バイオロジカル・クロック
深夜。
眠れなくて、アイリスのぬくもりを感じつつ、3つ並んだランサの寝顔を見ていた。
どんなにメンバーが増えて旅が豊かになっても、今のところ就寝はキャリバン号の中にしている。もちろん寝る前には荷物も全部収容ずみ。
なぜか?
そりゃあもちろん、キャリバン号の中が最も安全だし、何かが起きれば運転席に駆け込むだけで出発できるからだ。これは日本で週末に遊びに行ってた頃も徹底していた。たとえチキンと笑われようと安全マージンを必ずとる、それが俺のやり方だったからだ。たとえどんな時でも、絶対に無茶はしない。
いや。かつては無茶をした。眠い目をこすりつつ単車を転がしてトラックに突っ込んだ事だってあるし、海に転げ落ちた事だってある。若さゆえの無茶で死にかけた事も、一度や二度じゃないし、深夜に駐車場でチーマーみたいなのに囲まれた事だってある。
日本だろうとどこだろうと変わらない。
完璧に安全な寝床なんて存在しない、特に野営という環境では。そういう事だ。
「!」
ん?
突然、アイリスがピクッと動いた。
ランサを起こさないよう、ボソッと声をかけてみる。
『連絡きたのか?』
『うん』
俺の若返りについて、ドラゴンに問い合わせた返事が来たらしい。
『で、なんだって?』
『魔力のせいだって』
なに?どういうことだ?
寝袋に潜って会話を続けた。
『えっとね、強い魔力が肉体を活性化してるんだって。病気なんかも無意識に修復して、体調も勝手に整えちゃって。それが原因じゃないかって』
『無意識に身体を修復してるっていうのか?』
『うん』
いや、ちょっと待て。
なるほど、それなら健康になるのはわかる。でも、じゃあなんで若返るんだ?
『若返ってるんじゃなくて、今のが本来のパパの姿じゃないかって』
『そんな馬鹿な。いくらなんでも若すぎるぞ』
『そうなの?そういや、パパの歳っていくつなの?』
『言ってなかったか?』
『聞いてないよ』
ありゃ。まぁ、言う必要がそもそもなかったか。
『まぁ、なんだ。どっから見てもおっさんって歳だけどな』
でも、俺が歳を告げると、アイリスは逆に首をかしげた。
『え?そんなもんなの?』
『ああ』
『じゃあ、おじさんじゃないでしょ。今の姿で正しいと思うよ?』
なに?
『そんな馬鹿な。どう見ても二十歳過ぎって感じじゃないか』
『パパの言う二十歳っていうのは地球での話だよね。魔力のない世界の』
『ああ。もちろんそうだが?』
だったら、とアイリスは少し話をしてくれた。
『あのね。パパくらい魔力があったら、少なくとも二、三百年くらいはそれくらいの姿だと思うよ?』
『……どういうことだ?』
アイリスはクスッと笑うと、種明かしをしてくれた。
『魔力って寿命に影響を与えるんだよ。
どんな生き物でも、元気でいたい、全盛期の活力を維持したいって本能があるわけでしょう?それは個人の意思より強くて、常に無意識に働き続けてるの。ここまではわかる?』
ああ、わかる。
『だから、魔力の強い人は歳をとらないの。強ければ強いほどね。
パパは異世界人でこの世界に来たばかりだから、この先どうなるかはもちろんわからないわけだけど……』
そこでアイリスは一旦、言葉を止めた。
『グランド・マスターにも正確なところはわからないそうだけど……百年やそこいらじゃ死なないのはおそらく間違いないって』
『……そうか』
なんてこった。
『まぁ、このまま若返り続けて死ぬ、とかじゃなかったのは、ひと安心だな』
いや、マジで。
そう言ったら、アイリスは一瞬困った顔をした後、なぜか抱きしめてきた。
『そんなこと心配してたの?変なの』
『いや。だって俺はこの世界の人間じゃないわけだし』
『パパだけが異世界人じゃないのに?今までそんな話、一度だって聞いたことないよ?』
むう。
『いくらなんでも、変な心配しすぎだよもう』
『そうか……』
気が抜けたら、眠くなってきた。
『はいはい、おやすみ』
ああ……おやすみ。
……と、ゆっくり眠らせてくれればよかったのだけど。
「!?」
携帯から鳴り出した突然の警告音に、俺は飛び起きた。
そう、緊急地震速報の音。
この世界に来てからこの音が鳴ったのは一度だけ。そしてそれは。
「アイリス!」
「うん!」
運転席に飛び込んだ。
その瞬間、キャリバン号も胴震いをはじめた。
ランサも起きてしまったらしく、3つの頭のうちひとつが「へっぷし!」と妙に可愛らしいクシャミをしている。
「先に出す。ランサはそのまま入ってろ、アイリスはベルトしめろ!」
「わんっ!」
「あ、うん」
シートベルトをつける時間も惜しんで準備。
「準備はいいか?」
「いいよ!」
「発進する!」
ヘッドライト点灯、キャリバン号を、まだ夜の明けない荒野に飛び出させた。
「アイリス、これ、警報文読んで!」
携帯を渡して読ませた。
「わかった。えーと。
『緊急警報: 人間国家の対異世界人捕獲部隊襲来。飛行タイプの騎獣多数、および対原始飛竜部隊も確認。狙いは異世界人の……えーと、ごめん漢字わかんない。1時間以内に南方に向け避難しろ』
かな?
