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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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強制的にやってくるもの

 その小さなオアシスは確かに存在した。

 砂漠の一角が突然に、小さいとはいえ森になっていた。誰も踏み込んだ形跡がないが獣道らしきものは存在し、何とかキャリバン号でも木々をへし折らずに入り込む事ができた。

「こりゃ凄いな……」

「うん」

 小さいとはいえそれは地図上の尺度であり、そして原生林の森だ。少し入ると天井は暗く高くなり、すぐに余裕で走れるようになった。

 暗くなりすぎたのでヘッドライトを点灯する。

「パパ」

「ん?」

「外が確認できなくなった」

「なんだって?」

 アイリスがタブレットを操作し、ああだこうだとやっている。

「ごめん間違い。長距離センサーが全部効かなくなっただけみたい」

 いやいや、余計に大事(おおごと)じゃないか!

「洒落にならないな。原因わかるか?」

「ちょっとまって」

 まさかこの森自体がセンサー妨害するほどの魔力を持っているってんじゃないだろうな?

「わかった。……たぶんだけど」

「かまわん、教えてくれ?」

「キャリバン号のセンサーって、当たり前だけどエネルギー源はパパの魔力なのね。キャリバン号から出た後で術式に従って色々な風に使われているんだけど」

「ほう。で?」

「術式が維持できてないの。周囲の森に術式以前の魔力の段階で吸い取られてる」

「……おいおい、そんな事できるもんなのか?」

「事実できてる。で、センサーに使うはずだった魔力もおいしく食べられてる」

「……あまり聞きたくないが、そんなとんでもない事やらかしてる犯人は誰だ?」

 ははは、まさかと思うがこの森、全部トレントとかドライアドとかの集合体で、みんなでおいしく食べられちゃってるってんじゃないだろうな。

「トレント?ドライアド?それなに?パパ?」

「ああ、地球の、想像上の植物系の魔物だよ。見た目には森の木々や草木にそっくりだけど、実は全部魔物ってやつだな。魔物なら魔力を吸ってもおかしくないだろ?」

「……なるほど」

 アイリスは、ぽんと手を叩いた。そしてタブレットをあれこれ調べ始めて。

 ……おいまさか。

「お、おいアイリス。まさか」

「たぶんそれで正解だと思う」

 なんだってぇっ!?

「全部とは言わないけど、この森の生態系を形作る八割以上が植物系の魔物でできてる。おそらく、ものすごく古い時代の樹霊(ドリアード)が大深度地下の古い水脈まで根っこを伸ばしていて、その樹霊(ドリアード)を中心に森が広がっているんだと思う」

「大深度地下!?」

 なんでそんなとこに水脈があるんだ?

 いや、確かに大深度地下にも水はある。

 でも巨木ともなると一晩でトン単位の水を吸うんだぞ。これだけの森を維持するのに、どれだけの水がいると思うんだ?

 それほどの水脈が砂漠の大深度地下にあるというのは、さすがに尋常じゃないぞ。

 そう言ったら、アイリスは逆に首をかしげていた。

 むむ、アイリスにもわからないのか。そうか。

 そうこうしているうちに、進んでいくキャリバン号の前が少し開けた。どうやら中心に着いたらしい。

 

 

