魔族と文化
長居するつもりはなかったんだが、解体騒ぎで時間をとり、結局バラサで夜になった。
いっそ宿をとろうかとも思ったんだけど、それはいくらなんでも油断しすぎ、とも思った。だから寝る場所は変わらずキャリバン号の中として、町を楽しむ事にしたんだ。
馬車や隊商で寝る人っていうのはそれなりにいるらしく、ちゃんと警備付きのキャンプ場があった。そこにキャリバン号を移動すると、警備員にお小遣いを握らせて注意を頼み、そして改めてアイリスとランサを連れて町に出てみた。
それにしても風変わりなものが多い。
「な、なにこれ……キレイ屋?」
「生活魔法を使って身体を綺麗にしてくれるとこだけど……知らないの?」
「それって風呂じゃないのか?」
よくよく聞いてみると、公衆浴場がないので、魔力のでかい人が浄化と洗浄の魔法をかけてくれるんだそうだ。暑い土地だけどシャワーが使えるわけでなし、重宝しているんだとか。
いや、それはわかるけどさ。
なんで、道端に路上の靴屋の如く営業してるわけ?
いきなり洋服屋の更衣室みたいなのが設営されてるし。
……なんつーか、変。
「なるほど意義はわかるんだけどさ。ちなみに、オアシスで洗う人はいないのか?」
「オアシスは水源だからねえ。飲用と洗濯、洗浄なんかに使うけど、お風呂に使うほどの余裕はないのさ」
話を聞いてたらしいキレイ屋のおばちゃんが教えてくれた。
どうやら、ちょっと神経質なくらいに水質を管理しているんだと。子供が遊ぶくらいならいちいち怒らないけど、しょんべんしたら大目玉じゃすまないとか結構厳しいらしい。
まぁ、ちゃんと水源とは別にプールや水飲み場などが用意してあって、普通はそこで遊ぶそうだけどさ。
確かに、水源が今これ一つだけなんだから、出元の水質管理は死活問題だもんな。
「それでキレイ屋ね。なるほど……」
ちなみに、話の種にと俺も試してみる事に。
「あいよー、こっちおいで」
「ういっす」
うむ。
確かに物凄くスッキリしたんだけど……なんというか、どこか物足りない。お湯に浸かりたいと、むしろ全身が言っているような。
まぁこれは……俺が日本人って事なんだろうな、うん。
しっかし、所変われば品も変わるんだなぁ。キレイ屋か。
さて。
飯も外で食べる事にしたのはいいが、俺たちはひとつ問題がある。ランサを連れている事だ。やっぱりそこは、きっとペットはいいとかダメとかあるよなたぶん。
しかし。
「え、問題ないでしょ?」
「そうなのか?」
「そんなの人間族の国くらいだと思うよ?」
アイリスいわく。
そんな事言ってたら獣人はどうなる、またラシュトル族みたいに人型以外の知的種族はどうなるんだと。
「そりゃあもっともだ。ま、聞いてみるか」
「ええ」
というわけで、人にあふれる中央通りに入っていったのだけど。
「……ぬ」
歩きづらい。
足元にランサがうろちょろしていると、人ごみでは危ない。だから俺が抱き上げているんだけど、そうすると両手がふさがってしまうわけで。
ぶっちゃけ、手をつないでおかないと、油断すると迷いそうなレベルなんだよなぁ。土地勘ないしヤバイぞ。
「むむ」
「くぅん?」
「ああ気にすんな、こっちの話だ。しかし困ったな」
ちょうど夕食のピークだったみたいだ。まるで日本のお祭りか、それともどこぞのカーニバルかってくらいに人がいて。ごったがえすという表現が実にふさわしい感じ。
「すごいねえ」
「まったくだ」
アイリスもちょっと困っているようだ。
うーむ。せめて両手がフリーにできればなぁ。
そんな事を考えていると、
「お困りのようだねぇ」
そんな、間延びしたような独特の女の声が背後から響いた。
「!?」
びっくりして振り返ると、そこには黒いローブ姿の女が立っていた。
女は一見すると人間に似ていた。しかしそれは見た目だけだった。
