南への道
今回は、つなぎなので少し短いです。
「まずこれを見て」
そう言うとタブレットを机上に置いて、俺にもわかるようにクルッと回した。
「中央大陸南端部がこっち、で、これが南大陸ね。で、海峡がこれなんだけど。パパこれわかる?」
「まさか、海底トンネル?」
海峡の部分に二重の点線がある。見まごう事なき、トンネルのマークだった。
よりによって海底トンネルかよ!
「ご名答。大戦前に使われていた海底トンネルで、今もまだ通れるんだって」
おいおい……。
「まさかと思うが、これを使おうって話か?」
「そうだけど……どうしたの?」
どうしたもこうしたもねえよ。
「いくらなんでも危険すぎる」
「山の遺跡は平気だったのに?」
「山岳隧道と海底トンネルを一緒にすんな!無理だ!」
思わず俺は声を荒らげていた。
「いいかアイリス、あの隧道はまっすぐだったろ?」
「え?あ、うん」
「長い隧道ってのはな、拝み勾配っていって中央が高くなっている。そうする事で排水なんかをしやすくするためなんだが。で、そうしない場合は全体を斜めして一方向に排水できるようにしたりな。あの隧道は後の方だな。
でもな、アイリス。考えてみろよ。
海面下に潜ってまた地上に戻ってくる海底トンネルで、いったいどこに排水するんだ?」
「あ……それは」
アイリスも気づいたらしい。
「そのトンネルが生きているというのなら、排水や環境整備のためのシステムが今も動いているのかもしれない。その技術は凄いし、できれば見てみたいとも思う。
だけど、そこは廃隧道なんだろ?メンテナンスされてるわけじゃないんだろ?」
「大戦期以来、人間は誰も触ってないと思うけど」
アイリスの返事を聞いて、俺は首をふった。
「今だからぶっちゃけるけどな。あの廃隧道だって本来はめちゃめちゃ危険だったんだ。もし同じ状況になったとしても、二度とやらないよ。
ああいうのはな、それ自体を調査、探検する目的で入るならともかく、現役の通路として使うものじゃないんだよ。廃棄されているとはつまり、そういう事なんだ」
そう。
はっきりいって、先日の廃隧道利用は俺の大失点だ。状況と興味に任せて突っ込んじまったが、本来なら絶対やっちゃいけない無謀行為だった。
ましてや海底トンネルだなんて。
「そんなに危険なの?」
ああ。
「仮にあの廃隧道の危険度を1とするなら、この海底トンネルは甘く見ても60、いや80以上だと思う。ものすごく危険だよ」
水没みたいにわかりやすい障害ならまだいい。崩落に巻き込まれないよう引き返せばいいんだから、危険もそれなりでしかない。
一番怖いのは酸欠とか有毒ガスの類だ。気づいた時にはもう手遅れって事もありうる。
はっきりいって難易度が違いすぎる。遺跡探索のプロが一大プロジェクトで攻略するようなもんじゃねえか。そんなのに素人がクルマで挑むなんて、わざわざ死ににいくのと大差ない。
少なくとも、この後のアイリスの言葉を聞くまではそう思っていた。
「中を通れる事が確実でも?」
「……なんだって?」
通れる事が確実?どういうことだ?
「あのねパパ」
アイリスはひとつうなずくと、自分のデータを披露しはじめた。
「これルシアにもらった情報なんだけど、見て。中央側と南側の魔物の分布図なんだけど」
「ほう」
それは、いろんな種類の魔物の分布図だった。
陸棲、水棲の魔物を中心に、現地付近で群れを作っているものを特定、これを地図に重ねあわせているようだった。大変な労力がかかっている事が伺える、なかなかの大作だった。
……ん?
「ちょっとまて、このデータは何だ?」
なんだこれ。この群れの図、どうなってる?
「それはミナミオオカミの群れのテリトリー図だよ」
ミナミオオカミ。初日に俺が出くわした、あのデカいオオカミの近縁種だっけか。
「いやいや、おかしいだろ。なんで中央大陸側までテリトリーになってるんだ?」
とあるひとつの群れのテリトリーなんだが、南大陸と中央大陸、両方に存在する事になっている。
当たり前だが狼は陸生の動物だ。まぁ海も渡れないわけではないが、積極的に対岸をテリトリーに含めるわけがない。
「だから簡単だよ。彼らは普通にトンネルを通って行き来してるの。拠点もトンネルの中にあるみたいだよ?」
「……マジかよ」
アイリスの話を整理すると、こういう事らしい。
先日の廃隧道でもわかるように、今の人間族は大戦期以前の『遺跡』には近づかない。だけど、どうやら昔の技術っていうのは本当にとんでもない代物だったようで、千年たっても管理システムが動いてるなんてのはザラにあるらしい。
確かに、日本でも土木関係施設は民生用とは比較にならないほど頑強だ。21世紀になっても、まだ現用で使われている発電所の中に明治時代からのものがあるとも聞いた事があるくらいだ。もちろん日本の場合、きちんと保守がなされているからっていうのもあるのだけど。
それがノーメンテで千年……。本当、呆れるほどの超技術だよな。
そんでだ。
人が近づかないのをいい事に、これらの設備は野生動物や魔物、精霊種などが利用しているケースが多いのだという。中には普通に施設を保守したり、住みやすく改装しているケースもあるとか。
なるほどなぁ。
考えてみたら、日本の廃隧道だってコウモリやハクビシン等、動物が住み着いている事が多々あるそうだし。その意味では大差ないって事か。
ふむ。
でも、これはそれだけじゃないな。
「オオカミだけじゃないだろ?」
「え?」
そう。アイリスの持っている情報がオオカミだけのはずがない。
確実に通れるといった事。
そして、この話が出たのが、ルシアとのやりとりの後だという事。
これが意味するのは……。
「この海底トンネル、植物系の魔物が固めちまってるんじゃないか?それもガッチリと。違うか?」
たぶん、もはや本体の施設が老朽化したくらいじゃビクともしない程にな。
「……」
ふう、とアイリスはためいきをついた。
「もう。せっかく現地でパパを驚かそうと思ったのに、つまんなーい」
「悪かったな。それにしてもマジか。海底トンネルをまるごと埋め尽くすとか」
『はい』
それに応えたのは、アイリスでなくルシアの方だった。
『大樹精様からいただいた情報ですと、海底空洞は過去の人間族の戦争のおり、集中的に狙われ破壊されかけたそうです。この時、南に人々を逃がすため当時の中央帝国の聖女が助けを求め、そして了承されたそうです』
「トンネルを守ってくれと?」
『はい』
それは凄いな。そんな願いが聞き届けられる事もあるんだ。
『海底空洞はその内側からシャウスが、外側はラボランテが固めています。シャウスはそのまま硬化して内側から空洞を支え、外のラボランテは地形や空洞の経年変化に対応し、補修と強化を続けています』
シャウス?ラボランテ?
「どっちも海に住む植物系の魔物よ。植物なだけに条件が揃うと最大数十kmにも成長する事があるの」
「数十km!?」
そりゃあ、でかいわ。
「まぁ細かい話はいいわ。とりあえず、精霊の加護により今も通過可能っておぼえておけば」
「いやいやアイリスさん、それはさすがに大雑把すぎだと思うよ?」
それにしても。
まぁどちらにしろ、現場を見ずに突っ込むのは阿呆のする事だ。先日の廃隧道ふたたびはごめんだね。
だからまずは現地を見て、それで決めようと思うんだ。
そうアイリスに伝えたら、
「わかった。とにかく現地に行ってみましょう」
「おう」
そういう結論になった。