こんな感じでいい?」
「オッケー充分だ!了解!」
返事をすると同時に、ハンドルについてるホーンボタンを三度続けてぶっ叩いた。パーン、パーン、パーッとサイレンの音が響き渡った。
「え、何で鳴らしたの?」
「上に警告だよ。たぶんもう起きてると思うけどな!」
マイケルさんたち、どうかご無事で。
俺は山を迂回するコースに向かい、キャリバン号をフル加速させた。
約三十分後。原始飛竜コロニーの北、87km付近。
明らかに複数部隊の寄せ集めと思われる、大量の飛竜軍団がいた。
「異世界人と疑わしき反応、高速で南下を続けています。追いきれません!」
「追尾部隊はそのまま追い続ける事。探索部隊はシャリアーゼ国に連絡し、異世界人の待ち伏せと捕獲を命じなさい。別働隊は……」
いくつかの部隊が、それぞれに連絡を出している。どうやら一枚岩の組織ではなく、いくつかの利害ある集団の寄せ集めっぽい集団だった。
「こっちに気づいたのかしら……まさかね」
もし察知したのなら、1リーグ以上向こうからでも探知する能力がある事になってしまう。
そんな化け物が相手では、飛竜という絶対のメリットも意味を持たない。察知した時にはもう手遅れという速さを持つがゆえに戦略物資のひとつとして重宝されているというのに、それが無意味となれば、飛竜は高コストなだけのお荷物と化しかねないだろう。
しかし。
「偶然にしろ必然にしろ、どちらにしろすごい移動力ですな。空を飛んでいるわけではないのだろうに」
「ですね。たとえ異世界人でないにしろ、どちらにしろ途方も無いアーティファクトを持つか、あるいは当人の能力が凄いのでしょう。なんとしても我らが連合で押さえねば」
「ですなぁ」
「うんうん」
にこやかに会話しているが、その笑顔は全員が薄気味悪いものだった。
アレはうちのものだ、おまえらには渡さんと彼ら全員がお互いに見つめ合い、そしてギラギラと目を輝かせながら顔面だけは笑い合う。隠し切れない悪意と欲望が空気ににじみ出ている。何も知らない子供がこの場にいたら泣き出しそうなほどに。
「そういえば、異世界人について奇妙な報告した聖女殿はどこにおられるのです?」
「さて、そういえば存じませんなぁ」
「聖国にお帰りになったのではありませんかな?なんでも聖女殿は今回の異世界人について『戦略等に不向きな人物であり、むしろ自由に闊歩させて交流し、得られた情報を有効活用するのがよい』などと珍妙な提言をなさったそうですしなぁ」
「ははは、ありえませんな。貴重な戦略物資に手出しせず放置するなど」
「やはり聖国はなにか異変が置きましたかな。聖女の血脈に異世界人の血を取り入れてからというもの、時代を経ていくごとに変質していくようで」
「皆人平等の概念を人間族以外にも広めよ、でしたか?家畜や食料に人権を与えるなど、正直、いや今代の聖女殿がどうというわけではないが……」
「はっきり申し上げましょうか。私には聖女殿や聖国の発言は、気が違ったとしか思えませんな」
「ははは、西国殿はあいかわらずハッキリとモノを言われる」
「ふうむ。しかし、下手に濁すよりも立場がわかりやすいのでは?聖女殿や聖国の最近の発言は、あまりにもおかしい」
「いやいや、まったくですなぁ」
彼らは結局、それ以上の追尾をあきらめた。代わりに政治チャンネルを用い、周辺の属国群に圧力をかけて人を出させる方針に切り替えた。それほどに異世界人(と思われる者たち)は捕まえにくく、彼らは苦労させられていた。
何より。
「東や南の大陸に行かれては困る。なんとしても止めなくては」
「うむ、そうですな」
「我らも手を惜しみませぬぞ」
人間族が支配的なのは中央大陸と西大陸である。南大陸と東大陸には中央大陸を追われた人間族以外の種族が多数移住しており、人間族に対して非常に敵対的である。
また気候的にも南大陸は寒すぎ、東大陸は高温多湿で、この世界の人間族はあまり好まない風土でもある。そんなわけで、これらの大陸には人間族は限りなくゼロに近いのが現状である。
当然、彼らは異世界人をそちらに逃すまいと手を尽くし。
そして、事情を知る者たちは、異世界人をそちらへ逃がそうと画策する。
世界のどこか。当人たちも知らぬ場所で今、静かに。
当人たちそっちのけの戦いも始まろうとしていた。