黒い髪は日本人にも共通するものを感じたが、目は紫色だし、全体的な雰囲気もファンタジーの塊といった雰囲気ではある。
そして何よりも。
「!」
「……」
アイリスが警戒し、俺も気づくほどの濃厚な魔力の気配。
これはもしかして。
「……魔族?」
「ご名答だねぇ、異世界のお兄さん?」
クツクツと意味ありげに笑った。
「まぁ、私の事はいいのさ。それよりお兄さん、両手がふさがって困ってるんじゃないかい?」
「え?あ、うん。困ってるけど、なんで?」
「いや、私も理解できるからさ、ほれ」
そう言うと、女は自分の左肩を指さしたのだけど。
「……お」
「空間魔術?」
彼女の左肩のあたりの空間にぽっかり穴が開いていて、そこから見覚えのあるわんこの顔が3つ並んでいる。なんだか眠そうだが。
ていうか、仔ケルベロスじゃないか。もちろんランサはこっちにいるから別個体だな。
「うちのチビ助さ。可愛いだろ?」
「うんうん」
「そのポケットすごいな。魔法でそんな事できるのか」
「大したことじゃないさ。個体を依代にしなくちゃならない無限倉庫の魔法を、容量を犠牲にする代わりに左肩の上の空間に固定するんだ。結構便利だよ?」
「……それを大したことじゃないって言い切るのは魔族だけだと思うけど」
ほう、アイリスの笑いがマンガみたいにひきつってるぞ。こりゃ本当に物凄い魔法らしいな。
「それでだねえ」
女はそんなアイリスの言葉を微笑むだけでスルーすると、俺に話しかけてきた。
「お兄さんにこれを見せたのはもちろん、言うまでもない。これを再現できるかい?お兄さんならできると踏んだんだけどねえ」
「これをか?……ちょっとまて」
確かに、凄そうだけど使えれば便利だよな。うーむ。
俺は、女の肩にあるその「見えないポケット」みたいなのをじっと見てみた。
「……ん?」
よく見ると、空間の歪みがひとつの形を持っているのがわかった。
視覚的にはわからない。だけど、明らかに形をもった魔力が展開されている。今朝やってた魔法のナイフと同じだ。
よし、ちょっと真似してみようか。
「ちょっとこいつ預かって」
「あ、うん」
ランサをアイリスに預けて、ちょっと試してみる。
んー……。
「お」
「……え、うそ……そんな」
「ほう」
俺の肩にも、同じようなカタチをこしらえてみた。
「ふむ」
右手をさしこんでみた。
あんまり深くないな。でも、これなら入るかな。
「おいで……って、おっと!」
アイリスからランサを受け取ろうとしたのだけど、ランサの動きの方が早かった。
するっとアイリスの腕の中から抜けだすと、俺たちの腕の上をたたーっと猫のように走り、あっというまに俺の左肩にあいたばかりのポケットに潜り込んだのだ。
そして、女の左肩の仔ケルベロスと同じように、ひょいっと3つの首を並べやがった。……そう、まるで目の前の女と張り合うみたいに。
「ああ、なるほどねえ」
女がランサと自分の肩の上を見比べて、面白そうにクスクス笑った。
「しかし見事なもんだねえ、一発かい。さすが異世界人だ」
「……」
何か絶句しているアイリスと対照的に、女は楽しそうだ。
「よくわからないがありがとう。こりゃ便利そうだ」
「使えそうかい?」
「ああ、大丈夫そうだ。しかしこれってもしかして」
「お察しの通り、空間魔法の初歩だねえ」
女は楽しげにうなずいた。
「だけど、お連れさんがビックリしているのでお察しだと思うけど、一般にはこれってすごく難しい技術なんだねえ。尋ねられたら、アーティファクトで作ったとか適当にごまかす事をオススメするよ?」
「ああ。綺麗なお姉さんがくれたと言っておこう」
「あはは、そりゃ光栄だねえ」
女は肩をすくめると、さらに楽しげに笑った。
「私はオルガ、ご覧のとおり魔族で、研究者さ。専門は比較魔道学だねえ。