 不思議な森の中央は、ちょっとした体育館くらいの広場になっていた。

 深い森にぽっかりとあいた穴。そこだけ台風の中心のように青空が見えていて、湿気を含んだ森の空気もそこだけは少し乾いていた。

 さらにいうとこの広場だけは踏み固められているのか、少し高くて平坦だ。

 日光で暖められたせいなのか、木々の香りが強い。キャリバン号の中にいても少し感じるくらいだ。

 思い切って窓を開くと、強い香りが車内に入ってきた。

「……ほう」

 アイリスが咎めるような目で見ていたが、とりあえず見なかった事にした。

 魔物だらけの空間で無防備に窓を開けるのは本当はよくないだろう。でも、それが必要な気がしたんだ。

 理由?うまくいえない。

 ただ、ここに来たのは偶然ではない。そんな気がしたんだ。

 と、そんな事を考えていたら、

『よくきたな。異世界からの客人よ』

 そんな声が唐突に、頭の中に響いた。

「……すんげえきれいな声だな」

 頭の中に強烈に響き渡っているのに、それがちっともうるさくない。心地いいほどの響きだった。

『この場は、そなたたちの言うところの精霊の気に満ちあふれている。声がよく響くのはそのせいであろう』

「あー……そういえば、そんなのありましたっけ」

 こっちに来てから不思議現象ばかり続くもんで、忘れかけてたよ。

「で、あの、すみません。お声はよく届くんですけど、お姿が見えないのですが?」

『それについては謝ろう。我はもう、根と株しか残っておらぬのだからな。光を取り入れるために何体かの眷属が融合してくれているが、それはあくまで眷属であって我ではない』

「……根と株?」

 嫌な予感がした。

「パパ、どうしたの?」

 不思議そうな顔でアイリスが見ているが、俺はそれどころじゃない。

「あの……もしかして、今俺たちがいるのって」

『うむ、我の上だ。まぁ気にするな、そもそも幹がないのだからな』

「ど、どええええ、す、すみません!」

『だから気にするな、問題はない』

 声はまるで苦笑するかのように、俺の脳裏に響き続けている。

『この間の人間族の戦いでな、我の株より上は焼き払われてしもうたのだ。さすがの我も、この陸地の森全部焼き払う大火災にはどうしようもなくてのう。まぁ、地下部分が残ったのは幸いというべきか』

 この間?

「この間って……まさか」

「たぶん大戦の事だと思う」

 なんじゃそりゃ。何百年かの時間が「この間」かよ!

 どんだけ長大なスケールで生きてんだよ……。

「ふむ。まぁ、植物だしな。スケールが違うのは当たり前か」

『ふふふ』

 何が楽しいのか、俺の葛藤を見透かしたかのように声の主は笑った。

「株と根って事は、あなたがこの森の中心になってる精霊様って事かな?」

『いかにも。我は人間族が古代樹霊と呼ぶものの一柱である。以前、我を調べに来た学者の話では、我は少なくともそなたらの単位で二十万年以上は生きているらしい』

「らしいって……自分じゃわからないんですか?」

『人間族を含むおまえたちヒト族は皆、そう言うが……興味がないというのが正しい。自分の歳など調べて何か得られるものがあるとも思えぬしな』

「ふうむ、実利はあまりないかもですね。知識としては興味深いですが」

『あの学者もそう言いおったわ。あなたの歳がわかっても利益は何もないでしょうが、それでも調べたいのが学者というもの、そして人間というもの。私の好奇心と知りたいという欲望がコレ以上なく満たされるので是非とも調べさせていただきたく、とな』

「……正直すぎるだろその学者(バカ)。って、すみません言葉悪くて」

『問題ない。それより、そなたはあの学者に近いな。正直者というやつか?なかなか心地よい』

 俺は学者(バカ)と同レベルですか、そうですか。

 実際問題、科学者と呼ばれる連中のほとんどは、知的好奇心とか探究心なんてもので駆動されている生き物だ。そのお題が利益をもたらすかどうか、なんてのはスポンサーや好事家むけの看板にすぎなくて、もしお金の心配が全くないのなら、彼らはその好奇心の赴くままに調査を続け、データをとりまくり、考察を続けるに違いない。それこそ自分の探究心が萎えるまで。

 変な話、学者というのは努力に見合うとは限らない典型のような職種でもあるしな。

 何しろ、その知識が役立つものかどうか、それとも無意味かどうかは誰にもわからない。

 机上の空論と呼ばれた知識が何世紀もたってから実用性をもち、脚光を浴びる事だってあるのだが、当然その頃には本人どころか末裔すらいない事もある。当事者たちはそういう場合、誰にも評価されずに有象無象のままに終わる事になるのだ。冗談でもなんでもなく、世界的な科学者と言われる人でも、生前はゴミ箱をあさりかねないような貧乏生活だった人もいるし、歴史的な発見をした科学者が資産もなく、老後はホームレスになったケースだって世界にはいくらでもある。

