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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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アイリスの事情

 どんな祭りも終わりが来る。

 しっかり食べて、たまたま近くに座った猫の獣人……これも女だった……が好奇心いっぱいで話しかけてきたりして、彼らのささやかな夕食は大いに盛り上がった。はじめての、そして日本も含めて久しぶりの酒にほろ酔いとなった男……健一(けんいち)も終始上機嫌だったが、さすがに眠気を催した時点で自制が働いたようだ。食卓を辞すとキャリバン号に戻り、慣れない一日の事もあって、早々に寝てしまったのだが。

「……」

 そんな中、アイリスは眠る事なく天井を見つつ、考え事をしていた。

「……」

 今日は、ここ数日とはまるで対照的な一日だった。

 全く外部と話す事なく、ひたすら移動しては色々なものに触れていたここ数日。だが今日はそれとは全く裏腹に、朝っぱらから大きなワニを確保し、そのワニの解体のために町へ。

 そして町で交流した種族の多彩な事といったら!

 獣人は多いのだから当たり前としても、どちらかというと珍しい猪獣人にたくさん出会ったし、さらに猫や犬の獣人もいた。

 さらに希少な水棲人もさる事ながら、健一は気づいていないがエルフの姿もあった。

 そして、あの魔族……。

「……」

 アイリスにはたったひとつ、健一に告げていない任務がある。

 それは健一の安全確保。悪意をもち接近する存在の排除だ。

 もっとも今のところ、アイリスその仕事をした事はない。

 今まで健一と意図的に接触した者といえば一昨日の人間、そしてあのオルガという魔族だけだ。それ以外はおそらく間違いなく全員が偶然だった。

 猪獣人以外はほとんど女だったのだが、これも最初の人間を除き、別に誰かが意図したようなものではないだろう。

 多くの知的種族に共通するのだが、得体のしれない相手が無害と判明した時、最初にその者たちに接触していくのは多くの場合が女なのだ。いつの時代でもそうなのだが、そういう時は大抵、女の方が大胆に動くし、好奇心を隠しもしないものだ。

 念のためにいえば、別に健一が男として魅力的というわけではない。あえて言えば、女とはそういう生き物なのだと言える。

 話を戻そう。

 問題は、あのオルガという魔族だ。アイリスは、グランド・マスターであるドラゴンから受け継いだ危険人物リストの中に、その名前を持っていた。

 

 

 オルガ・マシャナリ・マフワン。魔道学者。

 魔族でもネジの外れた、マッドな方の研究者で知られている人物。種族ごとに異なる発現をする魔法の不思議さを研究する、いわゆる比較魔道学という学問のいちジャンルを起こした魔族屈指の才媛。そして人間族世界において290年前、災厄認定を受けた第一級の危険人物。

 全ての人間国から無期限の指名手配を受けているが、接触に成功した者すらいないのが現状である。

 

 

 おそらく、魔法を教えてくれたのに他意はない。

 オルガがどういう意図でこの町にきたのかはわからないが、健一を異世界人と見て興味をもった。ただそれだけにすぎないだろう。

 たまたま目について近寄り、不便そうにしているのを見てちょっと手を貸した。

 おそらくは、たったそれだけの事。

「でも」

 

 あのオルガという女は『災厄』なのだ。

 

 この世界において『災厄』と評せられる人物というのは、地球でいうところのマッド・サイエンティストの類といえる。己の研究以外にほとんど関心がなく、その突き抜けた才能と他を全く顧みない性格。全くなんの悪意もなく大量破壊兵器を作ってしまったり、研究のために必要という理由だけで、せっかく封印されている危険な魔物を当たり前のように世に放ったり。

 全くの平常運転の笑顔のまま、町ひとつ滅ぼすような災厄を容易に引き起こすような存在。

 いわば、歩く爆弾。

 こうした、ある意味頭のおかしい技術者や研究者を、総じて『災厄』とこの世界では呼ぶ。

(とんでもない存在に目をつけられてしまった)

 おそらくオルガは今後、遅かれ早かれ再び接触してくる。

 その可能性が高いとアイリスは考えていた。

 暗闇の中。天井は何も変わらない。

 だが。

(町の外にも危険が迫っている)

 アイリスの超感覚は、この町の近郊に人間族の調査隊が近づいているのを関知していた。

 まだ距離がある。明日の朝の出発に影響はないだろう。

 それに彼らがこの町に気づいたところで、何もできない。

 だが、オルガなどという危険物と関わった直後にこれというのが、あまりにも不安をそそる。

「……」

 アイリスは構造上、睡眠は必要としない。

 だが今、この瞬間だけは、できれば健一のように眠ってみたいとしみじみ思うのだった。

 

 

 

 翌朝。

 ちょっと早め、まだ暗いうちに起きた健一と朝の体操(・・・・)をし、エネルギーを充填する。

 若干、供給過多の面があるが問題ない。何よりも健一から求めてくるのがアイリス個人としてはとても嬉しい。余ったエネルギーは有効利用できるわけだし。

 探査の薄い魔道網を改良し、さらに押し広げる。

 竜族は基本的に結界や探知網といった細やかな魔術使用を苦手とする。その傾向はしっかりとアイリスにも引き継がれているが、だからといって何もしないという手はない。

 その最大のものが、キャリバン号との共同作業だった。

 健一も漠然と感じているようだが、キャリバン号にも意思が存在し、活動している。意思表現の方法が乏しいというだけで、キャリバン号もまたアイリスのような合成精霊に似たものである。ゆえに協業が可能だった。

