー、なんかスレンダー美人な黒猫のお姉さん?悪いけど話戻してくれ。俺が異世界人てわかる理由を教えてくれないか?」
「あはは、ドサクサにお上手だニャあ。ン、でも確かにそうだニャ」
フフンと楽しげに笑う黒猫さん。
「お兄さん、魔力がデカすぎだニャ。魔族でもそんなトンでもない魔力持ってニャ~よ?
結論からいうと、そんな魔力のお化けは異世界人くらいしか考えられないニャ。おまけにその乗り物とか洋服とか。ここまで揃って異世界人以外の解釈をするヤツがいたら、そいつの神経をむしろ疑うくらいニャ」
「……そんなに目立つのか」
思わず、しげしげと自分とアイリスの服装を見てしまった。
「アハハハ、無駄ニャ。見た目はオマケニャ。その魔力を何とかしない限り隠しようがニャいニャ」
「そんな酷いニャか……」
「パパ、伝染ってる伝染ってる」
ま、まぁこの場は仕方ない。あとで考えよう。
「それよりも黒猫さん、職安はどこにいけばいいんだい?」
「ショクアン?ああ、ハマーニャか。この灰色の建物がハマーニャにゃよ?」
「ハマーニャ?」
「ハマーナね。お仕事斡旋所って意味だよ」
「なるほど」
アイリスが少しだけ訂正してくれた。
「お兄さんたち、南に渡るニャ?」
「ああ、そうだよ」
「フム。ハマーニャに渡航者が来るのは市民カード作ってもらうためニャ。けど、お兄さんは異世界人ニャから、無理にカードはいらニャいニャ。身分を隠しようがニャいからニャあ」
「そうなのか?」
「ウチら、隊商で仕事してるケド旅の途中で旅人拾うのはよくある事ニャ。今日も予備カード、使いきったから貰いに来てたニャよ。仲間が別の手続き中ニャのでここで待ってるニャ」
なるほど、そういうわけか。
「魔力を隠して行動する事もあると思うから、念のためにカードは欲しいわね」
「ああニャるほど。フム、そういう意味じゃ、確かに備えは必要かもニャ。ウチはメンドクサイが」
「いや、あんたの話じゃないからさ」
オレオレ基準かよ!
「ま、そういう事なら行くといいニャ。この時間ニャら人が少ないから手続きもすぐだニャ」
「そうするよ。ありがとな!」
「イヤイヤ、お客人には丁寧に、これがウチら、サイカ商会のモットーだニャ」
にっこりと平和そうに笑う黒猫さんを尻目に、俺たちは歩き出した。
そうか。黒猫さんちはサイカ商会か。そうですか。
……サイカだって?
ふと歩きつつ思った。
「にぁアイリス、サイカって名称はこの世界によくあるのか?」
「あまりないっていうか、正式にそれを名乗ってる所は、それこそサイカ商会しか知らないかな?あの黒猫さんが本物ならば、だけど」
「ほう。やっぱり何か意味があるのか?」
「うん」
アイリスは、ぼそぼそっと小さい声で言った。
「異世界人の子孫が歴代当主やってるの。武装商人団っていうのかしら?初代は異世界でも銃を扱っていたそうだけど、ドワーフ式の方が連発性能に優れてるって話で、ドワーフ式を元に異世界の概念を組み合わせた新しい銃を開発したりね」
「……まさか」
サイカと鉄砲……俺としては、戦国時代の紀州・雑賀衆を想像しちまうんだが。
いや、まさかな。どうせ、たまたま流れ着いた異世界人が紀州の人か何かで、同郷人がいたらわかりやすいように雑賀を名乗ったとか、そんなとこだろ、うん。
と、とにかく中に入ろう。