 今調べているソレがただの自己満足に終わるのか、有益な情報をもたらすのかは調べている学者自身にだってわからない。

 だが裏返すと、だからこそ学者という仕事は(ほま)れなのだ。

 そして一見無駄に見えても「金にならないから」って理由で潰させちゃいけない。もちろん、1番じゃなくてもいいじゃないですか、なんてほざいて仕分けるなんてのはもちろん論外中の論外だ。

 科学とか技術とかを理解していないド素人だからこそそんな事が言えたのだろうけど、あのような発言をかました人物を二度と国政に参加させてはならないと思うのは俺だけじゃあるまい。

 おっと話がそれだ。戻そう。

「なるほど、あなたがこの森を統べる精霊様なのは理解できました。でもひとつだけわからない事があります」

『ほう、何かな?』

「わざわざ俺たちに姿を見せた事です」

 なんとなくだが、俺は確信していた。この森は自ら俺たちに所在を明かしたのだと。

 そしたら、声はなぜかとても嬉しそうになった。

『ふふふ、それに気づいたか。なるほどなるほど、これは思ったよりはるかに逸材のようだな。

 目的はただひとつ。そなたの旅に樹霊の種をひとつ同行させる事だな』

「……同行させる?」

『うむ、そうだ。ちょうど条件は揃っておるし、ただちに始めるとするか』

「って、ちょっと待った!」

『……何かな?』

 いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ!

「すみませんがね、いきなり全然わけがわからないんですが?

 同行させるって何です?種って?まずそっちを説明してくれませんかね?」

『……説明しようとすまいと、種を与えるという行動は変わらないのだから同じではないか?』

「全っっっ然、同じじゃねえよ!」

 俺は思わず激昂していた。

 いや、わかってる。相手は人間じゃないんだ。植物なんだ。

 これはドラゴンの厚意の時と同じだ。人間とは思考回路がそもそも違うから、順序がおかしいのが理解できないだけなんだ。

「……」

 どうどう、落ち着け。

 自分の心にそう言い聞かせ、やっとの事で気持ちを落ち着かせた。

『ふむ。なんだかよくわからないが、突然に興奮状態……であろうか?変化があったのは何か問題があるのか?』

「はぁ、果てしなく問題おおありですが。まぁとりあえず最優先で質問に答えてもらえますかね?」

『ふむ、それはかまわぬが?』

 やはりか。問答無用に感じるのはやっぱり種族の違いみたいだな。悪意はないみたいだ。

 ならば、順をおっていこう。

「そもそも、種を与えるっていいますけど、俺たちにメリットがあるようには思えない。なんの説明もなく得体のしれない種を与えられても、気味が悪いから捨てるかもしれないし、有害と思えば速攻で排除しますよ?誰だって危険を犯したくはないのだから。

 ならば、納得のいく説明が必要だと思いませんか?」

『……なるほど論理的だな。あいわかった』

 あっさりと納得してくれたらしい声は、説明を開始した。

『そなたは、獣や渡り鳥に種を運ばせるという我らの生態は知ってるか?』

「地球には精霊とか魔物がいないですから、あくまで天然の植物だけですけど、まぁわかりますね。イガイガつきの種で毛皮にからまったり、わざと食べられてフンといっしょに排出させたりするやつだ」

『うむ、その認識でほぼ正解だな。付け加えるに、我らはもう一歩踏み込んだ繁殖をする事もある』

「踏み込んだ繁殖?」

『共生を試みるのだよ』

 声は静かに、しかし心に染みこむように語りかけてきた。

『生き物が生き物に寄生する方法はいくつかあるが、そもそも宿主に害を与える方式では、そなたが言うように排除されてしまう危険が大きい。事実、そなたらのように二本足で歩く種族は知能が高いうえに器用な種族が多くてな。宿主を操ったり機能不全を起こさせて種をばらまくような種族は、とっくの昔に排除されてしまって、どれも生き残らなかった。