 このメリットを生かさない手はない。

 たとえば、キャリバン号が元々張り巡らせている、各種センサーの竜言語魔法による拡張。

 健一の異世界初日、孤立無援状態の彼を支えたセンサー情報であるが、そもそもこの星にGPSのようなシステムは過去も現在も存在しない。これら周辺地図や各種情報はキャリバン号が自力で集めていた。

 キャリバン号がそのような機能を持ったのは、初日に健一が感じた極度の緊張と不安のためだった。キャリバン号は彼の不安を素直に汲み取り、何も言わずとも自分をどんどん進化させていたわけだ。

 これらに竜言語魔法を織り交ぜ、さらに、さらに強化していく。

 カバー範囲を広げ、さらに探査網自体の秘匿性も高めた。アクティブセンサーの発信元を逆探知されるような間抜けな事態が起きないよう、細心の注意をはらって改良は行われた。

 さらに、キャリバン号自体の強化。

 健一自身が望んでいないので飛行機能の付加や超高速移動対応は見送ったものの、災害級の攻撃魔法すら受け付けない障壁と、聖剣や近代兵器による物理攻撃も受け付けないボディ等、見えない部分での強化や改善はずっと続いている。これらは元々キャリバン号自身も行っていた作業なのだが、それに自分も混ぜてもらうカタチで、様々な進化のカタチを提案したり、補助したりを続けている。

 さらに、まだ実現していないが、今後の人員増加を見込んだ車内空間の拡張など、やるべき事、検討すべき事は無数にある。

 それら無数の案や計画は実にバラエティに富んでいるが、その目指すところはたったひとつ。

 

 つまりキャリバン号自体を、ひとつの移動コロニーにしようという考えだ。

 

 こう書くと非現実と思われる人もいるだろうが、実はこれらの計画自体、他ならぬ健一の記憶から取り出したアイデアでもある。

 つい先日、蜘蛛足ナイフの加工に出てきた昔の親友であるが、かの青年が持っていたアイデアの中に「幼稚園バスを改造して旅行用とし、仲間と音楽の旅をする」というものがあった。実現する前に本人は死んでしまったが、実際にT社の『コースター』が確保され、改造まで始まっていた。つまり夢物語ではなく、実際に計画半ばまでは進んでいたのだ。

 むろん、青年の案はそのままでは使えない。北海道などを大きな幼稚園バスでツアーする事を想定したものを、異世界で軽自動車サイズの長旅に使えるわけがない。

 だが健一はこの当時、この計画に本気で参加したいと考えていたようだ。

 自動車というものに持つイメージは人それぞれだろうが、健一にとっての車とはバンやワゴンの類の印象が強かった。小さなクーペ等も好きであったがクーペは趣味性のものとして日本では排除される傾向があったし、一台だけしか車がないなら、そこに実用性を求めるのが人間だろう。

 加えて彼の実家は昔、事務所に廃バスを使っていた時代があった。

 この廃バスは寝泊まりできるように改装されていたもので、このため、車両の中で寝泊まりする事に健一は違和感を全く持っていなかった。そして実際、キャリバン号を購入した彼は寝泊まりに利用するようになり、休日のたびにこの車で遠出するようになっていった。

 人間には二種類の人がいる。

 ひとつは、ひとつの固定された場所で暮らす人々だ。人間全体からいうと多数派であろう。

 もうひとつは、流れて生きる者だ。町ぐらししている人にとっては異端だろうが、流れる事が前提の文化をもつ民族もいる。たとえば砂漠で遊牧生活を行う人々や、大陸などで国境を超えて資材や商品を運ぶ生活をしている人々がこれにあたる。

 健一は異世界人とはいえ、その本質は人間である。本来ならばおそらく、サポートつきであっても人間の町で暮らすのがベターなのであろう。

 しかし残念ながら、この世界の人間族は異世界人に優しくない。たとえ好意的に受け入れられたとしても、早期に限界が来てしまうだろう。

 安住の地を見つけるにはおそらく時間がかかるだろう。

 そしてその間、健一をサポートする力と、彼の暮らしを支える乗り物は絶対不可欠だろう。

 そう。

 どういう道を進むにせよ、アイリスたちのやるべき事は変わらないのだ。

 

「えっと、アイリス」

 かける言葉にとまどっている健一に、アイリスはクスッと笑った。

 異世界人の男とは不思議なものだ。

 人間族なら、自分のち○こをしゃぶらせた女なら自分のものと言い切るのが普通だろう。それは人権意識とか平和の概念とは全く別の話で、メスと交わって子孫を残すという生命体本来のメカニズムに正直であるとも言える。人間族は生物としては弱い生き物なので、子孫繁栄は何より大切なのだから。

 だが健一は違う。

 快楽にまかせて恥ずかしい事をさせてしまったと自らを恥じ、相手に申し訳ないという気持ちをもつ。それがこの「とまどう」という行動に現れている。

 おそらくだが、もっと行為自体に慣れてきて、そういう事をさせるのが普通になったとしても、それでもパートナーに何かをさせているという点で健一の態度はおそらく変わるまい。そうアイリスは推測する。

 今はただ、自分の口元を見るだけで快楽を思い出し、顔を赤らめ、ドキドキしている可愛らしい反応を楽しみたい。

「ん?パパ、なんで赤くなってるの?」

「え?い、いや何でもない!」

「そう?ふーん?」

 ウフフとわざとらしく知らんぷりして、ちょっと困らせてあげる事で。

 

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