興味深いものを見せてくれてありがとう、異世界のお兄さん。また会おうねえ」
「あ、うん」
「竜のお姉さんも、いきなりで悪かったねえ。じゃあねえ」
そういうと、女はその場で幻のように夜に溶け消えてしまった。
「……」
「……」
しばし絶句。俺たちは呆然と立ちすくんでいたが、
「クゥン」
「おお、そうだな。メシいくか」
「わんっ!」
「あ、うん、そ、そうね」
どうやらアイリスも再起動したらしい。
俺たちは再び、今度は両手フリーになってお気楽に飯屋を探しはじめた。
結局、オープンな屋台の飯屋で食べる事になった。
メインストリートは人が多いが、当然そいつらにメシを食わせるために飯屋も多い。だけど屋根のある店の中は特定の種族や団体が固まる事が多いのか、メニューに偏りがありそうに思えた。
だったら、メニューに限りがありそうだが、開放的な屋台で頼んでみようかというわけだ。
「おばちゃん、ここ何の店だい?」
「川エビと白蜥蜴だよ。鳥もできるね。炒め、焼き物ってとこかね?」
お、米っぽいのがあるな。
「チャーハンできる?」
「チャーハン?なんだい?」
「ライスを炒めたもんだ……っていえばわかるかな?」
翻訳だからな。うまくニュアンスが伝わればいいんだが。
おばちゃんは「ふむ?」と悩むと、ああとうなずいて、
「カオパットの類かね。ああいいよ、できるとも」
「カオパット?」
「あれさ。見えるかい?」
おばちゃんが指さした屋台を見ると、なんかチャーハンぽいの喰ってるヤツが見える。
「うん、ああいうやつ。ガイ、クンもいれて。できる?」
「ああできるとも。なんだ、あんた具の名前わかるのかい」
「あーうん、ガイとクンだけね。好物なんだ」
ちなみにガイは鶏肉、クンはエビだったと思う。
つーか、カオパット(メシ炒め)といい、なんでタイ語もどきなんだ?面白いけど、わけわからんぞ。
「それとおばちゃん、こいつにも食べさせたいんだけど、ライスぬきの素材だけ軽く熱かけたのってできる?薄味で」
「ああできるよ、ただし材料の都合で一杯半分もらうけど、いいかい?」
「もちろん。いくらで先、後?」
「しめて三人前半で105デナリ、食後でいいよ」
「おー、じゃあ頼む」
「そこ座んな」
「あいよー」
アイリスを誘い、中に座った。
「なんだか慣れてる感じね」
「慣れてるっていうか……懐かしい?」
「どういうこと?」
俺のものいいが不自然なのか、アイリスが首をかしげた。
「いやぁ、この屋台とか、おばちゃんの雰囲気とか。まるでバンコクの下町だなぁって思ってたら、料理の名前がタイ語そっくりなんだもんよ。びっくりだよ」
「タイ語?あー、地球の言葉?」
「ああ。日本と仲の良い国のひとつでね、そこの言葉さ」
「そう……じゃあ、もしかして」
「ああ、たぶんそうなんだろうね」
アイリスの言葉に続けてきたのは、中華鍋みたいなのをガンガン加熱中のおばちゃんだった。
「これは、うちの村に伝わる料理なんだがね。最初に作ったご先祖様は、別の世界から来たって言われてるのさ。ほとんどの事は忘れられたらしいけど、料理のレシピと材料の呼び名は当時のまんまなんだってサ!」
「あーやっぱり」
「へぇ。アタシらは確認のしようもないけど、そんなによく似てるかい?」
「似てるもなにも。俺が昔あそびにいったバンコクの屋台そのものだぜ。そっか、ご先祖様がタイ人なのか。道理でなぁ」
「あっははは、そうかいそうかい!」
おばちゃんの腕が動き始め、炒めものの大きな音、それからいい匂いがただよい始めた。
ああ、いいなぁ。この匂いも万国共通なんだなぁ。
俺は、うっとりとしながらタイ風焼き飯・異世界バージョンの出来上がりをランサともども待ち構えていた。
「……」
隣で、色々と考えこんでいるアイリスに気づかぬまま。