 現在残っておる種族は寄生ではなく共生を図るものが多いな』

「共生?どのようなカタチで?」

『そなたにわかりやすい言葉でいえば……そうだな。光や熱からエネルギーやを得たり、あるいは動物の作れない消化酵素を分泌したりだな。宿主の生命をサポートしたり、意思に反応して指先からツルをのばしてロープ代わりに、なんて方向に進化した個体もあった』

 ほほう。それは面白そうだな。

『特に、旅する宿主につける個体には、そうした性質のものを選ぶ事が多い。宿主が旅を続ければ続けるほど、いい種をたくさんの場所にばら撒けるのだから、当然といえば当然だな』

 なるほど。

『以上が説明だ。納得してもらえただろうか?』

 ああ。

 納得した、そう言おうとしたところで、思わぬ伏兵が出た。

「待ってください!」

「アイリス?」

『ほほう。竜の眷属が我に意見とな?』

「わがグランド・マスターから確認事項があります。いち眷属でなく(あるじ)からの言葉なら問題ないでしょう?」

『ふん、火吹き蜥蜴の若造が生意気なことだ。まぁよい、で、何を確認する?』

「内容は以下の通りです、それは──」

 そこまでは俺にも聞こえたのだけど、その先が意味不明だった。

「……な?」

 なんというか、アイリスの声が突然、ピーともガーともつかない、ノイズの連続に変わったんだ。

 いや、それはたぶんノイズでなく言葉だったんだろう。ただ意味や音をあまりにも凝縮してしまうと雑音にしか聞こえないように、俺にはどうしても意味をとる事ができなかったわけだ。

 それはたぶん、あのドラゴンやこの声の主たちにしかできない会話のカタチ。

「──」

『──』

 それはたぶん、ほんの数秒だと思う。俺には長い時間のように思えたが。

 で、元に戻ったのは声の主が先だった。

『ふむ、よくわかった。心配ないと伝えるがよい』

「ありがとうございます。貴女の寛大さに感謝を」

 お、なんか和解している?

 いったい、なんの話をしたんだ?

「こっちの話だから」

『話してもよいが、おそらく意味がわからぬであろうし、また知る意味もなかろう。二百年ほど待たねば、そもそも意味をなさぬ情報でもある』

「よくわからないが、長く生きる種族同士の話ってことかな」

『そのようなものだ』

「あー了解。じゃあ百年後にでも俺がまだこの世界で生きていたら、またその時にでも」

『ああ、そうだな。そうなればその時は話そう。……ではな』

 これで話は終わったらしい。

 って、あれ?

「で、あの……種とやらは結局どうなったんです?」

『む、気づいておらぬか?すでに種は植え付けたが』

 え、そうなの?

 でもどこに?

『精霊種の種なのでな、現時点では小さすぎて、異世界人とはいえ人間のそなたでは判別できぬのかもしれぬな。

 心配せずとも、一晩たって落ち着けば判別可能となろうし、もし気になるようなら竜の娘に相談すればよかろう。

 ……では、さらばだ』

「はぁ……えっと、そうすか。よくわかんないけどわかりました。またっす」

 なんか、言いたい事だけ言われて終わったような気がする。

 まぁ終わったのならいい。森を出ようとしたのだが、

『ああ待て、ひとつ忘れていた』

「はい?」

『今夜はこの森の中にいるといい。ここにおれば人間族に見つかる可能性はないし、その間に種の方も定着する。それにより、明日、森から出る頃には気配を消す事も可能になっておろうよ』

「ありゃりゃ。それは助かります」

『気にするな。森を潰し、焼きつくす者どもには迎合せぬ。それだけの事なのでな』

「それでもです。助かります、ありがとうございます」

『……』

 声の主はしばらく沈黙したが、

『我の方こそ。我らが子供を頼むぞ、異世界からの客人よ』

 少しして返ってきた声からは、最初に感じた上から目線な感じが、すっかりなくなっていた。


なんかもらいました。

次回にその正体が明らかに?


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